四人は海の近くにあるお店で、ご飯を食べていた。そこは安く海の幸を出してくれるお店。カウンターが六席、テーブルが二つという小さなお店だが、常連客が入れ替わりを繰り返し、愛想のいいお店のおばちゃんは常連客だけでなく、まゆか達にも気さくに話しかけていた。
 まゆか達がメニューを見ていると、おばちゃんに話しかけられた。
「お嬢ちゃん達なら、海鮮丼が良いと思うよ。いろいろ入ってるし、茶碗蒸しやおみそ汁も付いてるし」
「どうする?」
 みんな話し合って海鮮丼にした。
 海鮮丼が来て、蓋を開けてどーん。新鮮な魚がきれいな色で、輝いて見えた。
「このお魚美味しい!」
「そうかい。それは良かった」
 お店のおばちゃんが、まゆかの舌つづみを聞いて、喜びながら来た。
「すっごく美味しいです」
 他のみんなも続けて感想を言っていく。
「ここの海で捕れた魚だから新鮮だよ」
 おばちゃんはあきらの顔を見て、話しを替えた。
「ところで知ってるかい。人魚の伝説を」
「人魚?」
 あきらは首を傾げた。
「昔ここに住んでた男が、人魚を見て一目惚れをしたんだよ」
「そうなんですか?」
 あきらの疑問に頷いた。
「人魚には気をつけなよ」
「私達は」
 ゆめこは口を抑えられた。妖精っていうのは、秘密だからだ。
「まあ伝説だからどこまで本当かわからないけどね」

    ☆

「こっちの方は人少ないよ」
 みんなで海に行ったら、まゆかは穴場を発見した。
「本当だ。誰もいないね」
 きさきはあゆかに向かって海水をバシャバシャかけた。
「こっのー。やったーなー」
 まゆかはかけ返すが、きさきのテンションは落ち着いていた。
「いや、そういうノリでやったわけじゃないから。隣のめいちゃんにやろうとしたから」
「ツンデレだ」
「あ、まゆかさんは普通だから」
「えい!」
 まゆかはきさきに水をかけた。きさきも最初は背中を向けて無視をしたけど、まゆかがやめないので、きさきもやり返した。ゆめこやあきらにもかかり、気が付くとみんなで海水を掛け合った。まゆかは一人離れだした。
「キャハッ! あたしはここよ。捕まえられるものなら捕まえて」
「はにゃ。こんなところにきれいな貝があったよ」
「本当だー。キレイだね」
 あきらが見付けた貝を見に、きさきはあきらの方に行った。ゆめこはどっちに行くべきかわからず、オロオロしている。
「めいちゃんも見てみなよ。貝が光ってるよ」
 きさきに手招きされて、ゆめこは貝を見に行った。
「もう仕方ないわね。みんなツンデレなんだから」
「まゆかさんには見せない」
 きさきはあきらの掌にある貝を、自分の手で被った。
「きーちゃんの意地悪。でも本当はあたしのこと好きなんでしょ」」
「もう、何言ってるのかなぁ。この娘は。仕方ないから見せてあげる」
 きさきの手がなくなり、まゆかは貝を見る。
「きれいな貝」
 みんなであきらの拾った貝を見つめる。
 白い貝は淡い光を放っていたが、まゆかが見た瞬間、太陽のようにまばゆい光に変化した。
「キャッ」
 すると周りは白い霧のようなものに包まれた。周りが見えずに四人は驚く。
「人魚になってくれるかい?」
 どこかで聞いたことのある声がした。向こう側から誰かが近づいてくる。視認できる距離になって、さっきナンパ男を殴った青年だとわかった。
「人魚になってくれるかい?」
 何度も尋ねるその青年に、まゆかは言った。
「あたし達は妖精なの。悪いけど人魚にはならないから」
 普通の人間じゃないと判断したまゆかは、自分達の正体を言った方が良いと判断した。
「だったら僕は僕なりのやり方をするね」
「望むところよ」
 青年と白い霧は消え、海に戻っていた。
 背筋が冷え真夏の日差しにもかかわらず、独特の寒さが四人を鳥肌にした。
「何か寒くなったね。海入るのやめて部屋に戻ろうか」
 四人はホテルの部屋に戻った。あきらは貝を持っていく。

