津軽新城、大釈迦、鶴ヶ坂(2021.8.3)
murabie@弘前です。
報告は上げられていないものの、コロナ禍の昨年も様子を見ながら
対策を充分取りながら、日帰り旅にはちょこちょこ出ておりました。
今夏、まだまだ気をつけなければならない状況なのは承知の上ですが、
昨年奪われた夏休みを奪い返すべく、強引に避暑の旅に出ることにしました。
早朝のはやぶさ号に乗車、普段だったらこんな余裕のある車内じゃないなあ
って感じの列車に揺られ、みずみずしい広大な田園や丘陵の間の田園、
時々広がる街並や特に盛岡以北で顕著なトンネルの風景を楽しみ、
山あいの田園風景の中に唐突に墓地が現れて市街が発達し始めた所の
新青森駅へと進んでいきました。
北海道までいくようになってからは初めてだったかなって感じですが、
特に雰囲気が変わったわけではない、新幹線の駅としてはコンパクトな
新青森駅に降り立ったはいいのですが、予想を裏切る猛暑でした……
今回は弘前をターゲットにしつつ、今日は途中の気になる駅たちを
巡ってみようと思って、まずは新青森から程近いっぽい隣の津軽新城駅を
目指して歩き始めたわけですが、道幅だけは広い大通りに照り付ける
真昼の太陽の暑いこと熱いこと……
西へ向かう大通り沿いには郊外型の店舗も多く並びますが、新青森駅を
離れるにつれて道幅も落ち着き、街の雰囲気も落ち着いてきて、小さい
建物の間に小さい田畑が現れて奥の住宅街の姿も望めるようになりました。
程なく軽い上り坂を登り詰めれば郵便局から素朴な小さい店舗の並ぶ
津軽新城の街並が始まり、下り坂の向こうには深緑の丘陵が行く手を
阻むように立ちはだかるのも見られるようになってきました。
道沿いに何やら小学校跡の石碑が建っていて、小学校だったと思われる広い
敷地には大型スーパーが佇んでいたりもしました。
道は蛇行して流れる新城川に差し掛かり、道路と並行して、コンクリートの
アーチ橋が架かって鉄道も川を渡ります。そして道路も鉄道も
川の流れとともに、壁のような丘陵を避けるようにカーブを切り、丘陵に
挟まれる谷あいへと歩みを進めようとする所に、津軽新城駅が
佇んでいました。
つい最近無人駅になったばかりらしい津軽新城駅は、そこそこ立派な
昭和の雰囲気の駅舎がそのまま使われ、もちろん待合室に冷房などないの
だけど、開け放たれた窓から吹き込む風が涼しく感じられるのはさすがと
いった感じではありました。壁に接するように建てつけられた木のベンチに
座って休憩していたら、雀たちも集ってきたりして。
次の列車まで少し時間があったので、駅前に広がる素朴な住宅街を巡って
みました。住宅街の中の杜を抱く小高い丘は金峰神社という、大事にされて
いそうな小さい神社の境内で、杜の中の本殿へ登る砂利道には新しめの
木製の鳥居が並び、そして本殿の乗るステージの端からは展望台のように、
周囲の建物たちや、新城の街を囲む丘陵の姿を見渡すことができました。
そして一旦住宅街に降りて、いろいろな作物の育つ小さな畑が紛れ込む
住宅街を進んで、やはり丘陵の上に建つ見道寺という曹洞宗の、遠くからも
わかるくらいの大きいお寺へ進んでいきました。
境内マップみたいなものが入口に掲示されていたりしてわくわくしながら
住宅団地に隣接する境内の上り坂を上っていけば、何のことはない、
山全体にちりばめられる墓地を巡るような道だったというわけです。
所々に大きな仏像が建っていたり、あずまやが設けられていたりした
わけですが、崖っぷちの駐車場もまた展望台のようになって、近くの
新城の街並やその奥の青森の市街、そしてその背景の下北半島の島影をも
見て取ることのできるなかなかの展望に出会えるところでした。
そして山頂を囲むように伸びる道からは、線路が道路と川とともに
丘陵に挟まれる谷の奥へと進んでいき、その谷を跨ぐように高速道路の
橋が架かる雄大な展望にも出会うことができたのです。
山頂の薬師堂の隣には、いろいろな動作やいろいろな表情を楽しめる
