平塚の街を、闇よりも黒い影の集団がコンクリートの地面から現れる。人型のフォルムをしたそれは、人間の負の感情が具現化した存在。人の形をしていながら、人を嫌い、憎み、襲わずにはいられない。シャドウと呼ばれているが、存在を知る者はごく一部にしかいない。
 そんなシャドウが人々を襲い出す。人間をみつけると衝動的に怒りをぶつけずにはいられない。東京ほどの都会でもないが、人通りはそれなりにある平塚駅の周辺には、寒空の下、コートに身を包んだ人々が歩いていた。
 最初に襲われたのは高校生の少年だった。地面からグニュッと現れたシャドウに驚いた瞬間、顔を殴られていた。それをきっかけに、次々とシャドウ達は現れて、人々を襲っていく。
「シャドウ達待つのです」
 ぽわ~んとした可愛らしい声で、シャドウ達の動きを止める美少女。彼女の名前はあきら。肩にかかるきれいな黒髪を風になびかせ、優しい瞳の中に正義の炎を燃やして、シャドウ達に、人差し指を突きつける。
 シャドウ達はあきらの方に向かう。あきらは顔を殴ってきたシャドウをしゃがんでかわし、下段蹴りを入れてシャドウを倒す。腹部に蹴りを決めて、自分の気持ちが届かなかったことに、やるせない思いがつのる。
「やっぱり戦わなきゃダメなのですね」
 あきらの願いもむなしく、襲ってきたシャドウの攻撃をかわして、思わず呟いた。直後にため息混じりの美少女が現れる。
「こいつらには意志も何もないんだからね。話したって通じないよ」
 テンションと同じく、高い声で説明したのはきさき。茶髪の髪が動きとともに舞い、シャドウのパンチを受け止め、腕を捻ってバランスを崩しところに、キックをきめる。振り向いてキラキラした輝く瞳を、あきらに向ける。
「前から言ってるでしょ。シャドウは説得できないって」
「でもやってみなくちゃ、わからないのです」
「でもあきらさん。もう何十回もやってるけど、一回も説得できてませんよ」
 あきらの背中に攻撃しようとしたシャドウを蹴り、振り向くあきらに笑顔を向けたゆめこ。丸い瞳は柔らかく、ツインテール姿は、子供のような可愛らしさを出している。ゆめこが喋っていたら、後ろから来たシャドウに背中を殴られた。
「ゆめしにつっこまれた」
「あたしツッコミですから」
 ゆめこは振り向いた勢いを利用して、叫びながらシャドウの頭をどついた。
「なーんーでーやーねーん!」
 シャドウはぶっ倒れたが、ゆめこは不満だった。頬を膨らませながら、あきらときさきに感情を爆発させた。
「何で私だけ殴られてるんですか? 二人とも攻撃されてないのに」
 二人の方を向いていて、ゆめこは戦いに集中していなかったため、再びシャドウに背中を殴られた。
「だから何で私だけなんですか!」
 ゆめこが殴ろうとしたが、かわされてしまった。
「次できめますよ。ふーふー」
 ゆめこは拳に息を吹きかける。普通はハァと息をかけるが、ゆめこは何故か声に出して「ふー」と言ってしまう。
 シャドウが殴ってきたが、ゆめこはそのパンチを受けながらも、力を込めたパンチを入れた。殴られた肩を抑えながら、ゆめこはまた文句を口にすると、あきらはフォローーした。
「何で私だけ……」
「ゆめしはおいしいところをもっていってます」
「私はツッコミですから」
 ゆめこが自己イメージとパブリックイメージの違いに気付かずに話していると、きさきはゆめこを殴ろうとするシャドウの腕を掴んで、ぶん投げた。
「めいちゃん。まずは戦いに集中してよ」
「きーさん、すいません」
「三人そろったし、一気に片付けるよ」
 三人は並んでカードを出す。そのカードには本来の妖精の姿が描かれていた。カードを天に掲げ、冬の暗い空の下カードが光り出す。あきらは赤、きさきは黄色、ゆめこは黒の光に包まれ、一斉に叫んだ。
