マラソン大会をやめて筋トレを始めたら、思わぬ利点があった話
きっかけは「走らなくていい」という解放感
長年、マラソン大会に向けてランニングの練習を続けてきた。
大会に出るとなると、週に何度も走り込みをして、距離を伸ばし、タイムを気にしながら体を追い込む日々だった。
しかし、ある時からマラソン大会に参加しなくなった。理由は人それぞれあると思うが、私の場合は単純に「もう大会に出る目標がなくなった」からだ。目標がなくなれば、当然あの長時間の走り込みも必要なくなる。
そこで空いた時間と体力を使って、筋トレを始めることにした。
きっかけは「60歳を過ぎても働き続けられる体でいたい」という、わりと切実な理由だった。
マラソンのための持久力よりも、これからの人生で長く仕事を続けるための土台となる筋力や体力の方が、
自分にとって大事だと感じたからだ。
実を言うと、通っていたジムの会員自体は以前から持っていた。
ただ、マラソンの練習を優先しているうちに足が遠のき、
会費だけ払い続ける、いわゆる「幽霊会員」の状態が長く続いていた。走る練習が生活の中心だった頃は、正直ジムに行く時間も気力も残っていなかったのだ。
マラソン大会に出なくなったことで、その状況が一変した。
走り込みに充てていた時間がまるごと空いたことで、「せっかく会員なんだから」という気持ちが自然と湧いてきて、久しぶりにジムの扉をくぐることになった。目的が「60歳を過ぎても働ける体づくり」だったこともあり、
以前のように義務感で通うのではなく、明確な目的を持って再開できたのが大きかったと思う。
想像していたのは「衰えを防ぐ」くらいだった
正直、筋トレを始める前は「年齢による体力の衰えを少しでも遅らせられればいいか」程度の期待しかしていなかった。
60歳を過ぎても現場で動ける体、重いものを持っても腰を痛めない体、
長時間立っていても疲れにくい体──そういう「働き続けるための最低限の体力維持」が目的だった。
ところが実際に筋トレを続けてみると、想定していなかった利点がいくつも見えてきた。
思わぬ利点1:練習時間が圧倒的に短くて済む
マラソンの練習は、1回の走り込みに1〜2時間かかることも珍しくなかった。休日を丸ごと練習に費やすこともあった。
一方、筋トレは1回30分〜1時間程度で十分に効果を感じられる。
しかも毎日でなくても、週に2〜3回で結果が出てくる。この「時間対効果」の良さは、走っていた頃には気づかなかった大きなメリットだった。
思わぬ利点2:屋外を走るより明らかに怪我をしなくなった
長距離を走り続けていた頃は、膝や足首に違和感を覚えることが度々あった。
特に大会前の追い込み期間は、常にどこかしらに疲労が蓄積している状態だった。
アスファルトの上を長時間走り続けることで関節への衝撃が積み重なっていたし、路面の凸凹や段差で足首をひねりかけたことも一度や二度ではない。
筋トレに切り替えてからは、そうした慢性的な痛みや違和感、そして予期せぬ怪我のリスクがほとんどなくなった。
もちろん筋トレにも怪我のリスクはあるが、屋外の路面状況や天候、他の通行人や自転車との接触といった、
自分ではコントロールできない外的要因による怪我がなくなったのは大きい。ジムや自宅という安全な環境で、正しいフォームさえ意識すれば、ランニングほど関節に負担をかけずに体を鍛えられると実感している。
これは「60歳を過ぎても働ける体でいたい」という目的にとっても重要な変化だった。
マラソンをしていた頃は、趣味の練習で足を痛めて、仕事にも支障が出てしまうことがあった。
立ち仕事がつらくなったり、階段の上り下りに気を遣ったり、
最悪の場合は仕事を休まざるを得ないこともあった。趣味のはずが、本業の足を引っ張ってしまっては本末転倒だ。
ジムでの筋トレはその点、コントロールしやすい環境で行える分、趣味が原因で仕事に影響が出るというリスクそのものが減った。これは想像していなかった、しかし今の自分にとってはかなり大きな魅力だと感じている。
思わぬ利点3:天候に左右されなくなった
走る練習は、雨の日や猛暑日、真冬の寒さなど、天候によって大きく左右される。
予定していた練習が流れてしまうことも多く、それがストレスになっていた。
筋トレは基本的に室内で完結するため、天候を気にする必要がない。「今日は雨だから練習できない」というストレスから解放されたのは、地味だが大きな変化だった。
思わぬ利点4:目に見える変化が早い
ランニングでの体の変化は、体重や体脂肪率など、数字にじわじわ表れるタイプのものが多かった。
筋トレを始めてからは、数週間単位で「腕が引き締まってきた」「姿勢が良くなった」といった目に見える変化を感じやすい。この実感のしやすさが、モチベーション維持につながっている。
思わぬ利点5:「働ける体」への自信がついた
もともとの目的は「60歳を過ぎても働けるように」だったが、実際に筋トレを続けてみると、単なる体力維持以上のものが得られた。
例えば、以前より重い荷物を持つときの安定感が増した。
長時間座りっぱなし、あるいは立ちっぱなしの作業をしても疲れにくくなった。
階段の上り下りや、とっさに体を支える場面でも、以前より体がしっかり反応してくれる感覚がある。
これは単に「衰えを遅らせる」というマイナスをゼロに近づける発想ではなく、「これから先も現役で働き続けられる」という前向きな自信につながっている。マラソン大会で自己ベストを更新することとは違う種類の達成感だが、長い目で見れば、この積み重ねの方が自分の人生にとって価値があるのかもしれないと感じ始めている。
まとめ:目標を手放したことで見えてきたもの
マラソン大会という目標がなくなったことは、最初は少し寂しくもあった。
しかし、「60歳を過ぎても働ける体でいたい」という新しい目的のもとで筋トレを始めたことで、時間の使い方、体への負担、天候への依存度、そして何より「これから先も現役でいられる」という自信まで、走っていた頃には気づかなかった多くのものを手に入れられた。
一つの目標を手放すことは、必ずしも喪失ではない。むしろ、次の人生のステージに合った新しい目標と、新しい発見への入り口になることもある。今回の経験は、そのことを改めて教えてくれた。