久しぶりの更新。
「愛でる」と「愛する」
この真ん中の一文字で、言葉の持つ意味が大きく異なる。
このふたつのうち日常でどちらを大切にしてる人が多いか?
今の時代においては「愛でる」が優先されているように感じる。
インターネットがひろまり、携帯電話の登場、スマホとSNSの急成長は目を見張るものである。
スマホが手放せなくなり、あらゆるSNSに依存や日常を組み込んでる者は多くいる。
急成長がもたらしたものは、一日に得る情報量が増大したことだ。
ひとつあたりの情報処理は早く、瞬発的に処理することになり、発信するようになる。
よって140文字にて「呟く」のだ。
その中でAKB48の社会現象と萌え文化ととも「女の子」は特別に可愛がられることになり、
その子達が追いかける「カワイイ」は明るくなんだか良い物なのである。
AKB48なんぞ子供のものかと思いきや、サラリーマン達が浮かれて口にする立派な社会現象を引き起こしている。
明るく軽く楽しい「愛でる」に意識が集中し、価値を置くものが表れる。
ときに暗く重く深い「愛する」ことは時代には合っていないのだ。
現代に現れた「愛でる少女」は人々の心を癒し楽しませる。
しかしそんなモノは嘘っぱちの偽者である。
「消費される少女」なんてモノはそもそも「少女」ではないのだ。
「少女」というものは私たちがどう足掻いても「消費」することなんてできないのだ。
掴むことの出来ない流れ星みたいなモノだし
宇宙そのものみたいでもあるし
とにかくたくさんの魔法を持っている
なんの魔法かは私には解らない 解らないから写真を撮るのだ。
「少女」を消費できると思うな愚か者め。
そして少女達よ自ら「消費」に貶めるな。
と変てこな文句ばかりたれる阿呆である。
そんなことに頭を悩ませながら制作をする。
考える事は一丁前だが、撮る写真はまだまだ拙い
画像は自分一人でセット・モデル・撮影をした作品。
自信作である反面、こなれた感が「愛でる」を孕む気がする。
「愛でる」でなく「愛する」少女に。





