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フェアリーに着くと、ちょうどむらちゃんが来たところだった。
「あ、むらにゃん」
「あきちゃんだ」
「今日は中番なの?」
「そうなんです。今から通しです」
通しとは中番から夜番を、続けてやること。出られるメイドさんが少ないときは、誰かが通しで、人数調整をする。
ドアの前で挨拶をかわして一緒に入る。
「あきちゃん。ツインテール似合ってて可愛いよ」
「ありがとう。むらにゃん」
「こんちゃーす」
むらちゃんがいつもの挨拶で入ったが、きさきが反応したのは、あきらの方にだった。
「あきらちゃんどうしたの?」
「今日は中番から通しにしたのです」
「あきらさん。俺に会いに来たの?」
「そんなわけないじゃないですか!」
あるご主人が笑えない冗談を言うと、ゆめこに冷たくあしらわれる。カウンター席は五人座れるが、一番端に常連のお嬢様が座り、あとの四人も常連のご主人様が座っている。
「むらちゃんカウンターが埋まってるから、テーブル席で良いですか?」
「うん」
普段はカウンターに座っているむらちゃんだけど、ゆめこの言葉を聞いて、テーブル席に座ることにした。ゆめこが近づいて来る。
「むらちゃん良いにおいがしますね」
「さっきジムから帰って、シャワーに入ってきたから。美容院で買ったシャンプーとトリートメントを使ってるから、すごい良いにおいがするんだよね」
におい好きのゆめこは、むらちゃんの変化に敏感に気付いた。
「そうだ。これ見て」
むらちゃんはゆめこに雑誌を見せる。女性ファッション誌でゆめこの好きなディズニーシーの特集をしていた。ゆめこは食い入るように雑誌を見つめ、ハサミを持ってきて袋とじを開けた。
「袋とじ開けても良いですか?」
「開けてから言うんかい!」
「めいちゃん。先に時間と飲み物訊いてよ」
フェアリーは時間制になっていて、三十分でワンドリンクか、一時間でツードリンクかを決める。
ゆめこは雑誌に近づけていた顔を離して、驚きの表情を見せた。自分のやることを忘れていたことに、自分自身が驚いたようだ。いつものぽわっとした可愛らしさの面影はなく、飛び出しそうな目玉が、逆にむらちゃんを驚かした。
「三十でホットミルク」
むらちゃんはいつもの注文をした。むらちゃんはあきらを見つめ、言葉を探し始めた。いつもと違う雰囲気で、心配になってしまった。
「ねぇ、あきちゃん。ひょっとして疲れてる?」
あきらだけでなく、きさきとゆめこも反応した。だがあきらは明るく返した。
「大丈夫にゃん。あきは元気なのです」
明るい声だったが、数秒前と表情が明らかに違った。
「だったらいいけど、何となく疲れてるような、声や表情をしてる気がしたから」
「むらちゃんさんは心配性なんですよ。ウノやりましょう」
きさきが慌てて話題を変えた。きさきも何かに気付いたが、ゆめこは雑誌に夢中で周りの声が、耳に入っていないようだった。
「ゆめちゃん。ウノやるって」
むらちゃんに言われて、ゆめこは慌てて雑誌を置いた。カードをきって配る。ウノが始まってしばらくして、あるご主人様が新しいドリンクを注文した。そのドリンクはすぐに出されたが、むらちゃんはまた忘れられたと思った。
「きさきちゃん。ホットミルク忘れてない?」
「あ、ごめんなさい。テヘペロ」
ハッとした表情で、きさきは慌ててホットミルクを用意した。むらちゃんがよく頼むホットミルクは、忘れられることが多い。むらちゃんは怒らずに、いつものことだと思っている。
「はい。熱いから気をつけてください」
「ありがとう」
☆
すいてきたのであきらはいちご部屋で、イベントの冊子作りをしていた。時間的にどうしても間に合わなくなりそうだった。本当は今日の中番に入る予定がなかったあきらは、この時間にやろうとしていた。あきらはできあがった冊子を見て、フェアリーの思い出を巡らせていると、きさきがやって来た。
「むらちゃんさんが言ってたけど、本当に元気がなさそうだったよ。大丈夫?」
「うん、大丈夫」
きさきの心配は嬉しかったが、あきらはフィナと会ったことを、話していいのか迷っていた。
「いろんなことがあったよね」
明日妖精界に行ってしまうことは言い出しにくかったあきらは、フェアリーの思い出を語り出した。いろんなイベントや、遊びに行ったこと、普段のお給仕と、二人の思い出はいっぱいあった。
