ここ1週間位音楽や舞台で活動してる人何人かと久しぶりに会食をした。
無理もない、2020年明らかに世界は変わった。
本来であればオリンピックで経済成長もお祭り騒ぎなはず。
それが一転ゴーストタウンが頻発するようになった。
今はまだ街に人が出るようになって徐々にコロナとの共存を受け入れるようになってきたけど、対面サービスや集客サービスは死んだままだ。
そして、私はもう二度ともとに戻る事はないと思っている。
でも、暗い話ばかりじゃない。
だからこそ新しく生まれた発想や、サービスが提供されているのも事実。
中には、「コロナ禍」で仕事がうまく言っている人も多い。すごく多い。
その違いはなにか? 今日はこれは置いといて・・・
話は戻ると、芸能やってて悩んでしまうのはしょうがない。考えても答えの出ない事がほとんど。
なにが正解か、なにがいいのか、ずー−−と答えは出ない。誰も出せない。
その暗黒スパイラルで思いつめてしまうことは否定はしない。こればっかりはしょうがない。
もし、「今までのやり方はなかったものとして、0ベースでスタートするんだ」って考えれたら少しは気がらくになるかな?
昨日の常識今日の非常識 こういう言葉もある。
少なくても会って話を聞いた人たちには、「直感的に楽しいと思う事だけをやったほうがいいよ」と伝えている。
簡単なようだが、結構難しい。でもとても大切だと思う。
ラヂオでも話したことあるけど、自分は人生の中で決めたことが3つある。
25歳のとき「親の頼みは断らない」
30歳のとき「嫌なことはしない、嫌いな人とは付き合わない」
34歳のとき「関わる人が喜ぶことだけをしたい」
今42歳だけども、ずっと継続している。
色々迷った時にはこの3つ、とくに「関わる人が喜ぶことだけをしたい」を判断基準にしている。
昨今のコロナ禍では、「嫌なことはしない、嫌いな人とは付き合わない」がすごく気が楽になる行動だと思う。
事実、この行動をした結果どうなったか。
結果は、「なにも変わらなかった。ただ気が楽になった」
別に仕事も収入も減らなかったし、音楽活動も普通に進んでいったし、それで気が楽になった。
だれかに絶縁状を送る話ではない。 無理してやって事をしれっとやめただけ。
おそらく誰も気づいてないし、気にもしていないだろう。
嫌いな人でも仕事だからと思っての付き合いをやめた。
出たくないライブも出なくなった。
そんな自分の事はまわりはなにも気にしてなかったし、誰も困らなかったな。
もちろん自分も困らなかった。 ただ気が楽になっただけ。
今は、ひょっとしたら、やりたい事もできない世の中かもしれないけど、本当にやりたい事なのかをもう一度見直してもいいと思う。
ひょっとしたら、「やらないと不安だから」って無理してやってる事もあるかもしれない?俺はあった。
多くは、漠然とした目標すらなかったからかな?
目先の目標は常に会ったけど、その後は? まーなんにも考えてなかったな。
例えば、
大阪に行こうと決めたときに、飛行機か、新幹線かは考えるけど、着いてみると俺のイメージした大阪じゃなかったりね。
そして、なんかつまんねーなーって思って、着いた大阪から次どこ行こうって考えても、行きたい場所なかったりね。
よくよく考えてみると、「俺大阪に来たかったんじゃなくって南極に行きたかったんだ」 とかね。
やらない勇気や、やめる勇気って始めるときよりもカロリー高いけど、多分すぐに新しいことが生まれると思う。
それは今まで無理してでも頑張ってきた財産です。
悩んでもしょうがないよ! とは思はないけど、ちょっとだけ目線を変えるきっかけになれば。
ベタ書きなので、キレイに編集してくれる人募集。 おれ文章向いてない。しゃべるほうがいい。 では。