夏休み前に宿題は出された。僕は飯島さんを家に呼んで、一緒に宿題をやろうと誘った。
駅に迎えに行ったら、ピンクのカットソーに、黒のミニスカート姿の飯島さんがいた。
白くて細い太股最高! マジ天使! 僕は二次元の人だけど、飯島さんは別腹だぜ。なにこの可愛さは! 僕の理想が現実になったんじゃないか! 心を落ち着かせておかないと、鼻息の荒さで変態だと思われちゃう。
「あ、大田君」
き、気付かれた! まだ心の準備ができてないのに。笑顔で腕を振ってる姿がまた可愛いんだけど、リアルに鼻息がフハーと出た。
「飯島さん。おはよう」
鼻息、フハー。
「大田君の家は駅から近いの?」
「歩いて十分くらいかな」
鼻息フハー。
「大田君走ってきたの? 呼吸が荒いよ」
恐れていた質問をされた、うまく答えられずにいると、キューレが飛び出た。
「あまりの可愛さに、鼻息が荒いのさ」
何でわかるんだよ。つまんないけどな。
☆
「飯島さん。遠慮しないで入って」
「お邪魔しまーす」
僕が靴を脱いで玄関に入ったら、いつもはわざわざ出てこない母さんが来た。
「隼人の母でございます。オホホホホ」
「母さん。その変なキャラは何?」
「ほら、理恵は恋とか興味なくてなぞなぞばっかりだったし、未歩は隼人ラブじゃない?」
「この状況で変なこと言わないでよ」
「子供が好きな子を連れてくるなんて、初めてだから、よそ行きモード全快なのよ」
よそ行きモードって言っていいの?
「いつもより化粧が濃いのもそのせいなんだ」
「何ですって! とみせかけて、隼人の冗談は面白いわね。オホホホホ」
「思いっきり怒鳴ったじゃねえか。何誤魔化せたみたいな顔してんだよ」
「そんなこと言ったら、怒って怖いけど愛があって、美人なお母さんだと思うじゃない」
「後半完全に自画自賛じゃねえか。今怒ったのも、愛があるわけじゃなくて、化粧が濃いって言われたからだろ」
「隼人、飯島さんがドン引きよ」
飯島さんが後ろにいるんだった。確かに学校で話すのと違って、大声でツッコミを入れてる。このギャップじゃ萌えないみたい。
「隼人の素を出して、本当の隼人を見てもらいたかったのよ。上辺だけの関係じゃ、気持ちが伝わらないから。母さんの粋な作戦よ」
「何キレイにまとめてるんだよ。あっ!」
飯島さんがいたんだ。もう少し落ち着いて喋らなきゃ。これはある意味生活習慣病だ。
「飯島さん。隼人も男だから、気をつけてね」」
母さんはきょとん顔の飯島さんに答えた。
「ベッドの下にエロ本があるの、変なことされたら大声出して。助けに行くから」
「母さん。いい加減にしろー!」
「隼人が叩いてくる。にっげろ~」
「待て~」
僕は追い掛けだした瞬間に、どうしてもいつもと同じ反応をする自分に気付いた。
「な~んちゃって。今のは飯島さんをリラックスさせるために考えた、コントだよ」
「ア、アリガトウ」
振り返って言った言葉は、全然信用されてなかった。僕が言われても信用できないもん。
「よくうちに来れたわね」
変な空気が流れる中、未歩が玄関に来た。指をポキポキ鳴らしてる。未歩は冗談を言わないから、嫌な予感的中しかしないよ。
「お兄ちゃんを、私から奪う気なのね」
「元々未歩のものじゃないだろ」
「小さい頃にチョコを上げるから、将来結婚しようって言って、指切りしたじゃない」
「覚えてないし、兄妹で結婚できないだろ」
「安心して。どんな手段を使っても、総理大臣になるから。兄妹でも結婚できるように、法律を改正して、二人で幸せになろう」
「そんなの安心できないから」
「お兄ちゃんはあたしを好きでいればいいだけ。頑張るのはあたしだから」
「そもそも好きじゃ」
チュッ。
「今好きって言ったよね。好きならチュウしても良いよね」
好きじゃないって言おうとしたら、キスされた。飯島さんがさっきよりも引いてるよ。
「どんな抵抗勢力もぶちのめすから」
未歩は柱を叩くと、ミシッて音がしたんだ。
「お兄ちゃんを好きなら、あたしと勝負よ!」
飯島さんは僕にどうするべきかを、目で窺ってきた。そんなのわかるか!
