鋸南町(2020.2.2) | 旅の虫速報

鋸南町(2020.2.2)

murabie@自宅です。
またも、およそ2週間前の旅の報告となります。
最近筆の進みが遅くなってしまっております……


先週の旅の振り返りもまだなのに、先週の旅先のパンフレットで見つけた
鋸南町の水仙という見どころが妙に気になり、今週も旅に出てしまいました。
先週と違ってようやくやってきた穏やかな冬晴れという予報、先週より
すこし遅く家を出て、先週と同じように東西線に乗ると、行徳辺りで夜明けを
迎え、東の空に幻想的な朝焼けを見ることができました。

西船橋から総武線各停で千葉へ、そして内房線の館山行の列車へ乗り継ぎ
ましたが、高校生やサッカー少年の団体や行楽客が入り混じり、席が埋まる
くらいの混み具合となっていました。
先週歩んだ五井を過ぎると、こちらの車窓にも広大な田園が現れるように
なりましたが、こちらは暫くは住宅地メイン、でも姉ヶ崎を過ぎると
巨大だけど敷地が広大なせいかあまりいかつさは感じない、紅白の煙突を
いくつも並べる工場が広がり、また袖ケ浦を過ぎた所では広大に広がる
田園の向こうに大きな観覧車と真っ白な富士山が青空の下に姿を現しました。
君津辺りから周囲の住宅街は快晴の青空の下で丘陵に囲まれるようになり、
そして道は丘陵の間に分け入るようにもなって、起伏に富む山里の風景や
時には険しい山道のような車窓も現れてきます。
大貫を過ぎた辺りで集落の向こうに一瞬青々とした海の姿が見られたのを
皮切りに、暫くすすき野原の入り混じる山道を行ったけれど、上総湊の
辺りから、丘陵の間の道を抜けると青々とした東京湾の姿が大きく
車窓に広がるようになってきて、快晴の青空の下に広がる壮快な海原の
風景との出会いを楽しみながらの旅となっていったのでした。
そして浜金谷を過ぎて鋸山をくぐる長めのトンネルに入って安房の国へと
進み、素朴な民家の集まる保田の集落の向こうに港の海を望む風景を眺め、
安房勝山駅へと進みました。

自転車置場を装飾するようにちらほらピンクの花をつけはじめた頼朝桜の
木々が見られ、後ろを振り返れば鋸山が雄大に壁のように横たわり、
その他にも様々な形にとがる丘陵に囲まれる山里に静かに佇む駅は、
まだ朝早くて営業が始まらない無人駅のような状態でした。
駅前には銀行だけが大きな建物を示すだけの素朴な小さい街が広がります。
今日の目的地へ向かうコミュニティーバスの時間まで1時間くらい待ち時間が
あって、その間にこの安房勝山の市街を散策していくことにしました。

線路と平行に伸びる国道127号から住宅街の路地へと分け入れば、なんという
ことのない素朴な民家や時には飲食店、旅館なんかも集まるのだけど、
ここでもやはり屋根にブルーシートを乗せていたり、中にはけっこう
破壊されていたりする民家もあったりして、台風からの復興を願わずには
いられなくなってしまいます。町並みは小高い大黒山に見守られますが、
山の上にはお城のように小さい建物が佇んでいます。
住宅街には小さな旅館が紛れ込み、その敷地の縁にはピンクの花を
開きつつある頼朝桜の姿も見られました。

住宅街をまっすぐ進めば、程なく砂浜の海辺へと出ました。
小さい堤防の上に登れば、左手には大黒山の沖に、うがたれた洞門の
姿も見られる岩礁に囲まれた浮島が浮かび、青空の下に広大に広がる
海原の向こうには、頂上を雲の中に突っ込んでしまったけれど裾野が
真っ白に染まっている富士山の姿も素敵に眺めることができます。
右手には海へ伸びるように横たわる鋸山、そしてその対岸にはおそらく
三浦半島、久里浜辺りのいろいろな建造物があくまで小さく海岸沿いを
埋め尽くす様子が遠くに見られます。望遠レンズ越しに対岸を除けば、
水面付近は蜃気楼のように光が屈折して見えてきました。

砂浜を見ながら右手へ海沿いの遊歩道を進んでいくと、程なく沖へ防波堤や
テラスが伸びている所へと進み、時折穏やかな波が防波堤で軽くはじける中、
何人かの釣り人が穏やかな時を過ごしている所となりました。
今営業しているわけではない海の家のような商店の並ぶ方へ堤防を下りると、
源頼朝上陸の地という石碑が佇む所がありました。
戦いに敗れた源頼朝が逃れてきて上陸し、再起を誓った所ということに
なるようです。

