可愛らしいキャラクターのイラストがはってある看板には、メイド喫茶&バー「エンジェル」と書いてあった。間違いない。少し緊張しながらドアを開けると、可愛らしい二人の女の子の声が、迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「メイドの真由子です」
 自己紹介したのは、サラサラのきれいな黒髪のメイドさん。すごくやせてて背が低い。可愛いっていうよりも、きれいな雰囲気があり、パッチリとした瞳から、優しそうな印象を受けた。赤いメイド服が似合ってる。
「きれいですね」
「わかってる!」
 謙遜したり、恥ずかしがる言葉を想定してたら、堂々と胸を張って当然でしょってテンションで言われた。
「本当に髪もサラサラできれいだし、澄んだ瞳は純粋そうだし、痩せてて腕も細長いしね」
 真由子さんは思わず下を向いた。自分でわかってるって言ったのに、僕がさらにきれいな部分を褒めたら、次の言葉を言えなくなったみたい。
「光樹、いつもと雰囲気違うんじゃない?」
「当たり前じゃん。メイド喫茶に来たんだから、テンション上げて楽しまなきゃね!」
 この瞬間をどんだけ楽しみにしてたことか。莉音がビックリするのもわかるけど、僕的にはこのくらいのハイテンションは、当然だ!
「この娘、純粋じゃないですよ」
「沙希ちゃん!」
 メイドさん同士でちょっとした喧嘩。きっと仲が良いから言い合えるんだろうな。女の子同士のこういう会話は見ててほほえましい。
 僕がじゃれ合ってるメイドさん達を見てたら、カウンターの隣に座ってる莉音から、父親の敵でも見るような視線を向けられた。威圧感から思わず背筋を伸ばした。
 ちょっと待ってよ。今から楽しくメイドさんと話そうと思ってるのに、そんなに怖い目で見られたら、どうやってこの楽しい気持ちを表せばいいんだよ。
 考えたけど今は楽しむ。莉音は後でフォローする。せっかくメイド喫茶に来てるのに、楽しまなきゃもったいないからね。
「彼女さんの前で、他の女の子をキレイって言っちゃダメですよ」
「か、彼女じゃないし」
 もう一人のメイドさんが勘違いした。たまに勘違いされるけど、この勘違いはなんでされるんだろう。
「さっきも叩かれたばっかりなんですよ」
「ちょっと。そういうこと言わなくていいでしょ!」
「本当のことじゃん」
 莉音もメイドさんのリアクションを見て、少し落ち着いてきてる。莉音を彼女と勘違いしたメイドさんに尋ねた。
「名前なんていうんですか?」
「沙希です」
 沙希さんは茶髪のセミロングの髪をなびかせて、笑顔を振りまいた。少し背が高くて、キラキラと輝く瞳で、楽しそうに僕を見つめてくる。
「沙希さんは可愛いですね」
「本当? ありがとー、ありがとー」
 すごい喜んでくれてる。やっぱり女の子は、可愛いって言われると嬉しいんだなぁ。素直に喜ばれると、言って良かったって思うなぁ。
「ご主人様はエンジェルをどこで知ったんですか?」
 沙希さんはキラキラと瞳を輝かせて訊いてきた。
「メイド喫茶に行きたいって思ってて、近くにないかなぁってネットで調べてたんです」
「そうなんですか。ご主人様はメイド萌えなんですね」
「もっちろん。今着てるメイド服も、似合ってて可愛いですよ」
 黒いメイド服を着た沙希さんは腕を振って、子供みたいに喜んだ。
「ご主人様とお嬢様が、エンジェル初めてのご帰宅です」
「そっかー。それは嬉しいな」
「エンジェルのシステムを説明しますね。三十分でワンドリンク千二百円、一時間でツードリンク二千百円になりますが、どちらになさいますか?」
 高いなぁ。普通の喫茶店にも行かないけど、メイド喫茶だから余計にするんだろうなぁ。でもメイドさんとお話しできるから、全然オッケー。
「取り敢えず三十分で」
「はい。お嬢様は少し安くなります。三十分でワンドリンク八百円、一時間でツードリンク千六百円になります?」
「あたしも三十分で」
 メニューを見て僕はコーラ、莉音はオレンジジュースを頼んだ。
 壁にはアニメのポスターが張ってあったり、メイドさんが描いたと思う、メイドさんのイラストもあった。カウンターの左側にはDVDも置いてあり、その横にはカラオケの機会の上に、戦隊もののフィギュアがケースに入って飾られている。
 右側にはメイドさんお薦めの漫画って書いてあり、小さな本棚に漫画がいっぱい並んでいる。壁にはメイドさんの紹介として、写真が飾ってあった。次の日のメイドさんもイラストで張ってある。
「沙希さんって、可愛いですね」
「本当? ありがとー、ありがと-。誰も言ってくれないんだよ」
「こんなに可愛いのに、誰にも言われないんですか?」
「そうなの」
 真由子さんがコーラをコップに入れながら、話に割り込んできた。
「きっとあたしの美貌にかすんじゃってるんですよ」
 真由子さんが自画自賛をしてる。ここまで自信満々に言えるってすごいなぁ。
「この子イタイから気にしないでください」
「ちょっと沙希ちゃん」
「テヘペロ」
 真由子さんが僕にコーラを出してくれた。氷がいっぱい入ってて、冷たくて美味しい。
「そもそもあれなんですよ。沙希的に自分で自分のこと可愛いっていう人って、どうかと思うんです」
