第1話 優しさが力の源

 僕、大田隼人は自分の部屋の鏡を見ながら、ちょっと短めの髪をくしで軽くとく。白いVネックのTシャツに、デニムをロールアップ。シンプルなコーディネートで決めてみた。自分でいうのも何だけど、結構似合ってる。
 丸みのある大きな目のおかげで、優しそうとよく言われる。笑顔の練習をしてみると、イケメンだとは思わないけど、そこそこ良い方だとは思う。口から覗いた白い前歯には、時間をかけて歯磨きをしたおかげで、歯の隙間に何も挟まっていない。口臭を確認して爽やかなミントの臭いがした。忘れるところだった。鼻毛も出てない。
「実は、前から好きだったんだ。良かったら付き合おう」
 告白の練習をしてたら、窓から入る夏の日差しが鏡に反射して目を細めた。太陽は夏休み前の七月らしく、外を灼熱の空間にしていた。この暑い中、僕は今日初デートをする。デートコースを確認しておく。すると鏡に映ったドアが、少しだけ開いていることに気付いた。そこからケータイが僕を見ている。
「理恵、今度は何を撮ってるんだよ?」
 ケータイで僕を撮ったまま部屋に入ってきたのは、僕の一つ下の妹で中三の理恵。手足がスラッとしていて、中学生とは思えないモデルのような体型をしている。身長が百七十の僕とほぼ同じだ。腰まである長い黒髪を真っ直ぐに下ろし、蛍光灯の光を反射している。赤いシャツにブラックデニムが、理恵らしいカジュアル感を出している。理恵は面白いことが好きで、、僕があまり見られたくないモノを録画したりする。
「お兄ちゃんの告白を撮ったよ」
「消せ」
「初デートの準備?」
 予想通りに無視された。なんとかしなきゃ。
「何でそれを知ってるんだよ!」
「お兄ちゃん、ここのところソワソワしてたからさ。この前部屋に忍び込んだら、ファッション誌を見付けて、ネットの検索履歴を見たら、女の子が行きたいデートスポット、って言葉があったのを見付けたから」
 すぐに消しとくべきだった。理恵の勘の良さはなんなんだ?
「それに日曜は昼まで寝てて、漫画とテレビを見てるお兄ちゃんが早起きしてるし、デニムをロールアップするなんて初めて見たし。今日がデートだとしか思えないよ」
 今まで服なんて安いものしか買ってなかったから、一番シンプルな着こなしで勝負をするしかなかった。ロールアップも初めてした。
「で、どこ行くの?」
「言わないよ」
「何で怒ってるの?」
「お前のせいだろ!」
 理恵は僕の頬を摘んで笑顔を向けた。
「笑って、笑って。笑顔じゃなきゃハッピーにはなれないよ」
「だからお前のせいだって言ってるだろ」
 怒るのもバカらしくなって、ため息が出た。
「しょうがないなぁ。ハッピーになるために、なぞなぞを出すね」
 理恵はなぞなぞ好きだ。すごい嬉しそうな顔をしている。なぞなぞを出されて、真面目に考えないと、フルボッコにされてしまう。
「会社に就職しても、すぐにリストラされちゃう虫はな~んだ?」
 リストラ、リスと虎は動物だしなぁ。言い方を変えなきゃダメか。クビ、解雇。
「わかった。カイコだ」
「正解。なぞなぞって楽しいね」
 めっちゃ笑顔。高一はなぞなぞで、そこまでテンション上がらないんだけど。
「じゃあどこ行くか教えて?」
「教えない」
「じゃあ元気が出ること教えるね。お兄ちゃんが昨日の夜もやってた告白の練習、それも撮ったからね。頑張って告白してね」
「励まそうとした言葉が、逆にもっと落ち込む原因になったから!」
「こうなったら、こちょこちょだ!」
 理恵の手は僕の脇をくすぐった。脇から手を離そうとしたけど、くすぐったくて力が入らない。
「お兄ちゃんって、笑ってる方が良いよ」
「良いって言われても喜べないよ。アヒャヒャ」
「理恵。さすがに可愛そうじゃないか?」
 知らない男性の声が聞こえた。もちろん僕でも、居間にいる親父の声でもない。
「だ、誰の声?」
「声なんかした?」
「理恵が嘘つくと、僕に目を合わせない癖はわかってる。って、急にガン見すんなよ!」
「別に兄貴には、言っても良いって」
 また声がしたと思ったら、理恵の手からケータイが飛び出した。びっくりすると、理恵はケータイをポケットにしまって、押さえ込みながら逃げ出した。
 これはみんなに言わなきゃと思ってリビングに行ったら、次女で中二の未歩が、テレビを見ていた。未歩は小さくて小学生と言っても通じる身長で、僕が好きだと言ってから、ずっとツインテールにしている。
 ニュースではダガーゴ帝国のスーパーアンドロイドとマシン兵が暴れていた。最近よく街を破壊したり、人を襲ったりする。スーパーアンドロイドは未来から来たダガーゴ帝国の殺人専用のアンドロイド。マシン兵はシルバーの体で、いかにもロボットな量産型の戦士。主にスーパーアンドロイドがマシン兵を引き連れて街を襲ってくる。警察は警備を強化して、スーパーアンドロイドを見付けたら銃を使うんだけど、銃はスーパーアンドロイドに効かなくて困ってる。
