サッと後ろへ飛んでかわす。開いたままの自動ドアを通って、デパートの中へ戻った。
 まさかマシン兵がいるとは考えてなかった。命の危機でハイスピードに脈打つ心臓を、落ち着かせる余裕もなく、走りながら対応を考えた。
 その辺にあるものを、片っ端から投げつけた。さすがに服は投げても意味はないと思って、バッグを投げてたけど、こんなのあたっても痛くないようだった。だったら大きいものをあてればいい。今度はマネキンを投げた。さすがに結構重かった。だいたいの方向で三体投げて、二体が命中した。マネキンの下敷きになったマシン兵から、スタンロッドを奪い取ろうとしたら、中々放さないため、手をおもいっきり踏んづけた。マシン兵から武器を奪って、持つ部分にあったスイッチを押すと、バチバチと花火のような光が瞬いた。驚いて顔を後ろへ引いたけど、すぐに振り下ろした。
 かなり強力でマシン兵の体も火花を散らした。すぐに離れて角を曲がった。直後にマシン兵は爆発して、嗅覚を焦げた臭いが刺激した。曲がってたから助かったけど、近くの壁は焦げていた。
 次に目に入ったのは、マシン兵がいた場所の燃えさかる炎。小規模とはいえ、なんとかしなきゃ。とにかく水をかけよう。目の前がトイレだったから水はある。用具入れを見たら、バケツをすぐに見付けた。水をいっぱい入れて戻ると、マネキンに燃え移っていた。ただでさえ疲れているのに、ここは僕が頑張らなきゃと気合いを入れて、何回も往復して鎮火した。
 その場にへたり込んで、肋骨を激しく叩く心臓に気が付いた。戦った敵を倒すということのリスク。
 力の抜けた筋肉は心を怯えさせていく。僕は普通の少年で、戦うための力なんてない。今は運良く勝てたけど、毎回こうなるとは限らない。飯島さんの言ってたことがわかった。自分の思考の浅さに、今更ながら気付く。でも後悔はしていない。
 僕が不安な気持ちに押し潰されそうになったとき、ケータイがなった。最初に出た声は感情がストレートに反映されたネガティブなトーンだった。
「もしもし」
「さっきはごめん」
 飯島さんの声だった。
「妹さんが戦ってたら心配だよね」
「ううん。飯島さんの気持ちをちゃんとわかってなかった。マシン兵に襲われてやっとわかった」
「大丈夫?」
「何とか倒した」
 ふぅと安心したため息が聞こえた。
「もし怖かったらあたしも行くよ」
 飯島さんが来てくれる。僕は嬉しくなった。でも甘えちゃダメって思った。やっぱり妹達が心配な気持ちは揺るがない。
「ありがとう。でももうすぐ妹達のところにつくから。危険なのはわかってるけど、それでも妹達が心配だから」
 しばらく飯島さんは返事をしなかった。沈黙は葛藤の時間だと思う。きっと止めたい気持ちがある。でも僕の考えを受け入れてくれようとしている。
「わかった。その代わり約束して」
「何?」
「絶対に死なないで帰ってくること」
「うん。約束する」
 約束をしても果たせるかどうかわからない。でも約束をすることで、絶対に大丈夫だという変な確信が生まれた。
 僕は電話を切って、疲れてきたけど走り出した。弱音なんて吐いてられない。

    ☆

 戦場に戻ると二人の戦士とライボーはまだ戦っていた。赤い戦士は相手の攻撃を受けつつも、攻撃を続ける。赤い戦士は攻撃をする回数も受ける回数も同じくらいで、とにかく攻撃を重視していた。
 青い戦士は距離を取りながら、ライボーの攻撃をかわしたり、受け流したりして、隙をついて攻撃をしている。自動車に隠れて不意打ちをしたり、自動販売機の上から落下して、その勢いで攻撃していた。こんな攻撃ができるのも、赤い戦士が戦っているからだ。
 二人の声と戦い方から性格が一致した。生まれてからずっと一緒に住んでるんだから、顔が見えなくても間違うわけがない。
 赤い戦士は理恵で、とにかく突き進むタイプ。攻撃に徹して、守備がおざなりになっているところとかは、まさに理恵らしい戦い方で、戦闘中になぞなぞをするなんて、他の人は絶対にしないはず。
 青い戦士は未歩で、僕を好き過ぎて暴走するけど、普段は冷静に判断して行動するタイプ。僕が見てるときは一回も攻撃を受けていないし、攻撃をするときは、ただ攻撃するだけでなく、勢いをつけて攻撃をしている。
「くらえ! 暴力爆弾」
「理恵、一人で戦うな!」
 今の僕にできることを考えたら応援しかない。ただ頑張れってと言うだけよりも、具体的なことを、言った方が良いと思った。
 理恵はすぐに走り出して、爆発の影響が出ない場所まで離れた。
 暴力爆弾の爆音で、僕の声は理恵には聞こえなかった。気付いた様子もないし、戦い方は変わってない。だけど爆音の中でも、未歩は気付いて、僕の方を向いてくれた。
「逃げてお兄ちゃん」