「何で寂しそうな顔してるの?」
あきらは話ながら自分の表情の変化に気付かず、きさきに言われてハッとした。
「あき、寂しそうな顔してる?」
「うん」
頷くきさきにしばらく言葉が出ないあきら。大きく息を吸い込んで、きさきは真剣な目であきらを見つめた。
「こういうの嫌いなの。あきらちゃんどうしたの? 何かあったら言ってよ!」
目に涙を溜めて、きさきの胸に顔を埋めるあきら。涙で聞き取りにくくなった声。でもあきらの本音が大量の涙とともに溢れ出た。
「きーちゃん。あきがいなくなったらどうする?」
あきらは本当のことを言うべきか、言っちゃダメなのかわからずに、こんな訊き方をした。
「いなくなっちゃダメだよ。人間界を守るのが、きさき達の使命なんだから」
きさきは涙を流すあきらの背中をさすり、どうするか考え、本心を言った。
「それに使命とか関係なくて、きさきはあきらちゃんがいなくなったら寂しいよ」
「きーちゃん」
あきらはきさきの体に回した手に力を入れた。きさきはあきらに優しい口調で話しかける。
「フェアリーやめるの?」
「あき、やめたくない」
涙声のあきらに、きさきは考える。
「話して!」
きさきはハッキリしないことは嫌いで、強い声で訴える。
「話して!」」
再び黙り込んだあきらに、もう一度強い口調で言うと、あきらは迷いを断ち切り、きさきに話す決意をした。真剣な目で見つめるあきらは、深呼吸をして言葉を紡いだ。
「あきが妖精界のお姫様っていう妖精さんが来て、明日妖精界に行かなきゃ行けなくなったの」
きさきは驚いたが、すぐに冷静になる。今のあきらは悩んでいるため、きさきが冷静でいなきゃと、自分を落ち着かせた。
「あきらちゃんは行きたいの?」
あきらはきさきの胸から離れ、涙を拭きながらきさきを見つめる。きさきの質問にゆっくりと首を振った。
「妖精界の妖精さんや動物さんが、闇の一族に殺されてるから、助けに行かなきゃいけないの」
「あきらちゃんが行くなら、きさきも行く」
「でも妖精さんのフィナさんは、一人で来てって言ったの」
「そんなの関係ないよ! 一人で悩まないで。仲間なんだから」
あきらはきさきの言葉に胸を打たれた。
「きーちゃんに話して良かった」
そこにゆめこが入ってくる。
「きーさんいつまでここにいるんですか。今めっちゃ混んでるから、早く来てください」
ゆめこはあきらを見て驚く。
「あきらさん泣いてるんですか?」
ゆめこはビックリしたが、二人の雰囲気が真剣なものだと気付き、テンションを落ち着かせた。
「めいちゃん。あきらちゃんが妖精界のお姫様なんだって」
「ホントですか?」
これはゆめこが信じられないときの口癖。
「私は本当かどうか知らないけど、あきらちゃんがそういう妖精に会ったんだって。妖精界は今闇の一族に襲われててピンチだから、あきらちゃんが一人で妖精界に行くって言うんだけど、めいちゃんも行くよ」
きさきは有無を言わさぬ口調で、ことの成り行きを語り、ゆめこを真剣に見つめる。
「えっと、あー、わからないー。ごめんなさいです-。とにかく二人とも来てください。混んじゃって、あたし一人じゃ、てんてこ舞いなんです」
ゆめこは理解しようとしていたが、混みすぎで二人に来てもらうために、いちご部屋に来た。真剣な雰囲気に気付いたが、真剣な話を理解できるだけの、余裕はなかった。
「ごめんなさいー、とにかく早く来てくださいー」
ゆめこはそれだけ言って、戻って行った。
「怒られちゃったね。きさき行ってくるね」
「あきも行く」
二人はクスッと笑って見つめ合い、イチゴ部屋をあとにした。
☆
あきらときさきは、再びフェアリーに戻ってきた。カウンターは全部埋まり、テーブル席にも二人ずつ座っていた。
あきらは迷わずカウンターのご主人様と話すことを選んだ。今日が最後のフェアリーかもしれないと思うと、できるだけ多くのご主人様と話をしたかったからだ。
「久しぶりにあきちゃんに会えて良かった。今は明日の準備をしてたの?」
「そうなんです。明日の限定メニューを食べてくれたら、冊子をプレゼントするんです。それがまだできてなくて、ちょっとそっちをやってました」
むらちゃんが普段来るのは中番のため、夜番の多いあきらとは、滅多に会えない。
「明日絶対に来るからね。限定メニュー楽しみにしてるね」
「はいにゃん。頑張るにゃん」