 未歩は僕と同じデザインで、青いTシャツに黒いミニスカートを着ていた。被るの嫌だから真似するなって言ってるのに。
「元気なさそうだけど、どうしたの? 何かあったらあたしに言って。合法的に死刑にする方法を考えて、あたしのお兄ちゃんをいじめた奴を、地獄の底に叩き落とすから」
 僕の表情を見て、未歩らしい言葉を放った。逆に何も言えない。しかも原因は理恵だし。未歩は普段は冷静だけど、僕を好きすぎるみたいで、ぶっ飛んだことをマジで語っちゃう。
「それよりもまたダガーゴ帝国が出たの?」
「そうなの。お兄ちゃんはうちから出ちゃダメだよ」
「子供じゃないんだから、言われなくても出ないよ」
 今日のデートは、中止にせざる終えないな。ケータイを出してメール画面にした。
「あたしが守るから、あたしの部屋から出ちゃダメよ」
「何で監禁されなきゃいけないんだよ」
「リズムよく頷いてくれると思ったのに」
「どんだけバカなんだよ。そうだ。理恵のケータイが」
 自分でケータイをいじってて、言おうと思ったことを思い出した。
「未歩、兄と話してないでさっさと行くぞ」
 理恵のケータイが飛び出して喋ったって言おうとしたら、未歩のケータイは未歩の顔の高さで浮いて、普通に話し始めた。
「でもお兄ちゃんは特別よ」
「人が襲われてるんだぞ」
「ごめんね、お兄ちゃん」
 未歩は僕に頭を下げ、部屋から出て行った。僕は今の出来事を理解できずに立ちつくした。ケータイって浮かんで、話すものだっけ?
「お前喋ったり、飛んだりできるのか?」
 握っているケータイに尋ねたが、残念な人ごっこになった。そんなバカなことをしてないで、メールを打たなきゃ。でもひょっとしたら大丈夫かもしれない。
 テレビでは警察がスーパーアンドロイドと戦っていた。今日の奴は金髪の外人で、サラサラとしたセミロングの美女。体もスリムで、水着のような服を身につけている。アンドロイドってわかっていても、大きな胸に視線がいってしまうのが悲しい。
 警察は銃で攻撃するけど、やっぱり銃は効果がなかった。スーパーアンドロイドの体にめり込んだ銃弾は、その場にジャラジャラと落ちた。驚く警察官達はスーパーアンドロイドが操る棒でやられていく。長さを自由に変えられる棒を使って、離れた警察官達を一度に倒した。力が圧倒的に違う。
 僕は壊れていく街とやられていく警察官を見て、手に汗を握っていた。歯がゆい気持ちは、もうすぐ収まるはず。きっと助けに来る。そう思った瞬間、全身を赤のスーツと青のスーツに身を包んだ、二人の戦士が現れた。
 スーパーアンドロイドの長い棒の攻撃をかわして、赤い戦士が胸に剣を突き刺そうとする。スーパーアンドロイドの棒は短くなって赤い戦士の剣をなぎ払った。後ろから青い戦士が斬りつけて、隙ができたところに、赤い戦士が胸を切り裂いた。スーパーアンドロイドの体内は、やはり機械でできていた。そして直後に爆発をする。二人の戦士はすぐにその場を離れ、爆発の影響を受けずに素早く剣を振るい出して、マシン兵を倒していく。十数体はいるマシン兵も、あっという間に倒した。
 しばらくして理恵と未歩がリビングに戻ってきた。未歩は急に僕に抱きついた。
「苦しいよ」
「だってお兄ちゃんがいるんだもん」
「いるからって抱きつくな」
 そんなふうに日曜の朝は過ぎていった。おかげでデートは予定通りできそうだ。ありがとう。謎のヒーロー。

    ☆

 僕は駅の改札の前で飯島香苗さんを待っていた。ちなみに未歩がトイレに入った瞬間、僕はマッハ全快で家を出た。まだ来てないみたいだから、漫画「魔法少女マジカルエミー」を読んで待ちながら、人がたくさん来るたびに、飯島さんを探した。また来てないと思って漫画に目を落としたら、目が誰かの手で被われた。
「だ~れだ?」
 声でわかる。右手で被われた手をどかしながら振り返った。
「飯島さんもこういうことするんだ?」
 女の子らしいけど、恥ずかしがり屋な飯島さん。学校でも僕と二人っきりで話さないし、たぶん両想いだけど、中々目も合わせてくれない。だからデートに誘うのもメールだった。
 飯島さんは頬をぷくっと膨らました。さっきまでのニコニコした表情からコロコロ変わるところが可愛らしい。
「あたしもデートだから、デートっぽいことしたいの」
 今のがデートっぽいのか。初めてだからわかんないや。
 飯島さんはピンクのワンピースを着ていた。すごく可愛らしくて、自然に頬が緩んだ。
 だけどさっき漫画を読んでたせいか、魔法少女マジカルエミーのコスプレをして欲しくなった。エミーのフリルがいっぱい着いた、白いミニスカートのコスチューム姿を想像したら、二次元にトリップした。
