記念すべきメイド部の初日がスタートした。ご主人様はクラスメイトの男子が中心で、あとは優衣里のファンが来ている様子だった。他にも噂で聞いている生徒はいるとは思うけど、興味がないか、行った人の評判を聞いてから行こうと思ってる様子だった。
 五人のメイドさんがいるので、エンジェルと同じように、カウンターと四人用のテーブルを二つ用意して、カウンターに二人、テーブル席には二人か一人メイドさんがいるようになっている。
 僕はカウンターにいて、目の前にいるメイドさんは莉音ちゃんと美紀ちゃん。ちなみにメイドさんにはちゃん付けする決まりにした。
 一緒にカウンターにいるのは香坂小次郎と香山拓也。同じクラスでお笑いコンビの様な二人だ。小次郎はやや長髪で毛先を遊ばせていて、目には力が漲っていて、意志の強さを感じる。ブレザーの前を止めずに、ワイシャツもインせずに着崩している。見た目はチャラいけど、真面目な部分もある突っ込みタイプ。香山拓也はクルクルの天然パーマで、丸い目は優しそうな印象を受ける。実際にボケタイプだけど、小次郎が誰かに突っ込みすぎたときには、冗談を交えながら、フォローする優しさがある。
「僕が最初のご奉仕をやる」
 僕の一番の楽しみ。これをやりたくてメイド部を作ったっていったら過言だけど、メイドさんにご奉仕してもらうのは、最高に美味しく感じる。
「普通のご奉仕にしますか? はてなご奉仕にしますか?」
「はてなご奉仕って何? そもそもご奉仕って何?」
 僕は打ち合わせから参加してるからわかるんだけど、名前だけじゃわかんないよね。
「箱に入ってる紙を引いて、それに書いてあるメイドさんに、書いてある食べ物をアーンしてもらうものです」
 普通に好きなメイドさんに、好きな食べ物を食べさせてもらうのもいいけど、こういうゲーム性があるのもいいと思って提案した。
 僕はニコニコしながら、出された箱から紙を引いた。紙を開くと、美紀ちゃんに熱々おでんと書いてあった。
「いきなりあたしですか?」
「むしろいきなり熱々おでんでしょ」
 メイドさんそれぞれに、十枚ずつ食べ物を書いてもらった。普通の食べ物しかないと思ってて、お笑い芸人みたいな企画になったけど、これはこれで楽しくなりそうだ。
 美紀ちゃんはおでんを鍋に入れ、火にかけた。ボコボコと沸騰してるのが聞こえてきた。
「どれにしようかなぁ。たまごにしよう。はい、あーん」」
「熱ッ!」
 僕は渡されていたお皿にすぐに出した。口に入った瞬間に、前歯が火傷するような熱さになった。たまごはツルンと出ていき、お皿の中を動き回った。こうなることがわかっていたけど、みんなが笑ってくれたから、全然オッケー。僕は何度かご奉仕をしてもらったけど、熱くて食べれなかったので、自分で食べることにした。本当はフーフーして欲しいけど、熱々おでんはフーフーはなしなのは訊かなくてもわかる。
「美紀ちゃんは何が好きなの?」
 小次郎の質問に、美紀ちゃんはイメージと違う答えをした。
「実はお笑いが好きなんです」
「そうなんだ。どういうのが好きなの?」
「ピークですね。方良さんは知的ですし、綾場さんはイケメンで素敵です」
「お笑いは見る専門だよね。美紀ちゃんの冗談って聞いたことないから」
 ここ数日学校でかなりの時間一緒にいる。だけど冗談を聞いたことはなく、それどころか周りに合わせるところばかりで、美紀ちゃんの個性が見えない。周りのメイドさんの個性が強すぎるから、普通の娘がいてくれると、バランスが取れて良いとは思うけど。
「実はあたし、ボケるのが好きなんです」
「嘘でしょ?」
 思わず疑いの声をあげたけど、美紀ちゃんの目はいつになく、キラキラと輝きを放った。