五百羅漢があったり、そして墓地の間の階段道を下っていけば大きな本堂の
前に出て、このステージの端からも、新城の駅や、鉄骨製の火の見櫓の残る
素朴な住宅街、そして青森の方へ広がる市街地の展望に出会うことが
できたのでした。
そこそこ楽しめた散策を切り上げて新城駅に戻り、疎らに中学生たちが
列車を待つ駅から、上り列車に乗り込みました。
列車は丘陵に囲まれて小さい田畑が広がる風景の中を進み、丘陵はどんどん
車窓に近づいて山がちな風景となっていって、鶴ヶ坂駅を過ぎて
長いトンネルを越え、山がちだった風景が少しだけ長閑な雰囲気を帯びる
ようになった所に現れた大釈迦駅へと進みました。
大釈迦駅に降り立つのは初めてでしたが、昔の旅で大釈迦、鶴ヶ坂と
続けて列車交換で長く足止めされていた頃から気になっていた駅に、
今回降り立つことができたことになります。
コンパクトになった新しい駅の前に広がる、道幅だけは広い駅前には
素朴な集落が広がり、そして正面に壁のようにそびえ立つ深緑の丘陵の
中腹にコカコーラの工場の大きなあの看板が目立っています。
駅前通を進み、国道4号線を横断すると、引き続き住宅街となりましたが、
道はだらだらと上り坂になっていき、建物の間からは、山並みに囲まれて
広大な田園の広がる長閑な風景が見られるようになっていきました。
丘陵の中腹にまで農地や疎らな建物が見られたりもする、雄大な風景です。
コカコーラの工場まで上り坂を登り詰めると、森林の中を通ってきた
国道101号と合流し、ここから林の中、市街地の方へ下るように進んで
いくことにしました。森の切れ間からはやはり、斜面に囲まれる長閑な
田園風景が広大に広がる展望に出会うことができます。
程なく道沿いに廃業した飲食店だか民宿だか、そして、天然温泉を
標榜するラブホテルの類がいくつか見られるようになって、
そんな静かな森の中の緩やかな下り坂を下ると程なく、大きな国道4号線
との大きな交差点へとたどり着きました。
長閑過ぎる風景の中に奇跡的ともいってもいいコンビニが姿を現し、
ここぞとばかり、オーバーヒート気味の体のクールダウン、そして、
私にとって消費税増税以来初体験となるイートイン利用なぞ
経験したりして、ちょっと長めの休憩とさせていただきました。
再び暑い外に出ましたが、休んでいる間に多少雲が出てきて、若干の
過ごしやすさを感じるようになりました。
国道101号の方へ歩みを進めると、道はすぐに川を跨ぐ橋に出て、
橋の上からもみずみずしい田んぼが丘陵に囲まれて広がる長閑な風景を
眺めることができます。その向こうの山肌は採石場になっていて、
深緑の中に白色の領域ができ、今も盛んに稼動しているようで機械の音が
響いたり白い煙が立ち上ったりしていました。
対岸に渡って、田んぼを囲む丘陵へ進むと、中腹へ向かって伸びる階段道に
真っ赤な鳥居がいくつか建つ、もしかしたら立派かもしれない神社の
存在が示唆される場所となりました。ここから南へ進んでもう少し長閑な
風景に触れていくことも考えたのですが、次の列車を見送ったとして
その次の列車までの1時間半をここで過ごすことに自信が持てなかったので、
素直に駅へと引き返すことにしました。
大釈迦駅から、今度は下りの列車に乗り、長いトンネルをやり過ごし、
さっきは素通りした、丘陵が線路のすぐ側に寄り添う所に佇む鶴ヶ坂駅へ。
線路と並走する国道沿いに、疎らに民家が小さな畑と混在しながら現れ、
その背後すぐに壁のように深緑の丘陵が寄り添う山深い雰囲気の駅です。
駅の周辺こそそんなきわめて静かな雰囲気でしたが、線路に沿う国道を
少し南下するだけで、小さい集落と出会うことができ、想像していたよりも
寂しい雰囲気を感じることはありませんでした。
素朴な住宅街は、沢に沿うように丘陵の切れ間を奥の方へ伸びていくようで、
その頭上高くを、国道が大きな橋で大きく跨ぎ越していく風景がなかなか
印象的な立体的な風景を作り出しているようでした。
線路の反対側には相変わらず丘陵が寄り添い、その中腹に、大事にされて