 僕達の前に鳥の化け物が現れた。
「あんな奴に襲われたら死んじゃうよ」
「あいつはあたしが倒すから下がってて」
 飯島さんは数歩前に出てから、ポケットからつまようじくらいの白い棒を出した。
「恋する力でラブリーチェンジ」
 飯島さんは急に裸になったと思ったら、みるみる白いチューブトップとかなり短いミニスカート姿になった。肌が出てるけど余計な脂肪はなく、きれいなおへそが見えた。
「愛の戦士、魔法少女マジカルエミー」
 ウインクをする飯島さんを見て、僕は飯島さんがエミーだと知って驚いた。
「大田君。あなたは死なない。あたしが守るから」
 鳥の化け物が下降して、くちばしで攻撃するたびに、ギリギリで交わしていく。光るステッキを振り下ろし、魔法を使った。
「マジカルボンバー!」
 ピンクのハート型のビームが鳥の化け物に向かっていく。だけど鳥の化け物は翼を大きく動かした。強風を作り出して、マジカルボンバーを掻き消した。
「キャッ」
 砂が目に入って目をつぶったら、飯島さんの短い悲鳴が聞こえた。スカートがめくれて、白いパンツが丸見えになっていた。砂が目にはいるのも構わずに、最大限に瞼を上げた。
 エミーは強風を避け、ビルの後ろへ行った。しばらくは出てこない。が急に声がした。
「マジカルボンバー!」
 鳥の化け物にマジカルボンバーが命中した。
「ねぇ、大田君。聞いてる?」
ヤバイ。脳内二次元にトリップしてたおかげで、話を聞いてなかった。
「ごめん。緊張してちゃんと聞いてなかった」
 飯島さんは少しだけ考えて、僕を真剣に見つめた。
「恥ずかしいから、一回しか言わないよ。大田君と少しでも一緒にいたいから、ちゃんとしててね」
 胸がキュッと締め付けられて、熱くなってきた。僕を見つめる飯島さんのサラサラした髪がなびいた。長い髪を耳にかけて、真っ赤になった顔を両手で被った。
「あ~、恥かしい。やっぱり言うんじゃなかった~」
「えっ? すごく嬉しかったよ」
 今日は僕から誘ったのに、いきなり脳内二次元にトリップするなんて。もっとちゃんとしなくちゃ。女の子にこんなこと言われただけで、胸はドキドキが止まらなくなった。
 飯島さんは恥ずかしがった表情を直して、キリッとした瞳で僕を見つめた。一瞬息が吸えなかった。この感覚は恋だと思う。飯島さんを今まで以上に好きになった。
 緊張を誤魔化すため生ぬるい風が吹いた方に顔を向けた。赤くなった顔を見られるのが、恥ずかしかったから。
 急に僕達が歩いてる方から、みんなが走ってきた。そこにはスーパーアンドロイドとマシン兵がいた。
「ライボー様は人間を暴力化しちまうんだぜ。マシン兵、人間を捕まえろ」
 このスーパーアンドロイドはライボーって名前みたいだ。くねくねとうねった長髪を後ろで一つに束ねた男で、ゴリラのような顔に、ぎょろりとした目が力強いタイプだ。体は太くて引き締まっていて、手には銃を持っている。マシン兵もたくさん連れてきていて、マシン兵は周りにいる人達を捕まえていき、ライボーの前に立たせた。ライボーは捕まった人達を撃っていく。
「ライボー様の暴力弾にあたれば、凶暴化して人間同士で戦っちまうんだぜ!」
 カップルの男性は、彼女の前に立ってライボーに懇願した。
「俺は構わないから、彼女は見逃してくれ」
「見逃すかよ」
 二回鳴り響いた銃声。その直後男性は振り返って、鋭い目つきで彼女を殴りつけた。殴られた彼女も、さっきまでの怯えた表情から一変して、鬼の形相で殴り返した。十秒前とはまるで違う雰囲気で、周りで見ていた僕達は目を丸くした。
「次だ」
 マシン兵に捕まっていた母親が、ライボーの前に突き出された。
「やめて!」
 右手には強く握った五歳くらいの男の子がいる。あまりの恐怖に声も出せずに、涙を流していた。
「何でもするから、だから」
「じゃあ撃たれろ」
 再び暴力弾は解き放たれ、母親に命中した。マシン兵が放すと、息子の握っていた手を捻って痛めつけた。泣き叫ぶ子供の声が辺りに響き渡った。
 あまりのむごさに、思わず目をそらしてしまった。
 本当なら逃げるべきだ。だけど足に力が入らない。震える動きはできても、走るどころか歩くこともできなかった。
 そこに警察が駆けつけた。暴れている人達を捕まえて行く。パトカーで連れていく警察官と、ライボーを銃で攻撃する警察官にわかれた。十人ほどの警察官が銃を連射する。
「ライボー様が、そんな武器でやられるかよ。マシン兵やっちまえ」
 ライボーはよけようとすらしなかった。マシン兵は警察に向かって行く。警察官達はマシン兵に銃を放つと、マシン兵は倒れていく。しかし全てのマシン兵を撃っているわけではないため、警察官達に近づいたマシン兵は、棒で叩きつけた。これがただの棒じゃない。叩くときに電気のような光が生まれて、バチバチッと音を出した。攻撃を受けた警察官は右肩を押さえながら倒れて、苦渋の表情を浮かべている。右肩は真っ黒に焦げていて、火傷を起こしているのは明白だった。
