飯島さんは先に着いていた。 ただでさえ猛暑日のギラついた日差しの中を走り、シャワーを浴びたような汗をかいて、息を切らして飯島さんの前で止まった。。
「おはよう。大丈夫?」
 家で無駄にエネルギーを使った僕は、膝に手を突いて俯いた状態で声を出せなかった。
「急がなくても映画には余裕を持って待ち合わせしたし、メールか電話をくれれば良かったのに」
「隼人は早く会いたくて、キスしたくて」
 キューレが出てきて、喋り出した。これ以上話したら、何を言うかわからないので、強制的にポケットに入れた。
「そっか。メールか電話をすれば良かったね」
 僕はそこまで頭が回らなかった。でも未歩のせいで遅れたら、未歩に負けた気がして嫌だった。走ってたから服が乱れてた。
「でもさ、走ってくるほど楽しみにしててくれたと思ったら、嬉しかったよ。いこっか」
 飯島さんは明るく微笑みかけた。優しい眼差しが、後ろ向きな心を温かくした。飯島さんの横まで行き、歩きながら乱れた服を直す。飯島さんと一緒にいるのに、ネガティブになってちゃダメだ。
 僕は大事なことを思い出した。今日はちゃんと告白しなきゃ。未歩が操られたときに、好きと言ったけど、あのときは返事をもらえる状況じゃなかった。どうしたらうまく告白できるかを考えなきゃ。
 ヤバイ。妄想をすると魔法少女マジカルエミーがミックスされちゃうよ。
「マジカルボンバー」
 敵を倒したエミー。飯島さんは元の姿に戻って、僕の方に駆け寄って来た。
「大田君大丈夫?」
「僕は大丈夫だよ。それよりも言いたいことがあるんだ」
「何?」
「もう気付いてるとは思うけど、飯島さんのことが好きなんだ」
「あたしの方がもっと好きだよ」
 飯島さんは僕の手を、胸にあてさせた。
「ほらすごくドキドキしてるでしょ」
「えっと、えっと」
 それはそうなんだけど、こんなことされたら、必要以上に緊張しちゃうよ。
 僕は掌に収まる感触に、人生で一番の集中力を発揮させた。未歩みたいにすごい大きいわけじゃないけど、片手に収まるちょうどいいサイズで、マシュマロのような柔らかさに興奮した。
「大田君、どうしたの?」
「ハッ。な、何が?」
「ニヤニヤしてるけど、映画の話してたの聞いてる?」
「も、もちろんだよ。おっぱ、じゃなくて、小人がいて、ものを借りていく話だよね」
「そ、そうだけど……」
 危なくおっぱいって言うところだったぜ。あらすじをチェックしてて良かった。
「なんとなく話を聞いてなかった、気がするんだけどなぁ」
 とにかく言い訳しないと、変に思われちゃう。宇宙から来たウィルスに、脳が操られて変になった。こんな言い訳は絶対に無理だ。これは理恵に対してだけだよ。
 飯島さんに怪しまれて、変な汗が出たけど、とにかく喋らないと。
「スカートが短いから、ドキドキしてて。話に集中できなかったんだ」
 飯島さんはいつもミニスカートだけど、今日は一段と短くて、ちょっと風が吹いただけで、パンツが見えそうな気がする。
 僕はワンピースの裾を見る。太股を凝視して顔が熱くなってきた。その瞬間風でスカートがめくれた。ピンクのパンツがチラッと見えた。僕はすぐに後ろを向いた。
「見た?」
「見てない」
「何色だと思う?」
「ピンク」
「嘘つくなら、素直に見たって言ってよ」
 僕はトラップに気付かなかった。
 えっと、嫌われたのか?
 飯島さんは僕の横を歩いてるけど、さっきよりも微妙に距離があき、僕とは逆方向に顔を向けた。
 こういうときって「バカ!」って言われて叩かれて、アイスでもおごって許してもらうとかじゃねえの。恥ずかしがってこっちを見てくれてないのか、怒ってこっちを見てくれないのかどっちなの?
 な、なんて言えばいいんだ?
