いじめ関連のニュースやYouTubeのコメントによくある意見

「いじめという言葉で問題を矮小化させている。」「いじめではなく、犯罪というべき」その流れで必ず「パパ活ではなく売春、万引きではなく窃盗と言うべき!」という意見もでる。


いじめという言葉があるからいじめが起きているのではない。誰も何か行為をする時に、その行為の名称など意識はしない。いじめという言葉をなくせば、いじめをする人間は、いじめを止めるのか?

説教したり罰を与える事は、いじめやその他の悪行の再発防止に効果はあると思うが、名称を変えた所で何の意味もない。



いじめという言葉を矮小化させる目的で使う人などいるだろうか?いじめた生徒や、学校や教育委員会が"いじめ"があったと認める事は問題を矮小化させているのか?そんな事はないだろう。

大抵、矮小化させようとする人は、そもそもいじめがあったとすら認めない。

「いじめではなくいじり」「いじめではなく冗談を言っただけ」

というのが矮小化させようとする言葉と言える。虐待で捕まった親がよく言う「躾のつもりだった」も矮小化

と言っていいと思う。

いじめという言葉が問題を矮小化させているから無くすべきというなら、矮小化を狙って使われる「いじり」「冗談」「躾」という言葉も無くすべきだろう。


いじめをいじめと言うのは、矮小化ではない。


万引きも同じ。

万引きは窃盗の一種であって犯罪。犯罪以外の意味で万引きという言葉を使う事はないし、万引きが犯罪である事は万引き犯も知っててやっている。


万引きではなく窃盗と言うべき!

と言う意見は多くの人が主張し、支持されているが、全く意味のない提案。

マグロは魚介類と言うべき!消しゴムは文房具と言うべき!というようなもの。


売春も、パパ活と同じで、売に春だから、売も春も、単体で見ればなにも、いかがわしさのない言葉。直接的に行為を表現した言葉ではない。ただ昔の言い方ってだけ。パパ活やってる子はその行為が、パパ活という名称であるからパパ活をやっている訳ではない。売春と名称を変えられたところで止めるはずがない。