「解き放て妖精の能力(ちから)。フェアリーチェンジ!」
 シャドウの一体が赤い光の中にいるあきらに殴りかかったが、光はバリヤのようにシャドウをはじき飛ばした。光が消えるとあきらは赤いメイド服に、きさきは黄色いメイド服に、ゆめこは黒いメイド服に変身した。そして三人の背中には、夜の暗さでも輝きを放つ翼があった。これが妖精になった証拠だ。
「優しき妖精、フェアリーレッド」
「明るい妖精、フェアリーイエロー」
「お茶目な妖精、フェアリーブラック」
「フェアリー戦隊メイドレンジャー」
 あきら、きさき、ゆめこの順で名乗り、最後にみんなで名乗ると、三人の後ろがそれぞれの色の爆発を起こす。
 シャドウ達は襲いかかるが、スピードもパワーも圧倒的に上がった三人にはかなわない。あきらは目の前にいる三体のシャドウを、フェアリーソードを使って一気に斬っていく。斬られたシャドウは、粉々の黒い粒になり、次の瞬間には粒すら消えてしまう。そしてあきらは翼を羽ばたかせて、シャドウの横を猛スピードで飛んでいき、水平にした剣で一気に十体近く斬っていく。
 きさきは離れたところにいるシャドウを、妖精術を使って次々と倒していく。きさきがシャドウに使っているのは、癒しの術で白く輝く光を解き放っている。人間に使うと傷付いた心や体を治すことができる。しかしシャドウにとっては、怒りや憎しみなどが根源であり、癒されることによって、源が浄化されてしまう。離れたシャドウを倒すことができるため、襲われている人を助けていく。
 ゆめこはポシェットから、フェアリーソードの束の部分を出す。ゆめこはまだ術を使いこなせないため、アイテムを利用している。シャドウにフェアリーソードを振り下ろしたら、真剣白刃取りをされた。
「何でそんなことするんですか?」
 怒ったゆめこはフェアリーソードを離して、シャドウの胸を殴り続けた。鼻息を荒くして、武器を使わずに素手で殴っていく。しかし囲まれたゆめこは殴られていく。
「痛い、痛い、何でわたしばっかり」
 ゆめこはしゃがんだ状態から、右足を伸ばして、尾てい骨を中心に体を回転させる。ゆめこを囲んでいたシャドウ達は、ゆめこのキックをくらっていく。
 ゆめこは一端シャドウから逃れ、止めてあった自転車を投げ、二体を同時に倒す。しかし後ろから襲ってきたシャドウの胸を蹴ってバック転。着地と同時に別のシャドウに、頭を殴られた。
 ゆめこは頭を抑える。きさきは癒しの術でゆめこを殴ったシャドウを倒す。ゆめこに近づきアドバイスをする。
「何のために武器があると思ってるの?」
「剣がとられたんです」
「じゃあ妖精術を使えばいいでしょ」
「苦手なんですよ」
 ゆめこは呪文を唱えた。
「炎のなんとか、かんとかで、えい!」
 ゆめこの手から出たのは、マッチよりも小さな火。ゆっくりと飛んでいったが、狙いは定めていたものの、解き放たれた火は、グニャグニャ曲がって、誰もいない方へいってしまった。
「どうやったらそんなに、グニャグニャに撃てるのよ!」
 きさきがツッコミを入れた瞬間、振り向いたらゆめこの顔がそこにはなかった。
「イタタタタ」
 ゆめこは術を撃ったときの衝撃で、尻餅をついてしまった。見た目はたいしたことはないが、妖精術を使うことになれていないゆめこには、かなりの衝撃だったようだ。お尻をはたきながら、立ち上がるゆめこ。
「やっぱりわたしは素手で良いんですよ」
 ゆめこは拳を作って、真剣にきさきを見つめた。細い腕だが本人は力に自信がある。
「練習しなきゃ。今度妖精術教えるから」
「ヨウセイジュツ、ヨウセイジュツ」
 ゆめこが変な声でヨウセイジュツと繰り返していると、あきらが駆け寄ってきた。
「二人ってひょっとして、今日中番だよね」
「うん。そうだけど」
