理恵は体を左にそらして、スレスレでかわした。止まらない攻撃をよけながら、未歩に尋ねる。
「どうしたのよ?」
「未歩やめるんだ!」
 剣になったマデニも説得するけど、未歩は無言のまま攻撃の手を緩めない。よけ続ける理恵の視線を辿ると、家から出ることを考えていた。部屋の出口の方に、未歩は立ち塞がっている。二人はテーブルを挟んで睨み合った。変身していない理恵じゃ、体力差は圧倒的。さすがの理恵も真剣な表情のまま呟く。
「ウチの後ろにいて。未歩を何とかするから、先に出て」
「わかった」
 未歩は攻撃を再開した。理恵の作戦に気付いてるみたいで、攻撃はしても部屋から出さないようにしていた。剣が動くたびにタンスや壁に傷が増えていく。
「俺はこんなことのために、未歩を相棒に選んだわけじゃねえんだ」
 マデニが未歩の動きに反発した。振り下ろそうとしても、下がらないため剣は振るえている。理恵は未歩に近づいて、蹴りを入れた。だけど理恵の足はサッとかわされて、逆にキックを受けた。よろめいた理恵は、バランスを崩しながらも、未歩を押さえつけた。
「速く!」
「うん」
 出ようとした刹那、未歩は僕の前に立った。理恵の体当たりは、変身している未歩には、虫があたったようなもので、動けずにいる僕に向かって、未歩は剣を向けた。マデニは抵抗し続けてるけど、マデニの力もなくなってきたのか、さっきよりも剣はスムーズに動いていく。ゆっくりと上げられた剣は僕を襲った。
「兄貴を殺す気か!」
 もうダメだと思ったら、ココヤが未歩の頭に体当たりをした。わずかに狙いがずれて、真横を落下した剣は、畳に食い込んだ。
「一回離れて」
 僕が後退すると同時に、理恵は後ろから、未歩を羽交い締めにした。未歩は暴れて今にも理恵から逃れそうで、理恵は必死に押さえ込んでいる。
「未歩、どうしちゃったのよ? お兄ちゃんを助けた未歩が、お兄ちゃんを襲うなんて変だよ。お兄ちゃんを大好きなのに、何でそんなことするのよ!」
 未歩の変化の原因に気が付いた。僕を助けたからだ。ライボーの攻撃は人を暴力化させることだった。目が覚めれば暴力化した状態になる。
「あの暴力弾でみんな凶暴になってたんだ。未歩が受けたのも、ただの攻撃じゃなくて、暴力をふるう攻撃だったと思う」
「オッケー。だったらあいつを倒せばいいってことでしょ。ウチ一人であんな奴を倒して、未歩を元に戻して、正義のハッピーエンド。完璧なシナリオの完成だね」
 理恵の目に闘志がわいた。でも力の差は大きくて、ついに未歩は理恵から解放された。僕に向かおうとする未歩に、理恵は殴りかかって振り向かせる。
「よける必要ないってこと? しょうがない。本気出すから!」
 理恵の拳は未歩の背中に命中。でも蚊に刺されたように振り向いた。パンチとキックの乱れうち。手加減をしない本気の攻撃は、変身しててもさすがにノーダメージじゃないみたいだった。あまりの速さに手も足も出ずに、ただただ攻撃を受けていき、理恵は最後に回し蹴りを決めた。しかもまずは左足が頭部に、次に右足が首の根本にあたった。未歩は尻餅をついてしまう。
「変身しなくっても、体が動きを覚えてて、戦えるようになったのよ!」
 これは特に効いたみたいで、未歩はすぐに起き上がれずにいた。
「外に行くよ」
「う、うん」
 変身しなくても、年上の男の僕よりも、理恵の方が強いことがわかった。
 僕が未歩を心配になってわずかに躊躇したら、未歩は体を起こそうとした。慌てて理恵は未歩を体全体で押さえつけた。
「速く!」
「うん」
 あの回し蹴りを受けても、まだ五秒とたっていないのに。すぐに部屋から出ると、理恵も長い間押さえてられなかった。
