私は実は?若いころある修業をしておりました(^^)

ってこれ読んでくれる方々の中にそのこと知っていてくれる人も

いると思うんですが。

 

で、その修業と言うのが「日本料理」の修業であります。

 

今も仕出し屋をやっているので、まあ同じ「料理」ではあるんですが、

なぜ「日本料理」を過去形で書くのかというと。

 

私にとっての日本料理は、「終わってる感」や、

「過去の栄光的な」感覚が強いなわけなんですね。

 

数十年前に・・

最後にお世話になった日本橋のお店で「日本料理はここで終わり」的な自分の中での踏ん切りのような感覚があり。

 

修業中に1本1本集めた高価で大切にしていた数本の包丁たちを、

まるで私の分身をせめてこの世界に残していきたいかのように?

同僚や後輩の皆さんに託しました。(もらってもらいました。)

皆さん遠慮したり喜んでくれたりいろいろでしたが、

 

共に歩んできた可愛い包丁たちを手放し。

ここで大好きな日本料理界とは縁を切ったと思っていました。

 

拘束時間の長い、本当に長く厳しい世界です。

この長い就業時間を辛抱しその独特の?(礼と規律や)

(体力的にもキツイ内容)などに耐えることがそれを語れる

資格、のように思っていました。

 

それができなくなった自分にはもう、ただ過去の栄光のように

話すことしかできないんだというか。今後一生涯において。

 

なぜそこまで追い込んだのか。まあ、ちょっと他にも理由が

なかったわけではないんですが。(もしかしたらいつか書きます^^)

 

で、その後いろいろあって。月日は流れ。

結局好きな料理を稼業として、細々とお弁当屋をはじめました。

だけどそんな理由から恩師の皆さんとも疎遠となり、

同僚や先輩&後輩、、その世界の皆さんとも住む世界が違うと

お弁当屋の開店のあいさつもせず不義理の数々。

ますます自分で自分を追い込んでいくという。

 

この頃、家庭内も最悪な状態。家庭以外の人間関係も、かな。

生きがいは娘や姪、甥のまっすぐな成長を願うこと・・・。

 

と言っても楽しいこともたくさんありましたけどね(^^)

ありがたいことです。

今なら強く感じることができるなあ。

そんなこんなも、きっと、見えない世界の方々がたくさん助けて

くれたからなんだろうなあとかね。

 

ちょっと今回は暗い話になりましたか。てへへ。

 

 

まだまだつづきます(笑)