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そぞろなり

なんということはないことを、なんとはなしに書いていく。
日常エッセイです。
これって私だけかな?そう思うことってないですか?誰かのふだんをちょっと覗いてみたいときって、ありますよね?

平安時代の僧侶、良源(慈恵大師)はかつて、夜叉の姿に化して疫病神を追い払ったと言われている。
鬼化した姿を弟子に写させ、お札としたものが「角大師」と呼ばれています。
疫病除けの妖怪、アマビエよりも古くから、民を悪疫から護っていたのだとか。

できることはなんでもしたい。
モヤモヤと見えない不安に、そんな思いが募ります。
いったいいつまでこんななのか。どれくらい我慢すれば、どれくらい気を遣えば、いいのだろうか。

 

僭越ではありますが、微力ではありますが、祈る気持ち、願う気持ちを込めて、私も角大師の絵を描きました。
どなたかの目に触れることで、祈る気持ちや、なおかつ消毒や距離の確保や、実際に行動できることへの注意を再確認する、そんなきっかけになってくれたらいいなぁ、と思っています。

 


文章を書いたり、絵を描いたり、そういうことで直接痛みを軽減したり、命を救うことはできないけれど、それでも、自分ができることを精一杯する。
楽しく、夢をみてする創作以外に、そういう創作を、ほんの少しでもしていきたい。
今年ものこり三ヶ月になってしまったけれど、今年の目標とこれからについてと、あと少しの一年をより良くすべく、そんなことを考えています。

 

 

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すっかり秋の気配が漂っている。気付けば夏も終わりなのだなぁ。

 

 

この夏は例年以上にアイスコーヒーばかりを飲んだ気がする。
以前、「おうちカフェ、溶けて濃くなるアイスコーヒー」と書いたとおり、ドリップしたコーヒーを製氷機で凍らせてアイスコーヒーにして飲むことも多かったけれど、とにかく水出しコーヒーをよく飲んだ。
カルディオリジナルの水出しコーヒーをいったいいくつ消費したことか。

 


先日、すっかりハロウィンバージョンとなった店内に水出しコーヒーを見つけることができなかった。

 

夏が終われば取り扱いも終わってしまう。たしか去年はそうだった。これはもう買えないかも。
そんなふうに思って会計ついでに訊ねてみたら、ちょうど入荷待ちなのだと回答があった。なんと今年から通年販売になったのだって!

 

それはいい!
うちは水出しをそのままアイスコーヒーとして飲むけれど、温めて飲んでもいいのだものね。
(水出しはコーヒーの抽出方法なので、アイスコーヒーとはかぎらない)
ちょいちょい、近くを訪れる際に購入して、豆を切らさないようにしようかしらん。

 


以前は酸味のあるコーヒーが好きだったのだけれど、ここ数年で味覚が変わったのか、酸味がないものを好むようになった。
モカはキライじゃないけど、たくさんは飲まなくていいかな、という感じか。
濃い目のコーヒーをたっぷり飲む。そんな飲み方が気分らしい。

 


カルディの水出しコーヒーはすっきりだけどしっかり苦く、酸味があまりない。一般的に言っても飲みやすいと思う。お値段も手ごろだから、買いやすいし。
そういうコーヒーをお好きな方はぜひどうぞ。お薦めします。


あれ、そういえば、コーヒーにエコバッグ。今年のお買い物はカルディにお世話になりっぱなしだなぁ。

 

 

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どうもお買い物がスムーズに進まない。
ササッとスマートにお会計をしてその場を離れるということができない。

電子マネーを使っているのに。
ちょっと前みたいに、お財布の中の小銭を探して、拾って、ってもたもたすることなく、ピッとお支払いをしているのに、以前よりも時間がかかる気がする。

「○○円です」

 

「Suicaでお願いします」

 

「ではそちらをタッチしてください」

 

ピッ。

 

ちゃんと通ったよね?
もうカードしまっていいよね?

 

ここで私はカードをしまい始める。

 

「ありがとうございました」

 

カードをしまったか、しまわないかの内にレシートを差し出される。

 

慌てて受け取って、ハタと気付く。

 

ああ、品物をしまわなくっちゃ。

 

 

この時点で店員さんによってグイっと品物が私のすぐ前に押し出されればまだいい。店によっては透明の仕切りの向こう差しこむように手を伸ばさなければ品物に手が届かない状態のことがある。いや、そういうことがかなり多い。

 

こまごまと購入したドラッグストアで、私よりも店員さんの近くにある品物を一つ一つ掴み、エコバッグへ入れる。

 

 

なんだか奪い取っているような、へんな感じ。

ちゃんと買ったから悪いことをしていないのに、そそくさと急いで取らなければならないという、へんなプレッシャー。

 

すっごい急いでいるつもりだけれど、傍から見たらぜったいまごまごしているように見えるだろう。まったくもってスマートじゃない。

 


なにか対策を、そう考えて、あらかじめエコバッグを手に持って、品物を納める準備をしてみるも、ピッのタイミングとレシートと、商品の位置と、どうやっても収納タイミングを早められる要素が見つからず、結果、スピードアップはされなかった。

 

何度か試したから、たぶんここには改良の余地はないのだと思う。

 

だとしたらどこに?

