「良かった。クラスの娘なんですけど、興味があるって娘がいるんですよ。ただ……」
「どうしたの?」
 優衣里は言いにくそうに、顔色を暗くした。
「ソフトボール部があるから、難しいって言われてて。他の部員にも相談してみるって言うんで、放課後にはわかるみたいです」
「わかった。じゃあドリンクとかメイド部ならではの、コースを考えよう」
 会話を合わせつつも、頭の中まで優衣里の言葉がしっかり入ってこない。莉音の泣きそうな顔が、脳裏に焼き付いて離れないから。お弁当を食べていても、莉音を見てしまう。一人寂しそうに、いや、悲しそうに泣くのをこらえて、俯いてお弁当を食べている。

    ☆

 放課後僕がバッグに教科書やノートを入れて、優衣里の教室に行こうとしたら、莉音が話しかけてきた。
「ねぇ光樹。ちょっといい?」
 莉音は真剣な眼差しを僕に向けていた。その目を見れば莉音が今から話す内容が、本気だとすぐにわかった。
「優衣里のこと好きなの?」
 強い瞳で見つめる莉音に僕は驚いた。莉音には僕が優衣里をどう思ってるか、前から話している。変な勘違いはされたくないから。それなのに好きか訊いてくるってことは、最初に浮かべた意味とは違う意味だと思った。
「後輩としてってこと?」
「女の子として」
 やっぱり最初に考えたとおりの意味だった。優衣里は好きって気持ちをストレートにぶつけてくるから、恋愛対象として考えたことはある。でもそれは僕の好みじゃないから、彼女になって欲しい気持ちにはならなかった。
「僕が優衣里をそんふうに見てないの知ってるでしょ」
「最近は違うでしょ」
 まるで刑事が取り調べをするように詰問された。なんて言ったら伝わるかなぁ。
「後輩としては好きだし、仲良くなって良かったとは思うけど、友達以上の感覚はないよ」
「あたしよりも好き?」
 最近僕の恋愛に関する話をしたがるけど、どういうことなんだろう?
「そんなわけないじゃん」
「だって最近あたしとは」
 その瞬間僕のスマホが鳴り響いた。タイミングが良いのか悪いのか、相手は優衣里だった。いつもの流れで無意識に電話に出て、失敗したかもと思った。
「もしもし優衣里?」
「今友達が部室に行くっていうんで、他の部員の人にもお願いしに行きます。良かったら光樹先輩も来てください。キャハッ。初めて電話しちゃった」
 最初は部員を増やすために、やる気のある声だったけど、最後は僕と初めて電話したことに、喜ぶ声になっていた。
 僕は行くかどうか迷いつつも、莉音とはいつでも話せると思い、ソフトボール部に行くことにして、莉音に謝った。
「ごめん。優衣里のところに行くね。優衣里のクラスの娘が入部するかもしれないんだ」
 すると莉音はさっきまでの悲しそうな表情の中に、怒りをにじませて、僕がバッグに入れようとしていた数学の教科書を投げてきた。
「光樹のバカ!」
 数学の教科書が僕のおでこにあたって、衝撃を感じたのと同時に、莉音が駆けていく足音がした。おでこをさすりながら閉じた瞼を上げると、教室を出ていく莉音の背中が見えた。僕は追い掛けようとしたら、川上さんが僕を捕まえた。
「あたしもちょうど行くところだったんだよ。さぁ行こう」
 川上さんは僕の腕を掴み引っ張っていく。莉音は見えなくなり、追い掛けれなかった。
「何かあったの?」
「いや、女子ソフトボール部に行こう」
 喧嘩したとか勘違いされるのも嫌だったから、思わずそう言った。僕は莉音に怒ってないから、喧嘩じゃないことは確かだ。すぐに誤解を解かなきゃ。

    ☆

 僕達は女子ソフトボール部の部室に行った。部室では優衣里の声が響いていた。電話の声と同様に、閉まったドアの向こう側で、優衣里の本気が伝わってきた。
「お願いします。佐藤さんをメイド部と掛け持ちさせてください」
「だから無理だって言ってるでしょ」
「失礼しまーす」
 川上さんがドアを開けると、優衣里が頭を下げて懇願していた。だけどうちのクラスの大竹さんが、困った顔で断っている。
「川上さんに、高谷君」
「あたし達が作ろうとしてる部活に必要なんだけど、無理かな?」
 無理なのは雰囲気で察しているため、川上さんは軽く尋ねた。川上さんはたまに話す間柄だから、この会話のスタンスも、いつもの距離感で自然体だ。
「三年生は夏の大会で引退したから、今の一二年で九人なんだ。練習試合も決まってるし、スポーツは常に練習してなきゃダメだから」
 川上さんはしばらく考えて、頭を下げ続けてる優衣里の襟を引っ張った。
「うちの後輩が迷惑かけてごめんね。帰るよ。優衣里」
「えっ?」
「この状況じゃ無理に頼めないよ。本人がメイド部一本にするって自分で決めたなら、歓迎するけど、ソフトボール部に迷惑をかけてまで、連れて来れないでしょ」
 川上さんの考えは正論だった。当前なんだけど、自分の気持ちを強く出しちゃう優衣里とは違う。最近の優衣里は変わったとはいえ、僕のために頑張ってる。僕が作って欲しいメイド部のために、周りが見えなくなってる。
 僕と優衣里はショボンとしていたけど、川上さんは笑顔で僕達に伝えた。
「まだ入ってくれそうな人に、心当たりがあるから。ただ、今は頼むタイミングじゃないから、様子を見てから頼んでみるよ」
 どうやら川上さんの友達に入ってくれそうな人がいるみたい。川上さんがサッとひいたのも、ここに理由があったのか。
「もしその娘もダメだった場合は、高谷君に女装してもらえばいいしね」
「それは僕得じゃないよ!」
「そうですよ。光樹先輩は女装したら可愛いと思いますけど、男性としての魅力に溢れてますから!」
 優衣里が僕の魅力を語り出した。優衣里いわく僕はイケメンらしいけど、他の女の子に言われたことがないから、好きになってくれた優衣里にはそう見えるってことかな。他に優しいとか、爽やかとか、男らしいって言ってたけど、男らしいの中に、メイドさん萌えを素直に言うのも入るのかなぁと思った。

