しばらくすると飯島さんが来た。こんな急に電話して来てくれるなんて、なんて良い子なんだ。本当にまだ可能性があるのかも?
 何故よばれたかがわからずに来たから、飯島さんの表情はとまどいを隠せずにいた。。
 コロンが嬉しそうに飯島さんにまとわりつく。尻尾を振って足下を回るコロンを、飯島さんはしゃがんでなでた。さっきよりもリラックスした顔が、可愛さを引き出している。
「お邪魔します」
 飯島さんが靴を脱いで入ると、理恵は僕達の前に、驚くべき姿で登場した。またサングラスをかけ、おでこに「悪」と書き、黒いマントを翻し、階段を駆け下りて来た。
「ウチは悪の宇宙人、スゴクアークよ!」
「それはガンバルバーの敵だな」
「ウチはそんなの知らない。って今のなし。ウチは全宇宙を支配する大魔王なのだ!」
 僕と飯島さんは不思議なものを見る目で見つめ、コントの設定を理解しようとした。
「そこに世界一の美少女がいるじゃないか。よしウチ、あ、俺様って言った方が良いか。俺様の嫁にしてやろう。ありがたいと思え」
 理恵のグダグダなコントに巻き込まれて、飯島さんは手を引かれた。見てる前でセリフを直すって、グダグダにも程があるんだけど。
「そこの少年。俺様は悪の宇宙人だ。世界一の美少女をさらって、俺様の嫁にするんだぞ」
 巻き込まれたら絶対大怪我だ。
「この世界一の美少女が、俺様の嫁に」
「世界一の美少女って言わないで」
 恥ずかしさで頬を桃色に染める、飯島さん。
「世界一の美少女が、俺様に刃向かうとはな。こりゃ傑作だ。ガーッハッハッハ」
 パシッ!
 僕はスリッパで、理恵の頭を叩いた。
「我慢できずにやちゃった。嫌がることを知ったら、理恵は絶対に言い続けるんだった」
 わかってたから、ツッコミを入れなかったのに、我慢の限界に達しった。
「男よ、さらばだ。世界一の」
 パシッ!
「美少女は」
 パシッ!
「俺様の」
 パシッ!
「もの」
 パシッ!
「だーーーーーーー」
 パシ、パシ、パシッ!
 何度叩いてもやりきってるよ。叩いてるんだから、何かリアクションしろ!
「あーもう! 理恵は何をしたいんだよ!」
「俺様は悪の宇宙」
「バイバイ」
「待って」
 目的を訊こうとしても続けてるから、怒って背を向けた。理恵は慌てて僕を引き留めた。
「じゃあこの茶番は何か、説明しろよ!」
「そうだぞ。こんなアニメがやってても、グダグダ過ぎて、テレビを消しちゃうぞ」
「オタクは黙っててよ」
 ココヤにツッコミを入れ、深呼吸をして心を落ち着かせる理恵。
「お兄ちゃんはさ、戦ってるときは格好良く決めるから、飯島さんをさらったら『そうはいかないぞ。悪の宇宙人』って言うと思って」
「言うわけないだろ」
 マジで考えた作戦がバカすぎで、呆れを通り越して、言うべき言葉が見つからなかった。
「良い作戦だと思ったんだけどなぁ」
「結局何をしたいんだよ?」
 理恵はニッコリ微笑んで、とんでもないことを口にした。
「お兄ちゃん、コクってよ」
「えっ!」
 これには僕と飯島さんが同時に驚きの声を上げた。しばらく沈黙していた僕は、理恵に困った視線を向けた。
「僕、別に理恵のこと好きじゃないよ」
「何を言ってるのよ!」
 理恵は僕の頭をどついた。
「ウチじゃなくて、飯島さん!」
 僕はどつかれた頭を抑え、飯島さんに視線を向けたけど、恥ずかしくてすぐにそらした。
「秀也を選んだんだろ?」
 飯島さんは困りながらも頷いた。
「お兄ちゃんの気持ちって、そんななの? ジーシャックに飯島さんが捕まったときのパワーはすごかったのに、告白もできないの?」
「他に付き合ってる奴がいたら、ダメだろ」
 バチィィィィーーン!
