「めいちゃん、めいちゃん」
 きさきが話しかけてもゆめこは言葉を返さなかった。あきらのように白くなった顔は、明らかにいつもと違う。目には輝きがなくなっている。
「ゆめちゃんって、妖精術使うの苦手じゃなかったっけ?」
「テヘペロ」
「テヘペロですまさないでよ」
 まゆかの言葉を適当に流したきさきは、笑って誤魔化した。
 みんなは人魚の姿に変わり、青年の後に続いて海の中にある家を目指す。海の中を泳いでいると、青年に向かって黒い光が飛んできた。何かと思ってそっちを向くと、闇の一族のダークイカが攻撃していた。
「な、何してるのよ!」
「もう戦うしかないね」
「フェアリーチェンジ」
 まゆかときさきはメイドレンジャーの姿になって戦う。
 まゆかがシャドウ達と戦っていると、青年は泳いで家に入った。青年は写真立てを持ってきた。まゆかは戦いながらその写真に目がいってしまう。
 離れて動きながらで、ハッキリ見えなかったが、青年は女性と写っていた。
「この幽霊の思いをはかなり強い。だからこいつを操って人間を恐怖に陥れてやる」
 シャドウを倒していくと、闇の一族が現れた。まゆかは幽霊と言われてピンと来た。おばちゃんが言ってたのはこの人のことだったのか。人魚への想いがあるから、人魚に変える能力もある。海でなくなったから、海に入っても大丈夫だった。
「フェアリーアロー」
 まゆかは目の前に現れた、ダークイカに立ち向かう。しかしイカ型のため海の中を自由自在に動き回り、まゆかは目で追うのもやっとだった。
 フェアリーアローは妖精術でコーティングされているため、海の中でも勢いはある。だが敵の動きが速いため、よけられて脚で攻撃をされ続けた。
「フェアリービーム」
 きさきが妖精術を込めた光を解き放ったが、はじき返されてしまう。二人は倒れたがすぐに立ち上がった。まゆかは振り返り青年を見る。慌てる様子もなく、どこか冷静と余裕を秘めた表情をしている。幽霊だからもうどんなふうなってもいいと思っているのだろうか。だがまゆかは敵に顔を向けて決意を固めた。
 後ろにいる青年はやっていることは良くない。でもそれは傷付き、癒されないため成仏できなかったから。だったら妖精として、護って癒さなきゃと、闘志がわいてきた。
 とにかく水中は動きにくいため、海の中での戦いは不利だと判断した二人は、海から上がろうとした。だが敵の脚が伸びて二人の脚は捕まってしまった。
「キャッ!」
 二人が捕まった瞬間、ダークイカが体を光らせた。すると脚を伝って電撃が二人を襲った。二人は意識はあるものの、戦うことが困難な状態になった。
「この特異な能力を応用すれば、人間どもを闇の一族に変え、人間界を一気に征服できる」
「そんなことはさせない」
「捕まった状態で、何を言ってるんだ」
「何でも言うわよ。この人は傷付いた気持ちがあった。だから成仏できなかったのよ。あたし達は妖精よ。傷付いた人はこの手で癒す。例え相手が幽霊でも、妖精の誇りに変えてもね」
 まゆかが捕まったまま反論すると、闇の一族は手から黒い光の球を作り始めた。
「もう遅い。これを受ければあいつは俺の思うように操れる。口だけの妖精は黙って見ていろ」
「黙って見てられるわけないでしょ」
 闇色に輝く光は青年の方に飛んでいく。
 青年は思わず腕を顔の前にして逃げれなかった。ダークイカに捕まった状態で、まゆかはフェアリーソードを出した。
「な、何!」
 まゆかは青年の前まで泳いでいく。もちろん闇の一族は足に力を入れ動けないようにしようとしたが、まゆかはもう少しで青年の前に着く。
「これでどう!」
 再び脚から電撃を流すが、まゆかは苦痛の表情を浮かべるものの、剣で脚を切り落とす。そして青年の前に飛んできた暗黒の光球を叩き斬った。黒い二つの半球は、まゆかと青年の真横を通り、後ろで暗黒の煙を漂わせた。
「これが妖精の力よ!」
 まゆかは睨みつけたが、ダークイカは余裕の表情を崩さなかった。
「こっちにはまだ人質がいる。もっと強い電撃を出せば、一発でこいつの命はなくなるぜ」
「テヘペロ~」
 きさきが捕まったままのため、まゆかは歯を食いしばったまま、思考を巡らす。
 きさきを助けるにはどうすればいいか。