1時間しか許されていないということを忘れてしまいそうになる、穏やかな
天気の下に広がる穏やかな海原の風景を楽しみながら、来た方へ戻るように
砂浜沿いの道を南下し、浮島の方へと歩みを進めてみました。
静かに佇む飲食店を過ぎると、ごく小さい松原が道を囲み、そびえ立つ
大黒山へ向かうように歩んでいくと、山から流れてきた佐久間川を越える
橋へと差し掛かっていきます。
佐久間川はすぐ先で河口となり、その先には岩礁のように沖に浮かぶ
傾城島というらしい小島が浮かんで、順光を浴びてやはり崖面の地層を
はっきりと現して、軽い波を浴びながら佇んでいるのを見ることができます。

切り立つ大黒山の足元には、営業していない飲食店がいくつか並び、
崖にはフェンスで覆われた海蝕洞がいくつか見られましたが、ここに昔
水族館があったということを、小さな観光案内看板が教えてくれました。
佐久間川の河口でもある突端へと進めば、明るい空の下に傾城島、浮島を
浮かべる明るい海が広大に広がって穏やかな波を寄せる風景が大きく
広がって、歩いてきた海岸線の後ろに横たわる丘陵と素朴な街に寄り添われる
明るく穏やかな風景が広がっていたのでした。

あまりの風景の雄大さについつい時間を忘れそうになり、駅に戻らなくては
いけない時間となっていて、佐久間川沿いに伸びる道の周りの素朴な
住宅街の中に大黒山への登山口となる道への分岐点があったのをとりあえず
記憶に留めつつ、あとは早足で住宅街を抜けて国道に戻り、佐久間川を橋で
渡って安房勝山駅の周りの小さい素朴な町並みへと帰っていきました。

安房勝山駅に戻ると循環式のコミュニティーバスの発車時刻となり、駅には
時計回りの青バス、そして反時計回りの赤バスが立て続けにやってきて、
赤バスの方に乗り込むと、なんと平成32年の日付の整理券が……。
バスはさっき急いで歩いてきた道を少し引き返しつつ、勝山の漁港の周りの
街をかすめ、丘陵のちりばめられる長閑な田園の中の大通りを進みます。
一旦路地に分け入り、田畑や子供達の集まる小さいサッカー場を経て
せせこましく岩山に囲まれるように広がっていくつかの鳥居が路地を跨ぐ、
小さい港の集落のある岩井袋という所へ立ち寄った後、
また勝山の街まで戻り、海辺の明るい風景を背景にお城のような建物を乗せる
大黒山を青空の下に大きく見て、町並みの中でようやく山奥へ向かう道へ
分岐していきます。
山並みに囲まれた田園の足元に続く素朴な住宅街を進めば、水平に規則的に
削られた姿を示す山も青空の下に佇んで、入り組んだ道を進めば富士山と
並ぶようにそびえる大黒山の姿をまた見つけたりもしながら、高速道路を
くぐって、ときどきは険しい山道の雰囲気にもなるなか、長閑な山里を
ひた走っていきます。大通りをなぞるだけでなく、かなり頻繁に、しかも
長い距離をかけて菜の花畑の間の路地もたどり、いろいろな集落を
掠めていきます。

旧佐久間小学校の辺りでは再び長閑な里山の風景が大きく広がりました。
日帰り温泉もあったりするらしい長閑な集落を通りすぎ、里山の中に
現れる集落をこまめに訪れ、大崩(おくずれ)入口という所へ
向かうと、いよいよ道に寄り添う斜面いっぱいに何かの畑のように整然と
大量の水仙が育つ風景が見られるようになっていきました。
道端に水仙が群生するような所もあり、頼朝桜も開きかけ、緑に白が
点々とする水仙畑を彩ります。進めば進むほど道は険しくなりましたが、
そんな山道の道端にも当たり前に存在する雑草のように、水仙が
点々と花を咲かすようになっていきました。
だいぶ長い距離を寄り道して訪れた奥山から道を引き返し、今度は
谷底に続いていく長閑な里山の疎らな集落にやはり水仙の群落が
現れる風景を見て、最後に佐久間ダムへ向かう山道へと進みます。
道沿いの斜面や道端を固めるように、水仙は緑の葉の中に白い花を
咲かせ、山並みが奥へと凹めばその斜面いっぱいに、菜の花畑や
水仙畑が広がる風景が代わる代わる現れて、シャッターを切る手が
止まらなくなってしまいました。
そしていよいよ現れた佐久間ダムの湖面を大きく見渡し、湖畔の小さな
バス停へと進んでいきました。