 えっと、パンツ見えてラッキー。
 こんな空気になるなら、むしろ見たくなかったです。
 パンツ可愛かったよ。
 これは褒めてないだろ。嬉しくないと思う。
「ごめん」
 ベストな言葉が思いつかなかったから、こんな言葉でしか謝れない。
「うん」
 飯島さんは、向こうを向いたまま呟いた。
「もう、嘘つかないでね」
 飯島さんは硬い表情だったけど、僕の方を向いてくれた。ひょっとしたら、パンツが見えたのは風のせいだからしょうがないとして、僕が嘘をついたことに、怒ってたのかもしれない。
 僕達は前を向いたまま、会話をせずに映画館に向かった。

    ☆

 映画館に向かうと、スーパーアンドロイドが暴れていた。
「オイラジーシャックは、SNボールで人間どもをくっつけちゃうんだな」
 シーシャックは丸坊主のバカな子供が大人になった雰囲気のアンドロイドだった。。敵ながら、ビジュアルに気を使わなすぎるのが、可愛そうに思えてきた。
 大きなU型の磁石を持っている。両端からSとNと書かれたボールを出してくる。そのボールがあたった人達は、急に引かれ合い、ボールがくっついた肩甲骨と手がくっつき、離れられなくなった。
「やった、やった。成功なのだ」
 見た目だけじゃなくて、喋り方からアホ全快だった。アンドロイドって頭が良さそうなイメージがあるんだけど、僕でもこいつよりは頭がいい気がする。
 そんなことを考えてる暇はない。僕はキューレを出して、変身しようとした。周囲の人達が逃げる中、向こう側から見たことある女の子が走ってきた。クラスメイトで幼なじみの、神谷由里香だ。
「二人とも何やってるの? 早く逃げなきゃ」
 ジーシャックに向かう僕は、足を止めて一瞬考えた。
「由里香。飯島さんと一緒に逃げて」
 僕はキューレを持った手を回したところで、由里香に右手を引っ張られた。
「逃げなきゃ死んじゃうのよ!」
 変身できないまま僕は周りを見回す。周りの人はいなくなっていたため、ジーシャックは僕に攻撃をする。体を沈めてギリギリでかわした。しかし次は持っている巨大な磁石をブーメランのように投げてきた。変身してない今の状況じゃ、お腹に命中して由里香と一緒に転倒してしまう。
「早く逃げよう」
 一緒に転がったが由里香は、説得を試みたけど、僕はキューレを由里香に見せて、熱い気持ちをぶつけた。
「俺はあいつを倒す。それが俺の使命だから!」
 僕は心配そうに見つめる飯島さんをチラッと見た。さっきまで何も話せなかったけど、飯島さんを守るために戦わなきゃって、強い意志が生まれた。
「隼人に万が一のことがあったら、悲しむ人がいること考えてるの?」
「そんなのわかってるよ」
「バカッ。わかってないよ」
 僕はこの前経験したからわかってるのに、由里香はわかってないとか言ってきた。反論したいけど、そんな暇はない。由里香の方を見たら、目には涙がたまっていた。
「わたしは隼人に逃げて欲しいの!」
「だからってこのままで良いわけないだろ。心機チェンジ」
 どっかで聞いたセリフだったけど、脳内検索する暇はない。アホなスーパーアンドロイドでも、人を襲ってたら許しちゃおけない。
 由里香を振り切って変身した僕は、振り返って話す。
「僕は絶対に勝つ。だから飯島さんと待ってて」
 由里香は驚いてるけど、涙を拭いて飯島さんの方に行った。遠くで見ててくれ。そっちには被害がいかないように戦わないとな。
「隼人がハートイエローって知ってた?」
「うん」
「昔からずっと見てるけど、知らないことがあるのね。好きだから何でも知りたいと思って、さりげなく会話も聞いてたのに」
「えぇー!」
 剣が磁石で受け止められた。かなり離れてるけど、変身したら聴覚もよくなった。由里香が僕のことを好きって言ったよな。
「磁石キック」
「お前普通に蹴っただけじゃねえか」
