36歳を目前にした2017年末、不妊治療で暢気に半年以上通っていた病院で、このホルモン値では妊娠は不可能だし、ステップアップ(体外受精へ進むこと)も無理な数値ですね。と言われて、病院を後にした。まだ判明していない血液検査の結果もあったけど、もうその病院に聞きに戻ることはなかった。
当時は突き放された様な孤独感と、過去2度にわたり両卵巣を手術しているのに治療を急がなかった後悔と自分の身体を疑う悲しみで茫然としていたけど、今思えばそれが治療に本腰を入れる原動力になった気がする。

今、私は右腕に眠る娘を抱きながら、左手で久しぶりにブログを更新している。
不妊治療についてブログに書いてみようかなと思ったことは何度かあるけど、不妊治療の経過は人それぞれで正しい方法も結果もないから他人のは参考にはならない。ただ、今どこかでもし悩んでいたり一歩が踏み出せない人がここを通り過ぎたら、少しでも、何か良いきっかけに繋がればいいなと思う。

一つはあの時、諦めなくて良かった。
私には知識もなかったし、本も沢山出して不妊ドラマの監修までしていたその医者の言う事が全てだったから、〈あなたはもう無理なので諦めてください〉と言われた気がした。でも、諦めなかったし、諦めが頭をよぎる事もなく、自分なりに他の病院を色々調べ、自分にはここがベストだと思えるあまり有名ではないが会社からアクセスの良い小さな病院に転院した。

そしてそこからもう一つ重要なことに気付く。これまで手探りだった不妊治療がとても楽しくなってきた。治療を楽しめることは生きる上でも、その結末においてもとても大切だと思う。
治療をステップアップすればするほど、体感と肉眼で自分の身体の事が良くわかる様になる。薬の影響で体調が悪くなることもあるけど、卵胞が育っていく姿や、ホルモン値、心の浮き沈み、卵子や精子まで肉眼で見る事ができる。これまで見逃していた自分を細部まで知る事ができるのだ。
最終的に諦める日が来ても、自分の身体と向き合った体験は、1度きりの人生で貴重な時間だと思う。

そして、やはり辛い経験もする。
転院後1年半経った時、初めての妊娠で流産をした。不安な中でもスクスク成長する愛らしい姿には結局喜んでいたから、初期ではあったけど相当なショックだった。
ただ、ここでまた火がつく。
心にも何かぽっかり空いた日々を過ごす中、手術で仕事を休んだ3日目にふと起き上がり鍼に行くことに。念のため術後だと申告して、良く来てくれましたねと普通に施術をしてくれる。
37歳半、私の場合もうあまり時間がない。やれることは全部やろうと通うことを決める。
そして鍼の帰り道、こんな辛い経験ができて良かったとまで思う。世の中には同じくまたはそれ以上に辛い体験をしている女性の多いことを改めてちゃんと知る。そのような人の立場をこれからは少し理解できる様になれて良かった。
流産のことは誰も教えてくれない、ただその可能性は誰にでもあるのだ。

そしてこの経験が次の出産に繋がる。
妊娠が判明してから産まれるその瞬間まで十月十日、不安な日々が続く。半分ノイローゼに近い日もある。恐らく、流産を経験したかしてないかでその心は大分違うのではなかろうか。
幸せなだけの妊娠生活も捨てがたいが、私の場合、毎日毎日、お腹の子中心の慎重な生活ができて良かった。食べるものや吸い込む空気に気を遣い、力仕事にも気をつけ、ハードワークも最低限なんとかこなしつつ、ストレスを感じない日はなるべく心穏やかに過ごす。結果、幸せな十月のプロジェクトだった。

産まれた瞬間、父は母に、あの子はしぶといね、との第一声を発したらしいが、これからも必然とそう生きていくだろうなと思う。

今はただ、小脇に眠る愛娘を抱えて、特に何もせず、力を蓄えております。今このひと時を大切に、あの辛い日も、今日の幸せも、これからも。

続く


前回のブログから半年も経ってしまい、その間、佐藤正午は直木賞をとり、これまでの人生で1番悲しい別れもありました。それとは別にブログを始めた理由の願掛けも叶わずに、すべてが終わったので続ける理由もないのですが、久々に更新してみる気分に。
今まで強く願えば努力で叶わなかったことはなかったけど、五分五分で手遅れかもしれないという段階では、奇跡は起きないんだと実感しています。私が努力しても仕方のないことが薄々わかっているのに強引に突き進めても無駄で、いかに早い段階で現実を受け入れられるかが大切で、そろそろこの我儘を直さないとこの先生きていくのが辛いと痛感しています。

愛犬がなくなりました。
私の愛犬はとても賢く、生きようとする力が強かった。彼女が教えてくれたことは沢山あったけど、その生き様が教えてくれたことは更に大きかった。
ありがとう、ジジ。
またいつの日か会おうね。貴方を見習って苦しみの尽きる限り頑張ろうと思います。その先に再会できることを楽しみに。
なんか、最近毎日が懐かしい。
という表現がおかしいけど昔を思い出して懐かしいとか、クッと笑ってみたり泣いたり、を1人でしている。
そんな歳になったのかーと自分の成長が嬉しくもあり、人生の儚さを悲しみ、愛おしみ、感謝もする。
というのも、日曜日、半年前に先輩から借りた佐藤正午の小説を、やっと読み、
それがキッカケで次に読んだ彼の小説『Y』が、ちょうど私が生まれ育った年代の軌跡と合致する。1996年の主人公が1980年に望んでタイムスリップする話なのだが、1996年と言えば約20年前。そもそも20年前に書かれた小説の主人公が16年前、私が生まれる2年前に戻る。初版は2001年だから丁度16年前という、なんとも不思議なタイミングでこの小説と現実で出会う。

例えばポケベルやたまごっちやら、90年代のブームを思い出し、過去への郷愁と憧れを抱く不思議な気持ち。戻りたくはないけど、懐かしい。

そして次に、日曜に読み終えた方の小説のあとがき山本文緒が読みやすかったので彼女の小説に派生する。
漫画のような恥ずかしい話に、中学生時代を思い出す。マーガレットとか、りぼんとか!


そして、
今夜は鉄道好きを集め、阪神ファンのアナウンサーと久しぶりにご飯をたべたのだけど、80年代バックスクリーン3連発の実況をやってくれ、思わず聞き入って感動して拍手をしてしまった。
彼は当時まだ子供だったはずで、私もそのときのことは何も知らないのに、見事に再現した。のが分かった。
懐かしくあたたかい
そんな一週間を過ごしています。

前に、戻れるとしたらいつの時代に戻りたいか夫に聞いた時、途中からだと勿体無いからもう一度経験できるなら最初からもう一度やりたいと言われて、答えを携えて聞いたはずが素晴らしい!と自らの答えを変え、わたしも最初からにしよう!と思ったのだけど、今は違う。戻りたくない。
戻りたくない、
今の人生をこのまままっとうしたいと幸せなことに思います。