いそうな神社も佇んでいたりしますが、JRは線路に立ち入るなという
看板を立てるのに、踏切でもない線路の向こうに、参拝客を歓迎するかの
ように小さな橋と大きな鳥居が立っているというのが何とも言えません。
一旦集落の中を駅へ戻り、さらに北上するように進むと、集落は完全に
途切れて林の中の道となりましたが、少し進むだけで、たらポッキ温泉
という小さな銭湯が現れました。
ここまでで汗だくになった体を落ち着かせるために当然のように
入浴していくことに。こんな所でもペイペイが使えるというのがなかなか
非接触推奨の世の中を現しているようで。
中は完全に昔ながらの銭湯で、豊富な湯が贅沢にかけ流されている様子を
見て取れるところです。体を洗い湯に使った時間は決して
長くなかったのですが、元々の気温が高くて体がすでに暖まっていたから
なのか、もう汗がだらだら止まらないくらいになってしまい。
次の列車の時間を気にしてそこそこの時間で切り上げようとしたのですが、
脱衣所に上がっても汗はなかなか止まらず、今日のところは他にいく所を
考えていたわけでもないので、まあのんびり旅もいいでしょうと、
約1時間後の次の列車に乗ることに決め、広間で冷房の風にあたっていく
ことにしたのでした。
浴室に掲げられた鶴ヶ坂抄という長い文章にはこの地の歴史やこの温泉の
歴史が説明されていました。昔から鶴が浸かっていたとか言う言い伝えの
ある温泉で古くは温泉街もあったようなのですが、3軒あったらしい
温泉宿も廃業の憂き目、そこに珍味会社が新たに温泉を掘って、昔と同じ
泉質の銭湯を開いたという感じらしく。どんな形であれ、いいお湯を
楽しめる状態になった幸運を享受させていただいたということで。
何とか体が落ち着いたところで外に出ると、夕暮れの近づいた谷あいは
だいぶ過ごしやすくはなっていて、東京では感じられない夕涼みの空気を
若干ながら感じることができるようになっていました。
温泉の近くは珍味会社の工場やら、工場の倉庫やらが集まる領域みたいで
民家もないわけではないけれどわずかで、むしろ深緑の丘陵が地層を露呈
する崖のしたにリサイクルセンターと銘打つ除雪車の基地が広がっていたり
するような所だったりします。
静かな通りを駅へ、そしてその向こうのさっき訪れた集落へ進み、路地へ
分け入って踏切を越え、ヨシの茂る小川を渡った所にある集落へ向かって
歩みを進めれば、深緑の丘陵の足元に広がる長閑な田んぼや畑の風景に
ここでも出会うことができ、昔からちょっとだけ知っていた駅の周りに
長閑な風景が広がっていたことを存分に感じつつ駅へ戻って、大昔の旅で
見た交換待ちの風景とそんなに変わらないような気がする、構内は大きい
のに静かで長閑な風景ばかりが広がる風景を満喫しながら、誰もいない
長いホームで上り列車を待ったのでした。
やがてやってきた上り列車に乗り込み、長いトンネルを越え、大釈迦を
過ぎると、車窓には何にも遮られない広大な田んぼが車窓に大きく
広々と広がるようになっていきました。
右手の車窓には広大な田園の向こうに、若干雲を纏いながら、岩木山の
雄大な姿が、夕日となりつつある太陽とともに現れるようになって
いきました。
左手の車窓だけが市街となる浪岡、新興住宅地となる北常盤の駅の周辺を
除いて基本的には余りにも広々とした田園風景が広がる中を進み、時々
りんご畑も見られる長閑な風景が、撫牛子辺りからだんだん成長を始めた
弘前の街へと移り変わっていくのを眺めつつ、列車は弘前へと進みました。
ねぷたの飾り付けのされた駅をあとに、地下道をくぐった所から始まる
遊歩道のような道を歩き、宿で落ち着いてから、程近くにあるヨーカ堂で
バスターミナルの視察、フードコートでの夕食と、朝食の作戦を立てて
来たところです。せっかくだから工藤パン、そして、りんごジュースが
予想以上にたくさんの種類があるらしかったので、制覇を目指して少しずつ
朝食に取り入れてみよう、なんて思いながら、異境での買い物を楽しみ、
