「貧しい者は幸いだ。 神の国はあなたたちのものだ」という言葉は、貧しい者が富める者となるという意味ではありません。意味が曖昧な救いという言葉の代わりに解放という言葉を使うなら、民衆の解放は民衆自らがすることです。民衆が自らの苦しみをありのままに認識し、その苦しみが一人だけの苦しみではなく、私たちがともに負っている苦しみであるという事実を知り、苦しみを分かちもつ時、解放のための力を得るようになります。・・・民衆解放は民衆自らがすることであり、その戦略も自らが発見します。私の貧しさの悲しみを、私たちの貧しさの悲しみに変えるならば、自然と救いの運動へ、解放運動へと進んでいくようになります。・・・民衆神学では、民衆の中でメシアの出来事が、救いの出来事がいま起こっていると語ります。わたしたちの処方をもって救いについて語ってはなりません。そんなふうに救いを描いてはなりません。