 

スーパーで買ったものをカゴごと渡される場合には割とスマートなのよね。ピッとして、レシートを受取り、カードとレシートを手にしたまま、カゴを腕にその場を離れる。

 

うんうん、後ろが閊えることもない。

やっぱここらへんじゃない?

 

コンビニで、ドラックストアで、店員さんの動きを凝視し、そして考える。

 

買ったものをそのまま持って場所を開けることができなければ、どんなにがんばっても、もたもたは解消されない。

 

レジに通しながらカゴに入れ、ゆっくりと袋詰め出来る場所を別途用意してくれる、あるいは、持参したエコバッグに店員さんが品物を入れてくれる。

 

もうこのどちらかしか、解決策はないように思うのだけれど。。。

 

そういう体制になってこないということは、きっとどちらも導入するのは難しいってことだよね。それよりもレジに行列ができたほうがいいと。。。(ちょっと極端に言い過ぎかもしれないけど)

 

それとも、他にもっと別の解決策が?

 


どうもお買い物がスムーズに進まない。
ササッとスマートにお会計をしてその場を離れるということができない。
これがストレスで、ただでさえ億劫になりつつある買い物が、さらに煩わしく感じられる。
どうすればいいのだろう。

 


ああ、悩ましき、お買い物、お買い物。
(なんだか昔と悩むポイントがちがう!)

 

 

 

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ムラサキとオレンジと髑髏とかぼちゃと、これらのテイストが好きなのだと思う。
ファンタジーな感じのホラーテイストが好きなのだと思う。
だからってなにをするわけでもないのだけれど好きで、つい、ポーチだとか小物だとかを買ってしまう。
おばけも悪魔も妖怪もファンタジーっぽくなっているものにもおなじく惹かれる。

先日水族館でステキな魚に出会った。
色といい、フォルムといい、とにかく惹かれる。
濃淡ムラサキと濃いピンク、全体にまるっこいのにデビルな尾びれ。
「なんていう魚だろう。デビルフィッシュ?」
勝手にデビルちゃんと呼んで何回も鑑賞したくらい、好きになってしまった。

 


さてさて彼はなにものだろう。
本当にデビルフィッシュだったりして。
ほのかに期待しながら「デビルフィッシュ」と検索してみたけれど、出てきたのはまったく別の形状の骨格見本。
うーん、残念。デビルちゃん、なんて名前ではお魚はヒットしないし。
インターネットのお魚図鑑をめくってみたけれど、「ムラサキの魚」だけでは調べられなかった。
そこで思い出したのが、デビルちゃんと勝手に名付けた由来。尾びれの形と、赤オレンジ色のキバ。
そう、彼は泳ぎながらキバをのぞかせていたのよ。それも赤いキバ。

どうやら彼は、「アカモンガラ」というお魚だったみたい。インターネット上では青い身体のものが多かったのだけれど、ムラサキから青、緑と身体の色を変えることができるらしい。
沖縄では赤いキバから、「ドラキュラ」という俗名で呼ばれることもあると書いている記事もありました。
そっか!
ドラキュラ!
そうだね!そうだね!

これまで、水族館でのマイアイドルはタマカイやチンアナゴだったのですが、これからはアカモンガラになりそうです。
蛇足ですが、噛まれると痛いんだって。

 

 

 

 

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フェイスブックやインスタは敷居が高いと聞く。

 

私はまあ、始めたものの持て余しているのと、統一感もなく好きなことを投稿しているから固定のフォロワーさんが増えないのだとアドバイスをもらっているのとなので、敷居は無視して使っていると思われる。
でも、自慢したくなるようなことやステキ写真をさりげなく載せている人が多いのかなーって印象はたしかにある。

 

ツイッターは気遣いの必要なツールと聞く。

 

私もまあ、好きなことを勝手につぶやいているようにみえて、お叱りをいただいたこともあれば、イメージがちがうなんて言いがかりを付けられたり、わけのわからぬまま揉めごとになったり、集団無視にあったりもした。
だから気遣いが必要って言われたら、わかるような気がする。

 