宿での休息を楽しんでいるところです。
報告は上げられていないものの、コロナ禍の昨年も様子を見ながら
対策を充分取りながら、日帰り旅にはちょこちょこ出ておりました。
今夏、まだまだ気をつけなければならない状況なのは承知の上ですが、
昨年奪われた夏休みを奪い返すべく、強引に避暑の旅に出ることにしました。
早朝のはやぶさ号に乗車、普段だったらこんな余裕のある車内じゃないなあ
って感じの列車に揺られ、みずみずしい広大な田園や丘陵の間の田園、
時々広がる街並や特に盛岡以北で顕著なトンネルの風景を楽しみ、
山あいの田園風景の中に唐突に墓地が現れて市街が発達し始めた所の
新青森駅へと進んでいきました。
北海道までいくようになってからは初めてだったかなって感じですが、
特に雰囲気が変わったわけではない、新幹線の駅としてはコンパクトな
新青森駅に降り立ったはいいのですが、予想を裏切る猛暑でした……
今回は弘前をターゲットにしつつ、今日は途中の気になる駅たちを
巡ってみようと思って、まずは新青森から程近いっぽい隣の津軽新城駅を
目指して歩き始めたわけですが、道幅だけは広い大通りに照り付ける
真昼の太陽の暑いこと熱いこと……
西へ向かう大通り沿いには郊外型の店舗も多く並びますが、新青森駅を
離れるにつれて道幅も落ち着き、街の雰囲気も落ち着いてきて、小さい
建物の間に小さい田畑が現れて奥の住宅街の姿も望めるようになりました。
程なく軽い上り坂を登り詰めれば郵便局から素朴な小さい店舗の並ぶ
津軽新城の街並が始まり、下り坂の向こうには深緑の丘陵が行く手を
阻むように立ちはだかるのも見られるようになってきました。
道沿いに何やら小学校跡の石碑が建っていて、小学校だったと思われる広い
敷地には大型スーパーが佇んでいたりもしました。
道は蛇行して流れる新城川に差し掛かり、道路と並行して、コンクリートの
アーチ橋が架かって鉄道も川を渡ります。そして道路も鉄道も
川の流れとともに、壁のような丘陵を避けるようにカーブを切り、丘陵に
挟まれる谷あいへと歩みを進めようとする所に、津軽新城駅が
佇んでいました。
つい最近無人駅になったばかりらしい津軽新城駅は、そこそこ立派な
昭和の雰囲気の駅舎がそのまま使われ、もちろん待合室に冷房などないの
だけど、開け放たれた窓から吹き込む風が涼しく感じられるのはさすがと
いった感じではありました。壁に接するように建てつけられた木のベンチに
座って休憩していたら、雀たちも集ってきたりして。
次の列車まで少し時間があったので、駅前に広がる素朴な住宅街を巡って
みました。住宅街の中の杜を抱く小高い丘は金峰神社という、大事にされて
いそうな小さい神社の境内で、杜の中の本殿へ登る砂利道には新しめの
木製の鳥居が並び、そして本殿の乗るステージの端からは展望台のように、
周囲の建物たちや、新城の街を囲む丘陵の姿を見渡すことができました。
そして一旦住宅街に降りて、いろいろな作物の育つ小さな畑が紛れ込む
住宅街を進んで、やはり丘陵の上に建つ見道寺という曹洞宗の、遠くからも
わかるくらいの大きいお寺へ進んでいきました。
境内マップみたいなものが入口に掲示されていたりしてわくわくしながら
住宅団地に隣接する境内の上り坂を上っていけば、何のことはない、
山全体にちりばめられる墓地を巡るような道だったというわけです。
所々に大きな仏像が建っていたり、あずまやが設けられていたりした
わけですが、崖っぷちの駐車場もまた展望台のようになって、近くの
新城の街並やその奥の青森の市街、そしてその背景の下北半島の島影をも
見て取ることのできるなかなかの展望に出会えるところでした。
そして山頂を囲むように伸びる道からは、線路が道路と川とともに
丘陵に挟まれる谷の奥へと進んでいき、その谷を跨ぐように高速道路の
橋が架かる雄大な展望にも出会うことができたのです。
山頂の薬師堂の隣には、いろいろな動作やいろいろな表情を楽しめる
五百羅漢があったり、そして墓地の間の階段道を下っていけば大きな本堂の
