初めて訪れたサイババのアシュラムから帰国する時、私は「サイババのアシュラムへ来るのはこれを最初で最後にしよう」と思っていました。

 

これは過去記事にも書いていることですが、私は初めてサイババのアシュラムを訪れたとき、幾つかの恐れを抱いていました。

それは「自分はサイババのアシュラムに足を踏み入れる資格がない」「もし行けば、そのことを思い知らされるようなみじめな体験が待っているだろう」「サイババという人間の姿を目の当たりにした時、彼がアヴァターであるというそれまで培っていた確信が逆に揺らいでしまうのではないか」という恐れでした。


そしてその恐れは、最初の数日間で現実のものとなり、サイババの姿を実際に目にしても何一つ自分の中に特別な思いも起こらず、五感を超えた体験おとずれず「やはり自分はサイババに導かれてここにやってきたのではなく、間違ってやってきてしまったのではないのか」「本当は来るべき人間ではなかったのではないのか」と後悔することになっていました。
しかしそう感じていた時、私たち日本人グループはサイババによって通常のダルシャンとは別の会場で特別のダルシャンが与えられ、私はそこでサイババが私を落胆させるためにアシュラムに来させたのではないことを思い知らされる体験をすることになりました。

 

私はそのダルシャンのある瞬間に、突然自分の周りにある時空から湧き出してきたようなサイババの圧倒的な慈愛のエネルギーに包み込まれました。その瞬間に嗚咽を押し殺すのが困難なほどの涙があふれてきて、私はただただ涙を流し続けていました。自分が流すその涙の中で私が感じていたのは「お前は救われたのだ!」というサイババの明確なメッセージでした。
その体験はやがて来た時と同じ唐突さで去っていき、愚かな私の心は時間の経過とともに、「あの体験は単なる幻覚だったのではないだろうか」という疑いの中で揺らぐようになってきました。

しかしそうでなかったことを教えるように、その後のダルシャンでも、その体験は何度も何度も繰り返しやってきては私を慈愛に包み込んで涙を流させた後、去っていきました。

 

そんな体験をしたアシュラムを去るとき私が考えていたことは「サイババのアシュラムを訪れることはこの一度限りにしよう」ということでした。

なぜそう考えたかというと、もう一度訪れたとしても、その後何度訪れたとしても、今回のような神秘的な体験が待っているとは思えなかったからです。

次の訪問でも何か特別なことが起こる可能性もあるけど、起こらない可能性の方がはるかに大きい。そしてもし起こらなかった場合は、今回の体験のすべてが「幻影」として消え去っていくような気がしていたからです。

 

 

その時の私の脳裏には「今回の特別な体験は、ギャンブルにおけるビギナーズラックのようなものだったのではないのだろうか」という思いが去来していました。

 

私は30代の頃、二年間だけ競馬に嵌っていたことがあります。

そのきっかけとなったのはオグリキャプでした。笠松という誰も知らないような地方競馬から中央競馬に移籍してきて、ノンキャリアがエリート集団を蹴散らしながら社会現象となるほどの快進撃を続けるオグリキャップに魅せられ、熱狂的に応援していくうちに、最初はただ感染しているだけだったのですが、そのうち勝ち馬投票券も買うようになり、ギャンブルとしての競馬にも嵌っていったのです。

 

ギャンブルに嵌ったことがる人ならわかると思いますが、そこには往々にしてビギナーズラックというものがついて回ります。

なぜか始めてすぐ大勝ちしてしまうのです。

私も、最初に買った馬券が当たってしまいました。

その結果どうなったかというと、二年間で二百数十万円負けてしまうことになったのです。

 

ただ、このときの私にとっての競馬は、今でいうアイドルの推し活のようなものだったので、オグリキャップが最後の有馬記念で勝利してくれた時に味わった感動を思えば、二百数十万円は決して高くなかったと感じていました。

その感動のフィナーレでオグリキャップも有終の美を飾ってターフを去り、私の競馬人生も幕を閉じたので、金銭的に失ったものが多少あったとはいえ、総体的に見れば終わり良ければ総て良し的に感じていました。

