2011年3月11日に東北地方太平洋側で大地震と千年に一度と言われる大津波が起きた。


街が津波に飲み込まれ壊滅していく姿をTVで見ていると、日本の終末さえ予感させた。


多くの犠牲者の方々の冥福を祈るのみである。





松尾芭蕉が「おくのほそ道」で歩いた多賀城や石巻も壊滅的被害にあった。


芭蕉が歩いたところでは、津波を被るのと逆に地震で隆起して陸地化した象潟というところもあった。


東の松島、西の象潟と謳われた象潟は鳥海山が崩れてできた潟湖。そして九十九島と呼ばれた小さな島々には松が生い茂り風光明媚なところで、芭蕉も松島ほどではないが、結構感動したようである。





おくのほそ道では、太平洋側を陽で男性的、日本海側を陰で女性的として表現しているが、象潟でも





松島は笑ふが如く、象潟はうらむがごとし


寂しさに悲しみをくはえて、地勢魂をなやますに似たり。





と美しさの中にも寂寥感を加えて表現している。


詠んだ句は、以下の二句。


象潟や 雨に西施が ねぶの花 合歓の花が中国の美女「西施」のようだとの讃え。

汐越や 鶴はぎぬれて 海涼し この時期と場所で鶴ではないと思われる。ただし、江戸時代はコウノトリも鶴と言っていたから、コウノトリの可能性が大きい。






この象潟が「おくのほそ道」から200年以上経った文化元年(1804年)の大地震で8m隆起して陸地化し、現在は味気ない水田地帯となっている。





自然活動でできた風光明媚な景勝地は、同じく自然活動によって壊滅したわけである。どちらも人間にとっては大災害であろうけど。





また、芭蕉の死後9年後に元禄地震というプレート境界型の大地震が江戸を襲い、ゲンが悪いというので、改元した4年後にまた宝永地震という南海トラフ巨大地震と津波が起きた。


大分の佐伯町にも12mくらいの大津波が襲ったらしいから、今回の大津波並である。また直後に富士山が大噴火している。


まさに、日本終末の地獄絵図となったのである。





こう見てみると、本当に日本は地震の巣窟である。元禄文化も地震の間に咲いた一輪の花みたいなものだ。





それと菅首相は浜岡原発の一時停止を要請したが、上記の歴史に学べばプレート型地震が、すぐに連続発生することがあるので、一時停止どころか、さっさと廃止すべきだ。


大分に12mの津波が押し寄せるなら、伊方原発だってダメだろうと思う。





































地球温暖化・・今は誰でも口にする流行語。

これが正しいのかどうか、自分はまだわからない。

少なくても今は懐疑的である。なぜなら、CO2排出は増え続けているのに、この10年間、世界的平均気温はほぼ横ばいで、10年前の温暖派の予測はすべて外れているから。

横ばいの原因が海水が熱をプール化しているなどの説明に至っては、もはやこじつけとしか感じない。

真偽が怪しいのに言葉だけが先行し、官民マスコミ合わせて大騒ぎし、それを新たなメシのネタにする学者や物書きがいる。

科学の世界では、昔からよくやられてきたことではある。


生物多様性という言葉が同じように祭り上げられている。

自分は生物を学んだ一人として、以前からこの言葉に胡散臭さを感じていた。

生物多様性を謳いあげて一体、何をしたいのか?


まず言葉の定義をikipediaから以下引用してみると

「生物多様性 (biodiversity)」は、「生物学的多様性(biological diversity)」を意味する造語である。

1985年に、アメリカ合衆国研究協議会(National Research Council, NRC) による生物学的多様性フォーラムの計画中に、W.G.ローゼンによって造語された。

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1992年にリオデジャネイロで開催された環境と開発に関する国際連合会議(地球サミット)では、生物多様性は次のように定義された:

「すべての生物(陸上生態系、海洋その他の水界生態系、これらが複合した生態系その他生息又は生育の場のいかんを問わない。)の間の変異性をいうものとし、種内の多様性、種間の多様性及び生態系の多様性を含む」

とある。


本来は、熱帯地方のジャングルの植物相や昆虫相の多様性を表す学術用語なのであろう。

ただ、これを自然保護的な意味合いで全地球普遍的に適用しようとしているところがわからない。


たとえば温帯の日本では、手付かずの大自然、原生林(極相林)は林冠を大木が独占しており、林床に陽光が差し込まない。

よって、低木層や草本層が育たず、小動物やそれを捕食する大型獣もいない単調な種構成となる。

逆に人が伐採した二次林は、逆に色々な層で植物が繁茂し、動物の種類も多い。

寒冷帯でも、エルトンが「生態系」なる概念を思いついた北極の生態系も頗る単調である。


全地球的に見れば、生物多様性が大きい=自然度が高いとは言えない。


では、生物多様性を保つ=種の絶滅を防ぐという意味あいが強いのか?

