昨日、友だちと話していて、改めて考えたことがある。
母の介護のこと。
姉は母と同居している。
一緒に暮らしているからこその負担や大変さは、もちろんあると思う。
でも、もし同居の負担が大きいのなら、姉だけが抱えるのではなく、きょうだいで交代して母をみるという方法もあるんじゃないか。
例えば、一か月交代。
その一か月は、病院の送迎も、日々の生活のことも、生活費も、基本的にはその家で担う。
一か月の同居が難しいなら、お金を出して負担を分担する方法だってある。
今は母と関わっていない三女も、母の子どもであることに変わりはない。
もちろん、それぞれに事情はある。
簡単なことではないのもわかっている。
それでも、母のことを誰か一人だけの問題にしてしまっていいのかな、と考えた。
そして、もう一つ思い出したことがある。
それは、母が私たち子どもにしてくれたこと。
姉には、母が建てた家を譲っている。
住宅ローンも、母が半分弱を負担していたはずだ。
私もその家で暮らしていた時期があるから、私にとっても実家だった。
私は、きょうだいの中でただ一人、短大に行かせてもらった。
学費は奨学金やアルバイトで自分でも工面していたけれど、進学できたのは母の支えがあったからだと思う。
三女は、母と一緒に暮らしていた時期が長かった。
三女が精神的な病気を抱えていた頃、三人の子どもたちは児童養護施設で生活することになり、その後、母が子どもたちを引き取り、生活や子育てを支えていた。
生活費も、母と三女で負担していた。
それぞれ事情は違うけれど、母は母なりに、子どもたちのためにできることをしてくれていたんだと思う。
私は、そういうことを忘れたくない。
姉が今、母との同居でどんな思いを抱えているのか。
三女が母のことをどう考えているのか。
それは、本人にしかわからない。
私が二人の気持ちを決めつけることはできない。
ただ、私は母がしてくれたことを覚えている。
だから、今の私にできることをしたいと思っている。
病院に連れて行くことも、様子を見に行くことも、必要な用事を手伝うことも。
私にとって、母との病院通いは、母と二人で過ごす時間でもある。
もちろん、私にも生活がある。
できることには限りがあるし、何でも引き受けられるわけではない。
それでも、できる範囲で母を支えていきたい。
姉や三女がどう思っているのかはわからない。
私と同じように考えているのかもわからない。
でも、そこは私が決めることではない。
私は、母がしてくれたことを覚えている。
そして、今の私にできることをしている。
誰かに認めてもらうためでも、感謝してもらうためだけでもない。
私自身が、そうしたいと思っているから。
これからも、自分の生活を大切にしながら、私にできる形で母と関わっていきたい。
最後まで読んで頂きありがとうございました。