バス停からは、周囲を大きくぐるりと取り囲む丘陵達の中心に佇む広大な
佐久間ダムの姿を一望することができます。
水自体は何かしらの点検作業のようでかなり少なくなり、黄土色となって
河原の土砂もよく見えて、決して綺麗とは言えない状態でしたが、
雑木林の広がる山肌の一部は木々が切り開かれ、対岸には斜面のかなり
高い所へ展望台が設けられ、階段道も整備され、その足元の湖面へは
橋が途切れたような細長いテラスも設けられています。
そして、斜面の隙間の至る所を埋め尽くすかのように、大量の水仙が、
緑の細長い葉を大量に繁らせ、白と黄色の花を大量に咲かせていたのです。
道路に寄り添う斜面の至る所に、また湖面へ下る坂道を下れば
湖を直接囲む斜面いっぱいに、緑と白の水仙畑が広大に広がります。
そしてその水仙畑を彩るように、頼朝桜がピンク色の花をちらほらと
咲かせはじめている所でした。

湖岸を周回する道を進めばやはり、なんでもない斜面にも道端にも
大量の水仙が咲き誇り、時々いい匂いも漂ってきます。
あとで行こうと思っている をくずれ水仙郷への道標の立つ谷底も
大量の水仙に埋め尽くされ、また仮設のような鉄骨組の階段を斜面の上へ
登れば、丘陵に取り囲まれる佐久間ダムの湖面を広々と眺められた
ばかりでなく、尾根の反対側に分け入っていくような細い水面が
壁のようにきわめて高い山達に囲まれているような風景にも出会うことが
できました。

湖畔に下れば売店もある小さい親水公園となっていて、湖水面に迫り出す
ボードウォークも設けられ、切り立つような斜面に囲まれる湖水面の姿を
より間近で楽しむこともできますし、
遊歩道に従って歩みを進めれば、湖を大きく跨ぐ新長尾橋の下をくぐって、
入江のように細くなった水面が、高く切り立つ丘陵に囲まれる風景の
広がる辺りに出ていきます。
湖畔にはやはりいっぱいに水仙の白い花が咲き乱れ、その中や、高台を
通過する道路沿い、さらにその背後の斜面にも、白梅や紅梅が満開に近く
咲き誇り、また頼朝桜も開きはじめ、時には菜の花の姿も見られる、
穏やかな快晴の青空の下に沢山の花の咲く明るい風景となっていました。
そんな風景を大きく眺めることもできますし、そして水仙の群落の間に
足を踏み入れて、大量の水仙の花に囲まれながら、細く伸びる水面の
対岸の斜面にも水仙の群落が横たわる風景を楽しむこともできました。

水仙の中の道を親水公園まで戻って新長尾橋を渡ると、ダムの本体側の
広々とした風景だけでなく、きわめて背の高い壁のような、もはや
山と言っていいレベルの丘陵が、表面を雑木林や竹林に覆われて様々な緑色を
呈して青空の下に立ちはだかるその足元に、歩いてきた入江が佇んでいる
風景に出会うことができます。
そして入江を横断した対岸にも園地が広がって、湖岸にも、広場にも、
また寄り添ってくる大きな斜面のかなり高い所にまでも、大量の水仙の花が
咲き誇って、いい香りのほのかに漂うなか、さっき歩いた対岸に浮き桟橋を
浮かべている細長い湖水面の穏やかな姿を楽しむことができました。

ダム湖の本体の方もまた、新長尾橋を過ぎると、互いに距離を狭めた背の高い
丘陵達の作る谷底にはまる細さとなり、水路か小川と言っていいレベルと
なっていきました。
川を囲む斜面にもいっぱいに水仙の花が咲き、湖水面の上に折れ曲がりながら
渡されている遊歩道の橋へ歩みを進めれば、谷間にいっぱいに水仙の葉や花が
敷き詰められている風景となっていきます。その中にちらほら花を
咲かせ始めた頼朝桜の姿も混ざります。