「大丈夫か?」
 隣にいた警察官が支えながら尋ねたけど、うめき声はあげられても、質問に答えるだけの余裕は残っていなかった。すぐに左腕を自分の首に回して、パトカーに向かいながら、顔はボスと思う人に向けた。
「病院に連れて行きます」
「わかった。このマシン兵からだ。撃て!」
「こいつらマシン兵も、お前ら人間と素手で戦っても勝てるぜ。このスタンロッドは人間なら一瞬で大火傷だ。警察はお前らに任せた。ライボー様は、人間に暴力弾をかましてくぜ。この時代の人間達は自分達で殺し合うんだ」
 大笑いするライボーは、マシン兵に警察を任せて、警察官以外の人達を探していく。マシン兵に捕まった人達がいるため、その人達を助けようとした警察官が走り出した。
「そうは行くか」
 ライボーが目の前に立ち塞がった。警察官は銃を連射するが、ライボーには何発あたっても、全く痛みを感じていない。警察官は他の方法がないため、銃を撃ち続けてライボーにやられてしまう。マシン兵と戦っている警察官の一人がパトカーに乗って、ライボーに向かって走りだした。
「おもしれぇ。来いよ」
 それは挑発じゃなく、自分の強さを試したいという願望から出た言葉だと思う。実際にライボーは両手を叩いて、猛スピードで迫ってくるパトカーを両手で受け止める気だ。ぶつかった瞬間、ライボーの手が車のバンパーを押さえた。やはりパトカーの方が力はあるため後退している。しかしあくまで押されているだけで、それがダメージになっている印象はない。よく見るとライボーの足はアスファルトにめり込んでいた。パトカーに押されるがまま下がっていたが、少しずつ動きはゆっくりになっていく。
「ライボー様の力は、こんなもんじゃねえ!」
 絶叫とともに力が解放され、ついに止まった。そして一歩、また一歩とライボーの前進が始まった。もうパトカーは前に進めなくなり、ライボーはパトカーを持ち上げだした。
警察官は転がりながら飛び出たがその直後に、パトカーはひっくり返されてしまった。
「ライボー様は、力自慢でもあるんだぜ」
 警察官は殴られると、思いっきり飛ばされた。どれくらいかはわからない。真っ直ぐに伸びる車道で、警察官は見えなくなったから。ライボーは自分の力がパトカーに勝てたことを喜んでいた。
 あまりのすごい光景に、僕だけじゃなくて、飯島さんも逃げることすらできずにいた。ライボーは僕達に気付いて、ゆっくりとこっちへ歩き、銃を構えて暴力弾を放とうとした。
「飯島さん、逃げて」
「太田君を置いて逃げられないよ」
 飯島さんの前に立ち、一生分の勇気を振り絞って叫んだ。
「男は女を守るもんなんだ!」
「太田君は草食男子じゃなかったの?」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
 こんなときに、そんな冗談はいらないよ。
「逃げるにしても、あたし一人でなんて逃げられない。太田君と二人でなきゃ」
 そうかもしれないけど、武器が銃なら撃たれたらあたっちゃう。僕が少しでも頑張れば飯島さんだけでも、このままでいられるんだ。
「太田君。足が震えてるよ。あたしの身代わりになるなら、そんなの勇気じゃないよ。お願いだから、一緒に逃げて」
「僕が盾になって、飯島さんが助かるなら、それでいいんだ。格好悪いけど、それくらいしか飯島さんを助ける方法はないから」
「でも……」
「あんな奴には勝てる気なんてないけど、好きな女の子は絶対に守りたいんだ!」
「えっ?」
「二度も言わせないでよ。早く逃げて!」
「逃がすかよ。くらえ暴力弾」
 ライボーが射程距離に来て銃声が響いた。だけど暴力弾は空に飛んでいった。赤い戦士がライボーの腕に跳び蹴りをいれた。ライボーは赤い戦士を睨みつけながら、銃を持っていない左手で、赤い戦士に殴りかかった。
「早く逃げて」
 赤い戦士は上半身を反らして、スレスレでかわした。聞き覚えのある明るくて高い声。赤い戦士は剣で戦いながら、ライボーになぞなぞを出した。
「すごく重いのに、片手で拾えるものってな~んだ?」
「何? 何だそれは?」
 ライボーは考えた出して、赤い戦士の振り下ろした剣をまともに受けてしまった。左肩にかすり傷ができた。よろよろと後退しながら体勢を立て直す。
「答えはタクシーだっよ~ん」
「おのれ~、卑怯だぞ」
 ライボーは斬られた部分を押さえながら、自分のアホさを棚に上げて憤った。僕は戦いを見つめて、確信に近いものを感じた。
「くらえ暴力弾!」
「そんなの効かないよ」
 赤い戦士は暴力弾を剣で斬っていく。銃弾を正確に斬るって、どんだけすごい技術を持ってるんだ!
