空よりも天高く -55ページ目

家族への説明 ☆

***************************************
  約一年前の闘病中のブログ日記です。
  興味のない方は、スルーしてください^^
***************************************




2011年1月28日(金曜日)

夕方近く、北陸に住む母と姉が、新幹線に乗って病院に来てくれた。
手術の時は、身の回りの世話をお願いするつもりだったし
今回は短期の入院だから大丈夫と言ったのだけれど、
それでもわざわざ会いに来てくれた。

昼間に、家族が来ることを担当看護師に伝えていたところ
主治医のU先生が、外来の診察が終わった後で
家族に病気の詳細を説明をしてくれることになった。


18時過ぎ、病棟のミーティングルームに呼ばれた。

私のレントゲン写真を見ながら、先生が説明を始める。
内容は、入院前に私が聞かされていた話を
少々具体的にしたものだった。

病名は、末期の下顎歯肉癌。
病気の原因はよくわかっていないらしい。

口腔癌としては、舌癌が一番多く、歯肉癌は二番目ということだが
男性は10万人に一人で、女性は20万人に一人。 
再発期間は2年間だそうだ。
再発した人の9割は、2年以内に発症しているという。


治療については、
今回の入院で抗がん剤を5日間投与し、
副作用も治まって白血球の値が正常化したところで一旦退院。
抗がん剤治療は、1ヶ月ごとと決められているので、
その間しばらく家で休養。

これを最大で3回まで繰り返し、
薬で癌が小さくなったところで、癌の切除手術を行う。 

抗がん剤の治療は、ほとんど効かない人が1割、
癌細胞までなくなってしまう人が、1割いるそうだ。

前者の効かなかった場合においては、
2回目からの抗がん剤治療をやめて、すぐに手術を行うらしい。


手術は10時間以上の
大掛かりなものになるだろうということだった。 
右顎を切除し、代わりに足の骨を移植する。

金属製のプレートを入れる方法もあるそうだが、元気になって
顎をよく使う人の場合は、プレートが折れてしまうことがあるから
私はまだ若いので、安全に骨を移植した方がいいと言われた。

歯については、、
前歯の上下4本を残して、右側の歯はなくなるそうだ。


レントゲンには、右の顎とその下の首のあたりまで白く映っていた。
リンパ転移の疑いで、右のリンパもとることになる。

癌細胞のまわり2cmは、再発リスクを考慮して
一緒にとってしまいたいとのことだった。

舌も一部とることになるが、半分あれば十分生活できるとの説明で
場合によっては、口の内側の皮膚だけでなく、
顔の皮膚の一部も切除することになるかもしれないということだ。
お腹と足の皮膚を移植する。


手術後、1週間は歩けない。
(足をおろせずに寝たままの状態)

2週間は、声をだして話をしてはいけない。
(喉に人口鼻をつけて呼吸)

3週間は、飲んだり食べたりできない。
(それまでは鼻から管をいれて栄養補給)

その後は、2ヶ月ほどリハビリ期間となり
手術から約3ヶ月の入院予定。

ざっとこんな説明だったと思う。


*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--* 

自分の中では、右側の歯がなくなるのが一番嫌なことだった。
なぜか上の歯も全部なくなると思っていたので
笑った時に、歯がない人に映るのを心配していたのだと思う。   

終わり際に先生が
「インプラントもあるよ」と言ってくれたので
その言葉でかなり気が楽になったのを覚えている。

後から知ったことだけど、、、
インプラントというのは、骨につけるものらしく、
私のように移植した骨の場合は、慶応大学病院などの
専門的なところでしか取り扱っていないらしい。

金額は80万ぐらいかなぁと言っていたような気がする。
何にしても、再発期間中は様子を見ないと、せっかく
インプラントをしても、またとってしまうことになるので
今すぐ心配する話ではない。



母が先生に質問をした。
「なせ病名がわかるまでに、
 ここまで時間がかかったんでしょうか」と。

たしかに歯が痛くなってから病名がわかるまでに
3ヶ月近くかかった。
でもこの病院に来てからはまだ1ヶ月で、しかも先生は、
2度目の外来で、来週にでも入院できるかと私に言った。

先生は少し困ったように、
"それは、その病院に聞かないとわからない"
と母に言った。


知人の奥様は、同じ歯肉顎だったが、
歯が痛みだして、すぐに知り合いの大学病院に行ったので
早期発見となり、数本の歯と歯茎の一部を取っただけで
1週間後には退院し、翌月にはリブステーキを食べていたそうだ。


私もずっと先生に聞いてみたいことがあった。

「先生、私がもっと早くに治療を始めていたら、
 末期までにはならなかったのでしょうか」

「GAOさんの場合は、口の奥の方にできた癌だったので、
たぶん痛みが出た頃には、すでに末期近かったと思う」
と先生が言った。


あの時、仕事を放り出して治療を始めることはできなかったし
今もその選択を後悔してはいないのだけれど、
自分を大事にしてあげれなかったことは事実だ。
先生の言葉が嘘でも本当でも、とても救われた気持ちだった。



説明が終わった時、心配そうにしている母と姉の顔を見た先生が
"病気の本人が、一番元気そうな顔をしてますね"と微笑んだ。

自分のことだったら、ただ頑張ればいい。
でも見ていることしかできない家族の方が、
きっとつらいんだろうね。


わざわざ来なくていいよと言ったけど
病院で母と姉の顔を見た時、やっぱりとても嬉しかったよ。


------------------------
2011年1月26日~2月11日(入院/抗がん剤・1回目)
2011年2月28日~3月11日(入院/抗がん剤・2回目)