空よりも天高く -26ページ目

1回目の退院 ☆

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  約一年前の闘病中のブログ日記です。
  思い出したように突然書いています。
  興味のない方は、スルーしてくださいね^^
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2011年2月9日(水曜日)

"ながし"と呼ばれている点滴も無事にはずれ、
経過の様子をみながら入院から2週間が過ぎたが、
退院の話が一向に出ない。

たしか最初に聞いた話では、抗癌剤の入院期間は、
通常で10日~2週間と聞いていたのだけれど、
口内炎も出ず、熱も出ず、
副作用が全くと言っていいほどない私以上に早く
退院する人がいるのかと疑問に思った私は、
毎朝の診察の時に、その日担当の先生に聞いてみた。

GAO「3連休大雪が降るんだって。帰れなくなるよぉ~」

先生「今日、先生方が手術でいないので後で確認してみます」


翌日、診察の先生が言う。
「いつでも退院していいですって。いつにしますか?」

って、おいおい、忘れとったんかい! (>_<)
もしかして、もっと早く退院できたとか???


と、その時はそう思ったのだけれど
今思えば、最初の治療だったので、
白血球が正常に戻るデータ等をきちんと確認した上で
慎重に退院させたかったのだと思う。

とはいえ、"明日退院します!"ってわけにもいかず
翌々日の3連休の初日に退院することにした。

結局のところ、17日も入院していたので
もっと早く退院したいと伝えていれば、
2~3日は短くできたかもしれない。

まだ最初の頃は、
そんなことも言いだせぬほど初々しかったのだろう。w


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退院が決まった日、
歯科衛生士のN女史が口内ケアをしてくれることになった。

主治医のU先生といつも一緒にいることが多いN女史。
先生のアシスタント的なこともしているけれど
歯石をとったり、歯磨きの指導をしてくれたりする。

この時ぐらいから、私はN女史が大好きになっていった。
仕事もてきぱき、はっきりしたモノ言いの一見きついお姉さん風。

怖くも見える彼女だったが、
その後つきあっていくうちにだんだんと
私のカウンセラー的存在になっていった。


"先生に相談できないこともあるでしょう?
 そんな時は、遠慮無く私に相談して"



その日、歯石を取りながら、
口内炎がひとつもできなかった事を伝えると、N女史に言われた。

「抗癌剤治療の結果がものすごく良好。
 歯並びがとってもいいし、小さい頃にご両親が好き嫌いさせずに、
 きちんとした食事をさせてくれたおかげだよ」


なぜ、好き嫌いと、歯並びが関係あるのか聞いたら
小さい時に固いものを食べていると、
歯はまっすぐ下にむかって生えてこようとするらしい。

口内炎は口の中の細菌が多いとできやすいそうだが
歯並びが良いことも手伝って、まめな歯磨の効果が出たのだろう。
(もちろん、体質もあると思うけれど)


褒められたことが嬉しくて、その日、早速母に、
N女史に言われたことをそのままメールした。

母もとても喜んで返信をくれた。

そのメールの中に、

"ご先祖様が守ってくれているのだね。感謝しないとね"

という言葉があって、
それを読んだ時にとっさにある日のことを思い出した。


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遡ること5年ぐらい前だろうか。

友人の知り合いで、
霊感が強いと言う京橋のスナックのママに
会い
に行ったことがある。 

その時に伝えられたのは
だいぶ前に亡くなっているおじいちゃんからのメッセージ。 


"歯に気をつけなさい"


すっかり忘れていた。 
虫歯もできず、歯が丈夫だった私は、
当時は意味もわからず、とても不思議な言葉だった。 



そのママは、他にもたくさんのことを伝えてくれたが、 
あの頃から随分と霊に対する考えが変わった気がする。 


今回の治療で
心配していた副作用がなかったことは、
とても幸運だった。 
そして、腫瘍がすぐに小さくなってくれたことも。 


ちゃんといてくれてるんだ。

「ありがとう」



それから2日後、粉雪の降る午前中
病院を出て、家路に向かった。

天気なんてどうでも良かった。

何もしなくていい、
宿題も勉強もないこれからの2週間が
言葉に言い表せないほど、とても楽しみだった。



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2011年1月26日~2月11日(入院/抗がん剤治療・1回目)
2011年2月28日~3月11日(入院/抗がん剤治療・2回目)