「ごめん。未歩がそっちに向かった」
 動かす足は、より速く回転して玄関に到着した。靴を引っかけけて、追ってくる気配を背中に感じる。振り返ってみると、剣が振り下ろされる瞬間だった。
 もうダメだと思ってギュッと瞼を閉じる。でも一切痛みを感じなかった。瞼を上げて、目の前にある恐ろしい状況を確認した。そこには僕の頭上で上下に動く剣があった。
「早く逃げろ。俺も限界だから」
「あ、ありがとう。マデニ」
 マデニの声は、絶える寸前のわずかな力を振り絞ったものだった。マデニに感謝をして外に出る。同時にマデニは力尽きて床に刺さった。理恵は跳び蹴りをする。剣は床に深く刺さったママのため、未歩は理恵のキックを背中にを受けた。
 理恵も外へ出て、剣を抜いた未歩の攻撃をかわしたものの、直後の蹴りを受けた。バランスを崩しながら後退して、向かいの家の塀に追い込まれた。背中が塀にくっつき、体勢を立て直せずにしゃがんでしまった。未歩は剣を振り上げて、とどめをさす気だった。
「やめろー!」
 僕は力の限り怒鳴った。さすがの理恵もこの状況じゃ起死回生できない。僕は未歩が振り下ろした右手を両手で受け止めた。剣は何とか止まったものの、僕の力で変身した未歩の手を、止め続けるのが困難なのは、一瞬でわかった。
 つぶっていた瞼をゆっくりと上げて、理恵はまだ生きていることを確認した。
「ありがとう」
 理恵の言葉に返事をする余裕はなかった。未歩は腕を振って僕を振り払おうとしたけど、離れないようにしっかりと両手に力を入れた。すると右膝で蹴りを入れられた。痛みに負けないように歯を食いしばって、未歩の腕から手を離さずにいた。
「未歩は僕を助けてくれたんだ……。すごい優しいんだ……。こんなことするなよ……、元に戻れよ……」
 連続攻撃に、痛みは増していき、声が途切れてしまう。それでもこれだけは言わなきゃと強く思う。僕の言葉を聞いても、未歩の殺気は変わらずに、左手で僕の頬を殴りつけた。歯が口の中を切って、血の味が広がっていく。思わずペッと血を吐き出す。
「元に戻るまで絶対に離さない。未歩のために!」
 叫んだ声は辺りに響き渡り、目に力が入る。理恵を助けるためだけじゃない。未歩が理恵を殺そうとしてる。こんなこと絶対にさせない。
 一瞬未歩の動きが止まった。それをきっかけに剣を奪おうとして、右手を剣に伸ばした。僕の体力は少なくなっていたため、未歩が腕を大きく振ると、左手だけじゃ腕をつかみ続けられなくて、手が離れてしまった。僕がふらつくと、回し蹴りを右肩に受けて倒れた。
「信じてる。未歩は必ず元に戻るって」
 倒れながらも未歩に力強い視線を向けた。
「未歩。ウチもう我慢できないよ。未歩は一番したくないことをしてるんだよ。ウチはお兄ちゃんを守るためだけじゃなくて、未歩を助けるために、未歩と戦うことにするよ」
「そうだ理恵。これは未歩を助けるための戦いだ」
 理恵は飛んできたココヤを、大きく回して前に出した。
「心機チェンジ。ハートレッド」
 未歩が僕にとどめをさす瞬間だった。ハートレッドになった理恵は、後ろから上段蹴りを入れる。だけど気付かれていて、振り返らずにしゃがんでかわされた。冷静な未歩らしく、周囲の動きにも敏感だった。未歩は振り返った勢いで剣を横に払ったけど、理恵はサッとかわす。僕から離れた未歩は、剣を自由に使えるようになり、理恵に素早い剣の攻撃を続けた。理恵は剣を受け止めることにしか使わず、隙を見て蹴りを入れながら戦った。
「未歩元に戻ってよ。お兄ちゃんを助けて攻撃してちゃ、意味ないじゃん」
 理恵の言葉に、未歩は反応せず攻撃を続けた。苦手な相手の動きを見ての戦いに、理恵はかわすのに一苦労だった。隙を見付けてキックをしても、未歩には一回も命中しない。