 未歩は心配してくれたけど、妹達が戦ってるのに、僕だけ安全な場所にいるなんてできない。戦う力がなくても応援はしたい。
「相手の攻撃をちゃんと見て」
「そんな面倒くさいことやってらんないよ」
「お兄ちゃんがいるの」
 未歩が理恵に伝えて僕に気付いた。
「よそ見の多い奴だな」
「今度はあたしが相手をするから、安心して」
 理恵が僕を見て隙を作ったけど、未歩がフォローした。すぐに戦いに戻った理恵は、攻撃重視のスタイルは変えなかった。ライボーは距離ができた瞬間、未歩に向かって銃を構えて再び暴力弾を連射した。
 理恵は未歩の前に立って、一瞬振り向いた。両手を広げて自ら受け止める気だ。ライボーから真っ直ぐに暴力弾が来ると僕に命中する。胸に後悔の気持ちが渦巻いた。
「これ以上傷付いたら、もう限界でしょ!」
 未歩は理恵を突き飛ばして振り向いた。僕の場所を確認して、暴力弾を受け止めた。未歩は数発の僕力弾を受けて、変身がとけて気絶した。一度に何発も暴力弾を受けたため、普通の人でも気絶しなかったのに、体が絶えられなかったんだと思う。
 理恵は未歩を抱きかかえて高くジャンプして、僕の前に着地した。
「ついて来て」
「待てッ!」
 俯いたまま僕は理恵を追い掛けた。ライボーは数発の暴力弾を放ったけど、追い掛けてこなかった。距離があったため暴力弾は僕達にはあたらずに逃げることができた。

    ☆

 僕達は家に着いて、理恵と未歩の傷が浅いことを確認した。未歩は気を失っているため横にして、僕は寝ている未歩の手を両手で握って謝った。
「あのときよけたら、僕にあたってたから。ごめん、未歩」
 理恵は僕にいつものニコニコした表情で励ましてくれた。
「兄妹なんだから助け合うのは当たり前でしょ。お兄ちゃんがあたってたら、暴力化してたし、未歩は助けたいって思ったんだから、気を遣わなくていいの」
「でも……」
 何かを言おうとするけど、気持ちが整理できずに、言葉が出てこなかった。悔しさで床を思いっきり殴りつけた。
「逆の立場でもそうしたでしょ?」
 自分が戦士で、未歩が普通の状態だったとしたら、自分が盾になることを考えると思う。僕の顔を見て理恵は、何も言わなくて答えを見透かした。
「だから心配しなくていいの。気を失ってるけど、怪我はたいしたことないから」
 ちくしょう。理恵は格好いい。いつもポジティブで笑顔を絶やさない。
「元気になるためになぞなぞしよ。そうめんの中に必ず入ってる赤いものってな~んだ?」
 こんなときにもなぞなぞって思ったけど、理恵の場合はこんなときだからこそ、なぞなぞをするんだと理解した。強制的に気持ちを切り替えて考え始めた。
 赤いそうめんはあるけど、なぞなぞの答えにはならない。考えたけど答えは出なかった。
「わかんない。教えて」
 僕がが答えを訊くと、理恵はニッコリ微笑んで、心からなぞなぞを楽しんでいるのがわかった。
「正解は梅だっよ~ん。平仮名にして中の二文字を読んでみて」
 そうめんを頭の中で平仮名にして納得した。
「何で戻ってきたの?」
 いきなり明るい雰囲気のまま質問された。
「助けてくれたときに、声を聞いて二人が理恵達だって思ったから。ケータイに電話したら、繋がらなくて確信した」
 せっかく理恵が和ました空気を、暗くしちゃった。
「次の問題。ウチと未歩は何者でしょう?」
 理恵は明るい口調で話した。特別な力があるのはわかる。でも何者かはわからない。理恵は脇をくすぐってきた。笑った僕に負けない笑顔を振りまいた。
「ウチ達は心機戦隊ハートレンジャーなんだ」
 嬉しそうに瞳を輝かせる理恵に、僕は何も言えなかった。
「理恵、ついに俺ッチを紹介してくれるのか」
 理恵のポケットから、赤いケータイが飛び上がった。その喜んだ声は戦闘中にも聞き、洗面所でも聞いた男性の声。
「バレたんだからしょうがないでしょ。それに今が秘密を明かす場面だと思うしね」
「別に秘密戦隊じゃないんだぜ」
 理恵の顔の横で浮いてるケータイを見て僕は、驚きのあまり一歩後退る。
「何してるの?」
「俺は隼人と仲良くなりたいから、怖がらないでくれよ」
 理恵の顔の横で浮かんでたケータイは、僕の目の前で、プカプカ浮かんでいる。さっきまで理恵の方を向いていたため、気付かなかったけど、目と口があって話すたびに唇が動いてる。
「どうなってるんだ?」
 やっと声が出たけど、質問じゃなくて悲鳴に近い声だった。理恵は両手で耳を抑えて、ギュッと瞼を閉じた。自分で思ってる以上に、大きな声を出してたんだ。
「落ち着いて。このケータイはココヤって名前で、ただのオタクだから怖くないよ」
「そうそう。だから隼人と仲良くなりたいんだ。ってオタクって紹介はないだろ」
 このケータイ、喋るだけじゃなくて、ノリツッコミ機能もついてるのか?
