日本車の復権は擦り合わせから組み合わせへ | 村山涼一のマーケティング備忘録

村山涼一のマーケティング備忘録

日々のマーケティングについて得た知識、考えたことの備忘録

世界の自動車市場で日本車の存在感が低下している。


先頭を走っていたつもりが、金融危機後の市場激変の中で台頭する新興国勢、復活した欧米勢を前に失速した。


震災や洪水、円高ばかりが理由ではない。猛スピードで経営革新を進めるライバルに対抗するには「カイゼン」の積み重ねだけではもはや限界。日本車の再出発に向け、何が必要なのか。


「なぜ私が軽自動車の担当なのか」。4年ほど前、ホンダの研究開発拠点、本田技術研究所(栃木県芳賀町)で主任研究員の浅木泰昭氏は辞令に耳を疑った。F1レース車や北米車種向けに大型エンジンの設計を手がけ「自分たちが会社を支えている」と自負してきた。当時の軽は販売不振で撤退論すらあった。



異例の人事に経営陣が託したのは、クルマ造りの発想そのものの転換だ。「軽のすべてを変える」。浅木氏は宣言し縦割り組織を揺さぶった。


昨年3月。東日本大震災後の混乱の中、軽の開発チーム約200人が鈴鹿製作所(三重県鈴鹿市)に一時異動した。「こんな図面では造れませんよ」「この図面がこれからの常識なんです。お願いします」。ふだん顔を合わせない現場の作業員と開発技術者が同じ目標を共有。ラインの隣で図面に何度も手を入れ、手順や動作を見直した。





骨格を強く組み上げ、ボルトや補強材を削減――。昨年12月発売の新型軽「N BOX」は様々な工夫で10%軽量化と低価格化を両立させた。ただ従来型のカイゼンではない。同じ手法による軽や登録車を相次ぎ投入、数年でホンダの全車種に広げる。量産規模をコスト削減に直結させるために、共通の設計思想を一気に浸透させる。

車種ごとに過剰と思われるほど造り込む日本車のお家芸は「擦り合わせ」だ。部門間や取引先との膨大な調整業務をこなしながら約3万点の部品を車両に仕立てる。職人芸や個別対応の積み重ねが品質や性能を支えた。


前提とするのは系列企業を含む現場の強さ。ただ新興国の市場規模が先進国を上回る時代に持続可能なモデルなのか。ホンダの伊東孝紳社長は「世界のパラダイム変化に合わせ事業のあり方を変える」と強調する。


「擦り合わせ」の代わりに浮上するのが「組み合わせ」のクルマ造りだ。独フォルクスワーゲン(VW)は多くの部品で構成する「モジュール」をあらかじめ造り、玩具のレゴブロックのように自在に組み合わせる。現場の頑張りに過度に依存せず、標準化したモジュールを使うため「規模の経済がうまく働く」(独系コンサルティング会社ローランド・ベルガーの長島聡パートナー)。


高いコスト競争力を武器に、VWは昨年の世界販売でトヨタ自動車を抜き2位に躍進した。背後にあるのは「利益ある規模拡大」への経営の強い意志。グループのアウディやポルシェともモジュール共通化を急ぐ。



「日独の違い」では済まされない。世界最大市場の中国で、現地メーカーの目標はもたつく日本勢ではなく快走するVWだ。安さと速さの追求へ「組み合わせ」型を導入する。部品メーカーごと変わる中国のクルマ造り。日本流の「擦り合わせ」を磨くだけでは世界標準とズレが広がる。


世界の大手がこぞって生産方式を手本にしたトヨタでも改革が動く。約170の主要部品で統一設計を採用し、同じ部品で様々な車種を造り分ける。目に見えない部分を世界共通とし量産効果を最大限に出す。「従来にない大がかりなプロジェクト」(幹部)だ。


日本車が蓄積する現場力の重要性は薄れない。その強さを総動員し、限界を超えるために仕組みを変える。金融危機までの成功モデルすら否定する覚悟が欠かせない。


以上、日経電子版。


擦り合わせと組み合わせの違い。時間合理性の違いが読み取れる。安さと速さの秘訣はここにあった。