また、日本の例を見てみよう。

本来、日本人は自然と共存共生だったのが、明治以降、西洋文明に影響され、自然を利用し支配する傾向が強くなった。

オガサワラマシコなど、島嶼固有の鳥がいくつか絶滅した。アホウドリも乱獲され絶滅寸前に追い込まれた。

また、ニホンオオカミが姿を消した。

しかし、アングロサクソン達が世界中で行った動物ホロ・コーストに比べれば、大したことはないとも言える。生物種全体から見れば、殆ど減少は無かったとも言えるだろう。

それでも、絶滅の話で、よくトキ、コウノトリが象徴的に引き合いに出される。

これらの鳥のことを少し考察してみよう。

まず農薬により水田に餌が少なくなったからというのが絶滅の理由として挙げられる。

しかし、同じ食性のアオサギ、ダイサギなどサギ類は日本中たくさんいる。

水田に餌が減ったら、川、池、干潟などに行けばよいので、水田のエサ不足は致命的とは言えないと思う。

私見ではあるが、絶滅のより大きな原因は彼らの繁殖行動にあると思う。

トキ、コウノトリは集団営巣(コロニー)せずに、番だけで繁殖する。大木がある時代だったらそれでよかったが、それが少なくなったので、テンやヘビなどの天敵に襲われやすくなったのではないか。


今、スズメが激減しているが、原因は瓦屋根の家が減って、営巣できなくなったからと言われていて、これと類似したことではないかと思う。


少し長くなったが、言いたいことは、特別に人間が悪辣な事をするわけではなく、通常の文明生活を営み環境を変えることで、他の生物種が絶滅したりもしくは絶滅の危機に瀕することが多いのではということだ。

このような場合、我々はそのために、生活様式を変えるだろうか。

トキが翔びスズメが群れる田園風景を取り戻すため、我々は農薬をやめ、住宅地近くで大木を育て、瓦屋根の家を建てるのか。

おそらく絶対にそれはしないだろう。


だとしたら、種を絶滅させないスローガンとして生物多様性を唱えるのに、なんの意味があるのだろう。

生物多様性国家戦略なる仰々しい言葉もある。


環境省は生物多様性センターという立派な建物を富士山麓に建てた。
ここの事業概要は、調査」「情報」「標本資料」「普及啓発」
調査は緑の国勢調査で、このセンターと関係なしに昔からやっている。
情報は生物多様性に関わる書籍・資料がある図書室運営など。このインターネットの時代、どこにいてもある程度の情報はとれる。図書館は、大きな街なら公立の立派なものがある。
標本資料が極め付きで、動物剥製の展示!信じられない。
普及啓発も別にセンターの事業概要とするものでもなかろう。


メールで、これらの事業目的を果たすため、なぜ、富士山麓に税金使って立派な建屋を新設する必要があったのか問うたが、もちろん返事はこなかった。

普及啓発が主たる事業にしては冷たい対応だった。


西洋発信の言葉だけが一人歩きして、その意味・価値も吟味することなく、ただ、予算がつき、金がまわるという理由で、多くの人間が関わり、宗教めいた予言をマスコミが流布させる。

こういう発展途上国みたいな真似はもういい加減にしろよと思う。
学校や家庭で洗脳される子供たちがいい迷惑である。

まだ小説とか読んでいたころ、彼の文庫本の「芽むしり仔撃ち」を読んで、世の中にこんな面白い小説があるのかと衝撃を受けた。

その凄い文才をまた味わいたくて、次々に彼の本を時系列的に買って読んだ。

しかし、あれ?

その後の本がどうもよくわからない。

翻訳調のくどい文体。抽象的な書きまわし。グロテスクな性の表現。

読むのが辛いのだが、理解できないのは自分が浅学菲才であるためと自らを諌め、黙々と読書した。

だが、「万延元年のフットボール」だか何だか読んでいたとき。突然、こんなわけの分からない小説を何故苦労して読まなければならないのか、その不条理に気がついた。

「芽むしり仔撃ち」の衝撃が余りにも大きかったので、彼を尊敬していたのだが、その後の本がちっとも面白くない。そう思ってから、彼の本は1冊も読んでいない(もとより小説そのものを読まなくなったが)。


ところが、彼は違った一面で気になる存在となった。文化勲章の受章拒否である。その理由が「民主主義に勝る権威と価値観を認めない」というもの。

また、彼が尊敬する大岡昇平の日本芸術院会員辞退を真似たという話もあった。

その一方で、これまた尊敬するサルトルが拒否したノーベル賞は嬉々として受賞しているし、フランスの勲章も受章している。中途半端である。

大岡昇平は、自分も最も尊敬する小説家。

芸術院会員辞退はひねくれた性格によるもの大とは思うが、「レイテ戦記」など読むと、「死んだ戦友に申し訳ない」というのも多分にあったと思う。

大江健三郎がこれを反権力のためと断じるのは、勘違いじゃないかと思うのだが。


九条の会など、反日平和運動みたいなものも熱心にやっている。これは、サルトルのアンガージュマンを真似ているのか。

しかし、いかにも幼稚で独善的な活動で、まともな国民から支持されるとは思えない。自分の都合のいいように言い訳をこね回す、戦後民主主義者の代表の感がある。


ところで、彼が大文学者であることは誰も否定はできないだろう。

ただし、素晴らしく面白い小説を書いているのかどうかは別である。

彼の本が褒められている書評なりを読むと、「本当に読んだのか?」と口の中で呟いてしまう。