「未歩、新しいなぞなぞできたから答えてよ」
凍り付くような空気の玄関にきたのは、なぞなぞができてご機嫌の理恵。
「お兄ちゃんと飯島さんもいる。さぁみんなで考えよう」
お前中三じゃねえだろ。
「今は大事な戦いをするときなの」
「うん。だからなぞなぞをしよう」
「あたしからお兄ちゃんを奪おうとする奴は、悪だから、悪は倒さなきゃでしょ」
僕はこれ以上ここにいれないと思って、飯島さんの手を引っ張って走り出した。
「僕の部屋まで走って」
「逃げるのか、卑怯者!」
「みんなぁなぞなぞしようよ」
部屋に入ると同時に鍵をした。未歩と理恵がドアを叩いて文句を言ってるけど無視。今度は飯島さんがベッドの下に手を入れた。
「おばさんが言ってたの本当かな?」
「あんなの嘘に決まってるじゃん」
ハハッと笑った。隠し場所がバレたら、別の場所にするんだぜ。隠し場所が違うから、嘘じゃないし。エロ本だけど同人誌だから、普通のエロ本よりも嫌われる気がする。
「男の子の部屋って初めて。緊張してるから、変なところがあったら言って」
「むしろ家族が変な僕が、言えないよ」
飯島さんの前に女性声優さんのポスターがを貼ってあった。これは人としての常識だよね。飯島さんは緊張で、僕は意外なところにミスで、黙り込んでしまう。
「宿題しよっか」
僕等が一緒にいる理由を思い出した。飯島さんは教科書やノートを出して、テーブルに向かって勉強を始めた。二人でいるのに、黙々と勉強するのって、二人の意味がない気がする。一分でこの空気に耐えれなくて、飯島さんにわからないところを訊いた。
「えっとね……。わかるのに説明できない」
いつも勉強を教えてくれてるから、嘘じゃない。変な家族のせいで、頭が壊れたのかも。
「あたしってダメだなぁ」
「えっ?」
後ろに手をついて、天井を見上げながら、ため息混じりにもらした。
「男の子の部屋に来ただけで、いつもなら簡単に説明できることも、できなくなってる」
「そんなことないよ。僕が飯島さんの部屋に行っても、緊張すると思うし」
「でもこんなことで緊張してたら、全然話せないから、つまんない娘って思うでしょ?」」
「飯島さん可愛いから、ドキドキして僕もうまく話せないし」
「可愛いとか言わないで。恥ずかしい」
「ごめんね。でも緊張して話せないとか、気にしなくていいからね」
「ありがとう」
僕は映画のチケットを出す。
「今度の日曜に、映画を見に行こう」
「うん」
映画はスタジオシフリのアニメ映画。一般向けとしても大ヒットするし、オタクとしてもチェックしておかなきゃ。飯島さんとなら何でも良いけど、見たい映画だから、もっと嬉しい。微笑む飯島さんを見つめ、横に座った。ゆっくりと顔を近づけて、初めてにしては順調に雰囲気を作れた。飯島さんは目をつぶり、僕は顔を近づける。
バン!
「二人で映画なんて、ダメー!」
ドアを蹴破った未歩の方を向いた。床にケーキとジュースがある。母さんから奪い取って、運ぶ口実に話を聞いてたら、映画の話が聞こえて、我慢できなくなったのか。
「横に座って顔が近いし、まさかキスしようとしてたわけじゃないでしょうね?」
「な、何で?」
「動揺してる。お兄ちゃん、自白したら飯島さんを、殴る蹴るですますけど、自白しなきゃ、骨が折れる以上の痛みをあたえるから」
「やってる前提かよ」
「あたしのカンに間違ないのよ。間違っててもあたしのゴッドハンドで証拠を作るから」
「それは捏造じゃないか」
キスはしていないけど、しようとしてたこの状況で、どうするのが一番いいかを考えた。
「飯島さんを殴ったら、未歩を嫌いになる!」
僕は未歩が一番困ることを考えた。
「そんなことないもん。お兄ちゃんはあたしのこと大好きって言ったもん」
そんなつもりで言ってないし、大は付けてないぞ。未歩は僕を抱きしめた。強く抱きしめられ、顔が未歩の大きな胸にあたって苦しい。未歩の力は強くて、どんなに力を入れても、中々離れられなかった。
「お兄ちゃんとあたしの間に、入る隙なんてないの。お兄ちゃんが離れないのが証拠よ」
「抱きしめてるの、未歩ちゃんじゃない!」
飯島さんがツッコミを入れてくれた。
クソッ! フワッとするけど、苦しいぜ。
僕は声にならない音を漏らしながら、ジタバタもがいた。でも未歩は気付いてくれない。
「呼吸できなくて苦しそう」
飯島さんに言われて未歩は、僕の生命の危機に気付いた。
「ハッ! だ、大丈夫お兄ちゃん? お兄ちゃんをこんな目にあわしたのは、どこの誰?」 お前だよ、ボケ!
