まだ言葉になっていない
「可能性」は、
誰が決めているんだろう?


「私には自信がない」
「豊かになるなんて、私には無理」
「私は普通だし」
「お給料はこのくらいが普通」
「自分より、周りを優先しなきゃ」



こういう言葉、
一度は心の中で

つぶやいたことがある人は多いと思う。


でも、ふと立ち止まって考えてみると
ある疑問が浮かぶ。



それって、誰が言ったんだろう?
誰が決めたんだろう?




客観的に見てみると、

答えはひとつ


少し距離をとって、

自分の思考を眺めてみる。



……うん。
決めているのは、「わたし」なんだよね。



でもここで大切なのは、
「私が悪い」とか
「私の考え方がダメだった」
という話じゃない。




その価値観は、

生き抜くために作られたもの


小さい頃に言われた、親の何気ない一言。
友人との出来事。
テレビや世間がつくる

「普通こうだよね」という空気。


街角インタビューやSNSも、
知らないうちに“基準”を量産している。


そうして私たちは、
たくさんの「普通のものさし」を
無意識のうちに身につけてきた。



でもそれは、
幼い頃の私たちが
その環境で、幸せに、

傷つかずに生きるために作った価値観



小さな私たちにとって、
一番近くにいる大人は
生きる上での“絶対的存在”だった。



だから、
親の言葉や価値観に大きく影響を受けるのは
とても自然なことなんだよね。




何気ない一言が、

人生の前提になることもある


小さい頃、
母が友人と宝石を見ながら言った言葉。

「キラキラが好きだと、お金がかかって大変だわ〜」



今思えば、冗談みたいな一言。
本当に、何気ない会話。


でも私は数年前、
その言葉が自分の中に
こんな思い込みを作っていたことに気づいた。



「お金がかかる女はダメなんだ」



この思い込み、
想像以上に人生に影響していた。




無意識の基準は、

選択を静かに縛る


その頃の私は、

・安いものは「良い」
・高いものは「悪い」

そんな基準で世界を見ていた。



「これ、欲しいな…」と思っても
「でも高いからやめておこう」

本当は好きなものがあっても、
選ばない理由を先につくっていた。



それが“普通”だと思っていたから。




世間の声は、

いつも正しいわけじゃない



最近、有名なインフルエンサーの方が
ジュエリーをプロデュースしているのを見た。


するとスレッズには、

・高すぎる
・街の工房ならもっと安い
・その値段ならハイブランドを買うべき
・ダイヤに価値がない
・宗教ビジネスだ


そんなコメントがたくさん並んでいたらしい。



もちろん、
価格や価値についての意見があるのは自然なこと。



でも同時に思った。


「世間の普通」は、
誰かの未来を基準にして作られてはいない


ということ。




自己価値は、

世間の平均で決めなくていい


ここまでの話で伝えたいのは、これ。

自己価値は、自分で決めていい。
世間の“普通”で決めなくていい。



大切なのは、
正しいか・間違っているかよりも、

「どんな未来を見たいのか」





どんな未来を見たいのかで、

決めていこう


・どんな自分で生きたい?
・どんな世界を見たい?
・どんな感覚を、大切にしたい?



その未来に近づく選択なら、
それがあなたにとっての「正解」



まだ言葉になっていない可能性は、
誰かに評価される前に
あなた自身が、現実に映していい。



基準を疑うことは、
わがままじゃない。



それは、
自分の人生を取り戻すこと。


どんな未来を見たいのかで、
これからの選択を、決めていこう。

 

 

 



 

岩村紗希

 

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可能性を可視化する撮影

2月撮影日

2月20日(金)

2月22日(日)

 

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