いまだ誰も経験した事のなかった、あの悪夢のような震災から一年。
被災された方にとっては辛く、長い一年だったと思います。
3月11日、東京では震度5の地震でした。
昔、地元で同等の地震を経験したことがあったからか、怖さはほとんど感じませんでした。
だけど、経験した事のない人にとっては震度5でも怖かったはず。
美容室のシャンプー台の上で最初の揺れを感じた時も、若い美容師さん達がとっても怖がっていたのを覚えています。
昔から、そういう時ほど冷静にと自分を律することが出来る性質なので、自分でも不思議なほど落ち着いていられました。
だけど、震度7という揺れは経験した事がありません。
実際、その場にいたら、どうなっていたか。。。
震度7・・・その恐怖は経験した人にしかわからないでしょう。
もちろん、津波も。。。
あれだけ自然の脅威を感じたことはありません。
私も大好きな海。
いつも恵みと癒しをくれる海が、一瞬にして表情を変え、何もかもを飲み込んでいく有様を目の当たりにした人々の気持ちは図り知れません。
大切な人や大切なものを失った悲しみは、いつ癒えるのかわかりません。
ずっと癒えないままかもしれない。
そんな気持ちを抱えたまま、毎日を生きるのがどんなに辛いか。
そんな人たちに、気安く「頑張って」なんて言えない。
頑張ろうと思っても、頑張れない人たちだって大勢いるはずだから。
だけど、みんながみんな立ち止まってはいられないよね。
だから動ける私たちが頑張らないと!
自分に出来ることなんて、本当に本当に僅かだろうけど。
でも、皆がちょっとずつでも力を合わせれば、きっと大きな力になるだろうから。
そして、原発の事故によって避難生活を余儀なくされている方へ。。。
私たち、首都圏で生活している人間が、昼夜問わず電気を使い続けるために必要だった原発です。
決して、福島の人の為の原発ではなかったのに。
大切な思い出の詰まった街を出なければならない状況になってしまって、本当に申し訳ないなって思います。
私は、自分が便利な生活を送るためには原発も必要だと思っていました。
だから、たとえ避難生活を強いられようとも、自分の選択した事の結果だと思って甘んじてそれを受けるしかないと思っています。
だけど、日本人のどれくらいの人が原発必要の是非を考えたことがあったか。
きっと、原発を受け入れた地元の人たち以外はほとんど考えたこともなかったのではないかと思います。
国も、電力会社(今回は東電)も、考えの甘さのようなものはあったとは思います。
それでも今回の震災は人知を超えた自然の脅威・・・仕方ないという言葉で片づけることは出来ませんが、想定外の事を想定していたとしても、防げたかどうか。。。
また、同じ規模の災害が起こった時に完璧に対応できていた国が世界中のどこかに存在していたかどうか。
それを考えると、100%の責任を押し付けることが私には出来ません。
そして、原発について何も考えたことのなかった人たち。。。
私はそういった人たちの無関心も、今回の原発事故への関与がなかったとは言えないと思うのです。
原発について考えるチャンスはいくらでもあったはず。
チェルノブイリにスリーマイル島、そして東海村。
だけど、ほとんどの人は対岸の火事としか思わなかったのではないでしょうか。
私が、原発について考えたのは中学3年の時だったはず。
最初は原発反対と思っていましたが、原発について中学生なりに調べた結果、リスクはあるけれども、資源を持たない日本には必要なエネルギーだと思ったのです。
当時、まだインターネットは発達していなかったので、本や新聞で仕入れた程度の知識ではあります。
でも、中学生の私でも自分なりに考えることが出来た問題です。
今はインターネットだけではなく、たくさんの書籍もあって、誰でも知識を得ることは出来るし、考えることは出来たはず。
それをせずに、ただただ原発の恩恵を受け続け、事故があったら途端に原発反対を唱える。
私には無責任としか思えません。
どうして、もっと早くに行動を起こさなかったのか。
「安全だと思っていた」「事故が起こるなんて思わない」とか、そういう理由でしょうか?
でも、実際に世界中で、日本で、事故が起こっています。
「絶対」なんて存在しないのはわかっていたはずなのに。
だからもちろん、国や東電の責任だって大きいです。
「絶対」が存在しない以上、もっと何重にも対策を練ることが必要だったはずですから。
だけど今は、とにかく事態の収拾と、今後の対策が急務なはず。
国会で責任の押し付け合いをしている暇があったら、一分一秒でも多くの時間を被災者の救済の為に使って欲しい。
日本が一つにならないといけない時に、自民党だの民主党だの言ってる場合じゃないでしょ。
こういう時に協力し合わないで足の引っ張り合いをするなんて、恥を知れ!って思います。
まだまだ時間がかかるだろう復興に向け、ほんの少しも踏みとどまっている余裕なんてないのだから。
震災で亡くなられた方、まだ行方が分からない方、そしてそのご家族に心からの哀悼の意を表します。