    ☆

「あの人何だったんだろうね」
 あきらがみんなに尋ねると、まゆかが答えた。
「あたしみたいな可愛い娘を見付けると、声かけてくる男がいるからね」
「じゃあ貝が光って、霧の中から出て来たのは何?」
「たぶんあたしへの気持ちが強くて、超パワーが爆発したんじゃない?」
「この娘イタイこと言ってるんだけど」
「イタくて悪かったね」
 まゆかがきさきに反論した。
「あきちゃんはどう思う?」
「人魚になってって言ってたから、人魚の伝説と何か関係があるんじゃないかな?」
「確かに。間違いない」
 きさきはあきらの意見には賛成した。
「もうプンスカプー」
「そうだこれ持ってきたんだった」
 あきらは貝を出して、みんなに見せた。
「これが何かのヒントになるんじゃないかな?」
 きさきは貝を摘んで、いろんな角度からじっくり見たが、変なところはない。さっきのように光ることもない。
「これって特別な貝なのかな。あの人が特別なんじゃない?」
「あの人はどう特別なんですかね」
 ゆめこの疑問にきさきは腕を組んで数秒間考えた。
「わかんない」
「わかんない。わかんない」
 ゆめこはきさきのわかんないという言葉を、変な声にして繰り返した。
「でもこれが何か特別じゃないって思うのよね」
 きさきは持っている貝を顔の前で振って、言葉を強調してみせた。すると貝がプシューッと霧を吐き出した。目の前にいたあきらは霧に包まれてしまう。
「あきちゃん!」
 まゆかが叫び、きさきも驚いて貝を落としてしまう。霧がなくなるとそこにいたあきらがいなくなっていた。
「あきらさんどこに行ったんですか?」
 ゆめこはキョロキョロと探したが、見つからない。
「貝が特別じゃないって?」
「テヘペロ」
 まゆかはきさきを睨んだけど、今はそれどころじゃないため、部屋を見回してもいないことは確実のため、きさきから貝を奪った。
「気をつけてください。またプシューがくるかもしれないですよ」
 ゆめこが貝を見ているまゆかに言って、まゆかは貝を顔の前から離して見ることにした。
「何かわかりましたか?」
「わかんない」
「海に行こう。あの人に会わなきゃダメな気がする」
 きさきの言葉に二人は頷いた。

