莉音がどうしてもメイド服姿を見たいか訊いてきたけど、僕は思考を巡らして答えた。
「そこまでじゃないかな」
「あっそ。ならいいのね」
言い方を間違えた。絶対怒ってるよ。
「そうだ。成美先輩もメイド部に入ってくれませんか?」
「たった今メイド服を着ないって決めたばっかりなの」
「でも成美先輩似合うと思いますよ」
「似合うかどうかっていうよりも、見たいって言われたのに、そこまでじゃないって言われて、着れるわけないでしょ」
「成美先輩もったいないです。せっかく光樹先輩がメイド服姿を見たいって言ったのに、素直にならないって、もったいないです」
「あたしは別に、光樹に気に入られたいわけじゃないし」
「ごめん。どうしてもっていうと、莉音に負担をかける気がしたから、出来れば着て欲しいって気持ちなんだ。うまく言えなくてごめんね」
「そ、そういう意味ならハッキリ言ってよね。気が向いたら着てもいいかな」
笑顔になった莉音を見て、誤解が解けたのを確認した。
☆
翌朝学校に行くと、校門で女子にビラを配ってる優衣里がいた。僕は昨日見たけど、またメイド服で驚いた。僕以上にみんなはもっと驚いてる。メイド服なんてほとんどの生徒は、生で見るの初めてだと思うし。
「メイド部を作ります。メイドになりたい娘は、一年一組の高梨優衣里まで来てください」
朝から元気な声を出して、ビラを配ってる中、僕の顔を見付けると駆け寄ってきた。
「光樹先輩、成美先輩おはようございます」
「おはよう。ずいぶん頑張ってるね」
僕が挨拶を返して、優衣里の頑張りを褒めると、嬉しそうに微笑んだ。
「でもメイド服でこんなに人前に出たら、先生に見つかって怒られるんじゃない?」
莉音の言うとおり先生に見つかったら怒られるかもしれない。
「大丈夫です。生徒手帳を読んだ限り、メイド服を着ちゃいけないとは、書いてないです」
「そりゃ書いてないだろ」
「いざとなったらテヘペロです」
可愛く舌を出した。僕は許したくなるけど、先生に通じるのかな。
「それにやる前からダメだって思うのは嫌いなんです。失敗したらしたで、頑張った結果の失敗なら前進してると思うんです」
僕はやる前からダメだと思ったら、行動をしなくなる。怒られたくないって気持ちが出てるんだ。僕が何かしようと思っても、優衣里と比べたら本気度が全然違う。
「用意したビラも、もう半分くらいになったし。入部希望者が来れば怒られても、やった甲斐はあると思います」
ビラを見せてもらうと、可愛いメイドさんのイラストと、メイドさんになりたい女子募集の文章が書いてあった。しかもカラーイラストで、すごくうまい。
「これ優衣里一人で作ったのか?」
「はい。一時間くらいで描いて、百枚コピーしました」
僕は今まで優衣里の人気が、ただ可愛いからだと思ってた。この行動力は尊敬に値する。気が付いたら優衣里の頭をよしよしと撫でていた。
「今日も光樹先輩に撫で撫でしてもらちゃった。やる気が超出ました」
「これで頑張ってくれるなら、おやすいご用だ」
「やるからには一生懸命やる。それが高梨優衣里の生き方です」
この前までの好き好きアピールを見ても、その言葉に偽りはない。結果的に力を抜いた方が良かったけど。僕が見習わなきゃいけない部分がまた増えた。僕も一生懸命やろう。
「入部希望者っている?」
「まだハッキリ入るっていう娘はいないんですが、興味を持って話を訊いてくれたり、考えてみるって言ってくれる娘は、何人かいました」
「それはいいね。桜野先生には僕から頼んでみるよ」
「お願いします」
僕と莉音は優衣里から離れた。優衣里はビックリされてるとしか思わなかったけど、少し離れて周りを見たら、男子の萌え視線に気付いた。学校のアイドルがメイド服を着てたら、男子が萌えないわけないか。メイド萌えな人限定だけどね。
☆
朝のホームルームが終わって、僕は教室を出ようとする桜野先生に声をかけた。
「桜野先生ちょっといいですか?」
「何かしら?」
振り返って、眼鏡の位置を直す。長い髪がフワッと舞い、シャンプーの良い香りがした。
「今日の黒いスーツ大人っぽいですね」
「本当?」
「はい。メイクも少し変えてませんか? 今まで可愛い感じだったけど、きれいな大人の雰囲気がしますよ」
「やっと私にも大人の雰囲気が出て来たのね。バンザーイ、バンザーイ」
身長が百四十六センチの桜野先生は、どうしても子供っぽく見られるため、大人に見られたい願望が強い。顔も童顔で中学生と言われたら、素直に受け容れられる。きれいな髪を下ろして、黒いスーツを着ているけど、頑張ってる中学生に見える。
「桜野先生。メイド喫茶でバイトしてたって言ってましたよね」
「うん。言ったよ。なぁに?」
ちょっ! 大人っぽい受け答えしてよ。これじゃ中学生どころか、小学生と話してる気分になるじゃん。とにかく今は大人と話してるように意識しなきゃ。
「僕達メイド部を作ろうと思ってるんですよ。是非桜野先生に顧問になってもらえないかなぁって思ったんです」
「うん。いいよ」
もう少し考えるかと思ったら。ルンルン気分で答えた。大人っぽく見られるのがそんなに嬉しいのか。作戦は成功したけど、頼りない気がしてならない。でもメイド喫茶のことはわかってるから、いろいろ教えてもらえるかな。