 きさきはハッとした。さっき時計を見たら五時三十分だった。戦っているためもう六時頃だ。
「めいちゃんお茶目な戦い方はいいから、さっさとやっつけなきゃ」
「二人ともフェアリーに行って。後は私がやるです」
「シャドウだけだけど、一人でこの人数はいくら何でも大変だよ」
 ざっと数えても、シャドウは二十体はいる。あきらが一人で戦うと言ったが、きさきは心配そうな声を出す。
「大丈夫にゃん。フェアリーがあかないと、寂しがるご主人がいるから」
「めいちゃん先に行ってて。私はすぐに行くから」
「きーさん。わかりました」
 あきらはフェアリーソード、きさきは癒しの術を撃ちまくり、どんどん倒していく。全て倒した後、きさきは急いでフェアリー向かった。

 あきらは元の姿に戻って、ゆっくりと歩き出した。シャドウが消えたが、そこに人々はまだ戻って来なかった。当たり前のことだが、シャドウが現れればネットやテレビなどで、リアルタイムで情報が伝わり、その場には近づかなくなる。なので目の前に一人の女性が歩いてきたとき、あきらは不思議に思った。
「あきらさんですね」
 あきらは見知らぬ女性に話しかけられビックリする。顔をよく見ると、目はパッチリとしていて、吸い込まれそうになる光を放っている。スウッとした鼻は形が良くて高い。薄い唇から覗くきれいな前歯が、白くて健康的な印象を抱かせた。
「えっとどちら様ですか?」
 必死に思い出そうとしても、誰だかわからないので尋ねてみた。
「私はフィナと言います」
 微笑まれあきらもつられて笑みを返す。しかし独特の雰囲気を感じ、油断できすにいた。
「そんな怖い顔をしないでください」
 あきらは自分自身で気付かないうちに、目に力が入っていたことに気付いた。シャドウのような下級ではない力を感じている。油断はできないけど、最初から敵だと決めてかかるのは良くないと思い、表情を和らげた。
「私も妖精です」
「えっ?」
 フィナは体に力を入れると、背中の翼を生やした。あきらが目を丸くしていると、他の人間に見つかるのを恐れて、翼を背中に戻した。
 あきらは思いがけない言葉を耳にして、驚きを隠せずにいると、フィナは言葉を続けた。
「私は妖精界から来た妖精です」
 確かに普通の人間とは違った雰囲気を醸しだしている。あきら達は妖精だが人間の姿をしていて、人間として生活をしている。妖精界が闇の一族に襲われ、子供の頃に人間界に連れてこられた。闇の一族はさっきのシャドウを造る謎の一族で、妖精界と人間界を征服しようとしている。あきら達は人間界で生きていくために、人間の姿を与えられ、変身することで、妖精の能力を使って戦うことができる。
「そのフィナさんが、あきに何の用ですか?」
「あきらさん。あなたは妖精界の姫なんです!」
 あきらはさらにビックリした。
「あきがお姫様なんて、そんなことないです」
「これを見てください」
 渡されたのは写真だった。妖精の姿で背中には翼があり、大空を自由に飛んでいるときだった。風を切るその気持ちよさに、爽やかな笑顔を作り、バックには太陽と青い空と大きな雲。今のあきらを彷彿させるその幼い顔は、雲を突き抜けようとしている瞬間だった。
「これが子供のときのあき……?」
 自分でも半信半疑だった。実際に記憶がないため、そうだと言われればそんな気もするし、違う気もする。妖精の力があればこんな写真は簡単に作れるし、それは闇の一族でも同じことだった。
「妖精界を隅々まで探しても、姫はいませんでした」
「ちょっと待って下さい」
 フィナが言葉を続けたが、あきらは驚きのあまり整理できないため、状況を確認した。
「あきがお姫様ってことは、何で人間界にいるんですか?」