「未来からこの時代のアニメを見に来た、正義の味方に」
 生きてるケータイってだけで、十分にキャラが立ってるのに、オタクなんてキャラを付け加えないでくれ。被るじゃないか!
「前から思ってたけど、隼人は神真浩樹に声が似てるなぁ」
 神真浩樹……。一瞬誰だろうって思って記憶をたどってみたら、確か人気声優さんだった。声優雑誌で見たけどすごく格好良い。
「お兄ちゃんにオタクアピールしてどうするのよ」
「別にアピってるわけじゃないぜ。ただ話す機会ができたら、言おうと思ってたんだよ」
「理恵は堀井由希、未歩は花川香菜子に声が似てるな」
「誰よ?」
「理恵はこの時代に生きてるのに、人気声優さんの名前も知らないのか?」
「なんでそんなにビックリするのよ。知らない人はいっぱいいるじゃない」
「堀江由希にツッコミを入れられたと思うと、テンション上がってきた」
「わけわかんないところで、テンション上げないでよ!」
「お前ら状況を考えろよ」
 またもや男性の声がした。今度の声は初めてだ。声のした方に視線を向けると、未歩のポケットから、青いケータイが出てきた。
「俺はマデニだ。二人とも遊んでる場合じゃないだろ」
 僕の方に来て挨拶してから、二人の方に移動した。
「そうだった。俺達がここにいる理由を話さなきゃな」
「俺達は百年後の未来から来たんだ」
 マデニの言葉で納得した。生きてるケータイなんて、今は無理だと思うから。
 二人の話を聞いたらこんな感じだった。百年後の世界ではハートステッカーと呼ばれるステッカーがあり、それを張ると機械に心が生まれる。これを心機っという。百年後の世界では心機のおかげで、いろいろなことがどんどん進歩していった。
 アンドロイドも生まれたんだけど、人工知能を持ったアンドロイドは、人間を襲うようになった。このアンドロイド軍団はダガーゴ帝国と名乗った。だけどスーパー心機のココヤとマデニ達を使って、未来人が変身してダガーゴ帝国を倒した。だけど生き残りが百年前の世界、つまり現代に来て暴れてることを知って、すぐにこの時代にやってきた。
「理恵と未歩が子供を助けたのを見て、この二人なら相棒になれると思ったんだ」
「すぐに俺達を、ケータイに貼ってもらったんだ。これで二人は心機戦隊ハートレンジャーになったんだ」」
 キラキラした瞳で、嬉しそうに話す二つのケータイ。表情豊な口調は人間と瓜二つで、本当に生きているように感じられた。
 理恵は頷きながら胸を張った。
「ウチは正義の味方なんだよ。すごいでしょ。えっへん」
 良くも悪くも子供のままで、今も漫画やアニメが好き。大人が見るようなのじゃなくて、子供が見るようなもの。正義が悪を倒す勧善懲悪なストーリー。どっちかっていうと男の子の向けの方が好きだったし、理恵はヒーローに憧れてたんだと思う。
「ウチがあいつらを倒すから、お兄ちゃんは心配しないで」
 理恵が気合いを入れて、堅く握った手を顔の前に出した。本気でダガーゴ帝国と戦って倒す気なんだ。その目には一切の不安はなくて、勝つことを信じる揺るぎなさが宿ってた。
 理恵の声で未歩が体を起こした。すると急に理恵に殴りかかってきた。鋭い目つきは本気で理恵に殺意を感じる。いつもの未歩じゃない。理恵は不意打ちだったため、数回殴られて胸を抑えてしゃがんだ。
「やめろ未歩!」
 説得をするために近づいたマデニを、ガシッと掴んだ。マデニを持った手を大きく回して前に出した。いつもより低い声で、変身のセリフを静かに言った。
「心機チェンジ」
 未歩は変身して、青い戦士になった。マデニは剣に変わり、そのまま理恵に向かって、剣を振りおろした。