 理恵は僕の言葉を聞いて頬を叩いた。響き渡った音は、理恵の感情の爆発に感じた。
「お兄ちゃんの根性なし。ガッカリしたよ」
 呆然とした顔の僕は、叩かれた頬をさすりながら、理恵の言葉を聞く。
「お兄ちゃんは勇気のある男だと思ってた!」
 怒鳴って部屋に駆けていく理恵。
「理恵!」
 背中に叫んでも、止まらずに走り続けた。
 理恵はアホだけど、アホなりに僕のことを考えてる。僕が頑張らなきゃいけないときに、頑張ってない。いつもやるべきときに、やってない気がする。
 空気が重くなり、飯島さんは困った表情を浮かべていた。飯島さんと二人は辛かったけど、「理恵の勇気を出して」という言葉を思い出し、今の気持ちを伝える。
「僕は今も飯島さんを好きだから」
「あたしは太田君を嫌いなわけじゃないの。だから今まで通り友達でいて欲しいの」
 飯島さんの目は真剣だけど、迷いながら答えを導き出した、雰囲気があった。
「僕の方こそ嬉しい」
 飯島さんは安心して、ホッと一息はいた。
「理恵が勇気を出してって言ってたんだ。勇気を出して良かったよ」
「勇気か……」
 飯島さんは僕の言葉で、何かを考え出した。

    ☆

 理恵の部屋に行き、ドアをノックする。
「トントンって言ってよ」
 リクエストはスルー。
「理恵」
「なぁに?」
 優しい声で開けられた。般若の面を被った理恵が現れ、驚く僕の口を素早く抑える。
「未歩はお兄ちゃんの叫び声を聞いたら、飛んで来るからね。まずは深呼吸して」
 今の未歩は気合い入ってる。理恵の言う通り深呼吸をしてから、僕は抗議をした。
「そんなお面してたら、ビックリするだろ」
「それで良いの」
 僕が怒ってるのに、理恵の考えがわからないけど、温かい微笑みで続けた。
「そこがお兄ちゃんらしくて良いの。素直になってよ」
 部屋に入ろうとする僕に、宣言する理恵。
「ウチの部屋に入るには、なぞなぞに正解しなきゃいけません」
「今日はなぞなぞじゃなくて、アニメの問題にしないか?」
「しないわよ」
 理恵は顔の横に浮かんでるココヤを、ポケットに押し込んで、笑顔を浮かべた。
「何をやっても許してくれる、心の広い人達が住んでる国はど~こだ?」
「許す、許す。似た国の名前が浮かばないなぁ。心が広い、まあいいか。ジャマイカだ」
「ズバリ正解」
 理恵は頬にしわを作り、僕を部屋に入れた。
「いい加減に、この決まりやめ」
「絶対ヤダ」
 理恵は却下した。言い終わってないのに食い気味に言うって、どんだけやりたいんだよ。
 理恵は勉強机のイスに、僕はベッドに腰掛けた。理恵を真剣に見つめて、お礼を言った。
「ありがとう」
「よくかわかんないけど、ウチって良いことするでしょ。もっとお礼を言ってもいいよ」
 胸を張った理恵を見て、損をした気持ちになった。でも理由はちゃんと言おう。
「勇気を出してって言われたから、今の僕気持ちを言ったんだ。友達でいてって頼んまれたけど、言えて良かった」
「もっと言うよ。勇気を出して。超勇気を出して。スーパ-勇気を出して。メガトン勇気を出して。ミラクル勇気を出して。グレート勇気を出して。どえりゃぁ勇気を出して」
