僕の今までの幸せは16歳から20歳までの4年間でした。人に感じた幸せ自分が必要とする幸せ。何故今が幸せじゃないのだろうかとふと思う。
今までの幸せを少しだけ振り返ってみる。
16歳の頃僕は高校に行かず社会に出たい気持ちが強かった。それにやりたい事も将来の夢も無かった。だから今のうちに色んな事を学んで経験値をつけたいと思った。はじめてやったのはコンビニ、いいオーナーがいて最高の仲間に出会った。初めて仲間っていう意識をもった。今では連絡はとってないけどどこかで繋がってるって思ってる。それはみんなそう思ってる気がする。コンビニで学んだのは仲間でした。コンビニをやりながらもほかの職業もやりたいと思い掛け持ちで、漫画喫茶で働いた。ここで感じたのは兄弟感です。仕事では上司と後輩ですが、関係性は兄弟かのような家族のような温かい職場でした。落ち込んでる時も笑わせるような会話だったり、仕事に手がつかない時は怒ってくれて嫌なことを忘れさせてくれたり、そんな上司がいなくなった時僕は寂しい気持ちで心から泣いたのを覚えてます。それから少し時間が経ちこの会社を辞め、コンビニも仲間が巣立ちそれぞれ別の道に。置いてきぼりになり、コンビニを辞めました。それから間もなく次についた職場がパチンコ屋さんです。ここでは職場の年齢層が最年少が僕で上では還暦のかたなどいてたくさんの従業員がいました。この職場は愛の塊でした。団結と絆と組織。これが抜群に良かったです。僕はこれまでこんなに愛されて育てられたのをその時はまだ気づけていませんでした。
この会社を退社すると同時に引っ越しをしました。新しい冒険に出てしまったのです。何故冒険に出たかというと、実はパートナーとの同棲が決まり一緒に生活を共にする為でした。引っ越した後は出来るだけ生活する事を集中するために今までの経験を活かす職場にしたいと思い。同じ看板のコンビニにしました。ここから僕の幸せは徐々に無くなります。僕が見てきたコンビニは光が輝く素晴らしい職場だったようです。そこには暗く誰もがやる気がなく、クレームが続き、最悪なコンビニだったのです。僕は必死でした。お客様に喜んでもらう為に従業員が楽しく過ごせる職場にしたいと兎に角必死でした。ですが、僕1人では何もできず最終的には寝坊をしてくる少年に言われたこの一言で僕は退職しました。
「だって起きられないだからしょうがないじゃないですか。」と。僕は怒りよりも育て方に問題があったのだと自分を責め辞めました。次にやる仕事は今現在働いてる場所です。今はパチンコ屋で働いていますが同じ看板ではないです。僕が引っ越してからかれこれ4年がたちますがこの人を尊敬するこの人の為に会社に貢献したい。って人1人もいないです。これを聞いて結局自分の生活の為に働いてるんだからそれを口実にするのは…選んだのは自分なんだからと思うかもしれませんね。でも僕は否定します。お金は必要ですが、働く環境や人が1番重要です。選ぶ選択肢はたくさんありますが、そこに働くまではそれは分からない事です。働く環境と人が良くなるとどうなるかお金を稼げるようになると僕は思ってます。理由は何時間でも働けるからです。単純ですが、僕の頭の中は会社なのか学校なのかってところですかね。良い職場はちゃんとした会社です。悪い職場は学校みたいにわちゃわちゃしてて目標も何もなくただ1人1人がその作業をし、終わったら帰る。
こんなつまらない会社に勤めたのは初めてでした。僕はこの時気づきました。僕が引っ越す前はあんなにも必要とし、愛されて、いい仲間に巡り合えていたんだと。それに対しそれを当たり前だと思っていた事をとても情けなく思います。
いつかまた幸せな職場に出会い。愛されてもらった時この上ない感謝と恩を返さないといけないです。今これを見てる方はどう感じるでしょうか?
はい。僕はまだ16歳の頃と同じ気持ちをずっと持ち続けてしまってます。だって心から笑いながら楽しく働きたくないですか?人生の50%は仕事に生きてるんですから。ハッピーでいたいですよね?あなたの会社はハッピーですか?あなたはスマイリーですか?
僕はいつか幸せな職場をこの場で自慢したいです。