「ここは気付いてよ」
飯島さんは遅刻しそうで走っていた。僕に気付かずに通ったため、背中に声をかける。
「太田君?」
振り返った飯島さんは、僕がこの道を使わないため、なんでいるのか疑問の顔を作った。
「会って言いたいことがあるから、待ってた」
僕が真剣な目で話すと、飯島さんは腕時計を見て、ギリギリなのを確認した。
「もう遅刻しちゃうから」
「二人っきりになりたいから」
「でも、学校が……」
「サボろう。一日くらいいいじゃん」
俯いて迷う飯島さんを引っ張って歩き出す。自分でやっていながら強引な行動に、ドキドキしてきた。
「このまま手を繋いでて良い? もう離れて欲しくないから」
火照った顔でこっちを向いた飯島さんは、恥ずかしそうに頷いてくれた。
「こんな時間じゃ、まだどこもやってないよ」
「場所なんてどこでもいいよ。香苗と一緒にいられるなら」
勇気を出して、下の名前で呼び捨てにしてみた。飯島さんは赤くなって視線を外した。でも手には力が入って強く握られた。きっと恥ずかしくて言葉にはできないだけで、本当は嬉しいはず。自分に言い聞かせる。。
「初めて名前で呼んだね」
「か、香苗も隼人って呼べよ」
「うん」
大声で言い返した僕に、香苗は緊張して顔も合わせずに頷いた。
僕達はあてもなく歩き続けた。それでも手だけは繋がっていた。歩き続けていると、ファミレスが見えてきた。朝からやっているため、顔を見合わせてどちらからともなく頷いた。香苗はジュースとケーキを頼んだ。僕は香苗を待っていたため、朝食を抜いて早く家を出たので、ハンバーグのコースとフライドポテトを注文した。
無言のままジュースを飲み続ける香苗。僕はハンバーグを食べて、気合いを入れた。
「俺誓うよ。好きなのは香苗だけだから」
急に大声を出して、店員さんの視線が集中した。
「声、大きいよ」
「ご、ごめん」
香苗はジュースを飲んで、恥ずかしさを紛らわせる。周りの視線がなくなったのを確認して、小声で気持ちを伝えた。
「でも、嬉しいよ、隼人君」
香苗の微笑みに、僕は初めて名前を呼ばれて、鳥肌を立てた。
「由里香が付きまとっても気にしないで。離れろって言っても、まとわりつくだけだから」
香苗は頷いてから、お願いをした。
「胸、触っていい?」
「うん」
僕は驚いたけど頷いた。香苗の伸ばされた手は僕の胸を触る。戦うようになってから、鍛えるようにしてて良かった。
「良かった。ドキドキしてるのあたしだけじゃなくて」
香苗からホッとした声が出て、僕は顔を赤くして、また大声を出した。
「は、恥ずかしいこと言わないでよ」
「ご、ごめん」
「別に怒ってないから、気にしなくていいから。ポ、ポテト食べなよ?」
思わず出た強い口調に、香苗は目をギュッとつぶった。慌ててフォローのかわりに、ポテトを渡す。僕はポテトを食べる香苗を見れないでいる。
「あたしの目を見て、好きって言って」
香苗の瞳は澄んでいた。
「さっきから言ってるだろ?」
僕は誤魔化して横を向いたけど、香苗は気付いてる。
「好きって言ってないよ。それに目を見てくれてないもん」
「気持ちが伝わってるから良いだろ」
僕は窓に視線を移して、香苗に顔を向けれなかった。
☆
僕は香苗を連れて家に着く。すると理恵がニコニコした表情で、話しかけてきた。
「まさか急にラブラブになるなんて」
「どうしたの?」
驚く香苗に理恵は尋ねた。
「飯島さんの方こそ、どうしたの?」
僕らはまだ手を繋いでいたため、理恵に指されて気がついた。
「はっは~ん。デートか」
僕達は恥ずかしくなって、顔を見合わせた。
「隼人君。何とか言って」
「なんとかって、何を言えばいいのかわかんないよ?」
僕がパニックになっていると、理恵はあることに気付いて驚いた。
「飯島さんがお兄ちゃんのことを、名前で呼んでる!」
名前で呼び合うのがバレて、二人同時に顔を赤くして俯いた。
「恥ずかしがらなくていいよ。。君の瞳はこの夜景よりもキレイだって言ったんでしょ」
「言うか。だいたい夜じゃないよ」
「まぁまぁ落ち着いて。こんなときこそなぞなぞをしよ。東京二十三区で、住民の誰も損をしていない区はど~こだ」
「港区」」
僕が考え出したら、香苗は即答した。