「プッ」
「いい加減にツッコミを入れてよ」
「どえりゃぁって」
 ツボに入り笑いが止まらなかった。言葉が見つからなくても、どえりゃぁって……。
「三つくらい言ったら、ツッコミを入れてくれないと、逆に浮かばなくなるでしょ!」
「それを見たかったんだよ」
 僕達は同時に笑った。
「お兄ちゃんって意外とSなのね」
「そんなつもりじゃないって」
 理恵は庭で特訓を続ける未歩を見る。
「正々堂々戦って勝つ!」
 気合いを入れ、木にパンチをしていたけど、ミシッと音がした。太くて大きな木だけど、未歩の怒りで折れそうになっていた。
「未歩。普通の人間相手に本気で戦うなよ」
「うん。九十九パーセントの力にしておくよ」
 マデニが未歩の暴走を止めようとしたけど、ガチンコ過ぎだ。
 未歩は次に腕立て伏せを始めたけど、部屋に戻って、リュックを持ってきた。リュックにシャベルで土を入れ始めた。パンパンになったリュックを背負って、一瞬バランスを崩しながらも、再び腕立て伏せの姿勢になった。
「これくらいじゃなきゃ、やりがいがないよ」
 何キロかわかんないけど、後ろに倒れそうになったのを考えたら重いのは確かだ。リュックを背負った腕立て伏せは、僕と比べものにならないほど速く、上下に動いてる。
「未歩はお兄ちゃんのことになると、冷静さがないね。超本気になるから特訓を初めて数日だけど、トレーニング効果は出てるみたいだね。一生懸命やればうまくいくね」
「それって僕と未歩が、付き合うってこと?」
「あ、そうなるね」
「そうなるね、じゃないだろ」
 言われて気が付いたって顔が、嫌なんだけど。数日でどれだけ強くなるかは不明だけど、未歩のパンチ力は向上してる。腕に力が付いたのは確かだ。そんな未歩に殴られたら由里香は、怪我じゃすまない。
「木を折ったらお父さんに怒られるけど、面白そうだから見たいなぁ」
 理恵は想像を膨らませるけど、何で面白優先で怒られるのを期待するんだよ。僕が怒られなくても、誰かが怒られてたら嫌だ。
 理恵はいきなり僕の頬を摘んだ。
「とにかく笑って。笑顔じゃなきゃハッピーにはなれないよ。生きてるんだから、ハッピーかどうかは、自分次第なんだから」
「えっ?」
「未歩のこと考えて、嫌になってたでしょ」
 僕の表情は曇ってた。理恵の言葉でここ数日、心の中にあった雨雲から、快晴になった。
「どうすればいい?」
「お兄ちゃんはどうしたいの?」
 すぐに答えられずに腕を組んだ。
「ゆっくり考えな。自分のことだし、自分で決めるのが一番だよ。お兄ちゃんが告白すれば、飯島さんは喜ぶと思ったけど、違ったみたいだね。ごめんね」
 頭を下げた理恵に、僕の胸は温かくなった、。
「理恵が、妹で良かった」
 理恵が顔を上げたら、般若の面を被ってた。悲鳴を上げると、理恵は手を出したけど、口を抑えるのが遅く、未歩は窓ガラスを割って、部屋に侵入した。変身しないで二階に一瞬で来るって、どんなスキルを持ってるんだよ!