むらちゃんと話しながら、あきらは明日のイベントをできるかわからないが、そんな不安を微塵も感じさせない笑顔を振りまいた。
「頑張るのは良いけど、ほどほどにね。イベントだからあきちゃんは頑張らなきゃだけど、無理して体調を崩したら、その方がもっと嫌だから」
「はいにゃん」
「僕あきちゃんのためなら、何でもするからね」
「むらちゃんさん。そんなこと言っても何にも出ませんよ」
むらちゃんにツッコミを入れたあるご主人だが、逆に言い返される。
「せっかく隣に座ってるんだから、話す相手は僕じゃないでしょ」
そのご主人は黙り込み、緊張で汗をかき、固まってしまった。
「何にも出なくないよ。あきちゃんが嬉しそうに笑ってくれたから。それだけで僕はハッピーになれるんだ!」
「むらにゃんありがとう」
あきらはさらに喜び、笑顔を作った。
「ほら何か言った方が良いですよ」
「な、何を言ってるのか、全然わかんないよ」
「声が裏返ってますよ」
むらちゃんがさっき話しかけられたご主人様に、話をふると、どぎまぎした裏声で返され、みんなは一斉に笑い出した。
「忘れてた。ゆめこさんお菓子の差し入れ」
そのご主人様はお菓子を、いっぱい買ってきた。
「まさかポッキーゲームをするために、買ってきたんですか?」
「そ、そんなわけないでしょ。ポッキーはあるけど」
再びみんなが笑い出す。
こんなたわいのない話が続いた。あきらはこういう日々が好きだった。だから妖精界に行っても、必ず戻ってくると決めた。
☆
翌朝あきら、きさき、ゆめこの三人は、フィナとの約束の場所に向かった。早朝の静かな空はまだ暗く、人通りのない広い公園だった。
「姫様、一人で来てくださいと、約束しましたよね」
「あきはきーちゃんとゆめしと仲間だから。一人では妖精界には行けないのです」
事情を話すがフィナの眉毛はつり上がった。開かれた口からは、前日とは異なる怒りが滲み出ていた。
「私の術では三人は無理なんです。姫様しか連れて行けません!」
納得のいかないきさきは、くってかかった。
「やってみなくちゃわかんないでしょ。それに一人よりも三人で戦った方が、絶対に良いんだから!」
ゆめこはフィナに近づき、顔を間近で見つめた。
「メイク上手いですね。どういう風にしてるんですか?」
「もうめいちゃん。今はメイクの話はいいから、三人で妖精界に行くって話してるの!」
怒るきさきだったが、ゆめこはさっきむらちゃんに借りた雑誌を夢中で読んでいたため、メイクやファッションに感心が傾いていた。
「ところで髪、良いにおいがしますね。むらちゃんと同じシャンプーのにおいがします」
きさきはハッとした。まさかと思ったが、ゆめこの嗅覚は良い。だったらそれを信じてみることにした。
「めいちゃんどいて。悪の力よ、清き力によって彼方へ。本来の姿よ、表に現れよ」
きさきは呪文を唱えて、手から白く輝く光を放った。ゆめこはそれをよけると、フィナが白い光に包み込まれた。数秒後風が吹き、光が拡散する。そこに立っていたのは、むらちゃんだった。
「むらちゃんは、男の娘だったんですか?」
「もう。そんなわけないでしょ!」
きさきは状況を把握していないゆめこに、思いっきり叫んだ。
「きーさん。まだ朝ですよ。そんなに大きな声を出したら、近所迷惑ですよ」
きさきのイライラはつのったが、心を落ち着かせて、ボリュームを通常に戻して話す。
「つまりあのフィナっていう妖精は、闇の一族がむらちゃんを術で化けさせてたの」
「コスプレしてましたからね」
「コスプレじゃないから。顔が全然違ったでしょ!」
「きーさん近所迷惑に」
「もう。めいちゃんは黙ってて」
怒りのボルテージが上がっていくきさきに、あきらが冷静に話を続けた。
「こういう場合は、術をかけた闇の一族が、近くで見ているはずです」
「そうね。だから二人とも気をつ」
きさきの言葉が言い終わる前に、赤い光線があきらを狙った。あきらは側転をしてかわすが、素早く光線は続いていく。闇の一族は動きが素早いらしく、一カ所にとどまらずに、攻撃を放ってくる。あきらはどんどんよけていくが、足に命中して血が流れ出した。
「うっ!」
あきらは痛みで足を抑えるが、壁際まで追い込まれた。
「動き続けても攻撃を出す場所から、推測できるのよ! 今度はそこから来るはず!」
きさきは攻撃の来る場所を見続け、次に来る場所を予想して術を放った。
「グッ!」