遊歩道の橋を渡った対岸は、展望台の乗る切り開かれた山となり、やはり
広大な斜面いっぱいに広がる水仙の姿を楽しみながら、斜面を切り返し
ながら上っていくことができ、対岸からはあの上まで登るとしたら
大変な思いをしそうだなと感じていたのに、いざ足を踏み入れれば
いつの間にかかなり高い所にまで登っていて、ダム湖の姿がどこからでも
大きく眺め渡せるようになっていきました。

2段に分かれる展望台からは、さっきの新長尾橋が跨ぐ入江を正面に見る
格好となり、対岸にはかなり背が高く見える、様々な緑色に塗られた斜面に
所々農村の小さな建物が点在する様子も、順光のもとにはっきりと
見て取ることができる爽快な風景となり、
また広大に広がる青空の下、水量の少ない泥水のような色を呈する
ダム湖がやはり壁のような丘陵達に囲まれながら大きく広がっていましたが、
その末端となる堰堤が水面を直線的に区切っている様も大きく視界に
現れてきていました。

展望公園の足元の湖岸は、対岸から見られた、橋が途中で切断されたような
テラスが湖面へ伸びる親水公園となり、斜面上を複雑に折れ曲がって伸びる
階段状の木道から、やはり水仙が群生する風景を楽しむことができましたし、
隣接する駐車場を囲むか部のような斜面にも、水仙の群生を見ることが
できましたが、本来この斜面に伸びている階段の遊歩道は、台風の名残か
工事中となっているようでした。

堰堤の方へ湖畔の道をたどって歩みを進めると、道に迫る丘陵には
鬱蒼とした雑木林が広がるようになりました。それでも湖側に少し広がる
崖の上の平地や、その下の斜面には、至る所に水仙の群落を
見ることができます。
堰堤の入口に進めば、ダム湖のかなり下の方に深緑の丘陵を深く削る渓谷も
見ることができましたが、堰堤そのものは斜面の足元に相対するような
構造となり、堰堤上の道はそのままさっきバスで通った道へと合流して
いきます。
そして入り組む丘陵へはまり込む入江を金銅橋で渡り、かなり深い渓谷の
上に架かるアーチ状の水道橋と、湖水面を囲む壁のような丘陵にやはり
水仙の群生を広げる園地の姿を見渡して対岸へ進むと程なく、
丘陵の上へ登っていく道と湖岸を巡る道との分岐点に立つバス停へと
帰り着き、湖畔一周散策を完了させることができたのでした。

もう一度湖畔の道をたどって親水公園の方へと歩み、その途中の山側に
広がっていた、をくずれ水仙郷への道標も立つ谷合に蛇行しながら
続く遊歩道を上り、点在する梅や咲きかけの頼朝桜に彩られて
谷底いっぱいに広がる水仙畑の風景を堪能していきました。
歩いているうちに、対岸の展望台から見てかなり高いものであるように
感じていた丘陵の一番上にまで登り進んでいて、谷底を見ればダム湖の
姿もまた綺麗に見ることができました。

遊歩道は大崩へ向かう循環バスの通る道へと合流し、引き続きその道を
たどって高台の里山を歩んでいきます。
道端やちょっとした斜面に水仙が群生する風景は変わりませんが、木々が
切り払われている所も多く、下界に広がる雑木林や、ダムの湖畔からは
見上げるほど高いところに見られたはずの里山の農村の集落を逆に
高台から見下ろすようになった風景を所々で楽しみながら、大きな青空の
もとで山並みに囲まれる車道をたどって進んでいきます。

やがてやはり水仙の群落が斜面いっぱいに広がる所で現れた道路の分岐点の
所に、大型バスが団体客を下ろしている駐車場が現れ、売店となる
建物に「をくずれ水仙郷」という文字が大きく書かれているのを見つける
ことができました。
丘陵の急斜面に広がる水仙畑を高台から見渡せるような所にある
駐車場でしたが、その縁からは周囲を取り囲む山並の向こうに、なんと
霞みながらも伊豆大島の姿まで見えていたりします。

をくずれ水仙郷という名前のつけられているこの辺りは、特に園地の
ように整備されていたりはせず、ただ単に至る所に存在する農村の庭先や
農地に大量の水仙が咲き誇るのを、道路を歩きながら楽しむことが
できるようになっている感じの所でした。
交差点から大崩のバスターミナルの方へ向かって里山の道を進めば、
道に寄り添う斜面や、道から見下ろす谷合に広がる長閑な農村の至る所に
緑の細い葉の上に白い花をつけた大量の水仙が咲き誇る風景が広がります。
大崩のバスターミナルの辺りも極めて長閑な里山の風景となり、
共演する菜の花や咲きかけの頼朝桜の姿も所々に見られ、実は台風の爪痕が
ひどく残っている感じだった由緒のある神社や、ちょっとした谷底にたたずむ
民家や田畑の作る長閑な里山の集落に、至る所に大量の水仙が咲き誇る
風景を、いい香りと穏やかな暖かさと共に、暫し堪能することができました。

