「ライボー様は人間を暴力化しちまうんだぜ。マシン兵、人間を捕まえろ」
このスーパーアンドロイドはライボーって名前みたいだ。くねくねとうねった長髪を後ろで一つに束ねた男で、ゴリラのような顔に、ぎょろりとした目が力強いタイプだ。体は太くて引き締まっていて、手には銃を持っている。マシン兵もたくさん連れてきていて、マシン兵は周りにいる人達を捕まえていき、ライボーの前に立たせた。ライボーは捕まった人達を撃っていく。
「ライボー様の暴力弾にあたれば、凶暴化して人間同士で戦っちまうんだぜ!」
カップルの男性は、彼女の前に立ってライボーに懇願した。
「俺は構わないから、彼女は見逃してくれ」
「見逃すかよ」
二回鳴り響いた銃声。その直後男性は振り返って、鋭い目つきで彼女を殴りつけた。殴られた彼女も、さっきまでの怯えた表情から一変して、鬼の形相で殴り返した。十秒前とはまるで違う雰囲気で、周りで見ていた僕達は目を丸くした。
「次だ」
マシン兵に捕まっていた母親が、ライボーの前に突き出された。
「やめて!」
右手には強く握った五歳くらいの男の子がいる。あまりの恐怖に声も出せずに、涙を流していた。
「何でもするから、だから」
「じゃあ撃たれろ」
再び暴力弾は解き放たれ、母親に命中した。マシン兵が放すと、息子の握っていた手を捻って痛めつけた。泣き叫ぶ子供の声が辺りに響き渡った。
あまりのむごさに、思わず目をそらしてしまった。
本当なら逃げるべきだ。だけど足に力が入らない。震える動きはできても、走るどころか歩くこともできなかった。
そこに警察が駆けつけた。暴れている人達を捕まえて行く。パトカーで連れていく警察官と、ライボーを銃で攻撃する警察官にわかれた。十人ほどの警察官が銃を連射する。
「ライボー様が、そんな武器でやられるかよ。マシン兵やっちまえ」
ライボーはよけようとすらしなかった。マシン兵は警察に向かって行く。警察官達はマシン兵に銃を放つと、マシン兵は倒れていく。しかし全てのマシン兵を撃っているわけではないため、警察官達に近づいたマシン兵は、棒で叩きつけた。これがただの棒じゃない。叩くときに電気のような光が生まれて、バチバチッと音を出した。攻撃を受けた警察官は右肩を押さえながら倒れて、苦渋の表情を浮かべている。右肩は真っ黒に焦げていて、火傷を起こしているのは明白だった。
「大丈夫か?」
隣にいた警察官が支えながら尋ねたけど、うめき声はあげられても、質問に答えるだけの余裕は残っていなかった。すぐに左腕を自分の首に回して、パトカーに向かいながら、顔はボスと思う人に向けた。
「病院に連れて行きます」
「わかった。このマシン兵からだ。撃て!」
「こいつらマシン兵も、お前ら人間と素手で戦っても勝てるぜ。このスタンロッドは人間なら一瞬で大火傷だ。警察はお前らに任せた。ライボー様は、人間に暴力弾をかましてくぜ。この時代の人間達は自分達で殺し合うんだ」
大笑いするライボーは、マシン兵に警察を任せて、警察官以外の人達を探していく。マシン兵に捕まった人達がいるため、その人達を助けようとした警察官が走り出した。
「そうは行くか」
ライボーが目の前に立ち塞がった。警察官は銃を連射するが、ライボーには何発あたっても、全く痛みを感じていない。警察官は他の方法がないため、銃を撃ち続けてライボーにやられてしまう。マシン兵と戦っている警察官の一人がパトカーに乗って、ライボーに向かって走りだした。
「おもしれぇ。来いよ」
それは挑発じゃなく、自分の強さを試したいという願望から出た言葉だと思う。実際にライボーは両手を叩いて、猛スピードで迫ってくるパトカーを両手で受け止める気だ。ぶつかった瞬間、ライボーの手が車のバンパーを押さえた。やはりパトカーの方が力はあるため後退している。しかしあくまで押されているだけで、それがダメージになっている印象はない。よく見るとライボーの足はアスファルトにめり込んでいた。パトカーに押されるがまま下がっていたが、少しずつ動きはゆっくりになっていく。
「ライボー様の力は、こんなもんじゃねえ!」
絶叫とともに力が解放され、ついに止まった。そして一歩、また一歩とライボーの前進が始まった。もうパトカーは前に進めなくなり、ライボーはパトカーを持ち上げだした。
警察官は転がりながら飛び出たがその直後に、パトカーはひっくり返されてしまった。
「ライボー様は、力自慢でもあるんだぜ」
警察官は殴られると、思いっきり飛ばされた。どれくらいかはわからない。真っ直ぐに伸びる車道で、警察官は見えなくなったから。ライボーは自分の力がパトカーに勝てたことを喜んでいた。
