いつもの病院診察室で

主治医といろんな話を
喘息だからと
修学旅行断わられたと先生に、

すぐに学校の名前を聞き、
先生みずから電話
校長先生に
それを
まわりの数人の先生がたは
黙って見守っておりました、

校長先生が電話に出ると
先生はこの子のこんな悲しそうな顔
見た事がない、
修学旅行の思い出を奪う
権利なんかあなた方にはありませんと
真剣にハッキリ
その他の会話の
最後に
僕は国立小児病院のi~と言う医者ですが
逃げも隠れもしませんから
何か言いたい事があれば
校長先生いらっしゃいよと
まるで
悪人退治の様に、大岡越前のように
もう、よし
やった~~との気持ち良さ爆発

医師の立場もありますのに
私たちが学校には決して言えない事を
実に明快に言ってくださいました

難病完治すると、喘息になった長男、
いつも可愛いがってくれていた、
日本小児アレルギー学会の会長、

夜中の発作があるとご自宅から
飛んで来られ直ぐに治療を
子供の様に可愛いがっていただいてました、
名前も呼び捨てでしたが
疲れ果てていた私と息子には
いつも先生がいるからという
安心感を与えてくださりました、

入院も多くあり先生とはいろんなお話しを
息子は~先生に対等に話せるのは
お母さんぐらいしかいないと

それは私は男ですからー


まわりの先生がたが学校への電話が
終わってから
~先生があそこまでなさってくださったん
ですからと
とても驚いた様子でした、

先生が示してくださったのは
勇気そのものでした、
感動、感謝、感謝です、
それからも先生には本当にお世話になりましたが
忘れれられない思い出でした、

先生ありがとうございました
一生忘れませんと心に刻みながら
本当に先生と呼べる方は数少ないですが
先生からいただいた弱者をいたわる気持ち
他、全てに
勉強させていただきました、
日本を代表するアレルギーの権威
その後 某大学病院の教授に
秘書の先生達から時折息子の現状を訪ねる
お電話をいつも頂きました
その先生方ともお世話になってましたが

ある時から先生方のお電話が途絶えました
あくまで患者中心、優しく、お偉いのに
とても謙虚、子供の様な純粋さ
きっと先生が電話をかける様になさって
くださったんでしょうね~~
何かあったら、~先生のところにお母さん
行ってくださいと
いつもまわりの先生方のお電話で聞いて
おりましたから
重い患者さんの子供をご自宅に引き取り
介抱した事もある
慈悲に溢れた先生でした

残念なのは
今の息子の事をお伝えすることが出来ない事で
突然の
訃報には涙がただただ溢れて止まらずに
先生、先生のことは
今も大切に大切に
永遠に

先生、先生
ありがとうございました、
先生

紫 詩織のハッピー気学