この時期だけ運行される臨時便の時刻に合わせて大崩のバスターミナルに
向かい、赤バスだけど循環はしないらしい便に乗り込みました。
バスはをくずれ水仙郷入口付近に集まるたくさんの車と人を避け、
かなり低い所に現れたダムの姿を一瞬見下ろした後トンネルに入り、里山の
山道を下っていきます。
正面に削られた山の姿を大きく捉えながら、バスは小さな菜の花畑の広がる
山道を行き、採石場を過ぎてさらに急な山道を下っていきます。水仙の姿は
大規模に群落を構成するほどではなくなりましたが、それでも道端を
よく見ていくと、所々に引き続き大量の白い花が集まっている所を
見つけることもできました。
小保田まで下ると山深い雰囲気は緩和されて長閑な集落が広がるようになり、
山並みに囲まれて水田が立体的に現れる街道に古い民家の集まる風景と
なっていきます。
丘陵は道からは離れて長閑な里山の風景が長く続くようになってきましたが、
水仙の群落も引き続き所々に見られ、高速道路をくぐっていくと、建物の
現れる密度も高まり徐々に市街地の様相を呈してきました。

道の駅保田小学校の所でバスを降り、しばしたくさんの人で賑わう施設を
見学することにしました。
ようは小学校の校舎と跡地をそのまま活用している感じのようでしたが、
校庭部分は舗装されて大きな駐車場となり、校舎の表面にもいろいろ
手が入っているので、異様に横に長いことを除けば新しい施設に見えなくも
ありません。
それでも建物の中に入り、これは確かに後者だと感じる階段を登り、
確かに学校っぽい雰囲気の廊下をたどって2階へ進み、ベランダ部分が
健在で囲まれたような所へ進むと、外壁や埋め込まれた大きな時計が
確かに学校の建物っぽさを感じさせてくれました。
宿泊施設とされているらしい教室には畳と簡易的なベッドが設けられて
いましたが、連絡事項を書く欄の作られている黒板などはまさに教室で、
所々子供たちの机やランドセル、ピアノや跳び箱なんかも置かれています。
売店も出ていてたくさんの人が集まり、おそらく現役時代にはなかったで
あろう賑やかな風景の中に、学校であった名残をたくさん見つけることの
できる面白い道の駅でした。

保田小学校をあとにしてバスの通る道をそのままなぞって歩いていくと、
道沿いには小さい民家や商店の並ぶ街となって、踏切の手前には、屋根の
ビニールシートが痛々しい、小さい保田神社も佇みます。
踏切を渡った辺りが保田の街の中心部となるようで、路地に分け入れば
住宅地となり、同じように小さいけれど古めかしい神殿の立つ加茂神社の
境内を掠めつつ更に分け入れば、丘陵と青空に囲まれる小さな駅だった
保田駅の姿も現れました。

保田駅をあとに、いくつかの飲食店が軒を連ねる駅前通りを経由して
保田の街並みの中心にある大きな交差点へと進み、いったん海の方へと
寄り道をしてみました。
浮世絵の菱川師宣の生誕地という場所が住宅の間にせせこましく現れたりも
しましたが、穏やかな砂浜の海岸にもすぐにたどり着くことができました。
お昼を大きく過ぎて海からの光は逆光となり、富士山も見られなくなって
沖に浮かぶ岩礁たちの姿もシルエットとなっていましたが、海に突き出す
ように横たわる鋸山に見守られる海の姿は相変わらず穏やかなものでした。

できるだけ海に沿うように、大通りを南下していくと、ほどなく海側には
保田の漁港が現れてきて、ちょっとした厳つい施設が海沿いに並ぶ中に
大小さまざまなたくさんの船が集まる風景となっていきます。
陸側にも田畑を内包する集落が続きましたが、背後にたたずんでいた丘陵は
南下するほど道路に近づいてきて、その足元に内房線の列車も時々
姿を見せてくれます。
厳つい港の中にはばんやという漁協直営の飲食店や入浴施設があったり、
更に南下していくと菱川師宣記念館の敷地に、また別の今度はとても小さい
道の駅が現れ、その敷地からもやはり穏やかで青い逆光の海が大きく
広がったりたりと、港町の雰囲気が続いていきました。

