僕は家に帰ると俯いたまま部屋に直行しようとした。だけど理恵に話しかけられた。
「お兄ちゃんどうしたの?」
「理恵のせいだから」
 八つ当たりだとわかっていながらも、理恵にあたるしかなかった。
「ほへ? お兄ちゃんのチョコを食べたの、バレちゃった? ごめんね。チョコ食べたくらいで、そんなにへこむとは思わなかったよ」
 理恵の返答に僕の力は抜けた。コロンが足下に来て、僕の悲しみを癒してくれた。
「コロン……。ありがとう」
 僕はしゃがんで、コロンをなでた。
「チョコ買って来るから、泣かないでよ」
「泣いてないから」
 理恵は子供をあやすように言ったけど、そんなことで泣いてない。
「ずるいよ。理恵は……」
 理恵はちんぷんかんぷんな表情になった。僕は理恵に相談しようと思った。
「話、聞いてくれる?」
「もちろん」
 理恵は僕の部屋に来ると、部屋中を見回す。
「いつ来てもオタクの部屋だなぁ」
「悪かったな」
 理恵の部屋はなぞなぞの本とバトル漫画が並び、ヒーローのポスターが貼ってて、女の子らしいものは、あんまりないかもしれない。
 僕の部屋は枕元にはフィギュアがあり、寝る前に愛でる。本棚には萌え系漫画や、好きな声優さんや、アニソンのCDがある。下の段にはアニメ雑誌や声優雑誌があり、気が向いたら愛でる。壁には萌えキャラと女性声優さんのポスターを張ってて愛でる。
「悪くないぜ!」
 ココヤが理恵のポケットから出てきて、ハイテンションで喋りだした。
「この部屋、最高じゃないか」
 イカガールのポスターを見ながら言うあたり、こいつも相当なオタクだと理解した。
「オタ話するなら、ウチは帰るよ」
「ココヤここは空気を読んでくれ」
「わかってるって。こっちには生徒会の一員のポスターがある。うひょー」
「だから今は下がってろって」
「空気読めって言ったから、ちゃんとオタクとして正しい行動をしたんだぜ」
「芸人が間違って、大物を怒らすパターンか!」
 不思議そうなココヤの顔。
「ココヤは好きにしててくれ。僕は理恵と話してるから」
「おう。ところで今一番好きなアニメは何?」
 だから理恵と話させろよ。
「妹とメイドさんはどっちが好き?」
 変なスイッチが入ったよ。しかも妹の前で妹が好きか訊くんじゃない。
「良いもの見せるよ。アニメでは裸なんてなかったキャラの、画像を集めたサイトが」
「いい加減にしろーーーー」
 ココヤは悪い意味で空気を読んで、理恵に殴られました。窓から飛んでいったときに、キラッと光って、お星様になりました。
「殴るのはいいとして、変身するときどうするんだよ?」
「ふ、ウチがそこまで考えて殴ったと思う?」
「思いません」
 さすがは理恵。僕よりも男らしい。必要になったら、そのときに考えるんだろうな。
「で、ウチのせいって何が?」
「ごめん。理恵のせいじゃないんだ。ただ勢いでそう言っただけ」
「なーんだそっか。じゃあウチは気楽に生きてていいね」
 理恵は明るく笑った。真剣だった表情はゆるみ、背筋も真っ直ぐだったのが、後ろに手を突いて足を投げ出した。
「理恵。もう少し真面目に聞いてよ」
 さすがに話しにくく感じた。テンションを真面目モードに頼む。
「わかった。で、何があったの?」
「飯島さんに告白した……」
「うひゃ、やったじゃん」
「理恵に言われた通り、勇気を出さなきゃと思ったから。でも由里香がきて、いきなりキスをされて、飯島さんは走っていって……」
「取り敢えず深呼吸しよ」
 意外な言葉がきて驚いた。数回の深呼吸で、少し落ち着いた。
「まずは目をつぶってください」
 言われたとおり、目をつぶった。
「あなたの前には美味しそうなクレープがあります。甘い香りがします。食べたくなってきました。はい目を開けてください」
 目を開けたら、唇の端からよだれを垂らした理恵の顔があった。
 何この残念なアホ面は!