「うちでは隠れてお笑いのテレビを見てるんですが、この質問にあたしならどうボケるかなぁって考えてます」
「じゃあ質問するね。好きな食べ物は何?」
「麻婆梨」
「その組み合わせは美味しくなさそう!」
 僕に続き拓也も質問した。
「じゃあ好きなタレントは?」
「カンガルー」
「動物じゃねえかよ」
 こんな調子で僕と拓也が交互に質問していき、美紀ちゃんのボケショーへと変わった。美紀ちゃんのボケが面白いかどうかよりも、冗談を言って突っ込むのが楽しかった。ひとしきり楽しんだら、小次郎がムッとした表情になっていた。メイド部なんだから萌えを目当てに来てるご主人様がいるのは当たり前だ。小次郎は憤慨した声をストレートに出した。
「美紀ちゃんは普通の女の子でしょ。きれいでおとなしいイメージだったのに」
「これが素なんです。嫌ですか?」
 美紀ちゃんは笑顔で対応した。
「きれいでおとなしい美紀ちゃんと見せかけて、実はボケたがりって、意外すぎて目ん玉飛び出ちまうよ」
 最初の怒った口調はフリなのか、目ん玉飛び出ちまうって言ったときに、瞼を大きく開き変顔をした。だけどあの怒ったた口調は、少し本音も混じってるように感じた。
「僕も嫌じゃないよ。小次郎もあんまりキツい言い方するなよな」
 拓也は雰囲気を明るくさせようとして、子供のように元気に言い、髪を耳にかけた。
 僕も雰囲気を戻さなきゃと思い、また質問をしようと思ったけど、それで美紀ちゃんがボケたら、小次郎が嫌だってことに気付き、どうすればいいかわからなかった。
 そこに莉音がナイスパス。
「小次郎ご主人様も萌えたいのでしたら、ご奉仕はいかがですか?」
「俺突っ込みだから、熱々おでんはいい」
「普通にメニューとメイドさんを頼んでも出来ますよ」
 莉音にメニューを渡されて、小次郎は選んだ。
「じゃあ美紀ちゃんに、ポッキーのご奉仕お願いします」
 小次郎は明らかに照れて、声を小さくさせた。美紀ちゃんはポッキーを開けて、アーンをして食べさせる。小次郎は赤くなってるけど、満更でもない表情になった。
「ありがとう。今日は楽しかったよ」
「お出かけなさいますか?」
「うん」
「じゃあ僕も」
 小次郎と一緒に拓也もお出かけをする。会計を済まして、美紀ちゃんにメイド部が使っている第二家庭科室の出口で手を振ってもらう。ちなみにうちの学校は、生徒が多いため家庭科室が二つあり、第一家庭科室をすでにクッキング部が使っているので、メイド部が第二家庭科室を使うことになった。
「初日から失敗したかなぁ?」
 美紀ちゃんは小次郎を怒らせたことに凹んでしまった。あのときの小次郎は怒ってたのか、僕には判断がつかない。
 ドリンクを取りに来た佐奈ちゃんが、一部始終を見ていたらしく、ため息をついた美紀ちゃんの肩をポンと叩いた。
「自分の素を出すのは悪くない」
「佐奈ちゃんは強いね」
「強いか弱いかはわからないけど、今の自分を好きでいたいから、今の自分を護っているだけなのかもしれないな」
 何か難しいこと言うなぁ。もっと普通に励ませばいいんじゃない。だけどこれはこれで佐奈ちゃんらしいのか。そんなふうに考えてると、佐奈ちゃんは侍の悟った声から、可愛いもの好きのキャピキャピボイスを出した。
「キャー。このハンカチ可愛いね」
 美紀ちゃんのポケットから、出ているハンカチを見て佐奈ちゃんはテンションをガン上げした。白いハンカチにピンクのハート柄で、いかにも女の子が好きそうなデザインだった。本当はタオルを用意すべきだったんだけど、ドリンクやご奉仕のコースなどを考えていたら、タオルを用意するっていう当然な部分を、見落としていた。
「どこで買ったの?」
