出かけよう、出かけようと思いつつ、ずるずる延ばし、夕方になり翌日になり、翌日の昼を過ぎ夕方になり、、、。
SNSは何も建設的なこともなく、だらだら依存症、、、
読書は、飽きた。
やたら眠くなる。
いくらでも眠れる。
午前中にまたZZZ.....
そんなに寝たら夜が眠れなくなるのかと思いきや、夜も床に入れば朝までぐっすり利是封印刷
脳みそが溶けかけている。
(自宅で)食事とお茶、トイレ以外は動かない入院状態が続く。
汗がべとつく中、ずっと椅子に座っている。
引きこもり?
あちこち、室内での移動は、好き勝手に色々行くところはあるが。
椅子に張り付いたまま。

長女Mに、「次女Rにこの家、あげてもいいと思ってる」と呟いたら、「こんな(しょうもない)家、要らないんじゃないか」と言われた。
長女Mは、うちのすぐ近く(徒歩3分ぐらい?)に家を建てている。

次女Rに、「この家、(将来)あげようか」と言ったら、浮かない顔。
「そうよね、こんな家もらっても、行動の制約を受けるだけよね」と、わたしは提案を弱々しく引っ込めた。
読み終えたばかりの桐野夏生小説では、家を巡って奪い合いする姉妹もいるストーリーだが、そういう中で、親には依存しない自立している子供たちは、嬉しくもあり、やや寂しく残念でもあるThermage真實體驗分享
すっかり親を乗り越えた。
親は踏んづけられたゴミ跡のようなもの。
骨肉の争いにはならないものの、もう用済みのものには関わりたくない冷たさが(勝手に)感じられる。

売ってキレイに現金化したなら、貰ってあげてもいい、と考えているのかも知れない。
親の背中は見たくない、過去は引きずりたくない、と、否定されているような気になる。
だが、わからないでもない。
わたしの家は欺瞞に満ちている。
生きていくために、なあなあ主義で、夫婦がお互い不満を持ち合っていても、臭いものに蓋をして、どうにか表面を整え、持ち堪えている。
子供たちもそうだったのかも知れない。
そんな家から離れ自立出来た子供たちは、よく頑張ったと思う。 
今更、戻りたくないのだろう。
わたしが子供たちとの思い出に感じていることも、子供たちにとれば、蝉の抜け殻みたいな、もうどうでもよい役に立たないものなのだろう。
自分たちの新しい家族と新しい思い出を作ることに、前向きに取り込んでいくPrivate Office Space Rental
頑張ってね、と応援するのみ。
時折、子守の役に立てそうなことは、引き受ける。
押し付けでもなく、押し売りでもなく、自分の楽しみの範疇で頑張る。
夫もわたしも、甘い甘いじいちゃん、ばあちゃんである。
我々の介護が必要になる日まで、お互い距離を取りながら、子供たちとは楽しみたい。
介護は、できるだけ夫婦で完結したいが、どうにもならない時は、ちょっと手を貸してもらうことがあるかも知れない。
子供の足を引っ張ってはいけないという、遠慮のかたまり。
ぴーんとした目に見えない緊張感で均衡を保っている。