僕、大田隼人は自分の部屋の鏡を見ながら、ちょっと短めの髪をくしで軽くとく。白いVネックのTシャツに、デニムをロールアップ。シンプルなコーディネートで決めてみた。自分でいうのも何だけど、結構似合ってる。
 丸みのある大きな目のおかげで、優しそうとよく言われる。笑顔の練習をしてみると、イケメンだとは思わないけど、そこそこ良い方だとは思う。口から覗いた白い前歯には、時間をかけて歯磨きをしたおかげで、歯の隙間に何も挟まっていない。口臭を確認して爽やかなミントの臭いがした。忘れるところだった。鼻毛も出てない。
「実は、前から好きだったんだ。良かったら付き合おう」
 告白の練習をしてたら、窓から入る夏の日差しが鏡に反射して目を細めた。太陽は夏休み前の七月らしく、外を灼熱の空間にしていた。この暑い中、僕は今日初デートをする。デートコースを確認しておく。すると鏡に映ったドアが、少しだけ開いていることに気付いた。そこからケータイが僕を見ている。
「理恵、今度は何を撮ってるんだよ?」
 ケータイで僕を撮ったまま部屋に入ってきたのは、僕の一つ下の妹で中三の理恵。手足がスラッとしていて、中学生とは思えないモデルのような体型をしている。身長が百七十の僕とほぼ同じだ。腰まである長い黒髪を真っ直ぐに下ろし、蛍光灯の光を反射している。赤いシャツにブラックデニムが、理恵らしいカジュアル感を出している。理恵は面白いことが好きで、、僕があまり見られたくないモノを録画したりする。
「お兄ちゃんの告白を撮ったよ」
「消せ」
「初デートの準備?」
 予想通りに無視された。なんとかしなきゃ。
「何でそれを知ってるんだよ!」
「お兄ちゃん、ここのところソワソワしてたからさ。この前部屋に忍び込んだら、ファッション誌を見付けて、ネットの検索履歴を見たら、女の子が行きたいデートスポット、って言葉があったのを見付けたから」
 すぐに消しとくべきだった。理恵の勘の良さはなんなんだ?
「それに日曜は昼まで寝てて、漫画とテレビを見てるお兄ちゃんが早起きしてるし、デニムをロールアップするなんて初めて見たし。今日がデートだとしか思えないよ」
 今まで服なんて安いものしか買ってなかったから、一番シンプルな着こなしで勝負をするしかなかった。ロールアップも初めてした。
「で、どこ行くの?」
「言わないよ」
「何で怒ってるの?」
「お前のせいだろ!」
 理恵は僕の頬を摘んで笑顔を向けた。
「笑って、笑って。笑顔じゃなきゃハッピーにはなれないよ」
「だからお前のせいだって言ってるだろ」
 怒るのもバカらしくなって、ため息が出た。
「しょうがないなぁ。ハッピーになるために、なぞなぞを出すね」
 理恵はなぞなぞ好きだ。すごい嬉しそうな顔をしている。なぞなぞを出されて、真面目に考えないと、フルボッコにされてしまう。
「会社に就職しても、すぐにリストラされちゃう虫はな~んだ?」
 リストラ、リスと虎は動物だしなぁ。言い方を変えなきゃダメか。クビ、解雇。
「わかった。カイコだ」
「正解。なぞなぞって楽しいね」
 めっちゃ笑顔。高一はなぞなぞで、そこまでテンション上がらないんだけど。
「じゃあどこ行くか教えて?」
「教えない」
「じゃあ元気が出ること教えるね。お兄ちゃんが昨日の夜もやってた告白の練習、それも撮ったからね。頑張って告白してね」
「励まそうとした言葉が、逆にもっと落ち込む原因になったから!」
「こうなったら、こちょこちょだ!」
 理恵の手は僕の脇をくすぐった。脇から手を離そうとしたけど、くすぐったくて力が入らない。
「お兄ちゃんって、笑ってる方が良いよ」
「良いって言われても喜べないよ。アヒャヒャ」
「理恵。さすがに可愛そうじゃないか?」
 知らない男性の声が聞こえた。もちろん僕でも、居間にいる親父の声でもない。
「だ、誰の声?」
「声なんかした?」
「理恵が嘘つくと、僕に目を合わせない癖はわかってる。って、急にガン見すんなよ!」
「別に兄貴には、言っても良いって」