 今は一度退却して、体勢を立て直すべきか。
 決断できないまま数秒がたつ。
「早く剣を捨てろ」
 言われるままに剣を捨てようとしたが、青年がまゆかの手を止めた。
「だから妖精もダメなんだ」
「何ですって!」
 青年の言葉にまゆかは怒りを露わにするものの、今の状況じゃ従うしか選択がないと思った。しかし青年には迷いのない表情で、まゆかの目を真っ直ぐ見つめている。
「だから助けてやるよ」
「えっ?」
 青年の言葉が終わった刹那、ダークイカと捕まった状態のきさき。青年とまゆかを海岸に移動させた。
「どういうこと?」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないんじゃない?」
 砂浜にはダークイカに、足を掴まれたままのきさきが倒れた状態だった。
「ど、どういうことだ?」
「フェアリーアロー」
 妖精術を込めた弓が、状況を飲み込めないダークイカに向かった。しかしギリギリでかわされ、弓は海に入ってしまった。
「不意打ちも出来なかったな。もうお前達に勝ち目はない」
「フェアリブレイク!」
「フェアリーパンチ」
 海から上がった瞬間に、あきらとゆめこがダークイカに攻撃をした。
「グハ!」
「フェアリビーム」
 ダークイカの力が抜けたため、きさきはからみつく脚を攻撃した。
「何故だ。あいつに操られて、人魚になっていたはず」
「フェアリーアローは妖精力が入ってるの。攻撃と見せかけて海にいるあきちゃんとゆめちゃんにあてれば、元に戻せると思ったのよ」
 ふらつきながらなんとか立っている闇の一族は、もう一度や闇の光を作り出す。
「みんな行くよ」
 まゆかの掛け声でみんなは並んだ。
「優しき妖精、フェアリーレッド」
「明るい妖精、フェアリーイエロー」
「お茶目な妖精、フェアリーブラック」
「美しき妖精、フェアリーブルー」
「フェアリー戦隊、メイドレンジャー」
 あきらがフェアリーソードで、迫りくる脚を斬った。
「わたしもいきますよ。ゆめこキック」
 ゆめこは高くジャンプをして、ダークイカを思いっきり蹴った。
 脚が光り、妖精力が直接叩き込まれたのがわかる。何とか立ち上がったダークイカも、かなりのダメージを受けているようだった。
「みんないきますよ」
 ゆめこはとどめをさそうと提案する。
「フェアリーボンバー!」
 四人の手から光球ができ、ダークイカに向かっていく中で、合わさって大きな光の球になった。命中してダークイカが爆発を起こした。
 まゆかは青年の方に歩き出した。
「さっきの写真を見せて」
 青年は素直に写真を出した。その写真には青年と、横にはどこかで見たことのある女性が写っていた。
「何であたし達を助けてくれたの?」
「さあな。ただの気まぐれかもしれない」
「じゃぁ気まぐれのお礼をしてあげる」

    ☆

 まゆかは青年を魚のお店に連れて行った。写真を見たら面影がおばちゃんに似ていたから。
「さぁ入って」
 青年は入るのをためらっている。まゆかはじれったくなって、ドアを開けて青年の手を引っ張った。するとお店のおばちゃんが、話しかけてきた。
「また来てくれたんだね。こっちのテーブルが空いてるよ」
 最初はまゆかの顔を見たため、普通に笑顔の接客だったが、後ろから入ってきた青年の顔を見て目を見開いた。
「一雄!」
 青年に向かって歩きながら、近づいてくるおばちゃんは、青年、一雄の手を握ろうとした。しかし一雄は見えているのに、おばちゃんの手はすり抜けてしまう。この状況が飲み込めずに、おばちゃんは何度も青年の手に触れようとしたが、その手を握ることは出来なかった。
「やっぱり死んだんだね」
 おばちゃんは一瞬の思考で思い至り、その答えを口にした。その声は切なさや、やるせなさがあるものの、目には涙がたまっていた。
「あのときはお父さんがそうしろって言ってね。私は一雄と結婚したかったんだよ」
 言葉は途切れそうになりながらも、何とか止まらずに紡いでいく。おばちゃんの感情は若かった頃、青年と過ごして後悔した日にタイムスリップをしてしまった。頬を流れる涙が蛍光灯の光に反射して輝くと、一雄はおばちゃんの涙を拭おうとした。だがその手は触れることは出来ずに、今度は一雄の手がおばちゃんの顔をすり抜けてしまった。