 蹴りはよけたけど、動揺してツッコミが一瞬遅れた。
「由里香って、太田君のこと好きだったの?」
「うん」
「し、知らなかった。アハハハハ」
 飯島さんは笑って誤魔化してるけど、声だけで動揺してるのがわかる。ってか僕も動きが鈍い気がするんだけど。
「あたし負けないから!」
「えっ?」
「あたしの方が隼人を好きだもん。今日はデートできても、次はないから」
「磁石ブーメラン」
「今度は磁石を投げるのかよ
 高くジャンプをして、かわしたものの着地したら後ろからきた磁石に後頭部があたった。痛い。
「ブーメランだから、戻ってくるんだよん」
「だがお前の必殺技は、使えなくなったな」
 僕が磁石を持っていると、なんかジーシャックの方に引っ張られていく。
「磁石パンチ」
「お前磁石使ってねえだろ!」
 ジーシャックに殴られたせいで、磁石を放しちゃったよ。
「とにかく今は逃げる方が先だよ」
 飯島さんはこの前のことがあるから、逃げるように言ってくれた。
「あたしは逃げないよ」
「えっ?」
 驚く飯島さんに由里香は言い放った。
「隼人に万が一のことがあったら、あたしは助けに行く。逃げたかったら一人で逃げて」
「足手まといになっちゃうよ」
「大丈夫。そんなドジはしないから」
 デジャビュを感じるんだけど。っていうか、由里香は逃げる気満々じゃなかった?
「由里香がここにいたくても、あたしは一緒に逃げるから」
 飯島さんは由里香の腕を引っ張りながら、戦いの方へ目を向ける。僕はジーシャックと戦いながら、二人の方を気にしていた。ときどきこっちを向き、距離ができるとさっきのSNボールを投げられるから、剣の攻撃を続けている。
「一人で逃げればいいでしょ。本当に好きだったら、一秒でも一緒にいたいんだから」
 剣で突き刺そうとした瞬間に、告白された気がして、腕を真っ直ぐ伸ばせずに殴られた。
 由里香のせいで、勝てる戦いも勝てなくなる。飯島さんは反論できずに、腕を引っ張っていた力もなくなった。
「二人とも逃げて」
 気にしながら戦ってたけど、完全に由里香がここにいるみたいだから、思わず叫んだ。
「隙ありなんだな」
 由里香の言葉を聞いて隙ができ、僕は攻撃を受けて倒れてしまった。
「素早い剣は使えなくさせてやる」
 ジーシャックはSNボールを出した。僕の右手と、二人の方に飛んていった。
「危ないっ!」
 飯島さんがぶつかると思って目をつぶったら、由里香が前に立って、ボールを胸で受け止めた。
「大丈夫?」
 僕と由里香は引き寄せられた。しかも僕の右手と、由里香の胸がくっついた。
 ムニュッ。
「キャー」
 僕は思わず右手で、由里香の胸を揉んでしまった。
「ごめん。胸を触ってるけど、わざとじゃないんだ。何で離れないんだ?」
 僕は右手を後ろに引いても離れずに、由里香が前に倒れそうになった。
「オイラのSNボールにあたると、あたったところはくっついつちゃうんだな」
「なんだと!」
 ムニュッ。
 僕はまた由里香の胸を揉んだ。
「もう最っ低!」
「今のは怒りがみなぎって、手に力が入ちゃって。わざとじゃないんだ」
「どうだか。いつもエロそうな目してるし」
 由里香って、さっき僕のこと好きって言ってたはずだけど、敵の攻撃なんだからしょうがないのに、こんなにボロクソに言わなくていいじゃん。
「もう。こっち見ないでよ、バカ!」
 頬を紅色に染めた由里香は、恥ずかしくて、さっきまでの堂々とした様子はなかった。
「やーい、やーい。ハートイエローは変態痴漢男なのだ」
「お前のせいだろ!」
「なんのことなのだ?」
「とぼけるな」
 ジーシャックがからかってきたけど、由里香はモジモジしながら話した。
「へ、平気だから」
「本当?」
「あいつを倒せば元に戻るはず。それまで我慢する」