あまりのすごい光景に、僕だけじゃなくて、飯島さんも逃げることすらできずにいた。ライボーは僕達に気付いて、ゆっくりとこっちへ歩き、銃を構えて暴力弾を放とうとした。
「飯島さん、逃げて」
「太田君を置いて逃げられないよ」
飯島さんの前に立ち、一生分の勇気を振り絞って叫んだ。
「男は女を守るもんなんだ!」
「太田君は草食男子じゃなかったの?」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
こんなときに、そんな冗談はいらないよ。
「逃げるにしても、あたし一人でなんて逃げられない。太田君と二人でなきゃ」
そうかもしれないけど、武器が銃なら撃たれたらあたっちゃう。僕が少しでも頑張れば飯島さんだけでも、このままでいられるんだ。
「太田君。足が震えてるよ。あたしの身代わりになるなら、そんなの勇気じゃないよ。お願いだから、一緒に逃げて」
「僕が盾になって、飯島さんが助かるなら、それでいいんだ。格好悪いけど、それくらいしか飯島さんを助ける方法はないから」
「でも……」
「あんな奴には勝てる気なんてないけど、好きな女の子は絶対に守りたいんだ!」
「えっ?」
「二度も言わせないでよ。早く逃げて!」
「逃がすかよ。くらえ暴力弾」
ライボーが射程距離に来て銃声が響いた。だけど暴力弾は空に飛んでいった。赤い戦士がライボーの腕に跳び蹴りをいれた。ライボーは赤い戦士を睨みつけながら、銃を持っていない左手で、赤い戦士に殴りかかった。
「早く逃げて」
赤い戦士は上半身を反らして、スレスレでかわした。聞き覚えのある明るくて高い声。赤い戦士は剣で戦いながら、ライボーになぞなぞを出した。
「すごく重いのに、片手で拾えるものってな~んだ?」
「何? 何だそれは?」
ライボーは考えた出して、赤い戦士の振り下ろした剣をまともに受けてしまった。左肩にかすり傷ができた。よろよろと後退しながら体勢を立て直す。
「答えはタクシーだっよ~ん」
「おのれ~、卑怯だぞ」
ライボーは斬られた部分を押さえながら、自分のアホさを棚に上げて憤った。僕は戦いを見つめて、確信に近いものを感じた。
「くらえ暴力弾!」
「そんなの効かないよ」
赤い戦士は暴力弾を剣で斬っていく。銃弾を正確に斬るって、どんだけすごい技術を持ってるんだ!
飯島さんは赤い戦士を見つめる僕の雰囲気に圧倒されて、何も言ってこなかった。だけど流れ弾が僕と飯島さんの間をとんでいった。赤い戦士に任せれば大丈夫と思ったけど、撃たれた人達の暴力化を思い出した。もし自分にあたったら、隣にいる飯島さんに間違いなく暴力をふるう。それは嫌だ。だけどここにはいなきゃいけない。飯島さんは僕に真剣な口調で話しかけた。
「ここは危ないから逃げよう」
飯島さんは僕の手を引いた。僕達が初めて手をつないだ瞬間だった。飯島さんの優しさを感じながらも、今は戦いが気になり恋どころじゃなかったため、ドキドキできなかった。
遅れて青い戦士が来た。僕を見付けると、近づいてきて話しかけた。赤い戦士と同様に、よく知った子供っぽい声だった。
「間に合って良かった。大丈夫?」
「うん」
「怪我はしてない?」
「うん」
心の底から心配する声。僕はこの超心配性にも聞き覚えがある。
「お兄ちゃんと、手を繋いじゃダメー!」
僕が飯島さんと手を繋いでるのに気付いた青い戦士は、急に大声を張り上げた。飯島さんはビックリして手を離した。もう絶対にそうだ。戦場に向かった青い戦士から目を離せずに立ち止まった。飯島さんは何か訊くべきか考えてたけど、まずはこの場から離れる方が優先だと判断して、僕の手を再び握った。
「ここは危ないから」
飯島さんの引っ張る力は強く、この場から離れたくなくても動かされた。僕が戦闘を見ているのに気付いた赤い戦士が、戦いながら叫んだ。
「早く逃げて!」
「どこを見ているんだ?」
「うわっ!」
見ていたかったけど、僕の方に向いた一瞬で、赤い戦士はライボーに蹴りを入れられた。その勢いで剣が地面に転がった。どこかで聞いた男性の声がした。
「あたし達がいると、足手まといになるから。万が一さっきみたいな攻撃が命中したら、あたしは大田君を殴るかもしれない。そんなの絶対に嫌なの」
力強く言い放った声なのに、辛そうな表情だった。よく見ると目には涙がにじんでいた。飯島さんも流れ弾がきたときに、考えたことは同じだったみたい。
「お願いだから逃げよう」
苦しそうな声が、僕の感情を揺さぶった。迷いはある。でも飯島さんの気持ちが、僕と同じで嬉しかった。僕も万が一飯島さんに暴力をふるうなんて絶対に嫌だ。
「わかった」
僕は受け入れたものの、気持ちは納得できずに、俯いたまま走り出した。しばらく走ると立ち入り禁止エリアになっていた。警察官が一人立っていて、入ることができないように見張っていた。