前に出て、このステージの端からも、新城の駅や、鉄骨製の火の見櫓の残る
素朴な住宅街、そして青森の方へ広がる市街地の展望に出会うことが
できたのでした。
そこそこ楽しめた散策を切り上げて新城駅に戻り、疎らに中学生たちが
列車を待つ駅から、上り列車に乗り込みました。
列車は丘陵に囲まれて小さい田畑が広がる風景の中を進み、丘陵はどんどん
車窓に近づいて山がちな風景となっていって、鶴ヶ坂駅を過ぎて
長いトンネルを越え、山がちだった風景が少しだけ長閑な雰囲気を帯びる
ようになった所に現れた大釈迦駅へと進みました。
大釈迦駅に降り立つのは初めてでしたが、昔の旅で大釈迦、鶴ヶ坂と
続けて列車交換で長く足止めされていた頃から気になっていた駅に、
今回降り立つことができたことになります。
コンパクトになった新しい駅の前に広がる、道幅だけは広い駅前には
素朴な集落が広がり、そして正面に壁のようにそびえ立つ深緑の丘陵の
中腹にコカコーラの工場の大きなあの看板が目立っています。
駅前通を進み、国道4号線を横断すると、引き続き住宅街となりましたが、
道はだらだらと上り坂になっていき、建物の間からは、山並みに囲まれて
広大な田園の広がる長閑な風景が見られるようになっていきました。
丘陵の中腹にまで農地や疎らな建物が見られたりもする、雄大な風景です。
コカコーラの工場まで上り坂を登り詰めると、森林の中を通ってきた
国道101号と合流し、ここから林の中、市街地の方へ下るように進んで
いくことにしました。森の切れ間からはやはり、斜面に囲まれる長閑な
田園風景が広大に広がる展望に出会うことができます。
程なく道沿いに廃業した飲食店だか民宿だか、そして、天然温泉を
標榜するラブホテルの類がいくつか見られるようになって、
そんな静かな森の中の緩やかな下り坂を下ると程なく、大きな国道4号線
との大きな交差点へとたどり着きました。
長閑過ぎる風景の中に奇跡的ともいってもいいコンビニが姿を現し、
ここぞとばかり、オーバーヒート気味の体のクールダウン、そして、
私にとって消費税増税以来初体験となるイートイン利用なぞ
経験したりして、ちょっと長めの休憩とさせていただきました。
再び暑い外に出ましたが、休んでいる間に多少雲が出てきて、若干の
過ごしやすさを感じるようになりました。
国道101号の方へ歩みを進めると、道はすぐに川を跨ぐ橋に出て、
橋の上からもみずみずしい田んぼが丘陵に囲まれて広がる長閑な風景を
眺めることができます。その向こうの山肌は採石場になっていて、
深緑の中に白色の領域ができ、今も盛んに稼動しているようで機械の音が
響いたり白い煙が立ち上ったりしていました。
対岸に渡って、田んぼを囲む丘陵へ進むと、中腹へ向かって伸びる階段道に
真っ赤な鳥居がいくつか建つ、もしかしたら立派かもしれない神社の
存在が示唆される場所となりました。ここから南へ進んでもう少し長閑な
風景に触れていくことも考えたのですが、次の列車を見送ったとして
その次の列車までの1時間半をここで過ごすことに自信が持てなかったので、
素直に駅へと引き返すことにしました。
大釈迦駅から、今度は下りの列車に乗り、長いトンネルをやり過ごし、
さっきは素通りした、丘陵が線路のすぐ側に寄り添う所に佇む鶴ヶ坂駅へ。
線路と並走する国道沿いに、疎らに民家が小さな畑と混在しながら現れ、
その背後すぐに壁のように深緑の丘陵が寄り添う山深い雰囲気の駅です。
駅の周辺こそそんなきわめて静かな雰囲気でしたが、線路に沿う国道を
少し南下するだけで、小さい集落と出会うことができ、想像していたよりも
寂しい雰囲気を感じることはありませんでした。
素朴な住宅街は、沢に沿うように丘陵の切れ間を奥の方へ伸びていくようで、
その頭上高くを、国道が大きな橋で大きく跨ぎ越していく風景がなかなか
印象的な立体的な風景を作り出しているようでした。
線路の反対側には相変わらず丘陵が寄り添い、その中腹に、大事にされて
