前回の記事のおさらいと、続きです。

 

プッタパルティにあるサイババのアシュラムにもう一度行こうと考えていた私は、定期購読していたサイラムニューズ2000年7・8月号の最後の方にあった

 

●ユネスコ合同会議セヴァ募集●

《日本は今回、会場設営、音響、映像等のセヴァ(サンスクリットで神に捧げる無私の奉仕)をいたしますが、教育の分野に関心のある方、SSEHV、バルヴィカスに従事されている方、純粋な奉仕をしていただける方々の参加をお願い申し上げます。

〇ツアー予定期間

平成12年 9月21日(木)~10月2日(月)》

という記事を見て、このツアーに応募してみることにしました。

 

そのツアーが参加資格として挙げている『教育の分野に関心のある方、SSEHV、バルヴィカスに従事されている方』のいずれにも私は該当していなかったので、参加が認められるかどうかは全くわかりませんでしたが、もし会場設営に高所作業があるのならそれは得意分野だったので、その旨記して、ダメだったら、別のツアーが企画されるのを待てばいいだけだと考え、とりあえず郵送で応募してみることにしました。

 

ツアー料金や宿泊先など、どのようなものになるのかは一切言及されていませんでしたが、どんなものになっても他の人と同じなら問題ないと思っていたので、そこは気になりませんでした。ツアー料金が良心的なのは前回のホワイトフィールドのアシュラムへのツアーで分かっていたし、サイババの帰依者として行くツアーであればこれ以上のツアーがないこともわかっていたのでダメもとで応募しました。

 

郵送したのは多分6月下旬だったと思います。

しかし、一か月たっても二カ月たっても返事は来ませんでした。

応募締め切りが8月20日だったので、それまでには何らかの返事が来ると思っていたのですが、来ませんでした。

無視されたのかと思い「さすがにその扱いは酷いのではないのか」と思っていたら、8月末に返事ではなく、ツアーを取り扱っているパラダイスツアー社から「ご協力いただけるのであれば、お願いします」という一文を添えた、申し込みの用紙一式が送られてきました。

 

その時は、なぜこんなぎりぎりまで何の連絡もせずに、いきなり参加OKの連絡をしてきたのかまったくわかりませんでしたが、今はわかります。

 

こうしてサイババのセヴァに申し込んでくる人間のほとんどは、事前にアクティブワーカーとして日本のサイババセンターで活動している人以外は、トラブルメーカとなるか足手まといのいずれかになるリスクが高すぎて、ぎりぎりまで断ろうと思っていたはずです。しかし、まともな社会人で、10日以上もインドに行ける人などそうそう存在しないため、ぎりぎりまで人を集めようとしたけど集まらなかったため、仕方なく(ある意味賭けのようにして)私を受け入れてみることにしたのだと思います。

 

それと同時に、この国際会議には、水面下で以下の記事に書いているような国際的なトラブル持ち上がっていて、その対応にも追われていて、まともな対応をする余裕がなかったのだと思います。

 

結局このツアーに参加したメンバーのほとんどは、大阪センター、神戸センター、東京センターの会長や役員や、サティヤサイオーガニゼーションジャパンの会長や役員、重要なアクティブワーカーだけでした。サイババのセンターに一度も足を踏み入れたことがなかったのは、多分私だけだったと思います。

 

もしツアーの参加者がこうした人たちだけだと事前に知っていたら、私は絶対このツアーに参加していませんでした。この国際会議に出席しているのが、各国の大臣経験者や、ネパールの王族、タイの皇族といった方を含む人たちで、日本から参加していた人間が、そうした人たちと直に口を利くことになるようなものだと知っていたとしても私は、絶対参加していなかったと思います。自分がどれほど場違いかは、自分が一番知っていたし、どう対応していいか全く想像もつかないことだったからです。

しかしそんなことはすべてお見落としであるサイババは、そうしたことのすべての情報が目に入らないようにして、私をその国際会議が開催されるアシュラムに足を踏み入れさせたのです。

 

 

元々この会議はUNESCOとサティヤ サイ教育協会(SSE)との行動国際会議として開催される予定のものでした。

この会議の開催をサイババに要請したのは国連の方で、サイババはその度重なる要請にこたえる形で開催することを承諾したものです。

にもかかわらず国連は直前になって突然この会議から手を引きました。

なぜ手を引いたかというと、詳しいことは以下の記事に書いているのですが、この時組織的に捏造された醜悪なスキャンダルが世界に拡散されて、それを真に受けた人々によってサイババ批判あちこちでまきおこってりたからです。

そのためツアーの申込書のツアー名は、ユネスコの文字が削除されたものに変わっていました。

 

欧米のマスコミが取り上げ、国連に通報されたサイババの悪い噂について… | ムラリー63のセカンドブログ( ^ω^)・・・

 

 

サイババのアシュラムで私を待っていたのがどういう仕事だったかというと、詳しく書く気力は今ありませんが(本にするときには書こうと思います)一言で言うと、自分の人生の中でこの時ほど精神的に追い込まれたことはなく、肉体的に寝食を忘れて極限まで働いたことはなく、サイババによる人生を根底から変える試練と、祝福を与えられたことはない…ということです。

 

私が最初にホワイトフィールドのアシュラムのツアーに参加したとき、四国から参加していた80歳近い男性と言葉を交わしかなり親しくなっていました。

この方は御夫婦で参加されいて、奥さんに全く頭が上がらない感じで、いつも小言を言われいつもおとなしく従っておられました。

私が不思議に思っているのを感じ取られたからだと思いますが、奥さんがいなくなった時私にこう話して下しました。

「若いころから禅の修行をしていて、そうして手に入れた力を法力と勘違いしていた時期があって、妻にはずいぶん苦労を掛けたことがあるんです。だからいまも、妻には頭が上がらない」

この方とは、翌年のホワイトフィールドのアシュラムでも会ったので、私は普通に知り合いとして話しかけたのですが、あまり話がかみ合いませんでした。そして、その後でその理由がわかり、私はかなり驚かされました。

その方は、一年前にあった私と、その時話しかけている私が同一人物だと気づけずにいたのです。なぜ気付けなかったかというと「あの時は真っ黒だったのに、今は真っ白になっているからまったくわからなかった」その方はそうおっしゃいました。

たぶんその方が見ていたのは私のオーラ的な話だったのだと思います。それくらい、私はこのときのプッタパルティの体験の中で変わっていたらしいのです。

ちなみにこの方は、私が知っている限りで言うと、サイババに最も特別扱いされた人です。

 

サイババがダルシャン会場を歩き回っているとき、近くの人が立ち上がったり、近づいてサイババの体に触れようとしたら、周りのセキュリティスタッフに即座に取り押さえられます。

しかし、この二年後くらいのダルシャンの時、この方がダルシャン会場でサイババが近づいて来た時立ち上がって歩み寄り、サイババの手を両手で強く握りしめて、感極まったように何度も何度もサイババの名を呼びながらその手をゆすり続けても、サイババはそれを無言のまま許し続け、周りのスタッフも、取り押さえず、見守り続けたました。

こんな光景を私が見たのは、後にも先にもこの時の一度だけです。

 

本人に直接聞いたわけではありませんが、この方がこの時見ていたものは、多分、私たちが現実と呼んでいる世界ではなかったのだと思います。

 

 

今回の記事はここまでとします。

お付き合いくださりありがとうございます。

 

みんな幸せになりますように。

サイラム<(_ _)>