「じゃあ五人集まったら用紙を渡すから。部員の名前とクラスを書いて持ってきてね♪」
桜野先生は軽やかなスキップをしながら、教室を出て行った。こんなメイドさんいたら萌えるけど、大人だなぁとは決して思えない。
☆
昼休み優衣里が教室に来た。またメイド服だ。
「なんと三人も入部希望者が来ちゃいました。しかも全員光樹先輩と同じクラスです。黒山佐奈先輩、川上玲奈先輩、大野美紀先輩です」
みんな可愛いもしくは、きれいじゃん。僕はすぐに三人を呼んだ。
「黒山さんは何でメイドさんになろうと思ったの?」
「怪しげな気を感じたから」
怪しげな雰囲気は、黒山さんから感じる。せっかく可愛い顔してるのに、前髪が長めで目がよく見えない。下ろしてる髪もふくらはぎまである長さは異常じゃないか。スカートもみんな膝を出してるのに、何故か足首までのロングスカート。校則的にはダメなんだけど、先生も黒山さんの雰囲気にビビって注意出来ない。
「高谷はメイド部が出来たら、毎日顔を出すんでしょ」
「毎日かはわかんないけどね」
「そのとき怪しげな気を持つ者に襲われる。だからこの冷却大斬刀で倒す」
いきなり黒山さんの手に大きな剣が現れた。なんなんだこの巨大な剣は。黒板を斜めに半分にしたくらいの大きさだ。天井にぶつかりそうな剣を斜めに持っている。
「そこか。冷却砲!」
冷却大斬刀と呼んだ大きな剣を振りかざし、その先から白い光の球を出した。そこにはゴキブリが走っていた。白い光が命中した瞬間に、氷の中にゴキブリが入っていた。
「ゴキブリか。私の感も鈍ったな」
「鈍ったなじゃなくて、何者なんだよ」
「通りすがりの正義の味方さ」
窓から風が入ると前髪が舞い上がり、黒山さんの顔をハッキリ見えた。
「前髪切りな。その方が可愛いよ」
僕は無意識に黒山さんの髪をわけた。
「うん。こっちの方が良いよ。せっかくきれいな目をしてるんだから」
「高谷は前髪が短い方が好きか?」
「好き嫌いっていうよりも、黒山さんの目がキレイだから、出してて欲しいな」
「わかった」
優衣里が僕の前に来て、前髪を一生懸命伸ばしてる。
「パッツンの前髪も可愛いよ」
「やったー!」
優衣里が喜んだけど、昼休みが終わる前に話をみんなに訊きたいから構ってあげれない。
「川上さんは何でメイド部に入ろうと思ったの?」
「可愛いものが好きだから。メイド服も着てみたいと思ってたの。だけどメイド服ってチャンスがないと中々着ないから。このチャンスを逃すと着れないと思って」
川上さんはいつもツインテールで、可愛いもの好きな女の子。小さな体にピンクのリボンがよく似合う。パッチリした瞳は潤んでいて、気が付くと目が吸い込まれちゃう。
「メイド服って可愛いと思ってても、着る機会はないもんね」
「ところで高谷君。高谷君もメイドにならない?」
「は?」
川上さんはバッグからメイド服を出して、僕の体に合わせた。
「これじゃ小さいか」
「当たり前でしょ」
女の子の服だし、川上さんは僕よりも小さい。着れるわけないでしょ。
「じゃあサイズが合えば着てくれるのね」
「何でそうなるんだよ」
「高谷君って前から女顔だと思ってたの。百回でいいから女装してみない?」
「何でいきなり百回なんだよ」
「光樹先輩を女装なんてさせません」
僕の前に立った優衣里が大の字になって、護ろうとしてくれた。
「今日のところは諦めるけど、女装のこと覚えててね」
「何で負けた悪役みたいなことを言うんだよ」
「大野さんは、何でメイドさんになろうと思ったの?」
「いつもメイドさんのお世話になってるから、あたしもメイドさんになろうと思って」
「メイドさんのお世話って?」
「うちが広いから、メイドさんに掃除や洗濯、他にもいろいろやってもらってるの」
リアルの方か。そういえばお弁当は重箱で持ってきてて、お父さんが料亭のシェフって話を聞いたことがある。
「大野さんってアニメや漫画見る?」
「うちでは漫画とかは禁止されてるんです。何でアニメや漫画の話になったんですか?」
「メイド喫茶のイメージと全く違うじゃん」
「メイド喫茶のメイドさんは、どんなメイドさんなんですか?」
「ドリンクを出して、お兄ちゃんって呼んだり、ご奉仕っていって、アーンをしたり」
「意味がわかりません」
「ご主人様を癒すのが、メイドさんの仕事なんだよ」
「お兄ちゃん大好き! どうですか?」
大野さんはお祈りするみたいに手を組んだ。大野さんみたいに、きれいな妹っていうのも良いなぁ。
「最高に癒されたよ」
優衣里がバッグから、クッキーを出した。
「あたし光樹先輩にご奉仕したいです」
「僕もやって欲しい!」
「アーン」
優衣里が僕にクッキーを食べさせてくれた。すごい癒される。
「ありがとう」
「もう一人頑張って部員を集めて、ちゃんと部にしますね」
「桜野先生には頼んでおいたよ。五人集まれば部になるから」
「わかりました。ありがとうございます」
「あと連絡先交換しよう」
僕はスマホを出して、優衣里と赤外線通信をした。これだけいろいろやってくれてるし、これから連絡することもあると思ったから。