いそうな神社も佇んでいたりしますが、JRは線路に立ち入るなという
看板を立てるのに、踏切でもない線路の向こうに、参拝客を歓迎するかの
ように小さな橋と大きな鳥居が立っているというのが何とも言えません。
一旦集落の中を駅へ戻り、さらに北上するように進むと、集落は完全に
途切れて林の中の道となりましたが、少し進むだけで、たらポッキ温泉
という小さな銭湯が現れました。
ここまでで汗だくになった体を落ち着かせるために当然のように
入浴していくことに。こんな所でもペイペイが使えるというのがなかなか
非接触推奨の世の中を現しているようで。
中は完全に昔ながらの銭湯で、豊富な湯が贅沢にかけ流されている様子を
見て取れるところです。体を洗い湯に使った時間は決して
長くなかったのですが、元々の気温が高くて体がすでに暖まっていたから
なのか、もう汗がだらだら止まらないくらいになってしまい。
次の列車の時間を気にしてそこそこの時間で切り上げようとしたのですが、
脱衣所に上がっても汗はなかなか止まらず、今日のところは他にいく所を
考えていたわけでもないので、まあのんびり旅もいいでしょうと、
約1時間後の次の列車に乗ることに決め、広間で冷房の風にあたっていく
ことにしたのでした。
浴室に掲げられた鶴ヶ坂抄という長い文章にはこの地の歴史やこの温泉の
歴史が説明されていました。昔から鶴が浸かっていたとか言う言い伝えの
ある温泉で古くは温泉街もあったようなのですが、3軒あったらしい
温泉宿も廃業の憂き目、そこに珍味会社が新たに温泉を掘って、昔と同じ
泉質の銭湯を開いたという感じらしく。どんな形であれ、いいお湯を
楽しめる状態になった幸運を享受させていただいたということで。
何とか体が落ち着いたところで外に出ると、夕暮れの近づいた谷あいは
だいぶ過ごしやすくはなっていて、東京では感じられない夕涼みの空気を
若干ながら感じることができるようになっていました。
温泉の近くは珍味会社の工場やら、工場の倉庫やらが集まる領域みたいで
民家もないわけではないけれどわずかで、むしろ深緑の丘陵が地層を露呈
する崖のしたにリサイクルセンターと銘打つ除雪車の基地が広がっていたり
するような所だったりします。
静かな通りを駅へ、そしてその向こうのさっき訪れた集落へ進み、路地へ
分け入って踏切を越え、ヨシの茂る小川を渡った所にある集落へ向かって
歩みを進めれば、深緑の丘陵の足元に広がる長閑な田んぼや畑の風景に
ここでも出会うことができ、昔からちょっとだけ知っていた駅の周りに
長閑な風景が広がっていたことを存分に感じつつ駅へ戻って、大昔の旅で
見た交換待ちの風景とそんなに変わらないような気がする、構内は大きい
のに静かで長閑な風景ばかりが広がる風景を満喫しながら、誰もいない
長いホームで上り列車を待ったのでした。
やがてやってきた上り列車に乗り込み、長いトンネルを越え、大釈迦を
過ぎると、車窓には何にも遮られない広大な田んぼが車窓に大きく
広々と広がるようになっていきました。
右手の車窓には広大な田園の向こうに、若干雲を纏いながら、岩木山の
雄大な姿が、夕日となりつつある太陽とともに現れるようになって
いきました。
左手の車窓だけが市街となる浪岡、新興住宅地となる北常盤の駅の周辺を
除いて基本的には余りにも広々とした田園風景が広がる中を進み、時々
りんご畑も見られる長閑な風景が、撫牛子辺りからだんだん成長を始めた
弘前の街へと移り変わっていくのを眺めつつ、列車は弘前へと進みました。
ねぷたの飾り付けのされた駅をあとに、地下道をくぐった所から始まる
遊歩道のような道を歩き、宿で落ち着いてから、程近くにあるヨーカ堂で
バスターミナルの視察、フードコートでの夕食と、朝食の作戦を立てて
来たところです。せっかくだから工藤パン、そして、りんごジュースが
予想以上にたくさんの種類があるらしかったので、制覇を目指して少しずつ
朝食に取り入れてみよう、なんて思いながら、異境での買い物を楽しみ、
宿での休息を楽しんでいるところです。