 飯島さんは赤い戦士を見つめる僕の雰囲気に圧倒されて、何も言ってこなかった。だけど流れ弾が僕と飯島さんの間をとんでいった。赤い戦士に任せれば大丈夫と思ったけど、撃たれた人達の暴力化を思い出した。もし自分にあたったら、隣にいる飯島さんに間違いなく暴力をふるう。それは嫌だ。だけどここにはいなきゃいけない。飯島さんは僕に真剣な口調で話しかけた。
「ここは危ないから逃げよう」
 飯島さんは僕の手を引いた。僕達が初めて手をつないだ瞬間だった。飯島さんの優しさを感じながらも、今は戦いが気になり恋どころじゃなかったため、ドキドキできなかった。
 遅れて青い戦士が来た。僕を見付けると、近づいてきて話しかけた。赤い戦士と同様に、よく知った子供っぽい声だった。
「間に合って良かった。大丈夫?」
「うん」
「怪我はしてない?」
「うん」
 心の底から心配する声。僕はこの超心配性にも聞き覚えがある。
「お兄ちゃんと、手を繋いじゃダメー!」
 僕が飯島さんと手を繋いでるのに気付いた青い戦士は、急に大声を張り上げた。飯島さんはビックリして手を離した。もう絶対にそうだ。戦場に向かった青い戦士から目を離せずに立ち止まった。飯島さんは何か訊くべきか考えてたけど、まずはこの場から離れる方が優先だと判断して、僕の手を再び握った。
「ここは危ないから」
 飯島さんの引っ張る力は強く、この場から離れたくなくても動かされた。僕が戦闘を見ているのに気付いた赤い戦士が、戦いながら叫んだ。
「早く逃げて!」
「どこを見ているんだ?」
「うわっ!」
 見ていたかったけど、僕の方に向いた一瞬で、赤い戦士はライボーに蹴りを入れられた。その勢いで剣が地面に転がった。どこかで聞いた男性の声がした。
「あたし達がいると、足手まといになるから。万が一さっきみたいな攻撃が命中したら、あたしは大田君を殴るかもしれない。そんなの絶対に嫌なの」
 力強く言い放った声なのに、辛そうな表情だった。よく見ると目には涙がにじんでいた。飯島さんも流れ弾がきたときに、考えたことは同じだったみたい。
「お願いだから逃げよう」
 苦しそうな声が、僕の感情を揺さぶった。迷いはある。でも飯島さんの気持ちが、僕と同じで嬉しかった。僕も万が一飯島さんに暴力をふるうなんて絶対に嫌だ。
「わかった」
 僕は受け入れたものの、気持ちは納得できずに、俯いたまま走り出した。しばらく走ると立ち入り禁止エリアになっていた。警察官が一人立っていて、入ることができないように見張っていた。
 警察官が状況を訊いてきたので、僕と飯島さんは赤と青の戦士が戦いに来たことを告げた。警察官は瞳に希望の色を光らせた。
「俺達が守りたいけど、あんなにすごい武器もなければ、銃を撃っても効果がない。何もできない自分が悔しいけど、大切なのは街を守ることだ。あいつらには頑張って欲しい」
 僕は警察官の生の声を聞いてハッとした。今までは警察官は警察官としか見ていなかった。でもみんな一人一人考えを持った人間なんだ。当たり前なんだけど。警察官だから、自分の手で守りたいって気持ちがあるのに、それができない悔しさと、自分じゃなくても、目的が達成されるならいいじゃないかと思う考えで、揺らいでいた。
 僕は自分が何をすべきなのか考えた。僕がしたいこと。この住んでる街は大切だけど、それよりももっと大切なものを守りたい。その考えには微塵も迷わずにたどり着いた。
 再び歩き安全と判断した飯島さんは、近くにあったベンチに腰を下ろして息を切らした。僕は飯島さんの隣に座って荒い呼吸をしながら、戦士達の正体を考えていた。すると飯島さんが不思議そうな顔で尋ねてきた。
「何を考えてるの?」
「あの二人はたぶん僕の妹なんだ」
 僕はケータイを出して未歩にかけた。ケータイを操作する指は震え、脳裏にはライボーと戦うシーンが蘇った。妹達じゃないことを祈る気持ちを込めてボタンを押す。コール音が鳴り鼓動が高鳴っていく。どれくらい待ったんだろう。ひょっとしたら一分待ったのかもしれない。確信めいた気持ちがある一方で、戦士達が妹達だということを信じたくなかった。いくら待っても繋がらない。今度は理恵にもかけたけど、同じ結果だった。
「負けるなよ……」
心配な気持ちは目から涙を流した。僕には何ができるかを考え始めたら、戦場が爆発して思わず立ち上がった。
「ごめんね。やっぱり行く」
「待って。大田君を危険な場所に行かせられないよ」
 走ろうと思ったら、飯島さんは僕の手を掴んだ。距離をつめて大声で訴えてきた。その鬼気迫る表情には迫力があり、飯島さんの予想もしない顔を見て、一瞬思考が止まった。
「飯島さんには僕の気持ちはわかんないんだ。足手まといになんてならないようにする。安全なところで、平和になるのを待ってるなんてできない。だってあいつらは妹だから」
 僕の雰囲気に圧されて、飯島さんは言葉が出なかった。飯島さんがどんな反論をしても、今だけは逃げちゃダメだ。逃げたら後で絶対に後悔する。飯島さんは好きだけど、僕の気持ちを全然わかってくれない。
「この前妹がウザイから、嫌って言ってたのに?」
「本当に嫌になるわけないじゃん。もう放してよ」
 飯島さんは全然わかってない。イタズラしたり、付きまとったりしても、妹達がやられて、殺されるかもしれないのと比べたら、嫌いなんて微塵も思わない。心配で心配でたまらなくて、僕にできることがあったら、何かしなくちゃって思った。それでも手を離さない飯島さんに、僕は頬を叩いた。飯島さんは頬を抑えて目をうるっとさせた。
 僕だってこんなことはしたくなかったけど、感情が爆発して止められなかった。