    ☆

 貝を拾った海岸に行くと、誰もいなかった。いくら穴場といっても誰か一人くらいはいそうだが誰もいない。ただ妙な雰囲気は感じられた。夏なのにひんやりとするような、独特の危険な空気感。
 しかしそれは人間にとってのもの。妖精にとっては違和感を感じずにいられた。
「おーい」
 きさきは名前を呼ぼうとして、名前を聞いていなかったことを思いだした。キョロキョロ見まわして、誰もいないのは明らかだった。
「いないけどどうしよっか?」
「ひょっとして僕に何か用?」
 後ろにはさっきの青年がいた。きさきは思わずのけぞってしまった。
「後ろも確認したはずなのに。何でいるの、何でいるの?」
 腕を大きく振りながら、きさきはテンションを上げて訊いた。
「どこから来たの?」
 まゆかが一歩近づき問いつめると、フフッと笑ってみせる。まるでその質問をさせようとしていた表情で、思い通りになった、そんな顔になっていた。
「用がないなら帰るね」
「用がないなんて言ってな!」
 まゆかが止めようとすると、目を疑いたくなる光景になった。そこにいた青年がどんどん薄くなっていく。青年の体は透明なコップのように、存在は見えるが色を視認できなくなっていた。そして数秒後には完全に見えなくなった。
 ゆめこは思わず目薬を差してみたが、やっぱりそこにいた青年の姿は見えないままだった。。
「ねぇこれどーゆーこと、どーゆーこと?」
 きさきが疑問を大声で出したが、まゆかにもゆめこにもわからない。
「こういうことだよ」
 青年は三人から少し離れた場所に、姿を現した。クスッと笑った顔は、面白そうに笑ってて、三人はバカにされたように思った。
「ちょっとどういうことよ」
「だから妖精もダメなんだ」
 青年は口癖をアレンジした。その声には悲しさや切なさとともに、苛立ちや憎悪などいろいろな感情が複雑に含まれていた。
 まゆかはその言葉に思わず反論した。
「妖精がダメってどういうことよ!」
 まゆかは傷付いた人を癒すことで、妖精としてのプライドを保っていた。自分のやっていることに自信があったため、否定されると反論せずにはいられなかった。
 答えが返ってこないため、まゆかがさらにヒートアップしそうだったところを、ゆめこが間に入った。
「えっと、えっと。今はその話じゃなくて、あきらさんを知りませんか?」
「そうよ。あきちゃんを返しなさい」
 まゆかが怒りだしてゆめこがオロオロしながら、慌てて話題を変えた。するときさきが犯人はこの青年と決めつけたように、元気な声で青年を見つめる。決して怒鳴っているわけじゃない。半分ネタのような言い方だが、それでも本心を伝えようとしている。相手の出方次第では、次の言葉を変えるつもりが伺えた。
 青年は指す。その先には海に浮かぶ岩場。確かにそこには人影がある。
「あれだろ?」
 三人の目は岩場にいる人を見つめたが、遠くてあきらなのかわからなかった。
「フェアリーチェンジ」
 まゆかは妖精メイドこと、メイドレンジャーの姿に変身した。背中には美しい純白の翼が生まれ、大きく羽ばたかす。まゆかはその場で高く上昇し、光のような速さで飛び抜けた。その速さから焦る気持ちが手に取るようにわかった。
 自分の姉が消え、そこにいるかもしれないと思うと、早く会いたいという感情を抑えられないのだ。
 まゆかが岩場まで来ると、そこにはあきらがいた。だがまゆかの知っているあきらではなかった。そこにいるあきらは、下半身は魚の人魚になっていた。
「な、何で……」
「人魚になってもらったんだ」
 青年は優しさの中に寂しさを感じさせる声を出した。
 まゆかはあきらを人魚にした青年を許せなかった。妖精であることを誇り、尊敬しているあきらを人魚にされてしまったことを。
「元に戻しなさい!」
 まゆかの怒声が響くと、呼応するように波が大きくなり、岩場は飲み込まれてしまった。
「ハッ!」
 まゆかの気合いの込めた叫びで、妖精術が作動して、まゆかとあきらを薄い膜が包み込む。まゆかは波が去って青年を睨むと、そこに青年はいなかった。
「また消えた?」
 辺りに視線をさ迷わすが青年の姿はなかった。まゆかはとにかくあきらを連れて行こうとして手を引いたが、あきらは首を振った。
「えっ?」
 もう一度首を振るあきら。その白い顔はいつもの肌とは違い、血が通っていないように、想像させた。
「あの人は寂しい人だから、あきがそばにいることにしたの」
「どうして? どうしてそんなこというのよ」
 あきらのいうことが信じられないまゆかは、あきらの肩を掴んで、体を大きく揺らす。あきらはまるで意志が抜け落ちたように、表情を変えずに首が前後に揺れ続ける。
 きさきとゆめこが遅れてやってきたが、二人でまゆかを止めた。
「まゆかさん何をしてるんですか?」
「そうだよ!」
 二人でまゆかをあきらから引き離すと、きさきはまゆかの耳元で囁いた。
「たぶんあきらちゃんは、あの人に操られてるだけだから」
 まゆかの表情はハッとした。自分があまりにも冷静でいられなかったため、気付けることに気付かなかった。
「あたしに良い考えがあるんだ」
 まゆかにだけ言ったきさきは、青年に向かって宣言した。
「あたし達みんな人魚になってあげる! どーん」
「えっと、えっと」
「ちょっと!」
 ゆめこは驚き、まゆかは予想外の発想に適切な言葉が見つからなかった。
「本当? 二人とも驚いてるよ」
「あたしがみんなのリーダーだからいいの」
「きーちゃん。いつからリーダーになったのよ」
「テヘペロ」
「なってくれるならみんなを人魚にするけど?」
「作戦会議するから待ってて」
 三人は青年から離れて話し合った。
「そんなことしたら、あたし達も意識がなくなるんじゃない?」
 まゆかの言葉にきさきはニコッと笑う。
「大丈夫。今から妖精術でバリアを張って、あの人の術にかかったふりをするの。それで自分達の妖精術で、人魚に化けるの」
「それって……」
「あたし達は妖精でしょ。妖精は傷付いた人の心を癒すでしょ。いうてもアレなんですよ。あの人はきっと何かあるはずなんです。それを見付けて癒さなきゃ、あきちゃんを元に戻せないと思うんですよ」
「わかった。きーちゃん」
 三人は青年の方に近づいた。
「あたし達、人魚になる」
「わかったよ。じゃあ人魚になる術をかけるね」