警察官が状況を訊いてきたので、僕と飯島さんは赤と青の戦士が戦いに来たことを告げた。警察官は瞳に希望の色を光らせた。
「俺達が守りたいけど、あんなにすごい武器もなければ、銃を撃っても効果がない。何もできない自分が悔しいけど、大切なのは街を守ることだ。あいつらには頑張って欲しい」
僕は警察官の生の声を聞いてハッとした。今までは警察官は警察官としか見ていなかった。でもみんな一人一人考えを持った人間なんだ。当たり前なんだけど。警察官だから、自分の手で守りたいって気持ちがあるのに、それができない悔しさと、自分じゃなくても、目的が達成されるならいいじゃないかと思う考えで、揺らいでいた。
僕は自分が何をすべきなのか考えた。僕がしたいこと。この住んでる街は大切だけど、それよりももっと大切なものを守りたい。その考えには微塵も迷わずにたどり着いた。
再び歩き安全と判断した飯島さんは、近くにあったベンチに腰を下ろして息を切らした。僕は飯島さんの隣に座って荒い呼吸をしながら、戦士達の正体を考えていた。すると飯島さんが不思議そうな顔で尋ねてきた。
「何を考えてるの?」
「あの二人はたぶん僕の妹なんだ」
僕はケータイを出して未歩にかけた。ケータイを操作する指は震え、脳裏にはライボーと戦うシーンが蘇った。妹達じゃないことを祈る気持ちを込めてボタンを押す。コール音が鳴り鼓動が高鳴っていく。どれくらい待ったんだろう。ひょっとしたら一分待ったのかもしれない。確信めいた気持ちがある一方で、戦士達が妹達だということを信じたくなかった。いくら待っても繋がらない。今度は理恵にもかけたけど、同じ結果だった。
「負けるなよ……」
心配な気持ちは目から涙を流した。僕には何ができるかを考え始めたら、戦場が爆発して思わず立ち上がった。
「ごめんね。やっぱり行く」
「待って。大田君を危険な場所に行かせられないよ」
走ろうと思ったら、飯島さんは僕の手を掴んだ。距離をつめて大声で訴えてきた。その鬼気迫る表情には迫力があり、飯島さんの予想もしない顔を見て、一瞬思考が止まった。
「飯島さんには僕の気持ちはわかんないんだ。足手まといになんてならないようにする。安全なところで、平和になるのを待ってるなんてできない。だってあいつらは妹だから」
僕の雰囲気に圧されて、飯島さんは言葉が出なかった。飯島さんがどんな反論をしても、今だけは逃げちゃダメだ。逃げたら後で絶対に後悔する。飯島さんは好きだけど、僕の気持ちを全然わかってくれない。
「この前妹がウザイから、嫌って言ってたのに?」
「本当に嫌になるわけないじゃん。もう放してよ」
飯島さんは全然わかってない。イタズラしたり、付きまとったりしても、妹達がやられて、殺されるかもしれないのと比べたら、嫌いなんて微塵も思わない。心配で心配でたまらなくて、僕にできることがあったら、何かしなくちゃって思った。それでも手を離さない飯島さんに、僕は頬を叩いた。飯島さんは頬を抑えて目をうるっとさせた。
僕だってこんなことはしたくなかったけど、感情が爆発して止められなかった。
「飯島さんがそんな人だとは思わなかった」
僕は飯島さんの分からず屋なところが嫌だった。妹を心配する気持ちが何でわからないのか、理解できなかった。
☆
僕はさっきいた場所に向かった。途中で気付いたけど、この辺りは警察が立ち入り禁止エリアにして、外からは入れないようになっている。飯島さんと逃げたときも、警察官がいる場所を通った。そこからさっきの場所に入るのは不可能だ。
この辺はよく使う道だから、頭をフル回転させて考えた。警察官自体の人数には限界があるはず。実際にライボーだけではなく、マシン兵も一緒に出て来た。警察官は戦闘中で、立ち入り禁止エリアに入れないようにするために、人員はさいていないはす。それに危険な場所に行こうとする人は、僕しかいないはず。まず駅の地下道に入る。遠回りになるけど、あまり人通りのないところを選べば行けると思う。そこからデパートに入って、またあまり使われてない出入り口を通る。ここで立ち入り禁止エリアに入れる。
僕はすぐに考えたルートで走った。万が一誰かいるかわからないため、体を壁にくっつけて、顔を少しだけ出して確認してみる。予想通りこんなに細かい道に警察はいない。立ち入り禁止エリアに入ることができた。デパートを出てこのまま駆けていこうとしたら、体中が銀色の存在が目の前に現れた。
マシン兵だ。
警察が戦ってて、こんなところにいるとは思わなかった。
スタンロッドを構えて、手元にあるスイッチで青白い光を放ちながら、距離を縮めてきた。一気に近づき振り下ろされた。