 

そうした雑念も去来する中で「今回のサイババのアシュラムでの特別な体験は、ギャンブルにおけるビギナーズラックのようなものだったのではないのだろうか」と考えたとき、私の頭に浮かんだことは、もしそうだったら、今回のことに満足してそれ以上は何も望まず、おとなしく立ち去るべきだということです。

もし、それ以上を望んで再びアシュラムに足を踏み入れるようなことをすれば、得たもののすべてとそれ以上の何かを失ってしまうことになる。

 

 

そんな私の考えを変えたのは、ペルーに住んでいる弟から帰国後に届いた一通の手紙でした。

手紙には、私が彼の奥さんのためにホワイトフィールドのアシュラムで買って小型放送物として送った瞑想について書かれているであろう本のお礼と共に、その本の半分が、スペイン語ではなくポルトガル語で書かれたものだったというものでした。

 

私がその本を買ったのはホワイトフィールドにあるサイババのアシュラムで、そこはプッタパルティにある最も大きなアシュラムの気温が連日40度~46度を超えるようになる時期だけ避暑地のようにして使われる、若干気温が低い場所にあるアシュラムでした。

とは言っても南インドなので、十分暑いし、蚊が異常にデカくて異常に多い。ヤシの実を鉈で切って、中の果汁を飲めるようにして売っている露店の周りは特に蚊が多く、昼も夜も「これは蚊に襲われるパニック映画のCGなのか」と突っ込みたくなるほどの蚊が、常に吹雪の中の雪のようにあたり一面を乱舞していたりします。インドの蚊はデカくて数が多いだけでなく、天井に留まっている蚊に、日本から持参した香取線香の煙を至近距離から5分近く浴びせ続けても全く死なないし、嫌がって逃げ出したりもしない。

 

そんなアシュラムにも書店はあるのですが、ダルシャンの後の数時間しか開いておらず、店内は本を選ぶ体力も気力も数分でそがれてしまうほどに暑いし(冷房などあるわけもなく、しかも蚊が多いので金網を貼った窓は小さく、ドアは締め切ってある)言語別に並べてある本棚にスパニッシュというコーナはありましたが、そこにはポルトガル語の本も混じっていたので、そういうことになってしまったのです。

 

 

その手紙を読んだ後思ったことは「プッタパルティの本屋はもっと多くの本があるはずだし、設備もちゃんとしているはずだから、もう一度そこに本を買いに行ってみようかな」ということでした。

自分のためでなく、サイババの恩寵や祝福を全く期待せずに、瞑想やサイババに興味を持ち始めている弟の奥さんにプレゼントするスペイン語で書かれたサイババや瞑想についての本を買いに行くのであれば、行ってもいいのではないかという気になっていたのです。

 

アシュラムへ行くためのツアーは、サイラムニューズというサティヤサイ出版協会から年六回発行されていた機関紙(今はは発行されていません)に毎回必ず案内のチラシが折り込まれていたので、その雑誌が送られてくるのを待っていました。私はその雑誌を数年前から定期購読していて、毎回必ずサイババのアシュラムへのツアーが織り込まれていました。そのチラシが入っていなかったことは、一度もありませんでした。

 

なので、次に送られてくるサイラムニューズにも必ずパラダイスツアーズ社のアシュラムへの旅のチラシが入っていると考えて、送られてくるのを持っていました。しかし、送られてきたサイラムニューズにはそのチラシが折り込まれていませんでした。

 

私にはそれが「来てはならない」というサイババからのメッセージのように感じて、ちょっとショックを感じました。それと同時に、ショックを感じている自分にショックを感じていました。

私は自分が自分でも気づいていない心の領域でサイババのアシュラムにできればもう一度行ってみたいと思っているのだということを知って、驚いていたのです。

 

しかし、サイババに拒否されたのであれば、それは思いとどまるべきだということもわかっていました。

 

