むね歯科クリニック院長 歯周病専門医の笹生です。
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3/11が巡ってきました。
言わずと知れた、東日本大震災の日です。一万人を超える犠牲者をだし、しかもまだ3000人をこえる行方不明者がいるとんでもない大災害が起きた、その日です。
一年経っても、なにかが改善しているとか復興しているという見通しの明るさ感というか、希望の光を感じることができないのは私だけではないはずです。
なんとなく、時間が経つだけで悲しんでいてはいられないから前を向こう、進んでいこうという被災した人々の立ち上がる気丈さが唯一の灯りとなっている、そんな気がします。
地震や津波、あるいは原子力行政の専門ではないですから、批判も評価もできませんし、この場もそういう場ではないのですが、そんな私でも強く感じるのは政治の無策です。
どう考えても、この難局が、増税で乗り切れるとは思えません。
この先行き不透明感は、経済の閉塞から来ているので、経済が浮揚しなければ解消しない、所得も上向けば税収も自然増になり現状の打開もできる、今なすべきは増税ではなく景気の浮揚だ、といった記事が本日付の産経新聞にありました。原発問題やTPPの問題などが絡み合ってくるのでしょうが、非常にシンプルで理解できる、なおかつ説得力のある内容でした。私も、そう感じます。
やはり、この閉塞した状況で、ごく一般の人々が切り捨てを考えるのは、衣食住と関わりの少ない嗜好品や医療費のようです。特に、慢性病や歯科など、ちょっと間を開けても命にはすぐに関係しないかな、と思ってしまう、あるいは痛みがないような病気の通院が真っ先に切り離されるようです。この一年で、そう思わせるようなことが何回かありました。
本当は、こういうときこそ、自分の身体の手入れを怠らず、何かあったりする不測の事態の時に、歯医者なんかに行かなくてもいい状態にしておくべきなのでしょう。特に、食べることは毎日のことですが、歯が一つ抜けても他があるから何とかなってしまうと思って先延ばししてしまうのかも知れません。
昨年の今日、忘れもしない、地震発生のそのとき、私は午後の診療開始に備え準備をしておりました。午後一番の方は、歯周組織再生手術の方でした。東北地方が大変なことになっているとも知らず、その後の都心での帰宅難民などもわからずに、余震の中、手術治療を行っていました。余震が強く、傷の縫合に手間取られたものの何とか終了させたことを昨日のことのようによく覚えています。
それから後は、計画停電だったり、猛暑の中の節電だったり、水の買い占めだったり、震災に起因する余波(しかし多くは原発事故が主な原因)を何とか乗り切ってきたように思えます。
私ができること、今なさなければならないことをすすめること、それが先述の新聞記事ではないですが、わずかなことかも知れませんが経済の上昇に寄与し、そしてお越しいただいている患者様方がさらなる災害が起きたときに歯で苦労することがないように守って行くこと。復興支援も必要ですが、私の目の前にあることを粛々と進めることが、今の私にできることなのだと考えています。
でも、それ以上に、東北出身の人間として、日本人として、やはり昨年の今日起きたことを忘れずにいること、それが本当に大切なことなのだと感じた一日でした。
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言わずと知れた、東日本大震災の日です。一万人を超える犠牲者をだし、しかもまだ3000人をこえる行方不明者がいるとんでもない大災害が起きた、その日です。
一年経っても、なにかが改善しているとか復興しているという見通しの明るさ感というか、希望の光を感じることができないのは私だけではないはずです。
なんとなく、時間が経つだけで悲しんでいてはいられないから前を向こう、進んでいこうという被災した人々の立ち上がる気丈さが唯一の灯りとなっている、そんな気がします。
地震や津波、あるいは原子力行政の専門ではないですから、批判も評価もできませんし、この場もそういう場ではないのですが、そんな私でも強く感じるのは政治の無策です。
どう考えても、この難局が、増税で乗り切れるとは思えません。
この先行き不透明感は、経済の閉塞から来ているので、経済が浮揚しなければ解消しない、所得も上向けば税収も自然増になり現状の打開もできる、今なすべきは増税ではなく景気の浮揚だ、といった記事が本日付の産経新聞にありました。原発問題やTPPの問題などが絡み合ってくるのでしょうが、非常にシンプルで理解できる、なおかつ説得力のある内容でした。私も、そう感じます。
やはり、この閉塞した状況で、ごく一般の人々が切り捨てを考えるのは、衣食住と関わりの少ない嗜好品や医療費のようです。特に、慢性病や歯科など、ちょっと間を開けても命にはすぐに関係しないかな、と思ってしまう、あるいは痛みがないような病気の通院が真っ先に切り離されるようです。この一年で、そう思わせるようなことが何回かありました。
本当は、こういうときこそ、自分の身体の手入れを怠らず、何かあったりする不測の事態の時に、歯医者なんかに行かなくてもいい状態にしておくべきなのでしょう。特に、食べることは毎日のことですが、歯が一つ抜けても他があるから何とかなってしまうと思って先延ばししてしまうのかも知れません。
昨年の今日、忘れもしない、地震発生のそのとき、私は午後の診療開始に備え準備をしておりました。午後一番の方は、歯周組織再生手術の方でした。東北地方が大変なことになっているとも知らず、その後の都心での帰宅難民などもわからずに、余震の中、手術治療を行っていました。余震が強く、傷の縫合に手間取られたものの何とか終了させたことを昨日のことのようによく覚えています。
それから後は、計画停電だったり、猛暑の中の節電だったり、水の買い占めだったり、震災に起因する余波(しかし多くは原発事故が主な原因)を何とか乗り切ってきたように思えます。
私ができること、今なさなければならないことをすすめること、それが先述の新聞記事ではないですが、わずかなことかも知れませんが経済の上昇に寄与し、そしてお越しいただいている患者様方がさらなる災害が起きたときに歯で苦労することがないように守って行くこと。復興支援も必要ですが、私の目の前にあることを粛々と進めることが、今の私にできることなのだと考えています。
でも、それ以上に、東北出身の人間として、日本人として、やはり昨年の今日起きたことを忘れずにいること、それが本当に大切なことなのだと感じた一日でした。
