週間文春 矢沢永吉 色気 | 矢沢永吉激論ブログ

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 週刊文春の読者のみなさん、こんにちは。

矢沢永吉にとって、今年2009年は、

特別な年になります。
去年一年間は、ライブもしなかったし、

レコードも作らなかった。
もう完全に充電状態。
矢沢が36年間歌ってきた中で初めての、

貴重な時間だった。

 そして今年は6月にシングルを出して、
8/5にはニューアルバム『ROCK'N'ROLL』を出した。
夏のフェスにも出演したし、
九月には東京ドームでのライブ、
秋には二年ぶりのツアーが待ってます。

 それから、今年の9/14で、矢沢は60歳になる。
 還暦よ、還暦。
「ええ一っ?‥矢沢、本当に60になるの?」
なんて自分でも思ってるけど、間違いなく60歳になる。
「50になってもケツ振って
ロックンロールを歌っているような、
かっこいいオヤジになってやる」
 これ、31年前の『成りあがり』の時に言ってたこと。

それから20年以上経って50歳の時、
オレは横浜でケツを振ってロックンロールを歌ってた。
『I LOVE YOU,OK』を歌いながら、涙を流してた。
 それからもう、十年が経ったんだ。
ずっと前のような、つい最近のような……。


とにかく、オレほ今もケツを振って、

お客きんの前に立てている。
昔も今も、これまで通り、

必死でやってきただけなんだけどね。
だからこの連載でも、

今の、ありのままの矢沢永吉を見せたい。
いろんな経験を積み重ねて60になろうとしている矢沢が、
今どんな気持ちで生きているのか。

改めて、読者のみなさんに見せたい、と思う。
まず、60歳になる、ってことについて。
正直にいえば、「ウソだろ?」という気持ちと
「リアルにおじいさんに限りなく近づいてきたな」 
っていう気持ちが、半々ずつある。

それと、60になって、
俺はどういうモチベーションで60代をやってくのかな、
というのも、考えてる。
たぷん60歳っていうのは非常にシプいところで、
人はみんな、二捷化するんじゃないかと思う。

だって60っていったら、
隠居して盆栽いじる方に回れって言ったら

いくらでも回れるでしょ。
それは間違ってない。
盆栽オッケーですよ。
でも盆栽、オレは興味ない。
盆栽やるよりステージでマイクスタンド蹴っ飛ばしたほうがいいもんね。
だから、どっちも間違ってないんだ。

〝Watever you want‘、すべては人それぞれでいい。
でも、そんな分岐点があるっていう意味で、
60代って人生で一番最後の面白いところなのかもしれない。
それからオレは、60代になっても色気を出してたい。
色っぽくありたい、って思う。
色っぽい、って?
たとえば、マイク蹴っ飛ばす方を選んだ上で、

60歳でどういうステージが出来る? 
体力は確実におっこちていくけど、

どういうところでお客きんを魅了する? 
どういう走り方する? どういうケツの振り方する! 

そもそも2時間のステージがもつのか? 
それでギリギリもっちゃって、

でも息が上がってハアハアしてちゃあ、色気もクソもないわけ。

ステージ終わったときに、
「今日は勝ったな」っていうステージは、自分で分かる。
二時間やって、もうヘトヘトの身体でシャワー浴びて、

しばらくじ一つとしてる。
今日は勝ったなと思ったときは、

何とも言えないエクスタシーです。
勝ったってことほ、相当魅せられ、

もちろん魅せることもできたってこと。
これをもって色気と言わずして何というの? 