それでもも、チラシが折り込まれたいなかったのは単なる作業上のミスなのか、それとも今回だけツアーが企画されなかったのかだけでも知りたいという思いがありました。

そこで、問い合わせ先を探しながらサイラムニューズの(お知らせ)のコーナーに目を通していたら、そこに ●ユネスコ合同会議ぜヴァ募集● との文言があるがあるのを見つけました。

 

以下がその全文です。

 

「UNESCOとサティヤ サイ教育協会(SSE)との初めての合同国際会議が今年の9月25日から29日の5日間にわたって、インド、プッタパルティのプラシャンティニラヤムにて開催されます。

バガヴァン シュリ サティヤ サイババ様の75歳のご降誕祭っをお祝いする行事の一環である本会議は、『人間的価値を高める教育-平和と国際理解のための教師向け教育、刷新的アプローチ』を議題とし、バガヴァンの御臨席のもと世界各国より、国策担当者、教育学者(主にサイの帰依者でない方々も)が集う非常に意義深いイベントです。

今回、サティア サイ オーガニゼーション、SEEは主催団体としての重要な役割を担っていますが、各国からの参加者が講演やディスカッションを通してではなく、私たちの無私の奉仕の実践を通してバガヴァンの御教えが伝わるよう働きが期待されています。

日本は今回、会場設営、音響、映像等のセヴァをいたしますが、教育の分野に関心のある方、SSEHV、バルヴィカスに従事されている方、純粋な奉仕をしていただける方々の参加をお願い申し上げます。

〇ツアー予定期間

平成12年 9月21日(木)~10月2日(月)

〇申し込み方法

8月20日(日)までに以下の内容を明記の上、サティヤ サイ教育協会まで、郵送、FAX、Eメールのいずれかでお申し込みください。

・お名前、年齢、ご住所、電話番号、職業、希望セヴァ

・〒153-0043 東京都目黒区東山1-30-8

サティヤ サイ教育協会」

 

私はその募集要項が、参加者の参加資格として挙げている『教育の分野に関心のある方、SSEHV、バルヴィカスに従事されている方』のいずれにも該当しませんでしたが、とりあえず郵送で応募してみることにしました。

 

 

 

 

今回の記事は以上です。

 

以下、追記を少々。

 

ちょっと前から、新しい本を(今度は電子書籍+書店流通の紙本も含めて)出版したいと思い、今そのその執筆を進めているので、ブログの更新は今後遅れる可能性があります。

 

出版したところで、何がどう間違っても出版費用を回収できるほど売れる可能性はゼロの本なのですが(そんな本を大金をはたいて出版する意味があるのかという思いはあるし、そういうご批判もあるとは思うのですが)、まぁ誰に迷惑かけるわけでもなく、出版してみたいという思いもあるし、今まで先延ばしにしてきた年金を受け取る手続きをすれば出版費用は用意できるので、出版してみようと思っています。

 

タイトルは「死ぬまでに知っておきたい現代物理の基礎知識」にするっつもりです。

つまり、物理学の本です。

 

 

なぜ物理学の本を出版しようとしているかというと、結局私が伝えたいのはサイババの教え(ヴェーダやヴェーダーンタ)であり、それは、神の実在を信じてもらえたところが真の出発点となるものなので、サイババの教えについての本を書く前に、神の実在を人々に信じていただくための本を書く必要があって、それを最も手っ取り早く伝えるツールとしては相対性理論や量子力学が最適な気がしているからです。

 

そしてそれをできる人間がいるとすれば、その筆頭は多分私だろうという自負もあるからです。

 