「あのときとは同じようには行かないね」
 一雄は優しい表情を作ったが、どこか無理をしているように見えた。
「俺のワガママが悪かった。思い通りに行くと思ってたけど、世の中そんなに甘くなかった」
「お父さんがお金を返せないのをわかってて、返せって言うから。私達の関係がバレないようにしなきゃダメだったのに、やっぱり結婚したかったから……」
 まゆかはそろそろ状況を訊かせて欲しいと思い、話をさえぎった。
「ごめんなさい。どういうことがあったのか、よかったら教えてください」
 しばらく考えてから、青年は語り出した。
「俺は昔美智子と結婚しようと思っていたんだ。だが美智子のお父さんは、俺の親にお金を貸していたんだ」
 そこで区切ると、今度はおばちゃんこと、美智子がつなげる。
「当時は今よりも差別がすごかったから、お金持ちのお父さんは貧乏人の息子と結婚をさせるのに猛反対したのよ」
 思い出すように見上げた美智子は、そこに反対していた父親の顔を思い浮かべている。
「一雄がお父さんに挨拶に来て、烈火のごとく反対されたのよ」
「俺のうちに電話がかかってきて、すぐに金を返せって親に言ってた。そんな無茶苦茶なこと言われても親は無理って言って、貧乏人のようなクズが俺の娘と付き合いやがってって言われたらしい。俺は頭にきたけど、あの人の性格だとそう言うのはわかってた。だけど好きになったら、自分の気持ちを抑えられなくて」
 ため息をついた一雄に続き、美智子が話す。
「走って家を出た一雄が心配になって、会いに行ったの。家にいないって言われて、きっと海だと思ったら、海に行ったら背中は見えたんだけど、自分から海の中に入っていって、気が付いたら消えてて。すごい探しても見つからなくて」
 まゆかは美智子から聞いた人魚の伝説を思い出した。
「あのときは人魚の顔が美智子に見えたんだ。美智子はもう人間じゃなくて、人魚として存在している気がした。人魚に近づくにつれて、お父さんがダメって気持ちから、人間がダメって気持ちになっていった。たぶんあれは人魚じゃなくて、幽霊だったと思う。呪われたような気持ちでずっといたから。今人間のときの気持ちを思いだしたけど、幽霊になってたくさんの人を人魚にしていた自分がダメだってわかったよ」
 一雄は決意した表情になり宣言した。
「俺はもう女の子を人魚にする気はない。だから成仏するよ。最後に会えて良かったよ、美智子」
「私もよ、一雄」
 一雄はだんだんと透明になっていき、気が付くとそこにいなくなっていた。
「ありがとう」
「えっ?」
「一雄に会わしてくれて」
「そんな当たり前のことをしただけです」
「当たり前?」
「はい。傷付いた人を癒すのが妖精の仕事ですから。一雄さんを癒して成仏させたのも、あたしの役目なんです」
「そう。お礼に今日はあたしのおごりよ。みんないっぱい食べて!」
「やったー!」
 みんなはお腹いっぱい海の幸を堪能した。

     ☆

 帰りの電車であきらはまゆかに言う。
「まゆかってやっぱりすごいね」
「そうでしょ、そうでしょ」
「うん、本当にすごい!」
 あきらの目は妹をキラキラと見つめている。調子に乗ったことを言いつつも、突っ込んでもらいたかったまゆかは、次の言葉に困った。
「確かに。きさきはあのおばちゃんが、昔付き合ってたとかわかんなかったから」
「あたしもです」
「めいちゃんは人魚になってて、肝心なときにいなかったでしょ」
「そう言われたら、敵とあんまり戦ってません」
 みんなが笑いしばらくの沈黙の後、まゆかはそっと呟いた。
「やっぱり思い通りにはいかないってことだね」
 みんなが頷くと、まゆかは花火を出した。
「いろいろあったから、花火をやろうと思ってたのに、やるの忘れちゃったよ」
「思い通りにいかないってそっち?」
 きさきが驚くと、まゆかは意外な表情をした。
「みんなでしようって話したじゃん。お腹いっぱい食べたら、みんなすぐに寝ちゃって誰も思い出さなかったからね」
「だからそっちじゃないんだってば」
 笑いが再び生まれ、みんなは電車に揺られて帰っていくのだった。