僕は荒い呼吸をしながら、未歩に怒鳴る。
「どうしてこんなことするんだよ?」
「今の気持ちは、今言わないと後悔するから。お兄ちゃんをとられてからじゃ遅いでしょ」
「未歩。邪魔するなよ!」
「邪魔をしなかったら、お兄ちゃんは飯島さんと、デートするんでしょ?」
「デートはする。未歩の邪魔にも負けない!」
「飯島さん、糸付き五円玉を出して」
飯島さんは疑問の顔を浮かべた。未歩が何を言いたいか、わかるのもアレだな。
「お兄ちゃんを催眠術で操ってるんでしょ」
「操ってないよ」
らちがあかないから、本当のことを話す。
「本当のことを言うよ。映画に誘ってキスをしようとした。けど未歩がきてできなかった」
「飯島さん、死ぬ前に言いたいことはある?」
鬼顔で殴ろうとした未歩を、押さえ込む。
「さっきと言ってることが違うだろ!」
「嘘も方便って言うでしょ」
「騙された! マデニ未歩を何とかしてくれ」
心機で唯一まともそうなマデニに助けを求めた。未歩のポケットから出てきたら、僕と飯島さんの前を行ったり来たりした。
「ヒューヒュー。熱いねお二人さん。こりゃ未歩が入る隙はないね」
「お前何でオイルにファイヤーを、ぶん投げてんだ!」
「隼人は香苗と付き合いたくて、未歩とは付き合えないんだろ?」
「そうだけど……」
「カップルは茶化さずにはいられねえから」
マデニはマデニで変なキャラだった。
「何であたしの相棒が、あたしの味方しないのよ」
未歩はマデニに標的を変えた。飯島さんの危機が去ったから、まずはオッケー。未歩は真っ赤に怒った顔で、マデニを殴ろうとした。マデニは素早い動きでかわした。未歩が次の攻撃をしようとした瞬間だった。
「未歩、待ちなさい」
「その声はお姉ちゃん」
理恵だけど黒いキャップに、サングラスとマスク。マスクには「なぞなぞ」と書いてあった。コロンもサングラスをかけている。
「ウチらは、間違えた。ワレワレハナゾナゾセイジンダ。ナゾナゾヲシヨウ」
「どんだけ昔の宇宙人のイメージなんだよ」
「ナゾナゾセイジンダカラ、コンナハナシカタナノ」
「今は遊んでる場合じゃないのよ」
むしろ遊びたいです。
「ナゾナゾヲシナイキネ。ナゾナゾケン。アノキョニュウカタブツオンナヲカンジャエ」
「ワンワン」
「ナキゴエハ、ナソナソデショ」
「ムチャブリにも程があるだろ」
コロンは理恵の言う通り、未歩を噛もうとしたら、鋭い目で睨まれて、尻尾を巻いて理恵の方へ戻った。
「ミホノイジワル。ナゾナゾヲシナイト、コウナンダカラ」
理恵は隠していたハリセンを出して、未歩を思いっきり叩いた。
「イタッ! 角があたったんだけど」
「これが正義の力よ。なぞなぞをしないのは、悪に決まってるんだから」
僕達正義の味方なのに、正義の捉え方が、違いすぎるのはまずいだろ。
「なぞなぞ星人の喋り方は、もういいのかよ
理恵が答える前に、未歩が大声を出した。
「飯島さん。命拾いしたわね。先に倒す相手がいるから、後回しにしてあげる」
「にっげろ~」
「待てー」
僕と飯島さんは呆然とした。理恵のバカキャラで、未歩が追い掛けていった。
「まいっか。ケーキ食べよう」
未歩が持ってきたケーキとジュース。自分の近くのケーキを食べた。生クリームの甘さを感じていたら、急に咳き込んだ。
「辛ッ!」
僕は絶叫した。未歩が戻ってきた。
「あたしの考えた、飯島さんがケーキを食べたら、辛くて舌がヒリヒリする作戦よ」
「そのケーキ食べたの、僕」
パッと見じゃわからないけど、よく見ると、唐辛子が入ってた。器用の無駄遣いだよ。未歩は慌てて言い訳をした。
「ごめんね。わざとじゃないの」
「完璧にわざとじゃねえか」
ジュースを飲んで、舌を落ち着かせてから尋ねた。
「ところで理恵はどうしたんだよ?」
「ハリセン奪って叩きまくった。悪は倒さないとね」
お前の方が悪に思えるけどな。
宿題ができなかっただけでなく、散々な目に遭わせたことを、飯島さんに謝り続けた。