「ごめん。とにかく今はここから逃げよう。こんな状態じゃちゃんと戦えないから」
 由里香は僕の言葉を素直に受け入れた。だけど走ろうとしたら、こけた。
「アッハッハッハ。こけてるんだな。ダサイんだな」
 起きあがって、僕は一二と掛け声をかけて、リズムをつかんだ。ジーシャックは一部始終を見て笑ったが、しっかり歩い僕達を見たら、攻撃をしようとした。
「残念だけど逃がさないんだな」
「残念なのはお前の方だ」
 変身した理恵と未歩が、ジーシャックに攻撃した。ジーシャックは倒れた。振り返った二人は、僕を見ると、由里香の胸を触っていることに気付いた。未歩は予想もしない言葉を発した。
「お兄ちゃん。おっぱい触りたかったら、あたしに言ってよ?」
「僕は変態じゃない!」
 絶叫した僕に、理恵は冷たい言葉を投げかけた。
「街中で堂々と女の子の胸を触ってるのは、変態っていうのよ」
「だから違うんだって」
「そっか痴漢か」
「そういう意味じゃなくて」
「お兄ちゃんがおっぱい好きで良かった。お兄ちゃんのために、おっぱいを大きくしたんだよ」
「未歩、頭痛がするから、黙っててくれ」
 未歩は黙って僕の左手を、未歩の胸に持っていく。
「黙って揉ませろなんて意味じゃねえ!」」
 由里香が事情を説明してくれた。
「敵の攻撃のせいなんです。あいつは二つのボールを投げてきて、それにあたった場所はくっついちゃうんです。気をつけてください」
「わかった。お兄ちゃんに胸を触られないように気をつけるよ」
「理恵そっちじゃないだろ」
「僕の手と由里香の胸が、あいつのボールにあたったせいなんだよ」
 未歩は走り出した。SNボールをうまくかわして、ジーシャックを攻撃する。
「やったね未歩」
「こんな弱い敵に手こずるなんて、どうしたの?」
 未歩は自信満々に言い放った。ズゴッという変な音がして振り返ると、電信柱と、車がゆっくりと引き寄せられた。車が動くのはまだ理解できても、電信柱がアスファルトから出て、斜めになって車のバンパーとくっついた。電信柱はS車はNという文字が浮かび上がってる。僕の右手にはS、由里香の胸にNが浮かんでいた。
「お兄ちゃん、まさか?」
「そうなんだよ。やっとわかってくれたか?」
「あまりのエロさで、自分から敵の攻撃にあたって、堂々と痴漢をしたのね」
「そんなわけないだろ!」
 一瞬喜んだけど、理恵は当然のごとく期待を裏切ってボケた。
「冗談言っている暇はないよ」
「オイラは弱くないんだな」
 ジーシャックはSNボールを連続で飛ばしてきた。理恵と未歩は僕達にあたらないように意識して、剣で弾きながら、突進していく。
「どうやら剣には効果がないみたいね」
 未歩はSNボールの嵐を突破して、ジーシャックを斬りつけた。ジーシャックの攻撃がやみ、僕は戦闘の意志を伝える。
「僕もやる」
「あいつは私達が倒すから」
 未歩は冷たく言い放つ。
「待ってくれ」
 僕格好悪すぎる。このままじゃただの変態だよ。僕が急に歩いたら、由里香は歩かなかったため、バランスを崩して二人で倒れた。
「今のお兄ちゃんは足手まといなの。見ててくれればいいよ」
「隼人があたしとくっついたのは、敵のせいなんだから。足手まといって酷くない?」
「うるさい!」
 いつもの未歩らしくない。論理的に言いくるめるのは、未歩の得意技なのに。
「お前ら何話してるんだな。今度こそくらうんだな」
 ジーシャックはSNボールを再び出してきた。
「今はお前の相手をしてる場合じゃないの」
 未歩はジーシャックの相手をしながら、由里香と喧嘩してる。どんだけえすごいんだよ。
 未歩は一人で全てのボールを叩き落とした。八つ当たりのような連続攻撃に、ジーシャックは手も足もSNボールも出なかった。
「調子にのるな」
 だけど未歩の真後ろに、ジョグナーが現れた。ジョグナーの剣が横に動き、未歩は倒れた。