「飯島さんがそんな人だとは思わなかった」
 僕は飯島さんの分からず屋なところが嫌だった。妹を心配する気持ちが何でわからないのか、理解できなかった。

    ☆

 僕はさっきいた場所に向かった。途中で気付いたけど、この辺りは警察が立ち入り禁止エリアにして、外からは入れないようになっている。飯島さんと逃げたときも、警察官がいる場所を通った。そこからさっきの場所に入るのは不可能だ。
 この辺はよく使う道だから、頭をフル回転させて考えた。警察官自体の人数には限界があるはず。実際にライボーだけではなく、マシン兵も一緒に出て来た。警察官は戦闘中で、立ち入り禁止エリアに入れないようにするために、人員はさいていないはす。それに危険な場所に行こうとする人は、僕しかいないはず。まず駅の地下道に入る。遠回りになるけど、あまり人通りのないところを選べば行けると思う。そこからデパートに入って、またあまり使われてない出入り口を通る。ここで立ち入り禁止エリアに入れる。
 僕はすぐに考えたルートで走った。万が一誰かいるかわからないため、体を壁にくっつけて、顔を少しだけ出して確認してみる。予想通りこんなに細かい道に警察はいない。立ち入り禁止エリアに入ることができた。デパートを出てこのまま駆けていこうとしたら、体中が銀色の存在が目の前に現れた。
 マシン兵だ。
 警察が戦ってて、こんなところにいるとは思わなかった。
 スタンロッドを構えて、手元にあるスイッチで青白い光を放ちながら、距離を縮めてきた。一気に近づき振り下ろされた。
 サッと後ろへ飛んでかわす。開いたままの自動ドアを通って、デパートの中へ戻った。
 まさかマシン兵がいるとは考えてなかった。命の危機でハイスピードに脈打つ心臓を、落ち着かせる余裕もなく、走りながら対応を考えた。
 その辺にあるものを、片っ端から投げつけた。さすがに服は投げても意味はないと思って、バッグを投げてたけど、こんなのあたっても痛くないようだった。だったら大きいものをあてればいい。今度はマネキンを投げた。さすがに結構重かった。だいたいの方向で三体投げて、二体が命中した。マネキンの下敷きになったマシン兵から、スタンロッドを奪い取ろうとしたら、中々放さないため、手をおもいっきり踏んづけた。マシン兵から武器を奪って、持つ部分にあったスイッチを押すと、バチバチと花火のような光が瞬いた。驚いて顔を後ろへ引いたけど、すぐに振り下ろした。
 かなり強力でマシン兵の体も火花を散らした。すぐに離れて角を曲がった。直後にマシン兵は爆発して、嗅覚を焦げた臭いが刺激した。曲がってたから助かったけど、近くの壁は焦げていた。
 次に目に入ったのは、マシン兵がいた場所の燃えさかる炎。小規模とはいえ、なんとかしなきゃ。とにかく水をかけよう。目の前がトイレだったから水はある。用具入れを見たら、バケツをすぐに見付けた。水をいっぱい入れて戻ると、マネキンに燃え移っていた。ただでさえ疲れているのに、ここは僕が頑張らなきゃと気合いを入れて、何回も往復して鎮火した。
 その場にへたり込んで、肋骨を激しく叩く心臓に気が付いた。戦った敵を倒すということのリスク。
 力の抜けた筋肉は心を怯えさせていく。僕は普通の少年で、戦うための力なんてない。今は運良く勝てたけど、毎回こうなるとは限らない。飯島さんの言ってたことがわかった。自分の思考の浅さに、今更ながら気付く。でも後悔はしていない。
 僕が不安な気持ちに押し潰されそうになったとき、ケータイがなった。最初に出た声は感情がストレートに反映されたネガティブなトーンだった。
「もしもし」
「さっきはごめん」
 飯島さんの声だった。
「妹さんが戦ってたら心配だよね」
「ううん。飯島さんの気持ちをちゃんとわかってなかった。マシン兵に襲われてやっとわかった」
「大丈夫?」
「何とか倒した」
 ふぅと安心したため息が聞こえた。
「もし怖かったらあたしも行くよ」
 飯島さんが来てくれる。僕は嬉しくなった。でも甘えちゃダメって思った。やっぱり妹達が心配な気持ちは揺るがない。
「ありがとう。でももうすぐ妹達のところにつくから。危険なのはわかってるけど、それでも妹達が心配だから」
 しばらく飯島さんは返事をしなかった。沈黙は葛藤の時間だと思う。きっと止めたい気持ちがある。でも僕の考えを受け入れてくれようとしている。
「わかった。その代わり約束して」
「何?」
「絶対に死なないで帰ってくること」
「うん。約束する」
 約束をしても果たせるかどうかわからない。でも約束をすることで、絶対に大丈夫だという変な確信が生まれた。
 僕は電話を切って、疲れてきたけど走り出した。弱音なんて吐いてられない。

    ☆

 戦場に戻ると二人の戦士とライボーはまだ戦っていた。赤い戦士は相手の攻撃を受けつつも、攻撃を続ける。赤い戦士は攻撃をする回数も受ける回数も同じくらいで、とにかく攻撃を重視していた。
 青い戦士は距離を取りながら、ライボーの攻撃をかわしたり、受け流したりして、隙をついて攻撃をしている。自動車に隠れて不意打ちをしたり、自動販売機の上から落下して、その勢いで攻撃していた。こんな攻撃ができるのも、赤い戦士が戦っているからだ。
 二人の声と戦い方から性格が一致した。生まれてからずっと一緒に住んでるんだから、顔が見えなくても間違うわけがない。
 赤い戦士は理恵で、とにかく突き進むタイプ。攻撃に徹して、守備がおざなりになっているところとかは、まさに理恵らしい戦い方で、戦闘中になぞなぞをするなんて、他の人は絶対にしないはず。
