今日は6時半ごろからアルバイトだった。すこし寄りたい場所もあったし今日は生憎の雨だったので、5時半ごろに家をでた。途中、桜坂を下っているその途中で、見知った顔を見た。
「こんにちは、また会いましたね」
「そうだね、家はこの辺なの?」
「はい、坂を上ってすぐのところです」
「そうなんだ。実は俺も坂を上ってすぐのところに住んでいるんだ」
「そうなんですか」
「そうなんだ、じゃあまた」
「はい、失礼します」
会話はこれだけだった。
彼女とは、俺がいつだったか母校の授業の手伝いをしに行ったときに、すこし話したくらいの間柄である。俺は彼女の名前を知らないし、彼女もまた俺の名前を知らないだろう、いや、もしかすると知っているのかもしれないが忘れているのかもしれない、しかし、それは知らないこととほとんど同じことだろう。
俺は彼女の顔を覚えているし、彼女も俺の顔を覚えている。
今後、俺は彼女の名前を自分から知ろうとすることはないであろうし、彼女もまた俺の名前を知りたがるようなこともないだろう。次に会った時には会釈だけでもおかしくない。もっとも、会釈も何もない可能性だってある。
所詮、俺と彼女とは家が近いだけの顔見知りと言うだけであり、多分、彼女と俺は、 そういう関係にあるのだろうと思う。