☆
映画の約束をしたのは日曜だけど、未歩に聞かれたから土曜日にした。バッグを持ったら未歩が入ってきた。
「こっち向いて、写メ撮るから」
良いよって言ってないのに、カシャカシャとケータイのカメラで、何度も撮られた。
「勝手に入って来るなよ」
「いいじゃん。ドアないんだし。オシャレしたお兄ちゃんを撮っておかないと」
「ドアがないのは未歩のせいだろ」
「災い転じて福となるってやつね」
「お前にとっての福だろ!」
「格好いいお兄ちゃんを見たら、写真に残さないと、一秒後に後悔するもん」
「速ッ!」
「どうしたの? 今日はやけにオシャレして」
「友達と遊ぶから。いつも制服だし、私服を着る休日は、オシャレしたいなぁって思って」
「飯島さんには会わさないんだからね」
「カンが鋭すぎるよ!」
「だって日曜って言ってたけど、あたしに聞かれたから、土曜にするくらいわかるよ」
「理恵なら思いつかないのに」
「お兄ちゃんは、あたしのことが嫌い?」
「うん」
「マッハで頷かれた!」
「だってデートを邪魔するんだもん」
「あたしともデートしてないのに?」
「兄妹でデートはしないだろ」
「お兄ちゃんもまだまだ子供ね」
何で妹に子供って言われるんだよ。
「未歩は昔から、僕のこと好きだった」
「そうなの~」
「両手を頬にあてて、とろけそうな顔するな」
「好きなんだからしょうがないでしょ」
「普通妹が兄貴を好きにならないだろ」
「そんなの関係ないの。あたしがお兄ちゃんを好き。だから頑張る。頑張る女の子は可愛いから、この気持ちお兄ちゃんに届くはず」
「絶対に届かないから」
「じゃあさ、お兄ちゃんは飯島さんとのデートを諦めて、あたしとデートをするの」
「それで喜ぶの未歩だけだろ」
「バ、バレてる」
「もう絶対に邪魔するなよ!」
ドアの前に立つ未歩を振り切って、部屋を出ようとした。でも腕を掴まれた。
「もういい加減にしろ」
未歩を叩いて走った。追い掛けてくるけど、差は開いてく。このまま行けば外へ出れる。
「お兄ちゃんがなぞなぞしたいって」
理恵は急に目の前に現れた。状況を知らないから、ニコニコ顔で、本気で喜んでるよ。なぞなぞって、そんなに楽しいのか?
「パンクをした自転車に乗ってたら、食欲がなくなりました。な~んでだ?」
理恵はなぞなぞをすれば問題ない。答えなきゃフルボッコにされるけど。未歩を振り切れたのに、なぞなぞをやるしかない。
「パンクだからパンを食ったんだろ」
「おしい。パンクしたから空気がない。つまり食う気、食欲がないってこと」
「全然おしくないじゃねえか」
未歩は追いついて、僕の手を掴んだ。
「人生八十年くらい生きるんだから、まだ恋なんていいじゃん」
「じいちゃんになって、デートなんてやだ」
理恵は吹き出しながら呟いた。
「女の子もそれは嫌でしょ」
「とにかく僕は絶対に行くからな」
腕は掴まれたまま歩き出した。未歩が止めようとしてる力に勝り、少しずつ前進する。
「未歩、行かせたら?」
「やだ」
理恵が変な提案をした。
「じゃあとデートに行くなら、未歩のほっぺにチュウをするって案は?」
「どんな打開案だよ」
「仕方がないわね。お兄ちゃんがあたしにどうしても、チュウをしたいって言うなら、してもらってもいいけど?」
「まさかのツンデレキャラ」
「ツンデレになってないもん」
「ニヤニヤした顔で言ってるかな。ツンデレになりきれてないな」
「いいからあたしにチュウをして、あたしとデートするのか、あたしがチュウをして、あたしとデートに行くのか、どっちか決めてよ」
「さっきと違うし、両方同じようなものじゃないか」
「ほ、ほっぺだからな。目をつぶれ」
「やったー」
ゆっくりと顔を近づけて、唇が頬に近づいた。頭を後ろへ振って、思いっきり頭突きをした。頬を抑えながら、背中を壁に激突させた未歩。未歩の手は僕から離れた。
「もう行かなきゃ遅れちゃう。邪魔すんなよ」
僕は走りながら叫んで、外へ飛び出した。