なぜそう思うかというと、二度目のアシュラム訪問で全く何も知らないまま関わってしまうことになるこの国際会議において、私はサイババに「ヴェーダやヴェーダーンタを人々に伝える本を書く使命を与えて欲しい」というような願いを書いた手紙を受け取ってもらっているからであり(私がサイババに受け取ってもらおうと差し出した手紙は他にもありますが、受け取ってもらえたのはこの手紙だけです)、この国際会議の中で、「私は今回の国際会議の出席者ではなく、会場設営のボランティアとして来ているだけの人間だから、その列には並べません」と何度も断って逃げ続けたにも関わらず、何度も何度も「いやいや、おまえはここから会場に入るべきだ」といろんな人に言われて列に並ばされて中に入ったら、そこは今回の国際会議で教育のリーダーとなるべき出席者のために用意されていた席だった(なので、そんな席に私が座っているのSSOJの責任者に見つかって、私がサイババの近くに行きたいから勝手にそんなところに座っているのだと勘違いされて、激怒されてしまいました)というようなことになっただけでなく、1万人近くの人で満員となっているダンルシャン会場のど真ん中で突然サイババにパダナマスカールを許されて(私がこれを許されたのもこの時の一度だけです。そして、この数か月後にはパダナマスカールそのものが、誰にも許されなくなった)近くにいた人から「だ、大丈夫ですか?」と心配されるほど嗚咽を漏らしながら大泣きしてしまった、というようなことがあったからです。

 

 

これはその時の画像ではありませんが、これがプッタパルティのダルシャン会場(サイクルワンとホール)で、私はこういう状況で向かって左側の最前列に座っていて、そこにサイババが近寄ってきてパダナマスカールを許されたのです。

 

 

以下に本の書き出しの部分を少しだけ紹介しておきます。

 

…特殊相対性理論・一般相対性理論・量子力学・原子核物理学・ビッグバン理論。

誰もが一度は耳にしたことのある言葉だと思います。

これらは20世紀前半に発見された自然法則と、構築された物理の学問領域につけられた名前です。

これらによって私たちが持っていた“時間”“空間”“物質””光“”実在“に対する常識のすべてが打ち砕かれ、社会には魔法のようなテクノロジーが生み落とされるようになりました。

 

しかし、物理学がそうした異次元の領域に踏み込む直前の19世紀終盤が「もはや、物理学には発見すべき新しいものは何もない。残っているのは、ほんの僅かな隙間を埋めるものくらいだ」と物理学者が感じてしまうような閉塞した時代だったことをほとんどの人は知りません。

物理学をその閉塞の中から救い出したのは、マックス・プランクが1900年に発表した《エネルギー量子仮説》の中の、量子という全く新しい物理概念でした。

この5後年後には、ベルンのスイス特許庁に審査官として勤めながら一人で物理の研究を続けていた全く無名のアインシュタインが、プランクが生み出した量子という物理概念を光にも適用することで「光は波としても振舞うが粒子としても振る舞う」という《光量子仮説》という論文を、他の幾つかの論文と共に発表しました。そのうちの一つは後に彼の代名詞となる特殊相対性理論でした。

 

               (中略)

 

19世紀に神について述べられた最も有名な言葉は恐らく「神は死んだ!」だというニーチェの言葉だと思います。

しかし、同じ19世紀には、人類にワクチンという感染症と戦う武器をもたらしたパスツールの「科学の道を少し進むと神から離れるが、さらに究めればこれに回帰する」という言葉も遺されています。

奇しくも、ニーチェがこの世を去った1900年は、プランクによって「量子エネルギー仮説」が発表された年です。

 

20世紀に綺羅星のように現れて科学に革命を起こした物理学者たちは、宇宙や神に対してどのような考えを持っていたのでしょうか。そして、今の時代に生きている傑出した物理学者たちはどうなのでしょうか。

ニーチェのように「もはや、宇宙のどこにも神に居場所などない」と考えているのでしょうか。それとも、パスツールのようにさらに科学を究めることによって、神に回帰しているのでしょうか。

 

この本は「特殊相対性理論とは何なのか?」「一般相対性理論とは何なのか?」「量子力学とは何なのか?」「原子核物理学とは何なのか?」「ビッグバン理論とは何なのか?」といった現代科学の基礎知識を通して、読者にその知見のほんの僅かを得てもらうことを目的としたものです。…

 

 

以上です。

では皆さま、良いお年を!

 

みんな幸せになりますように。

サイラム<(_ _)>