 青い戦士は未歩で、僕を好き過ぎて暴走するけど、普段は冷静に判断して行動するタイプ。僕が見てるときは一回も攻撃を受けていないし、攻撃をするときは、ただ攻撃するだけでなく、勢いをつけて攻撃をしている。
「くらえ! 暴力爆弾」
「理恵、一人で戦うな!」
 今の僕にできることを考えたら応援しかない。ただ頑張れってと言うだけよりも、具体的なことを、言った方が良いと思った。
 理恵はすぐに走り出して、爆発の影響が出ない場所まで離れた。
 暴力爆弾の爆音で、僕の声は理恵には聞こえなかった。気付いた様子もないし、戦い方は変わってない。だけど爆音の中でも、未歩は気付いて、僕の方を向いてくれた。
「逃げてお兄ちゃん」
 未歩は心配してくれたけど、妹達が戦ってるのに、僕だけ安全な場所にいるなんてできない。戦う力がなくても応援はしたい。
「相手の攻撃をちゃんと見て」
「そんな面倒くさいことやってらんないよ」
「お兄ちゃんがいるの」
 未歩が理恵に伝えて僕に気付いた。
「よそ見の多い奴だな」
「今度はあたしが相手をするから、安心して」
 理恵が僕を見て隙を作ったけど、未歩がフォローした。すぐに戦いに戻った理恵は、攻撃重視のスタイルは変えなかった。ライボーは距離ができた瞬間、未歩に向かって銃を構えて再び暴力弾を連射した。
 理恵は未歩の前に立って、一瞬振り向いた。両手を広げて自ら受け止める気だ。ライボーから真っ直ぐに暴力弾が来ると僕に命中する。胸に後悔の気持ちが渦巻いた。
「これ以上傷付いたら、もう限界でしょ!」
 未歩は理恵を突き飛ばして振り向いた。僕の場所を確認して、暴力弾を受け止めた。未歩は数発の僕力弾を受けて、変身がとけて気絶した。一度に何発も暴力弾を受けたため、普通の人でも気絶しなかったのに、体が絶えられなかったんだと思う。
 理恵は未歩を抱きかかえて高くジャンプして、僕の前に着地した。
「ついて来て」
「待てッ!」
 俯いたまま僕は理恵を追い掛けた。ライボーは数発の暴力弾を放ったけど、追い掛けてこなかった。距離があったため暴力弾は僕達にはあたらずに逃げることができた。

    ☆

 僕達は家に着いて、理恵と未歩の傷が浅いことを確認した。未歩は気を失っているため横にして、僕は寝ている未歩の手を両手で握って謝った。
「あのときよけたら、僕にあたってたから。ごめん、未歩」
 理恵は僕にいつものニコニコした表情で励ましてくれた。
「兄妹なんだから助け合うのは当たり前でしょ。お兄ちゃんがあたってたら、暴力化してたし、未歩は助けたいって思ったんだから、気を遣わなくていいの」
「でも……」
 何かを言おうとするけど、気持ちが整理できずに、言葉が出てこなかった。悔しさで床を思いっきり殴りつけた。
「逆の立場でもそうしたでしょ?」
 自分が戦士で、未歩が普通の状態だったとしたら、自分が盾になることを考えると思う。僕の顔を見て理恵は、何も言わなくて答えを見透かした。
「だから心配しなくていいの。気を失ってるけど、怪我はたいしたことないから」
 ちくしょう。理恵は格好いい。いつもポジティブで笑顔を絶やさない。
「元気になるためになぞなぞしよ。そうめんの中に必ず入ってる赤いものってな~んだ?」
 こんなときにもなぞなぞって思ったけど、理恵の場合はこんなときだからこそ、なぞなぞをするんだと理解した。強制的に気持ちを切り替えて考え始めた。
 赤いそうめんはあるけど、なぞなぞの答えにはならない。考えたけど答えは出なかった。
「わかんない。教えて」
 僕がが答えを訊くと、理恵はニッコリ微笑んで、心からなぞなぞを楽しんでいるのがわかった。
「正解は梅だっよ~ん。平仮名にして中の二文字を読んでみて」
 そうめんを頭の中で平仮名にして納得した。
「何で戻ってきたの?」
 いきなり明るい雰囲気のまま質問された。
「助けてくれたときに、声を聞いて二人が理恵達だって思ったから。ケータイに電話したら、繋がらなくて確信した」
 せっかく理恵が和ました空気を、暗くしちゃった。
「次の問題。ウチと未歩は何者でしょう?」
 理恵は明るい口調で話した。特別な力があるのはわかる。でも何者かはわからない。理恵は脇をくすぐってきた。笑った僕に負けない笑顔を振りまいた。
「ウチ達は心機戦隊ハートレンジャーなんだ」
 嬉しそうに瞳を輝かせる理恵に、僕は何も言えなかった。
「理恵、ついに俺ッチを紹介してくれるのか」
 理恵のポケットから、赤いケータイが飛び上がった。その喜んだ声は戦闘中にも聞き、洗面所でも聞いた男性の声。
「バレたんだからしょうがないでしょ。それに今が秘密を明かす場面だと思うしね」
「別に秘密戦隊じゃないんだぜ」
 理恵の顔の横で浮いてるケータイを見て僕は、驚きのあまり一歩後退る。
「何してるの?」
「俺は隼人と仲良くなりたいから、怖がらないでくれよ」
 理恵の顔の横で浮かんでたケータイは、僕の目の前で、プカプカ浮かんでいる。さっきまで理恵の方を向いていたため、気付かなかったけど、目と口があって話すたびに唇が動いてる。
「どうなってるんだ?」
 やっと声が出たけど、質問じゃなくて悲鳴に近い声だった。理恵は両手で耳を抑えて、ギュッと瞼を閉じた。自分で思ってる以上に、大きな声を出してたんだ。
「落ち着いて。このケータイはココヤって名前で、ただのオタクだから怖くないよ」
「そうそう。だから隼人と仲良くなりたいんだ。ってオタクって紹介はないだろ」
 このケータイ、喋るだけじゃなくて、ノリツッコミ機能もついてるのか?
