執筆者:NTさん
青年は走っていた。
ついに、彼の理念を実行に移し、選ばれた者としての第一歩を踏み出したはずだった。
世間に憎まれ、私欲を肥やし、弱き者を苦しめる。そんな醜い老婆から汚れた金を奪還して何が悪い?そしてその金を、弱き者に分け与え、聖なる金に変えることの何が悪い?
それは、選ばれた者にだけ、許された使命であり特権だ。その他のものは、選ばれた者のために、自らの駒としての役割を果たしていくだけなのだ。
リザベータもそう。
彼女はここで、壮大な計画のために死ぬべきだった。ただそれだけのことなのだ。
しかし、それがどうだろう。栄光への一歩目を踏みしめる間もなく、ラスコーリニコフの足はただそれだけが目的であるかのように、ただ、前へ前へと歩みを進める。
まるで、地に足がつけば絡めとられる悪魔の罠が放たれた野を行くように。
目的地であったはずの安アパートを通り過ぎ、ポケットに詰められるだけ詰めた金が、宝石が、ぽろぽろと零れ落ちて行くことにも気付かぬほどに。