 また声がしたと思ったら、理恵の手からケータイが飛び出した。びっくりすると、理恵はケータイをポケットにしまって、押さえ込みながら逃げ出した。
 これはみんなに言わなきゃと思ってリビングに行ったら、次女で中二の未歩が、テレビを見ていた。未歩は小さくて小学生と言っても通じる身長で、僕が好きだと言ってから、ずっとツインテールにしている。
 ニュースではダガーゴ帝国のスーパーアンドロイドとマシン兵が暴れていた。最近よく街を破壊したり、人を襲ったりする。スーパーアンドロイドは未来から来たダガーゴ帝国の殺人専用のアンドロイド。マシン兵はシルバーの体で、いかにもロボットな量産型の戦士。主にスーパーアンドロイドがマシン兵を引き連れて街を襲ってくる。警察は警備を強化して、スーパーアンドロイドを見付けたら銃を使うんだけど、銃はスーパーアンドロイドに効かなくて困ってる。
 未歩は僕と同じデザインで、青いTシャツに黒いミニスカートを着ていた。被るの嫌だから真似するなって言ってるのに。
「元気なさそうだけど、どうしたの? 何かあったらあたしに言って。合法的に死刑にする方法を考えて、あたしのお兄ちゃんをいじめた奴を、地獄の底に叩き落とすから」
 僕の表情を見て、未歩らしい言葉を放った。逆に何も言えない。しかも原因は理恵だし。未歩は普段は冷静だけど、僕を好きすぎるみたいで、ぶっ飛んだことをマジで語っちゃう。
「それよりもまたダガーゴ帝国が出たの?」
「そうなの。お兄ちゃんはうちから出ちゃダメだよ」
「子供じゃないんだから、言われなくても出ないよ」
 今日のデートは、中止にせざる終えないな。ケータイを出してメール画面にした。
「あたしが守るから、あたしの部屋から出ちゃダメよ」
「何で監禁されなきゃいけないんだよ」
「リズムよく頷いてくれると思ったのに」
「どんだけバカなんだよ。そうだ。理恵のケータイが」
 自分でケータイをいじってて、言おうと思ったことを思い出した。
「未歩、兄と話してないでさっさと行くぞ」
 理恵のケータイが飛び出して喋ったって言おうとしたら、未歩のケータイは未歩の顔の高さで浮いて、普通に話し始めた。
「でもお兄ちゃんは特別よ」
「人が襲われてるんだぞ」
「ごめんね、お兄ちゃん」
 未歩は僕に頭を下げ、部屋から出て行った。僕は今の出来事を理解できずに立ちつくした。ケータイって浮かんで、話すものだっけ?
「お前喋ったり、飛んだりできるのか?」
 握っているケータイに尋ねたが、残念な人ごっこになった。そんなバカなことをしてないで、メールを打たなきゃ。でもひょっとしたら大丈夫かもしれない。
 テレビでは警察がスーパーアンドロイドと戦っていた。今日の奴は金髪の外人で、サラサラとしたセミロングの美女。体もスリムで、水着のような服を身につけている。アンドロイドってわかっていても、大きな胸に視線がいってしまうのが悲しい。
 警察は銃で攻撃するけど、やっぱり銃は効果がなかった。スーパーアンドロイドの体にめり込んだ銃弾は、その場にジャラジャラと落ちた。驚く警察官達はスーパーアンドロイドが操る棒でやられていく。長さを自由に変えられる棒を使って、離れた警察官達を一度に倒した。力が圧倒的に違う。
 僕は壊れていく街とやられていく警察官を見て、手に汗を握っていた。歯がゆい気持ちは、もうすぐ収まるはず。きっと助けに来る。そう思った瞬間、全身を赤のスーツと青のスーツに身を包んだ、二人の戦士が現れた。
 スーパーアンドロイドの長い棒の攻撃をかわして、赤い戦士が胸に剣を突き刺そうとする。スーパーアンドロイドの棒は短くなって赤い戦士の剣をなぎ払った。後ろから青い戦士が斬りつけて、隙ができたところに、赤い戦士が胸を切り裂いた。スーパーアンドロイドの体内は、やはり機械でできていた。そして直後に爆発をする。二人の戦士はすぐにその場を離れ、爆発の影響を受けずに素早く剣を振るい出して、マシン兵を倒していく。十数体はいるマシン兵も、あっという間に倒した。
 しばらくして理恵と未歩がリビングに戻ってきた。未歩は急に僕に抱きついた。
「苦しいよ」