「お前は忍者か!」
「中学生ってわかってて、何で間違えるのよ」
「ここはコントに入る流れじゃないの?」
「コントって何?」
「未歩が忍者の設定でボケるのよ」
「ボケるって何?」
 二人のやりとりを見て僕は笑い出す。理恵の言葉が、未歩には全然通じてない。
「未歩のおかげでお兄ちゃんが笑ったよ」
「やったー。お兄ちゃん大好き」
 未歩は僕に抱きついた。座ってた僕の顔は、未歩の大きな胸に押し付けられた。一瞬フワッとした柔らかな感触を顔に感じたけど、背中に巻き付く腕が、限界まで締め付けた。
 苦しいけど、未歩は全然気付いてないし、理恵は別の話題をふっちゃったよ。
「ところで未歩。窓どうするの?」
 未歩は割れた窓とガラスの破片を見る。
「大変ね」
「あんたがやったんだから!」
 思い出す表情の未歩。一分もしてないのに、忘れるって、どんだけ無我夢中で来たんだよ。
「掃除機持ってくるね」
 僕を抱いて移動する様子。窓の下にはガラスの破片があり、未歩は掃除をする気だけど、理恵が言いたいのは、そことじゃなかった。
「そこじゃなくて、真夏にクーラーが使えないんだけど」
 未歩は理恵の考えを理解して、答えた。
「裸でいれば?」
「なんで窓を直す方に考えないのよ!」
 僕は未歩の胸の感触を感じながら、理恵が裸でいるのを想像した。
「お兄ちゃん、なぞなぞしよ」
「仕方ねえな」
 僕の部屋になぞなぞをしに来る裸の理恵。別にいつもは面倒だけど、裸だから心の中でヨシって思ってないんだよ。ちなみに未歩ほど大きくはないものの、お椀型のきれいな形をした胸で、これはこれで良いと思う。高身長の理恵はくびれもきれいで、その下はノートで隠されていたが、スラッとした足も魅力的でたまらない。
「パンはパンでも」
 理恵がなぞなぞを出したら、地震が起きた。
「キャッ」
 小さな悲鳴を上げて、理恵がバランスを崩した拍子に、僕に抱きついた。
「なぞなぞは後にしよう。お兄ちゃん」
 鼻がつんとした感覚と同時に、背中に激痛が走った。現状認識を最優先だ。直後に背骨が砕かれる音がした。未歩の力が強くなった。
「窓を直すの? ガムテで何とかしよう。ガムテのポテンシャルはハンパないからね」
「ガムテを評価しすぎよ!」
 会話中未歩は理恵の方を向いて話してたけど、僕は鍛錬された腕で抱きつかれ、未歩の好き過ぎる力が、超痛い。
 グルジグデ、ジンジャウヨ。
「未歩、会話中ずっとお兄ちゃんを抱きしめたままでのあんたを、天才だと思ったよ」
「大丈夫か?」
 マデニが僕の前に来たけど、喋る余裕があったら、未歩に文句を言ってるから。
「大丈夫なら良いんだ」
 大丈夫じゃないから、喋れないんだよ!
 マデニって未歩と同じで、真面目だけど空気読めないタイプなのか。妹相手に冷やかしてはこないけど、助けてくれよ。
 理恵は僕の苦渋の表情に気付いてて、何も言わないのは楽しんでるのか。
 僕はうめき声を上げたけど、全然聞こえなかったみたいで、理恵は未歩に質問をした。
「木に登ってキックをしてたじゃん。なんでスカートのままなの? パンツ見えてたよ」
「スカートが多いから。空気抵抗とかで蹴る感覚が変わるかもしれないから」
「恥ずかしくないの?」
「お兄ちゃんを守るためなら、全然大丈夫!」
 爽やかな声を使うのは、今じゃないだろ!
 僕は限界に達し、未歩の体を叩いた。だけど手を動かせないように腕を回された。
 もう無理です。
 僕は死んだ人が見る川を目前にした。自然とその川の中に入って、渡ろうとし始めた。川からピラニアが出てきて、腕を噛まれた。
「未歩、何でお兄ちゃんの腕を噛んでるのよ」
「気付かなかった!」
「どんだけ暴走してるのよ」
「由里香ちゃん、絶対に許さない」
 ビジョンが不思議世界から、理恵の部屋にカムバック。体を締め上げていた痛みと、腕を噛まれた痛みから解放された。
 未歩は手に力を込めて、僕から離れていた。解放されると同時に、荒い呼吸を繰り返した。
 あまりにも苦しくて、文句を言うこともできなかった。