誰とたたかっているのか。 | TSUTSURUIT NEXT

誰とたたかっているのか。

これまでの社会は


競合とか、ライバルとか、

派閥とか、勝ち続けなければならないとか


そういったものにとらわれて、

みんなが我武者羅に走ってきた。


しかし、

毎年、前年の成績を

越えていかなければならないという

概念は、この場に及んで制度疲労を起こしているのではないかと思う。


人生山あり谷ありだから、

そううまくいくとは限らないと思う。


正直、みんなが実態の無い

幸せの形を追い求めて

ずっと我慢してきたと思う。


いつか、誰かが良い仕組みを作ってくれる

誰かが世の中を変えてくれる

その、いつかは来るはずが無いいつかで、

自分たちは、ずっと「変わるだろう」と思い込まされてきた。


期待を裏切られる度に

今度こそはと思い、

また期待を裏切られる。


正直、

信じる力をなくしているように思う。


おそらく、

自分達が、世の中に対して

これは、おかしいのではいか?と勇気を持って問う

あるいは、

正々堂々と正論を言うことも必要だと思う。


そして、誰かに期待するのではなく

その「誰か」に自分こそはなってやろうじゃあないか!という

人がドンドン出てきて、

喧々諤々、議論すれば面白いことになると僕は思う。


世の中の価値観を大きく変えないと

自分たちは、真の幸せをつかむ事はできないように思う。


出世したいとか

お金をもっと貰いたいとか

世間体とか。

ブランドとか。


おそらく、みんな、そういった「記号」や「価値基準」に

とらわれ、既成概念や、そして今までの社会通念や、

そういったものと闘っているのだと思う。

疑問を持ちながらも、、、、。


更に一歩奥を言えば、

一生懸命尽くしてきたのに

あっさり、じゃあ違う会社にこれ依頼するから。

みたいな感じのせちがない世の中で、


いったい、誰と戦っているのだろうかと

思う人もたくさんいるだろうと思う。


みんなが出世したいと思うから

稼ぎたいと思うから、

更には、より幸せになりたいと思うから、

軋轢ができて、ポストが足りなくなって

最終的に、大きな会社が、細かく

分社されたり、無数のグループ会社ができたり。


そういう世の中になっていることは、やはり

世の中の仕組みが制度疲労してきたと思う。


それは、みんなが自分だけは助かりたいと思わせてしまっている

のだから、最終的に、みんなが負けるようになってしまうと思う。


競争させて、

互いに潰させる社会から、


競争から、共生へ

良いアイデアがあれば、様々な壁を越えて、

コラボレーションし、ワクワクしながら

互いがクリエィティブな関係を結んでいく社会。


そういう社会になるためには、

変な壁を全部取り払う必要があると思う。


まず自分自身が着ている

鎧を外し、溶かしていかないといけない。


ノーサイドの本当の意味は、

一緒に闘ってきたから

本当に、敵味方を越えて相手を

認めるというものだ。


本当の意味で、

幸せとは何か?生きがいとは何か?


何を生活の価値として置きながら

みんなが生活をすべきなのか、

周りの人に良い影響を与える人間になるには

どうすれば良いか、そういう事を、


それぞれの立場で、

じっくり考え、ミクロの部分から、自分達も問題意識を持っていくような

世の中にする必要があると思う。


そう意識するだけも

自分の周りの人間の心を沸騰させていくことができると思う。