「優しくて、頼れるのが未歩でしょ。あんな敵の技に負けないでよ」
 理恵の訴えは空しく響き攻撃は続く。普段から攻撃重視でガードはあまりしていないため、少しずつ攻撃を受けてしまう。数回の攻撃を受けて、次の動きができなくなった。未歩の連続攻撃で斬られ続ける。理恵は絶叫して、倒れてしまった。
「理恵!」
「心機竜モード。トリケラマデニ」
 未歩が淡々と言うと、マデニは青い輝きを放ち、剣からトリケラトプスの姿に変形した。細長い剣とは違い、巨大な体は道路を、狭く感じさせた。
「ど、どうなってるんだ?」
 僕の疑問にはココヤが答えてくれた。
「俺達は武器にだけじゃなくて、自らを恐竜の姿に変化させて戦うこともできるんだ」
 あんなのが襲ってきたら理恵はもうおしまいだ。
「そのかわり俺達が心機竜モードでいられるのは、一分にも満たない。しばらくは心機竜の姿にはなれないんだ」
 マデニは未歩によって、トリケラトプスに変形させられたけど、そのまま襲ってくる気配がない。
「未歩。俺はみんなと戦う気はない」
 マデニは変形させられただけで、理恵にとどめをさす気はない。良かったと思ったら、不気味な声が、雨雲のように空気を被った。
「わざと逃がして、仲間同士の戦いを楽しんでいたのによ。だったらお前もこれをくらえ!」
 視線を向けるとライボーが銃声を奏でた。すでに暴力弾はトリケラマデニに命中していた。
「さぁ、続きを楽しませてくれ!」
 マデニは理恵に襲いかかった。一歩踏み出すたびに地面は揺れ、人間離れしたスピードは、傷付いた体では対応できずに、立ち上がったばかりの理恵を襲う。無惨にも角によって貫かれた。
「未歩を助けるためにも負けられない」
 いや、まだ貫かれていない。僕の場所からだと見間違いしたけど、剣を盾にしていた。理恵は早足で距離をあけたけど、トリケラマデニには一歩踏み出すだけで、縮められる距離だ。トリケラマデニの足に剣を刺したが、理恵は蹴り飛ばされた。
「ウワーーーーーー」
 僕はギュッと目をつぶって俯いた。辛くて見ていられない。それでも絶叫は続き、鼓膜が響き続け、瞼に焼き付いた悪夢が否応なくフラッシュバックした。僕の心を蝕んでいく。嫌な汗をかいた状態で、背けていた目をしっかり開けて、状況を確認した。
 遠く離れたところに倒れた理恵がいた。
「理恵!」
 マデニは剣に戻ったけど、未歩はとどめをさそうと、一歩また一歩とゆっくり近づいてくる。理恵は土を握りしめ、マスク越しに睨みつける。傷付いた体なのに剣を杖にして、ヨロヨロと立ち上がった。理恵はフラフラとした足取りで、未歩に近づく。
「ウチは信じてるから。未歩が元に戻ることを。このまま敵の操り人形になるような、そんな奴じゃないって思ってるから……」
 躓いた理恵は、両手で未歩の肩を掴んだ。未歩は斬ろうとしたけど、あたる直前で腕が小刻みに震えて、理恵には届かなかった。
「やっぱり未歩は心の中で戦ってるんだね。絶対に勝ってよ」
 変身が溶けた理恵は、疲れ切った瞳の中に、希望を宿して、その場に倒れた。今まで黙っていた未歩は急に叫んだ。
「ウワーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
 震えていた手は高く上げられた。そのまま理恵に向かって剣を振り下ろす。僕は力を振り絞って、未歩に弱々しい体当たりをした。剣は振り下ろされたものの、わずかに理恵の横を落下して、コンクリートに傷を作った。未歩は標的を僕に変えて剣を向けた。
「待って!」