「似たような人は知り合いにいますよ。服とかを褒めないと、怒ってくる幼なじみなら」
「それってあたしのこと?」
 莉音が隣なのに、すごい大声で怒鳴ってきた。僕の鼓膜をいたわってよ。
「莉音じゃないよ」
「他に幼なじみなんていないでしょ」
「バレたか」
「バレるに決まってるでしょ」
「いいな。幼なじみって楽しそうです。沙希には幼なじみいないから、うらやましいです」
 僕のピンチをほほえましく見てるんだけど、どこがうらやましいのか、全然わからない。
「二人はいつからの幼なじみなんですか?」
 真由子さんが尋ねながら、莉音にオレンジジュースを出す。
「物心着いた頃から。気が付いたら隣にいる感じでした」
 オレンジジュースを飲んだ莉音に、真由子さんはまたぶち込んできた。
「一度も好きにならなかったんですか? あたしほどじゃないけど、お嬢様も可愛いじゃないですか」
 真由子さんは、そういう話に持っていきたいみたい。
「だからそういう関係じゃないんですよ」
 僕が力を込めて否定したら、莉音が怒り出した。
「何でそんなに強く否定するのよ!」
 莉音がドンッとカウンターを叩いたら、コーラとオレンジジュースが一瞬ジャンプして、二人のメイドさんが目をまん丸にして驚いた。
「ご、ごめん」
 あんなものを見せられて思わず謝ったけど、これは莉音にとってもいいことじゃないの? しっかり否定しておかないと、変な勘違いされちゃうしね。
「兄弟はいないんですか?」
 沙希さんが腕を振りながら、話題を変えてくれた。
「あたしも光樹も兄妹はいないですよ」
 莉音が答えた後に、僕は壁に張ってある紙に、書かれていたことを尋ねた。沙希さんの顔がちょっと嫌そうになった。
「お兄ちゃんコース、お子ちゃまコースってあそこに書いてあるけど何ですか?」
 僕はその言葉を見て、何だか気になってしょうがなかった。だって僕はお兄ちゃんになりたいけど、なれなかったから。
「ご主人様をお兄ちゃんって呼ぶコースなんですよ。お子ちゃまコースはご主人様を、お子ちゃまとして、お話しするコースです」
 真由子さんは嬉しそうに教えてくれた。
「妹萌えの僕にはたまらないコースです」
「心の声が出ちゃってますよ、ご主人様」
「そりゃ出るさ。妹もののヒロインが出るアニメっていっぱいあるじゃん。それを見て妹がいない僕は、妹がいたらどんなに幸せな生活だったかって思ってたんだから」
「あたしも妹ですよ」
 真由子さんはどこか大人っぽい仕草をするから、あんまり妹って感じがしない。だけどリアル妹は、僕のイメージする妹と違うのかもしれない。知り合いの妹を考えても、あんまり想像の妹と違うから。
「真由子さんって何だか、姉っぽい感じ。沙希さんの方が妹スキル高そうですね」
「あたしは姉ですよ。妹スキルって何ですか?」
「妹キャラってことです。ノリで言葉を作っちゃいました」
「でもご主人様は高校生ですよね? あたし達が妹としてお話ししてもいいんですか?」
「もっちろん」
 確かにメイドさんは二十代前半に見える。僕は高校生だけど、そんなの関係ない。妹として話してくれるなら、きっと楽しいに決まってる。
「関係ないよ。妹っていうのは、神が作り出した天使だから」
「あたし達も天使なんですよ」
 意味がわからなくって驚いたら、ため息をついて莉音が答えた。
「エンジェルって名前だもんね」
「お嬢様さすがですね」
 褒められて嬉しそうな莉音。気付けなかったのが悔しい。
「あたしはBLの天使なんです」
「どんな天使だよ!」
 思わず突っ込みを入れたけど、真由子さんは、さらにぶち込んできた。
「ご主人様が寂しいときは、イケメンの少年を召還しますよ」
「マジで遠慮しておきます」
「そんな遠慮しなくていいのに~」
「だったら真由子さんが来てください」
「おっ! 早速あたしに惚れたかぁ?」
「惚れてないから!」
「素直になっちゃえよ」
 コーラを飲んで、一端休憩。そしてこの会話を立て直す方法を考える。
「とにかくご主人様のために、イケメンを出しますよ」
 思い付く前にぶち込まれた! 目の前に出されたのは、表紙からBL漫画ってわかる本。
「いらないってば」
 僕はその漫画を払ったけど、莉音はあることに気付いた。
「これって設定でしょ」
「設定です」
 真由子さんだけが、楽しい設定に思えるんだけど。
「そうだ。お兄ちゃんコースしてください」
 僕は言うタイミングを逃してて言えなかったけど、やっと言えた。
「お兄ちゃんコースは千円なんですけど、フードメニューを頼んでいただくことになります。食べてる間、お兄ちゃんって呼んで、お話しします」
 メニューを見たらオムライスが千円で、パスタが九百円。この辺りは高いからパス。たこ焼きが五百円。これが相場かな。ポッキーが三百円。これも高いかな。チョコレートパフェが七百円か。
「たこ焼きにします」
「どっちのメイドを妹にしますか?」
 真由子さんがやりたそうに僕を見てた。
「真由子さんお願いします」
「わかりました。ご主人様は青のり、鰹節、マヨネーズは全部大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「今準備するんで、ちょっと待ってて下さい」