「じゃあ行こっか」
「どこに?」
 僕の手を引いて立ち上がった。その自然な動きに心が引かれていく。理恵は具体的な言葉を口にしていない。ニッコリとした笑みからは、理恵のハッピーが伝わってくる。
「何故かわかんないけど、急にクレープを食べたくなったの。行こうと思ってたクレープ屋さんがあるんだ。美味しいって評判だったし、チョコのお詫びもあるしね」
 僕じゃなくて、理恵に暗示がかかったのか?
「ネガティブなときこそ、外に出ないと。外の空気を吸って、心の空気を入れ換えないと。今のお兄ちゃんって、どんよりしてるじゃん。甘いもの食べるとハッピーになるからね」
 理恵は強引に引っ張り、理恵の笑顔は気持ちを変化さていく。
「いいから、いいから。騙すつもりはないからさ」
「それを言うなら、騙されたと思ってだろ」
「だって、本当に騙す気なんてないもん。お兄ちゃんを元気にさせたいからね」
 理恵の言葉を聞いて、いつもバカなことばっかり言ってるけど、やっぱり信頼できると思った。
「美味しいの、期待してるよ」
「ハードル上げたね。それもひょいっと超えちゃうんだから」
 理恵も初めて行くお店だけど、美味しいと思わす自信があったみたい。いや、そっちじゃないか。理恵は食べるものの味は、誰とどんな話をして食べるかで、美味しさは変わると思ってる。自分と一緒なら美味しくさせる自信があるんだ。笑顔じゃなきゃハッピーになれないって持論は、あたってるのかも。

    ☆

 僕はバナナチョコ、理恵はストロベリー生クリームを選んだ。さっきお詫びとぴって言ってたから、理恵が出すと思って待ってたら、財布をひっくりがえして、三十六円しか出てこなかった。
「ウチが元気にさせるから、クレープおごって」
 これって詐欺だ。もう作り始めてるし、断れないよ。僕は仕方なくお金を払った。
 評判通り美味しくて、クレープの甘さで自然に頬が緩んだ。俯いていた顔も、理恵を真っ直ぐ見るようになった。
「スイーツは神だね」
 理恵は僕の顔を見て笑った。
「チョコついてるよ」
 僕の口についたチョコを指でとって、自然な仕草でなめた。妹なのにちょっとドキッとしちゃったじゃねえか。
「チョコも美味しいね」
 微笑む理恵を見て、自分には良い妹がいることを実感した。今度お金をもらおうと思ったけど、それもいいやって思えてきた。
「調子はどう?」
「さっきよりも落ち着いてきた」
 クレープを食べた僕は、心と体をほっこりとさせた。
「良かった。どんなときも大切なのは気持ちだからね。心が弱ってちゃ何もできないから。じゃあ、さっきの続きを話しちゃいな」
「そのザツなフリみたいな言い方は何だよ?」
 理恵は僕の表情から、いつもの元気が戻りつつあるのを理解していた。
「これくらいのフリで答えられないようじゃ、お笑い芸人にはなれないんだからね」
「お笑い芸人になりたいって言ってないだろ」
 一瞬の間を置き、二人同時に笑い出す。
「元気になって良かった」
「ありがとな」
 理恵を見れずに感謝の言葉を伝えた。だけ
ど理恵は僕の顔の方に回り込んだ。
「うん。笑顔になってる。ハッピーになるよ」
 理恵の言葉で、本当に幸せがやってきそうな気がした。

    ☆

 家に向かっていると、騒いでる人がいた。二十代後半くらいの男性で、爽やかな雰囲気のお兄さん。眼鏡をかけていて、白衣を着ている。見た目からは知的な雰囲気が漂っている。気になってその人の言葉を聞くと、驚くべき内容だった。
「出てこい、ハートレンジャー。私はダガーゴ帝国の研究員マッキーゼだ」