佐久間ダム湖で予定外に長時間楽しむことができた感じで、空には若干
夕暮れの雰囲気が漂い始める時間となっていましたが、最後にもう一つの
見どころの江月水仙ロードを歩くべく、保田駅の方へ戻って、丘陵に囲まれた
小さくて素朴な集落の中へと進み、ちょうど特急列車が横切った踏切を
越えて、水仙ロードを山奥へと歩き始めました。
緩やかな上り坂となっている道を進んでいくにつれ、集落を囲んでいた
深緑の丘陵の姿はまた道に近づいて、辺りは次第にまた里山の風情となって
行きます。

高速道路をくぐる辺りで振り返ると、里山の集落の奥の遠くの方に
さっきまでいた海原の姿が広がるような所もあったりしましたが、
所々に水仙の群落を見て小さい川沿いに伸びていた道はだんだん山深い
雰囲気に包まれるようになっていきます。
丘陵に囲まれて小さい建物の点在する里山の風景の中に、次第に
至る所に大量の水仙が咲き誇るようになっていき、川沿いのちょっとした
隙間にも、寄り添ってくる斜面や、その中にステージのように設けられた
平地にもやはり大量の水仙が見られるようになっていって、所々
梅の花や咲き始めた頼朝桜にも彩られるようになっていきます。
頼朝関係の史跡の存在を現す立て看板が見られたり、富士山に座って
東京湾に足をつけていたという、デーデッポという名の巨人の足跡と
いわれる窪地か何かへの入口を示す立て看板もあったりしたのですが、
だんだんと夕暮れの風情が強まってきていたこともあり、寄り道はせずに
ひたすら、水仙の香りの漂う長閑な里山の道を進んでいきました。

やがて道沿いのステージ状の平地に、水仙ひろばという、なんということは
ないちょっとした、丘陵の足元で水仙畑に触れ合える小さいスペースも
現れたりしましたが、緩やかな上り坂だった道の傾斜もだんだん厳しくなり、
鬱蒼とした杉林を貫くようにもなっていきました。
杉林を抜けると斜面上にまた、水仙畑がちりばめられる中に古めかしくて
小さい素朴な民家の集まる里山の風景が広がる所に出て行き、なんという
ことのない地蔵堂を目印にして、奥へ凹んだ丘陵の谷合に所々田園を
隠し持つような雑木林が広がる風景を広々と見渡せる所も現れたりしました。
地蔵堂の近くに立つ無人販売所には梅干しも売られていて、思わず購入
してしまいましたが、昔ながらのものすごく塩辛い、それでも実はふっくらと
して口に含めばほろほろと実が種から離れてくれるような味わいを
楽しむことができました。

そして道は峠に近づき、さらに険しさを増しながら杉林へ分け入りました。
江月山頂とされる辺りの森の中へ続く坂道へ分け入っても、山頂の碑の
類を見つけることはできませんでしたが、切り開かれた森の斜面いっぱいに
小さい水仙の花が敷き詰められる風景となり、そして山の裏側に、おそらく
さっきバスで通った佐久間の辺りの長閑な里山の風景を広々と展望することが
できて、一通り目的を達することができた爽快感を感じることができました。
山頂をあとにする頃には辺りはだいぶ薄暗くなってきて、登ってきた道を
基本的にそのまま下って、里山の集落から杉林、そして山間の田園を、
水仙畑に囲まれながら下っていくと、前方の空は夕暮れのオレンジ色を
大きく示すようになっていったのでした。

空はここまで快晴で来ていましたが、西の空の水平線付近には雲が浮かび、
夕焼け空は限定的な美しさを示すに留まっていましたが、保田の集落に
戻るまでに、辺りの夕暮れはさらに深まり続けていきました。
最後にさっき歩いた海沿いのばんやという漁協直営の飲食店に立ち寄って
海のものを夕食とし、そして人工泉ではあるけれどお風呂に入ることの
できる施設にも立ち寄ってのんびりと過ごすうちに辺りは完全に夜となり、
保田駅に戻るまでの海沿いの道には、東京湾の向こうのおそらく三浦半島
辺りの海岸に並ぶ光の粒が点々と並ぶ夜景が見られるようになっていって、
窓口営業が終わってしまいひっそりとしてしまった保田駅から、
帰り道を歩み始めたのでした。