60になる矢沢が、酒飲む仕草でも、

ステージ立ってるザマでも、
もっと言えば、

この生きてるザマ、立ってるザマ、

これ全部、 やっぱり色っぽかったらいいな、と思う。

それほ、矢沢みたいにロックシンガーじやなくても必要なこと。
オレにはやるべきことがある、オレを待っている人がいる。
そういうことがあると、人はドキドキするじゃない。
そういう気持ちを持ってること自体、

もう黙っていてもそこに色気があるよね。

食える男になりたいとか、

女房子供をちゃんと支えてやりたいとか、
家貨もちゃんと払いたい、

そういう当たり前のことが色気につながる。
その根っこにはきっと、人としてのプライド
があるんじゃないかな。


 それからオレは、28歳の時に、
「60歳の発生日までは、
上手にすべてを吹っ切れる男になりたくない」
って言ってたらしい。
で、今どうかというと……、
見事に吹っ切れてないね(笑)。
要するに、ぷきっちょな奴なのよ、ポクって(笑)。
若い頃から、自分のこの、
まとまり悪い感じがわかってたんでしょう。

大粒だっていやあ聞こえは良いけど、
なんていうか、シャバダバだよな、っていう。
 だからこそ神様は、一つだけ才能をくれたんです。
メロディーを書く才能、ステージで輝く才能。
それ以外はお前、デコボコバラバラでいいよ。
神様はそう育ってるんですよ。

ある時オレが、スーツ着て一生懸命働いてて、
輝いてるやつを見て
「あいついいなあ、格好いいなあ」
って話をしたら、周りにいた人が
「何言ってるの、矢沢永吉、格好いいですよ」
って言ってくれた。
でもその時オレは「ホンマかね?」って思った。
そんなもんです。

みんな、ないものねだりしてるんだよ。
隣の芝生は青く見える。
そう思ったら、人なんか実はそんなに変わんない。
だからもうちょっと自分を認めてやろうよ。
みんな、少し足らないくらいでちょうどいいんだよ。

あれ? みなさん、
「なんだか永ちゃん、丸くなってる」って思ってない?
まあ、そうかもしれない。
46歳の時、
「60歳になったらもっと寛容になってるだろうな」 
って言ってたけど、そうなんだろうね。
ファンはいつでも、

「フォーエバー永ちゃん」でいてほしい。

だから「永ちゃん、最近発言が柔らかいんじゃないの!」って言うでしょ。
でもね、こっちからすると、
おいおいおい、そりゃあ違うよって。
お前さん達ファンはさ、
キャロルのラストライブの日比谷野音の、
あの永ちゃんフォーエバーでいてほしいだろうけど、
ほっといてくれよ(笑)。
そこはちょっと違うんだ。
8年前の本『アー・ユー・ハッピー!』で、
オレはこう書いていた。
「探し続ける20代」あがき続ける30代」って。
それが、
「あがき続ける60代」なんて、
「それってちょっとおかしいだろ」
って話になるじゃない(笑)。

20代で、ギラギラと唾飛ばしながら言いたいこと言って、
欲しいもんを手にいれた。
それって自分との戦いだったり、
生きてる証だった。

でも、最後までそれで行くのかい、
っていったら、そりゃあ悲しいよね。
30代、40代ってやってきて、

50くらい入ったらそろそろ、
俺はそんなつもりじやなかったけど、

人に迷惑かけたかな、
そばにいた人は傷ついちゃったのかな、
とか、そういう風に思えてもいい。

そうなっていくことが、
間違った方に行ってない証じゃないですか。
そういうの全部含めて、
オレのLIFEは、オレのLIFE。

それに矢沢はデビューした時から一貫して、
誰の援助も受けないでやってきた。
つまりてめえのケツは、てめえで拭いてきたわけ。
オーストラリアのことだってそう。
人生いいことばかりじゃない。
嫌なこと、投げ出したいことの連続ですよ。
でもその渦の中から自力で這い上がったからこそ今がある。

この記事を読んで、反発を感じる人もいるだろうね。
逆に「永ちゃん、ありがとな。オレやっぱり記事
読んで頑張ろうと患ったよ」という人もいると思う。

でも矢沢はずっとそうだった。
大好きって言う人と、

大嫌いって人がいたからこそ
37年間歌い続けられたのかもしれない。
矢沢全部いいってなってたらとっくに消えてたかもしれない。
そんなもんですよ。
どう思うかは人それぞれ。
てめえのLIFEは、てめえのLIFE。
とにかく60になっても、

矢沢ほ色っぽくいきたいね。



矢沢永吉