え~、だいぶ時間が経ちまして、ゴールデンウィーク明けて帰省の時のことを書けずにいたのでお酒の勢いを借りてちょろっとかいちゃおうと思います。
まず、はじめに言いたいことを言うと
とりあえず僕はまだできることも少ないかもしれんけど、震災がおきて地元がぼろぼろになって復興していくんだよってことをしっかり忘れずにしないといけないと思います。
今の現状、仙台市内ははっきりいって普通です。ってか震災の二日後には飲食店営業してたみたいだし。
遊びにいった先輩の店も、ランチだけワンコインでガスが出ない中工夫してお弁当を提供してたみたい。
んで、仙台の駅前歩くと普通の格好で普通にショッピングしてます。逆に都内の方が真っ暗で陰惨だわって思うくらい。
いちばん問題なのは都市部と湾岸部の温度差かも知れない。
市内から少し車を走らせると街は壊滅、田んぼはがれきの山。家は窓が全部割れているってそんな光景が広がってます。
実家からくるまで五分の距離に普通に漁船がいっぱい乗り上げてる状況。
いままであったコンビニが基礎すらなくなって、距離感さえわからない世界。
自転車で遊びにいっていた海岸近くの集落も丸ごとなくなっちゃった。
そんな事実が風化していくのは、残された人たちはつらいとおもうんです。
思うから家が建つわけじゃなくて、願うからいなくなった人たちが帰ってくるわけじゃないけど...。
いつか街が復興して、僕が父親になって。そんなときに子どもにちゃんと「ここには昔こんな建物があったんだよ」と言えるように覚えていたいんです。
ひとは忘れられたときに初めて存在という概念がなくなるって誰かが言ってたきがするんですけど。こんなつらいことがあったからこそひとはそれを忘れずに強くならなきゃ駄目なんじゃないですかね?
日本って国は(ってか国家っていうしくみは)常々都合いいことをわすれておっきくなってきました。
震災のこと、原発のこと、それ以外にもきっとたくさんある矛盾や不条理。
なんやかんや「あのときそんなこともあったよね」で終わってるきがしてなりません。
今回の帰省で、地元の友達からいろんな話を聞きました。酒が進むと不思議とみんなつらかった話を聞かせてくれます。当事者しか知らない話がこの世の中にはまだまだあります。圏内にいて自分の家に帰る権利さえ剥奪されているひとがいます。津波で全てを失ったひとがいます。
情報が多くなって不安になっている気持ちはわかるけど、お願いだから生の声、真実の叫びに耳を傾けてください。そして少しでも次の世代に残せる何かを探しませんか??
アゲアシとって批判するならだれでもできるんです。憤りを感じるのはみんな同じ。
何十年後かに僕らが若者に同じような目で見られないように、学んで力つけて変えられることから変えていけるようにひとりひとりが生きていければすこしづつ世界はかわるんじゃないかな??
ちょろっとっていって長くなってしまった!
しかも駄文でスミマセン....。
読んでくれた方、ありがとうございました