 聞き覚えのある声がして振り返ると、そこには飯島さんがいた。未歩は飯島さんに攻撃をした。飯島さんも自慢の運動神経を使って、攻撃をかわしていく。飯島さんはよけることしか考えていないようだった。今のところ一回も攻撃はしていない。
「飯島さん逃げて!」
 僕の方を向いてる余裕はなく、飯島さんは僕へ何も言わずに、未歩の動きに必死で対応してる。
「分析通り」
 バスケ部の飯島さんは、相手の動きを見るとすぐにどう動くかがわかるって言ってたのを思い出した。フェイクにも騙されずにボールを奪うことが得意らしい。
 僕の学校は特に女バスが強かったわけじゃないけど、天才的なセンスを持った飯島さんが入部するなり、去年ベスト8だった入白高校に、かなり競ってワンゴール差で負けた。
 喧嘩が強いわけじゃないけど、素早く動くのは僕以上だし、相手の動きを読むのもできる。飯島さんは未歩の攻撃をかわしながら、何かをする気だ。
 少しずつ僕から離れるようによけていることに気付いた。動くのも大変な僕から、未歩を遠ざければいいと考えたに違いない。
 僕は動くだけで激痛がはしったけど、傘立てから自分の傘を出して、二人の方に近づく。
「飯島さん剣の変わりに使って」
 驚きながらも、飯島さんは僕が投げた傘を取ろうとした。先に未歩が気付いて取りに行く。飯島さんはこのままじゃせっかく投げた傘を取れない。
「未歩ちゃん。ごめんね」
 距離ができたため、飯島さんは未歩に跳び蹴りをした。背中に決まり未歩は、胸をアスファルトにこすりつけた。傘を難なくキャッチする飯島さん。剣のように傘を構えて、起き上がった未歩と向かい合う。さっきまでとは違う戦いの緊張感が、空気をピリッとさせた。
 先に動き出したのは未歩。傘じゃ剣を受け止められない。飯島さんはどうするのか心配でたまらない。振り下ろされた剣をよけた飯島さんは、傘を水平にして未歩のお腹に決めた。だけど痛みを感じている様子はない。次の攻撃は真っ直ぐ剣を伸ばしてきた。今度は右に大きく動いて、未歩が目の前に来た瞬間に、手首に傘を当てた。
 この調子でいけば何とかなるかもしれない。飯島さんは戦いながら僕の方をチラッと見て、話しかけてきた。
「大田君。さっきは妹さんを心配するなって言ったんじゃないの。大田君を危険な場所に行かせたくなかったの。好きな人を危険な場所に行って欲しくなかったの」
 こんな状況で告白されちゃった。
 未歩は剣の動きを速めた。それでも飯島さんはかわしていく。未歩は飯島さんとの距離をとった。
「心機竜モード。トリケラマデニ」
「もう、トリケラマデニになれるのかよ」
「あぁ。もう心機竜になるには十分な時間はたってる」
 ココヤが僕の方に飛んできた。ココヤの言葉を聞いて、飯島さんが危ないと思い、必死で思考を巡らした。僕は名案を閃いた。
「ココヤ。僕を変身させて。理恵がこんな状態じゃ戦えないけど、僕ならまだ戦えるから」
「無理だ。相棒に選んだ一人にしか、変身させることはできないんだ」
「だったらこうするしかない」
 僕は走り出した。直後にココヤが何かを言った気がしたけど、よく聞こえなかった。
「でも何とかなるかもしれない」
 トリケラマデニの攻撃をよけるのは不可能。しかも普通の人間の僕が受ければ、死ぬかもしれない。それでもやらなきゃいけないことがある。僕は最後の力を振り絞って、飯島さんを突き飛ばした。
「危ない!」
 ただでさえ疲労がたまっていたところに、飯島さんを押したせいで、体がふらついたけど、何とか倒れずに両手を広げた。ふらついた瞬間、ポケットからケータイが落ちたけど、そんなのどうでもいい。
 トリケラマデニはものすごい勢いで迫ってきた。迫り来る巨大な機械の生命体に、思わず目をつぶった。