    ☆

 僕はその後、川上さんと優衣里と途中まで帰って、家に近づくと途中で珍しい組み合わせを見かけた。莉音と波川君だった。波川君の家も僕の家の近くだ。
「焼き餅焼く必要ないんじゃないか?」
 波川君が莉音に話す意味がわからない。少し距離を取りながら、二人の話を何となく聞いてしまう。盗み聞きをしようっていうよりも、真剣な会話に入るのはまずいかなと思って。それに二人の歩くスピードと、僕の歩くスピードは同じくらいだから、たまたま会話が聞こえる範囲を維持しながら帰ってる。
「見ててじれったいんだよ。どう見ても勘違いだと思うからさ」
「だってあたしのことなんて、好きじゃないのよ」
「本当に好きなら行動しなきゃって優衣里から教わったんだってよ。今はメイド部を作ることで頭がいっぱいみたいだけど、近いうちに何かすると思うぜ」
「そう……かなぁ?」
 何となく莉音は、片想いで不安になってることはわかった。波川君は莉音を励ましてる。それにしてもどっかで聞いたセリフなんだよなぁ。自分の記憶力の無さが嫌になる。
「何でそんなに不安なんだよ」
「だって好きな人が他の女の子とずっと一緒にいるのよ。不安になるに決まってるでしょ」
 後ろからだと波川君の表情はわからないけど、今までの口調や背中の雰囲気から、もっと自信を持てばいいのにと感じた。しばらく思考をした波川君は、ある答えに行き着いた。
「結局みんな客観的には見れないってことかな?」
「どういうことよ?」
「成美の方がずっと仲が良いぜ。優衣里はその間に割り込むために頑張ってる。このままでいいのか、自分の胸に手をあてて考えてみたらいいさ。俺はもう今までの俺じゃない。成美にも頑張って欲しいから、話してるんだけど、行動するかどうかは成美次第だからな」
 波川君が一人で歩いていき、莉音は立ち止まったまま手を胸にあてて考えている。僕はこのタイミングで声をかけた方がいいのかわからずに歩き続けた。迷ってたら莉音に追いついて、話しかけられた。
「み、光樹。なんでいるのよ?」
「か、帰り道だから」
「そ、そっか。今の話し聞いてた?」
「波川君との会話は途中から聞こえたけど、途中からだからわからなかったよ」
「そ、そう。ならいいけど」
 莉音は赤くなった顔で黙り込み、僕も無言で家に向かって歩き続ける。
「それで優衣里のクラスの娘は、入部決まったの?」
「それがダメだったんだ」
 何故か笑顔になった莉音は、真剣な目になって、珍しい誘いをした。
「そうなんだ。よかったらうちに来ない?」
「どうして?」
「予定があるならいいけど」
「別にないけど」
「じゃあ来るってことでいいよね」
 久しぶりに莉音の家に来た。莉音はキッチンのイスに座るように言って、着替えてくるから待っててと言って、部屋に入った。しばらくして莉音が来て僕は驚いた。
「な、何でメイド服なの?」
 てっきりいつもの私服に着替えると思ってた。しかもカチューシャとニーハイも履いている。
「部員。足りないんでしょ。入ってあげてもいいわよ」
「本当?」
「メイド服着てまで、嘘つくわけないでしょ」
 莉音は薬箱を持ってきた。ひょっとして気付いてたのかな。たいしたことがないから、ほっといたんだけど。
「右手怪我してるじゃない。優衣里達は気付いてた?」
「何も言われてないから、たぶん気付いてないんじゃないかな」
 波川君と喧嘩したときに指に擦り傷が出来てた。このくらいならほっといてもいいと思って、何もしなかった。莉音はそんな僕の手を心配そうに見つめて、消毒液をぬって、絆創膏を貼ってくれた。
「ご主人様を癒すのがメイドさんのお仕事だからね。これくらい気付かなきゃダメよね。やっぱり光樹にはあたしがいなきゃダメってことね」
「僕も莉音がいてくれると嬉しいな」
「あとはこれね」
 何かを電子レンジの中に入れた。しばらく立つとチンと鳴り、莉音はお皿を持ってきた。
「たこ焼きだ」
「ご奉仕するね」
 莉音がまさかの嬉しい提案をしてくれた。僕は思わず質問した。
「いいの?」
「好きでしょ」
「うん」
 笑顔で頷いた。莉音のご奉仕で食べるたこ焼きは、すごく美味しかった。
「僕もするよ」
「えっ?」
 驚く莉音からフォークをとって、たこ焼きを口に運んだ。
「はい。アーン。美味しい?」
 モグモグと嬉しそうに食べる莉音に僕は尋ねた。
「美味しかったです。ご主人様」
 僕はやっぱり莉音と一緒にいると嬉しいと思って、自然と笑顔になった。