「だってお兄ちゃんがいるんだもん」
「いるからって抱きつくな」
 そんなふうに日曜の朝は過ぎていった。おかげでデートは予定通りできそうだ。ありがとう。謎のヒーロー。

    ☆

 僕は駅の改札の前で飯島香苗さんを待っていた。ちなみに未歩がトイレに入った瞬間、僕はマッハ全快で家を出た。まだ来てないみたいだから、漫画「魔法少女マジカルエミー」を読んで待ちながら、人がたくさん来るたびに、飯島さんを探した。また来てないと思って漫画に目を落としたら、目が誰かの手で被われた。
「だ~れだ?」
 声でわかる。右手で被われた手をどかしながら振り返った。
「飯島さんもこういうことするんだ?」
 女の子らしいけど、恥ずかしがり屋な飯島さん。学校でも僕と二人っきりで話さないし、たぶん両想いだけど、中々目も合わせてくれない。だからデートに誘うのもメールだった。
 飯島さんは頬をぷくっと膨らました。さっきまでのニコニコした表情からコロコロ変わるところが可愛らしい。
「あたしもデートだから、デートっぽいことしたいの」
 今のがデートっぽいのか。初めてだからわかんないや。
 飯島さんはピンクのワンピースを着ていた。すごく可愛らしくて、自然に頬が緩んだ。
 だけどさっき漫画を読んでたせいか、魔法少女マジカルエミーのコスプレをして欲しくなった。エミーのフリルがいっぱい着いた、白いミニスカートのコスチューム姿を想像したら、二次元にトリップした。
 僕達の前に鳥の化け物が現れた。
「あんな奴に襲われたら死んじゃうよ」
「あいつはあたしが倒すから下がってて」
 飯島さんは数歩前に出てから、ポケットからつまようじくらいの白い棒を出した。
「恋する力でラブリーチェンジ」
 飯島さんは急に裸になったと思ったら、みるみる白いチューブトップとかなり短いミニスカート姿になった。肌が出てるけど余計な脂肪はなく、きれいなおへそが見えた。
「愛の戦士、魔法少女マジカルエミー」
 ウインクをする飯島さんを見て、僕は飯島さんがエミーだと知って驚いた。
「大田君。あなたは死なない。あたしが守るから」
 鳥の化け物が下降して、くちばしで攻撃するたびに、ギリギリで交わしていく。光るステッキを振り下ろし、魔法を使った。
「マジカルボンバー!」
 ピンクのハート型のビームが鳥の化け物に向かっていく。だけど鳥の化け物は翼を大きく動かした。強風を作り出して、マジカルボンバーを掻き消した。
「キャッ」
 砂が目に入って目をつぶったら、飯島さんの短い悲鳴が聞こえた。スカートがめくれて、白いパンツが丸見えになっていた。砂が目にはいるのも構わずに、最大限に瞼を上げた。
 エミーは強風を避け、ビルの後ろへ行った。しばらくは出てこない。が急に声がした。
「マジカルボンバー!」
 鳥の化け物にマジカルボンバーが命中した。
「ねぇ、大田君。聞いてる?」
ヤバイ。脳内二次元にトリップしてたおかげで、話を聞いてなかった。
「ごめん。緊張してちゃんと聞いてなかった」
 飯島さんは少しだけ考えて、僕を真剣に見つめた。
「恥ずかしいから、一回しか言わないよ。大田君と少しでも一緒にいたいから、ちゃんとしててね」
 胸がキュッと締め付けられて、熱くなってきた。僕を見つめる飯島さんのサラサラした髪がなびいた。長い髪を耳にかけて、真っ赤になった顔を両手で被った。
「あ~、恥かしい。やっぱり言うんじゃなかった~」
「えっ? すごく嬉しかったよ」
 今日は僕から誘ったのに、いきなり脳内二次元にトリップするなんて。もっとちゃんとしなくちゃ。女の子にこんなこと言われただけで、胸はドキドキが止まらなくなった。
 飯島さんは恥ずかしがった表情を直して、キリッとした瞳で僕を見つめた。一瞬息が吸えなかった。この感覚は恋だと思う。飯島さんを今まで以上に好きになった。
 緊張を誤魔化すため生ぬるい風が吹いた方に顔を向けた。赤くなった顔を見られるのが、恥ずかしかったから。
 急に僕達が歩いてる方から、みんなが走ってきた。そこにはスーパーアンドロイドとマシン兵がいた。