ブログの世界 | ぶたすずめはどこへゆく 

ブログの世界

ずーっと思っていたのですが、ブログとは・・・

今の私にとって、一体何なのだろう・・・

興味本位で始めましたが、やはりここはコミュニケーションを取ることを可能にした時点で

Publicであり、一人で紙面につらつらと書く「日記」とは、異なるものではないでしょうか。



始めたばっかりのころは、誰も見に来ることはないだろうと高をくくっていたのですが・・・

自分が、誰かのブログサイトに足を運んで、おまけに読者登録をした時点で、

「自分がこの世界にいてブログをしている」ということを大きな声で叫んだも同然なのだ・・・

ということを、全然意識していませんでした。



それからしばらくして、初めて読者さんができて、初めてコメントがついて・・・初めてTBされて・・・



「うぁぁぁぁぁ・・・コメントがこれだけということは、

コメントをせずに見て通り過ぎる人が・・・少なくとも数人いるんだ・・・」



・・・・。

びびってしまって、その日は記事をアップできませんでした。


その時期を境に、私にとってブログは「思ったことを何でも書く」日記帳であり、そうではなくなりました。

公開することをやめた記事は、いくつかあります。

それは、私個人が「これは、自分の中で整理しておきたい」と思った内容が大半です。


自分が誰かと共有したいもの。

そして、自分自身の中で留めておきたいもの。


私にとっての公開と非公開の判断材料は、この二つ・・・なのかもしれません。


そして、公開した記事もまた私個人では二つに分類しています。


1.感想・・・読んだ人がどう「感じた」かのコメントを歓迎するもの

2.論理的思考に基づいた意見・・・読んだ人が、そのSubjectについてどういう考えを持っているのか



いくつかおじゃましている大きなブログサイトさんで、よく批判のコメントを見かけるのですが・・・

私はいつも「ここは議論する場なのか?」と思ってしまいます。

表現の仕方や内容がPublic Spaceで公開している意識に欠けている・・・

子供に見せられない・・・etc・・・



批判の内容に対しては、私も「そう・・・思うだろうなぁ・・・」と納得できなくはないのですが・・・

一番気になったのは、このブログサイトのオーナーさんが書く内容は「議論」を誘っているのか?

それとも、ただ「なにか感じたらコメントしてもいい」場を提供しているだけなのか?


そこのオーナーさんが批判に対して反撃?した記事についてきた、

賛否両論入り混じるコメントの中に

「感情で語ってはいけないよ・・・女性達」

・・・らしきものがあり・・・

ん?と思いました。

私はここを

「個人の毎日の出来事をただそのまま描写して、それについて感じたことを付け加えて書いている」

だけであって・・・

「描写の仕方や内容を議論する場ではなく、内容を読んで感じたことを共有しあう場である」

と思っていたので、

「批判する人になんかに負けないで」「応援している」「思ったことをそのまま書けばいい」

という山ほどのコメントを、異常とは思えないし、感情で語ることをとがめる理由が見えにくい・・・

と思いました。

確かに、その記事だけオーナーさんの批判に対する「意見」が書かれていたので、

それに対して議論する場ができることはおかしくはないと思いますが、

それ以前に、ただの情景描写が過激すぎてこの世界の秩序を乱している・・・と思うのなら

なぜ、ここのオーナーではなく、ブログを管理しているところに苦情や批判を申し立てないのか・・・

なぜ、管理者サイドの意見や考えを聞こうとしないのか。

私は、それが一番気になりました(もうしているのかもしれませんが・・・)。

このブログサイトさんの書くことに批判しているのはまるで・・・

私が書いたパン作りの記事について、

「具体的な作り方について何も書いていないので参考にならない」

「材料を書く順番が間違っている」

「パン作りを思わせるタイトルでありながら、内容が全然関係ないことばかり」

と、コメントするようなものではないでしょうか。

書き手がただ自分の経験とそれによって生まれた感情を書いただけならば、

求められているのは「感想」だと思います。

やはり、コメントに「私もパン作りしてます。」と書かれてると、

求めていた共感が得られてうれしいと感じます。



もう一つ。

子供のことを引き合いにするのは、わからなくもないですが・・・

ある程度の年齢に達するまで、子供がネットで触れる情報を管理し、コントロールするのは

親の義務であって、このアメブロの管理者達やブログを書いている人に

「子供が自由に出入りできる良い環境作り」を求めるのは

少し違うのではないかと思います。

子供に見せられない。

そう判断したのなら、見せなければいい・・・

悪影響を及ぼすと思うのなら、それから子供を守るためにはどうすればいいか・・・

親が、手を引いて道を選ぶことだと思います。



自分で書いてて気付いた(遅っ・・・)のですが、感じたことをコメントするのもまた意見の交換・・・

と取れなくもないので、はっきりとどう説明すればいいのか悩むところですが・・・



幸いにも、私が書きたいとことは、Public Spaceに公開することを考えたとき、さほど制限を

受けない内容(だと自分では思っています)なので、苦になることは特にありません。

こういう風に、自分の理論を展開したものを公開するのは「議論」することを誘っているという

意識があるので、何が返ってくるやら冷や冷やしますが・・・




特に・・・家主さんに見られたら・・・と考えると真っ青になります。

いつもいつも「そうじゃなくて・・・」と的外れな私を軌道修正してくれるので・・・

ああ。見られたら、軌道修正で画面が真っ赤になったりして・・・(赤ペンちっく・・・)

と、泣きそうになります。




結論・・ですが、ブログによってできた世界は私達が住む社会を簡略化したようなもので

人と人が交流する時点で、それなりのマナーやルールを無意識に求めるのは自然なことだと思います。

だから、私は不特定多数の目に触れているという意識の下に、

これからも記事を書いていこうと思っています。

そして、批判されたとき、指摘されたことがその通りだと思ったら、

その時は、記事を非公開にしようと思います。

ただ、普段の生活の中で価値観の会わない人と出会う時があるように、

ここでも自分の常識が通じない人が多い・・・むしろ、通じないものだと頭において、

ネットの海を泳ぐのが・・・ある意味暗黙の了解なのではないか・・・

そう思うので、この自分のブログに対する考えは私だけのものであって・・・

私が運営するブログサイトでのみ、ルールとして存在することができると考えます。




・・・・しかしながら、ブログサービスを作った人が、表現の自由に対してどう考えているのか・・・

どこまでならいいのか、特定の制限はあるのか・・・(利用規約に載ってるかな?)

無法地帯に限りなく近いネットの世界をどう考えているか・・・

ちょっと聞いてみたいな・・・と思いました。





メール送ったら返事してもらえるのかなぁ・・・?(やめとけ・・・いそがしいだろうよ・・・彼らは)