光線が放たれた直後に、きさきの雷のような術がが命中し、素早くて見えなかった闇の一族の姿が現れる。しかし追い込まれたあきらは、怪我をしていてよけるのは不可能だ。
「あきらちゃーん!」
「あきらさーん!」
きさきとゆめこは叫ぶが、あきらはもうよけれないと思い、しゃがんで顔を被った。爆発が起こり、あきらのいた場所には炎が燃えさかり、煙が視界の邪魔をする。
「良かった。あきちゃんを守れて」
むらちゃんの声がしたと思った瞬間、ドタッという音がした。煙が拡散して状況がわかった。あきらの前にお腹から血を流して倒れている、むらちゃんがいた。
「むらにゃ-ん!」
あきらは目の前に倒れるむらちゃんの体を揺するが、どんどん血が流れていく。
「むらにゃん。死んじゃやだよ」
「あきらちゃんはあいつを倒して。きさきは癒しの術を使うから」
「うん。いくよ、ゆめし!」
「はい!」
あきらとゆめこはカードを出した。
「解き放て、妖精の能力(ちから)。フェアリーチェンジ!」
あきらとゆめこは変身した。背中に翼を生やして、メイド服姿になった二人は、走り出す。妖精の能力で、あきらの足の怪我は治った。
「俺は一族の中でも、一番のスピードを誇るゴレイダだ。お前らの攻撃は全てよけてやる」
ゴレイダは二メートルはある巨大な体で、紺色の硬そうな皮膚をして、剣を握っていた。
あきらはフェアリーソードで斬りつける。斬ったと思ったが、手応えを感じなかった。
「あれ?」
「それは残像だ。俺はこっちだ」
再び赤い光線を放つゴレイダ。その光線は赤い目から出ていた。あきらは赤いメイド服の裾を靡かせてかわした。
「そこに行くのは読めてたぞ!」
ゴレイダの光線が、あきらに向かって放たれた瞬間、ゆめこがゴレイダの腕を蹴り上げた。あきらに向かっていくと思われた赤い光は、空に向かって飛んでいった。
「戦ってるのは、あきらさんだけじゃないんですよ!」
ゆめこが殴りかかると、再び残像に惑わされてしまった。後ろから羽交い締めにしてくるゴレイダに、ゆめこは苦しみながらも、肘打ちをする。
「その程度の力じゃ、俺には効かないぜ」
ゆめこは唯一の得意な妖精術を使う。
「私の中に眠っている力よ、今その力を解放したまえ」
ゆめこは苦しみながら呪文を呟く。ゆめこの力は格段に上がり、ゴレイダの手を掴むと、首から離れていった。
「な、何だと!」
「あたしの力をなめないでください」
振り返ったゆめこは、胸に連続でパンチを決めていく。
「ウリャウリャウリャ!」
最後に側頭部に回し蹴りを入れ、ゴレイダは倒れてしまった。
「まさかここまでやるとは思わなかったぜ」
ゴレイダは殴られた胸を、さすりながら呟いた。
「むらちゃんの傷直ったよ!」
きさきは変身した黄色いメイド服姿で、あきらとゆめこの間に入った。だが次の瞬間あきらが異変に気付き叫んだ。
「みんなよけて!」
後ろから大量の火の玉が飛んできた。三人は素早い動きでよけ続けたが、あることに気がついた。あの場所にいたのはむらちゃんだけだった。むらちゃんの姿はなくなっている。殺気はむらちゃんを操っていたゴレイダ以外に感じなかった。
「まさか、むらにゃんなの?」
あきらの言葉に、ゴレイダの口元がニヤリと動く。
「よくわかったな。今のあいつは俺の言いなりに動くおもちゃだ。作戦のために騙したり、攻撃をさせたり、俺の思ったことを思った通りにする。最高のおもちゃだぜ」
ガーッハッハッハと笑うゴレイダに向かって、あきらは涙を流して叫んだ。
「そんなことないもん」
「何?」
ゴレイダはあきらを睨みつける。だがあきらも負けじと、鋭い眼光で睨み返した。その瞳には悪に負けない強い意志を感じさせる力があった。
「むらにゃんはあきを助けてくれたもん。だからあきのことまた助けてくれるもん」
あきらの叫びに、ゴレイダは大笑いをした。
「だったらこうしよう。俺は攻撃をさせ続ける。あいつを信じるなら、元に戻してみるんだな。もう術を使ってくるのはわかってるから、すぐによけてやる」
「大丈夫。あきはむらにゃんを信じる。悩んだらきーちゃんがアドバイスしてくれた。ゆめしがピンチを救ってくれた。みんな仲間。仲間だから信じられる!」
火炎の攻撃をよけ続け、あきらはむらちゃんの前まで行く。
「元に戻って、むらにゃん」
攻撃を放ってくる手を掴み、あきらは説得する。むらちゃんは闇の姿のまま、腕を振り払おうとしている。