「行かなきゃ」
「でも、何で暴れてないんだろ?」
「きっとウチらと戦うために、力を温存してるんだよ」
 変身しようとしながら、マッキーゼの前に行く理恵。
「あー、ココヤがいない」
 頭を抱える理恵。
「どうした?」
 マッキーゼに訊かれて、理恵は答えた。
「ココヤがいないの」
「ココヤとは何だ?」
「ちょっとごめん」
 二人の間に入った僕は、理恵をマッキーゼから離して、ヒソヒソ話を始めた。
「お前こういうときのこと、考えてないのかよ」
「うん」
「無意味な笑顔はやめろ」
「こういうときこそ、おいらのダジャレで笑って」
「お前は黙ってろ」
「うん。じゃあ聞いて。布団がふっと笑ったのを見た、加齢臭のするカレー」
「生きてないものを生き物にするな」
「ノンノン。僕がくっつけば、カレーで生きていけると思うよ。そうだ。今からカレー屋さんに行ってくるね」
 この場から立ち去ろうとする黄色いケータイを、逃げないように捕まえた。
「この場でお前までいなくなってどうするんだ!」
「そっか、ダジャレ大会をしたいんだね」
「したかねえよ」
「ウチはダジャレ大会したいな」
「今の状況を考えろ」
「ん?」
「あいつを見て思い出せ」
「そうだ。ココヤがいないんだった」
 そのとき赤い光が飛んできた。
「スーパーアンドロイドの反応だーーーー」
「理恵、何でここにいるんだ?」
「クレープ食べた帰り道」
「あいつは」
「わかってるよ」
 理恵はココヤを持ち、手を大きく回して変身した。
「やはりハートレッドだったか」
「知ってたの?」
「過去の戦いのデータを持っている。変身する瞬間も」
 理恵は戦う雰囲気がないマッキーゼに、注意しつつも尋ねる。
「何でウチがハートレンジャーだってわかってて、攻撃しないの?」
「俺は戦闘員じゃない。武器やアイテムを作るダガーゴ帝国の研究員だ。だから訊きたい。離れたところで今まで戦いを見ていた。圧倒的に負けていたお前達が、怪我を負いながらも、異常なまでのパワーアップをすることができるのは何故だ?」
 理恵は困ってる。こういうのを言葉にするのは苦手なタイプで、いつも思いつきで話してるから。たぶん未歩ならスラスラと答えられると思う。
「わかんないけど、仲間が負けそうだったら、助けたい気持ちが強くしてくれてる感じ?」
 ココヤが釘を刺す。
「余計なことを言うな」
「戦う気はないんだよね?」
「さっきも言ったように、俺は戦闘員じゃない。もし戦えば負けるのは確実だ」
 理恵は元の姿に戻った。
「な、何をしてるんだ?」
 驚く僕に、理恵は変身をといた理由を話す。
「ダガーゴ帝国でも悪いことしてないのに、やっつけるなんてできないよ」
「アニメでも、こういう油断でピンチに」
「オタクは黙ってて」
「たくさんアニメを見てる俺の言うことに」
「もう。電源きっちゃえ!」
 ココヤの忠告を無視しちゃってるよ。電源を切られたココヤが何かを言い続けてたけど、プツッと切れちゃった。
 確かにアニメでも信用して、裏切られるパターンはあるからなぁ。
 理恵の気持ちはわかるけど、でもココヤの言うことは聞いた方が良いんじゃないか。
「いいのか?」
「いいに決まってるじゃん。だって悪いこともしてないのに、やっつけようとするなんて、差別じゃない?」
 言葉を失った。確かにそうかもしれない。でもこのマッキーゼが本当に戦う意志がないのかわからない。万が一隙を見て理恵を倒そうとしてるかもしれない。
「不安なの?」
「うん」
「ウチは全然不安じゃないよ。自分で決めたことだから」