「未来からこの時代のアニメを見に来た、正義の味方に」
 生きてるケータイってだけで、十分にキャラが立ってるのに、オタクなんてキャラを付け加えないでくれ。被るじゃないか!
「前から思ってたけど、隼人は神真浩樹に声が似てるなぁ」
 神真浩樹……。一瞬誰だろうって思って記憶をたどってみたら、確か人気声優さんだった。声優雑誌で見たけどすごく格好良い。
「お兄ちゃんにオタクアピールしてどうするのよ」
「別にアピってるわけじゃないぜ。ただ話す機会ができたら、言おうと思ってたんだよ」
「理恵は堀井由希、未歩は花川香菜子に声が似てるな」
「誰よ?」
「理恵はこの時代に生きてるのに、人気声優さんの名前も知らないのか?」
「なんでそんなにビックリするのよ。知らない人はいっぱいいるじゃない」
「堀江由希にツッコミを入れられたと思うと、テンション上がってきた」
「わけわかんないところで、テンション上げないでよ!」
「お前ら状況を考えろよ」
 またもや男性の声がした。今度の声は初めてだ。声のした方に視線を向けると、未歩のポケットから、青いケータイが出てきた。
「俺はマデニだ。二人とも遊んでる場合じゃないだろ」
 僕の方に来て挨拶してから、二人の方に移動した。
「そうだった。俺達がここにいる理由を話さなきゃな」
「俺達は百年後の未来から来たんだ」
 マデニの言葉で納得した。生きてるケータイなんて、今は無理だと思うから。
 二人の話を聞いたらこんな感じだった。百年後の世界ではハートステッカーと呼ばれるステッカーがあり、それを張ると機械に心が生まれる。これを心機っという。百年後の世界では心機のおかげで、いろいろなことがどんどん進歩していった。
 アンドロイドも生まれたんだけど、人工知能を持ったアンドロイドは、人間を襲うようになった。このアンドロイド軍団はダガーゴ帝国と名乗った。だけどスーパー心機のココヤとマデニ達を使って、未来人が変身してダガーゴ帝国を倒した。だけど生き残りが百年前の世界、つまり現代に来て暴れてることを知って、すぐにこの時代にやってきた。
「理恵と未歩が子供を助けたのを見て、この二人なら相棒になれると思ったんだ」
「すぐに俺達を、ケータイに貼ってもらったんだ。これで二人は心機戦隊ハートレンジャーになったんだ」」
 キラキラした瞳で、嬉しそうに話す二つのケータイ。表情豊な口調は人間と瓜二つで、本当に生きているように感じられた。
 理恵は頷きながら胸を張った。
「ウチは正義の味方なんだよ。すごいでしょ。えっへん」
 良くも悪くも子供のままで、今も漫画やアニメが好き。大人が見るようなのじゃなくて、子供が見るようなもの。正義が悪を倒す勧善懲悪なストーリー。どっちかっていうと男の子の向けの方が好きだったし、理恵はヒーローに憧れてたんだと思う。
「ウチがあいつらを倒すから、お兄ちゃんは心配しないで」
 理恵が気合いを入れて、堅く握った手を顔の前に出した。本気でダガーゴ帝国と戦って倒す気なんだ。その目には一切の不安はなくて、勝つことを信じる揺るぎなさが宿ってた。
 理恵の声で未歩が体を起こした。すると急に理恵に殴りかかってきた。鋭い目つきは本気で理恵に殺意を感じる。いつもの未歩じゃない。理恵は不意打ちだったため、数回殴られて胸を抑えてしゃがんだ。
「やめろ未歩!」
 説得をするために近づいたマデニを、ガシッと掴んだ。マデニを持った手を大きく回して前に出した。いつもより低い声で、変身のセリフを静かに言った。
「心機チェンジ」
 未歩は変身して、青い戦士になった。マデニは剣に変わり、そのまま理恵に向かって、剣を振りおろした。