「正解。なぞなぞ好き?」
「結構好きだよ。小学生の頃はなぞなぞの本を、図書館から借りてたんだ」
理恵は香苗の手を包み込んで握手をした。まるで親友のように、嬉しそうな笑顔で。
「ここだとなぞなぞについて話しにくいから、外に行こう」
「人の彼女を誘拐するな」
「えっ?」
二人から驚きの声が漏れた。
「二人ってもう付き合ってたの?」
「まだだよ」
僕は遠回しに言ってるつもりだけど、かなり遠くて、気持ちが届いてないみたい。
「お兄ちゃん、焦っちゃダメだよ」
「うるさいよ」
僕は庭から未歩の声が聞こえて、窓を開ける。未歩は由里香と喧嘩をしていた。
「お兄ちゃんはあたしのなんだから」
「隼人はあたしのよ」
「どっちのものでもありません」
僕はすぐに窓を閉めた。
「早く行こう。庭は遠回りしないと出られないから」
☆
家を出て走り出す。勘の鋭い未歩だから、お店がいっぱいある方に行くと予想して、僕は裏をかいてお店がない道を走っていく。
「大丈夫?」
「たぶん大丈夫だと思う」
振り返って確認したけど、未歩は来てない。未歩のことだから、裏の裏を予想するかもしれないけど、そこまでの心配はなかった。
「疲れた?」
僕はゆっくりと歩き出す。僕達は呼吸を整えると、香苗は上目遣いで頼み事をした。
「行きたいところがあるんだけど、いい?」
猛暑の中走った僕達の体には、汗がびっしょり。香苗は汗を手で拭い、もう一度尋ねた。
「いいでしょ」
窺うように僕の顔を覗き込んできた。僕は自動販売機から香苗の好きな紅茶を買った。
「どこ行くんだ?」
「な~いしょ」
自分にはスポーツドリンクを買い、飲みながら歩きだした。なんとなく思い出話になり、初めて会ってからのことや、ハートレンジャーになってからのことを話した。
建物がいくつか見えてきたけど、お店に入らない。あるビルの外階段を使い屋上に上った。そのビルは三階建てで見た目よりも高かい。
「ここってうちや駅の方よりも緩やかな上り坂になってて、このビル自体が高いわけじゃないんだけど、ここから見ると街の光がキレイなんだ」
僕は夜景から香苗の方に顔を向けた。景色を見つめていた香苗は、僕の方に向く。
「朝のお願い覚えてる?」
「うん。覚えてるよ。君の瞳はこの夜景よりもキレイだってやつだろ」
「今、そういう冗談はいらないの」
照れて冗談を言わなきゃって思った。
「好きだよ」
香苗の瞳の輝きは、心をとりこにした。見つめた状態のまま自然に目を閉じた。
「守ってくれて、ありがとう」
香苗は顔を少しだけ前に出した。
「香苗を守るって約束したからな」
僕は動けない。香苗の気持ちは気付いてるけど、勇気が出ない。
「俺は香苗を好きだ。だけど好きだからこそ、すぐにキスをするってできないんだ。香苗が大切だから。もっとゆっくり関係を深めても良いんじゃないかな。その代わり次は僕から。待っててくれないか?」
香苗は数秒の間を開けて瞼を上げた。僕が香苗を大切に思っていることを知って、嬉しさと残念な気持ちが混ざった声で言われた。
「バカ!」
香苗の言葉が僕の心を突き刺す。
「でも、嬉しいよ」
鋭くした目を柔らかくして、笑顔を向けた。「やっぱりキスは男の子からして欲しいから待とうかな。あんまり待たせないでよ」
これからのことを考えてたら、急にキューレは僕に怒鳴った。
「隼人のヘタレンコン。男なんだからキスくらいしなよ」
「う、うるせえ!」
僕達は二人っきりになっても、二人っきりにはなれないことを知って、ショックを受けた。でも帰り道、僕から手を繋いだ。
夜空を見ながら、たわいもない話しをして歩く。心が繋がったように感じて、幸せな気持ちが、胸いっぱいに広がっていった。
「香苗の笑顔って好きだな」
僕の言葉を聞いてドキッとする香苗。
「普通に話してるときに、自然に笑顔を向けられて嬉しくなる」
「笑顔じゃなきゃ、ハッピーにはなれないからね」
理恵の言葉を言って、さっきよりも明るい笑顔を向けた。
僕は家に着くと好きな人が僕を好き。
これがただただ嬉しい。
香苗にメールを送った。
今日はありがとう。
学校サボったの初めてだけど、すごく楽しかったよ。
僕はどんな敵が来ても、香苗を絶対に守ることを、強く決意した。