「どういうこと?」
「うまく言えないけどさ、マッキーゼは嘘ついてないと思う。ウチはそう判断した自分を信じるし、マッキーゼも信じるよ。不安だったらウチを信じて」
 理恵の不思議な感覚。理屈なんてないけど、自分を信じると思ったら、理屈なんていらない。僕は論理的に考えちゃうけど、思考が全然違う。理恵はキラキラと輝く澄んだ目をしていた。こんな目をする理恵を、僕も信じてみたくなった。
「理恵が信じるなら、僕も信じるよ」
「信じてもらえて良かった」
 理恵は僕からマッキーゼに向き直った。
「さっきの続きね。うまく言えないけどさぁ、たぶん言葉にはできないことだと思うんだ。好きな人を守りたいって、当たり前の気持ちだから。好きな人っているでしょ?」
 マッキーゼはしばらく考えた。
「性交の相手か?」
 理恵は顔を赤くして、ツッコミを入れた。
「なんでそんなこと言うのよ」
 マッキーゼは理恵の言葉がわからない様子だった。文化の違いなのかな。僕も急に言われて恥ずかしかったんだけど。理恵は咳払いをして気持ちをリセットした。
「ひょっとして好きな人いないの? 家族や友達とかも含めて」
「ダガーゴ帝国は、アンドロイドのみによって作られている。独自の感情は持っているものの、人間でいう愛などはわからない。余計な感情を持つことが弱点になる。俺達はそうインプットされている」
 見た目は人間そっくりなのに、人を好きになる気持ちがないって、もったいないな。
「俺の作ったジョグナーが、お前の魂を奪ったとき、ハートブルーは剣を捨てると判断した。ハートブルーの頭の良さと予想を上回る強さに負けたが、人間は仲間を守るため、自分の命が危なくなることもすると聞くが?」
「未歩らしいなぁ」
 理恵は苦笑した。
「普通は剣を捨てるんじゃない」
「家族は?」
 理恵に続いて、今度は僕が訊いた。
「家族はいない。俺は今の状態で作られ、研究やアイテムを作り続けている。俺を作ったのもアンドロイドで、人間の家族のような繋がりはなく、インプットされている作業を始め、人工知能が成長していくと、独自の研究をさせてもらえるようになった」
 つまんなそうとういうか、息が詰まりそう。
「今までの戦闘データを見る限り、人間とは不思議な生き物だ。最初から百パーセントの力を出せばいいものを、出さないでいる。お前達の強さの秘密はなんだ?」
 理恵は頭を抱えた。
「話し方が難しいよ~。要するに好きな人も家族もいないんだ。じゃあ友達は?」
 マッキーゼ意外なことを言った。
「ダガーゴ帝国にはそんな言葉はない」
「友達いないの? 一緒にいて楽しい人のことだよ?」
「みな必要な仕事をする。戦闘員は戦闘の経験を上げるため、仲間同士で戦う。研究員は新たな武器やアイテムなどを作る。時間には限りがある。無駄なことをしている暇はない」
「それって楽しいの?」
「さっきも言ってたその楽しいとは何だ?」
 そもそも友達や楽しいって言葉がわかんないんじゃ、話が通じない。
「笑ったり、喜んだりすることだよ」
「わからない」
 理恵はしばらく考えて宣言した。
「じゃあ今からウチとマッキーゼは友達。仲良くしようね」
「えっ!」
 僕は驚いた。いくら何でも友達になるなんて無理じゃないか。でも理恵はマッキーゼに手を伸ばした。
「何をしているんだ?」
 マッキーゼの疑問に理恵は微笑んだ。
「握手だよ」
 マッキーゼは理恵の手を握った。ニッコリする理恵と、何をしているのか理解できない顔をしているマッキーゼ。ちゃんと友達になれるのかな?