 あきら達はそれをわからずに、本能的に妖精の能力に目覚めて戦っている。闇の一族と戦うことで、何かがわかるかもしれないと、僅かな望みを信じて。
「姫は子供の頃にさらわれました」
 フィナは俯き、顔を被いながら続けた。
「私達が護衛をしていながらも、いきなり闇の一族が攻撃をしてきました」
 フィナは辛い過去を思い出し、ギュッと目をつぶりながら語り出す。その表情を見たあきらは、息を飲んで話に引き込まれた。
「その中には幹部がいて、その一人にみんながやられました」
 あきらも戦ったことがある相手かもしれない。圧倒的な強さの前には、一人では対向できなかった。三人の力を合わせ何とか、追い返すことができた。
「姫を連れて逃げていた私だけが助かりました。姫を守って戦っているときに、姫が捕まったため、闇の一族はその場を去り、殺されずにすみました」
 しゃがみ込んだフィナは、地面を思いっきり叩きつけた。
「私の命なんてどうでもいい。姫を守れなかったことの後悔、自分の弱さを悔やんでも悔やみきれない!」
 悔し涙を流すフィナに、あきらは笑顔を向けた。
「あきは覚えてませんが、一生懸命守ってくれたこと、とっても嬉しく思います」
 あきらの言葉で、フィナは顔を上げた。頬を伝う涙が、食いしばっていた歯の力を緩和させる。
「姫、どうか妖精界に戻って下さい!」
「えっ?」
「元々は妖精だったのです。今は人間界の生活があるとは思いますが、妖精界も人間界同様に、闇の一族に襲われています」
 フィナは術を使うと、目の前にノートサイズのビジョンを作り出した。その映像を見たあきらは、小さな悲鳴をあげた。
「ひ、ひどい」
 闇の一族が侵略していく妖精界。自然豊かな森だが、木は倒され、草花は燃やされていく。逃げる動物達も殺されていく。そして戦っている妖精達も……。
「もう見たくないです」
 あきらは顔を被って目をふさぎながら、俯いて画面を見ないようにする。しかし木の倒れるミシッという音、燃えていく炎の轟音、動物たちの悲鳴が、鼓膜を響かせて涙腺を刺激する。
 フィナは映像を消し、数秒の間を置いて、僅かに落ち着いたあきらの様子をうかがい、頼み込んだ。
「妖精界の姫であるあきら様。どうか妖精界に戻ってきてください」
「えっ!」
「闇の一族は強く、戦える者は戦っていましたが、すでにやられた者も多く、もう妖精界を守れる者はほとんどいません。姫であるあきら様が来れば、きっと闇の一族を倒してくれると思います」
 あきらは人間界で闇の一族を倒している。しかしピンチには何度もあっているし、自分一人ではなく、きさきとゆめこがいるから戦ってこれたと思っている。二人を置いて妖精界に行くべきなのか、考え出したがベストの答えは、すぐに見つからなかった。
「では明日また会いに来ます。それまでには考えておいてください」
 あきらは明日の夜に○周年イベントが予定されていた。明日妖精界に行ったら、自分のイベントができなくなってしまう。やりたい気持ちがあるし、楽しみにしているご主人様達が、ガッカリするのは避けたかった。
「あの公園に明日の早朝に、一人で来てください」
 あきらが人差し指の先を見つめると、フィナの姿はもうなくなっていた。
「あき、どうしたら良いの……?」
 誰にともなく呟くあきらは、再び顔を被った。ネガティブな思考がループしたが、ガッカリするのは申し訳ないが、妖精や動物達が殺されていく映像を見たため、命と比べたら答えはすぐに決まった。
 そしてイベントができない可能性は高い。本来だったら今日は夜番だったが、今からフェアリーに行くことにした。中番からの通しを決意した。もう人間界には戻ってこられないかもしれない。だから今日はフェアリーに少しでも長くいたい。一人でも多くのご主人様と話をしたい。
 あきらは涙を拭いて、フェアリーに向かって歩き出した。