「お、覚えてない」
「そっか。じゃあ今度お買い物に行こう。可愛いものは好き?」
「うん」
 笑顔を見せた美紀ちゃんに雰囲気は変わったけど、ちゃんと謝っておかなきゃと思って、頭を下げた。
「僕が面白くなって変なフリをしたから。こういうのやめるね」
「そ、そんな。さっきのはあたしがお笑い好きって言ったのが悪かったの」
 今度は莉音が美紀ちゃんを励ました。
「メイド喫茶に行ったけど、メイドさんは素を出してたから、素を出すのは良いと思うよ」
「そ、そうなのかなぁ。でもさっき突っ込まれたし」
 美紀ちゃんは戸惑っている。小次郎は突っ込みを入れてたけど、本音では可愛くいて欲しかったんじゃないかなと思う。
「美紀ちゃんの素を知らなくて、理想を重ねてたからじゃないかな。次からはお笑い好きってわかってるから、もうこんなことにはならないと思うよ」
 僕に続いて莉音は、男としてはあんまりオープンに言わないで欲しいことを教えた。
「大丈夫。美紀ちゃんのご奉仕で、小次郎ご主人様はちゃんと萌えてたから」
「良かった。じゃあ少しずつお笑い担当として頑張るね」
 笑顔を作った美紀ちゃんを見てホッとした。しかし次の瞬間ドアが開いた。新しいご主人様かなと思ったら、全身を青い鱗で覆った怪物だった。人間よりも一回りほど大きな太さの腕と脚。体中をトゲのような突起で被い、鋭い眼光で周りのメイドさんやご主人様は萎縮してしまった。動きは素早く、ドアが開いたと思ったら、ドア付近のテーブルにいた優衣里ちゃんと玲奈ちゃんの前に行く。
「キャー」
 二人は悲鳴を上げた。優衣里のいるテーブル席でジュースを飲んでいた波川は、優衣里を護るように竹刀を構えた。
「優衣里は俺が護る!」
 男らしく声を張り上げて、怪物に向かって竹刀を振り下ろす。しかしサッとかわされてしまった。
「助けて。光樹先輩」
 優衣里ちゃんは僕に助けを呼び、急いで優衣里ちゃんの方に行くと、怪物は莉音達の方へ行った。
「そっちに行くんかい」
 僕は思わず突っ込みを入れた。この怪物は何が目的なんだ?
 優衣里ちゃんの前に行ったのは、フェイクに思えた。怪物とはいっても、僕を誘導したように感じたし、何となく殺されるような恐ろしさよりも、寂しい人の気配を感じた。
「これが俺の願望だ」
 怪物は手から光球を放った。狙われたのは美紀ちゃんだった。横にいた佐奈ちゃんが美紀ちゃんを護る。
「冷却大斬刀」
 佐奈ちゃんが叫ぶと、巨大な剣が現れ、美紀ちゃんに命中する寸前で真っ二つに斬った。
「だったらこれでどうだ」
 光球を佐奈ちゃんが斬ったため、怪物は何発も放った。カウンターに脚をかけ、佐奈ちゃんはひとっ飛びして、巨大な剣を鮮やかに振り回す。光球を切り裂き、時には楯にして、みんなを護っていった。数が多いため、一個防ぎきれなかった光球が、ご主人様にあたってしまった。そのご主人様は怪物に怯えていたが、命中した瞬間、怪物に笑顔を向けた。
「何してんだよ。腹減ったし、ハンバーガーでも食って帰らないか?」
 フレンドリーに近づいていく。この変化はどういうことかわからないが、まずは止めなきゃと思った。
「待て。何がどうなってるかわかんないけど、怪物に近づくな」
「怪物って何言ってんだよ。人の友達を変なふうに言うなよ」
 友達?
 僕は思わず力が抜けた。
「邪魔者が多くて今はタイミングじゃない。俺の願望はまたの機会に叶える」
「待て!」
 逃げる怪物を追い掛けて、佐奈ちゃんも第二家庭科室を出ていった。だがしばらくして戻ってきた。
「見失った」
 確かにあの動きの速さは、人間じゃ追いつけない。
「次に来たら今度こそ倒す」
 佐奈ちゃんは闘志を燃やした。