作品を投稿する系統のサイトは、読む人より書く人のほうが多い場所だとか、テンプレ化したものしか受けないとか、出来レースらしいとか、聞くことがある。

 

それが本当かどうかは確かめようがないけれど、なんとなく、言われたらそうなのかもーって思うところばかりだ。郷に入れば郷に従えで、その場所らしく振る舞えば、それなりに格好がついたり、楽しめたりするのかもしれない。だから私も……、なんて思いつつ、なぜだろう、私には出来たためしがない。どこかずれてたり、思いっきり浮いてたり。

 

そしてある日、それをバカにした感じで指摘されたりすると、止めたくなったり、冷めちゃったりするんだよね。
もうパターンが見えているのだから、そろそろこれもなんとかしたいなぁ。
まあ、それができないから、投稿先ジプシーで迷子になっちゃうんだけどね。

 


ここをどんな場所にしたいのか。
今度こそ、の想いを込めてやってみたいんだけど、ときどき自分の投稿を振り返り、未来を想像する、そこから始めるで合ってるかしら。いけるかしら。

 

 

ここをどんな場所にしたいのか。
くだらないこともペタッと投稿できる場所がいい。
ちょっと熱く語ってみたいときには語れる場所でもあってほしい。
好きなものが並ぶのも見ていたい。
文句の吐き出し場所として、王様の耳はロバの耳をさせてもほしい。
ごちゃまぜでいい。私の願望が詰まった、楽しい場所になればいい。
そんな場所に。

きっとまた、そんなんじゃフォロワーさんは増えない。読者はつかない。見栄えが悪い。なにがしたいのかわからない。そんなこと言われちゃって、アドバイスももらっちゃうんだろうなー。

けど仕方ないよね。そういう場所にしたいんだもん。まあ、とりあえずやってみるよ。

 

暑さもちょっと落ち着いて、考えたがっている頭で、そんなことを考えております。

 

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書きたいことをかく。
でもそれをどこに載せるべきか、悩む。
ここはあんまり軽いのは好まれないし、ここは長文はいまいち、ここは最近ご無沙汰しちゃってるからいきなりこれはなぁ。
考え始めると行き詰る。

書いたのに載せられないなんてなんだかおかしい。
だったら、ぜんぶに載せてしまおう!
最近は重複投稿にうるさいサイトは使っていない。
あちこちに投稿した。

すると今度は別の問題が。
あっちもこっちも、やれアイキャッチは付けたか、SNSに宣伝したか、連携は済んでいるか、とせっつかれる。
投稿しました、ってぜんぶを連携したら、そんな宣伝ばかりがつぶやかれるツイッターになってしまう。
そしたら、いつも読んでくれる人が思うんじゃなかろうか。
あ、これこのあいだ読んだやつ。さっきとおなじのだ。と。
お手間をとらせてしまってゴメンナサイ。申し訳ない気持ちになる。
だからって連携を解除すると、ときどき読んでくれる人に言われてしまう。
なんだ、更新したんだったら宣伝してよ。
お伝えしなくってゴメンナサイ。申し訳ない気持ちになる。
けれど、ならばどうしたらいいというのだ。悩んでいるとシステムがまたせっついてくる。連携はしましたか、宣伝はしましたか、PVが伸びていませんよ、と。

というわけで、コピペはコピペでたいへんなのだ。
一回書いて、あっちもこっちもおんなじのを載せて楽ちんね、なんて思わないで欲しい。
コピーして貼り付けするのにだって時間はかかるし、日々どうすればいいのだという葛藤もあるのだ。
だから突然更新の途絶える場所も発生するし、いきなりぜんぶが動き出すこともある。
もうね、連携連携って言うのなら、一か所に投稿したらぜんぶ自動的にコピペしてくれればいいのに。あ、場所は自分のアカウントだけに限ってくれなければそれはまた困りますけれど。

みんなみんなご意見無用!
好きにさせて!
書きたいときに書き、載せたいところに載せたいのだ!
(もちろん書きたくないときも、載せたくないときもあるわよ!)

 

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あ、ハンカチ忘れた。
そう思うと途端に汗が流れる。

ティッシュあったっけな。
そう思ったときにはただ持っているかどうかが気になっただけなのに、
あ、無いや。
認識した途端に鼻がぐずぐずし始めたり、なにかをこぼしたりしてしまう。

必要になる、と無意識に判断したから考えて、結果やっぱり必要だということなのか。
無いことに気づかなければ、そのまま無しですごせてしまうこともあるような気もするのに、無いと気づいた途端に必要になって困ることがある。

このあいだ、断捨離でもおなじことがあった。
いつか使うかも、というものは滅多に使われない、処分してしまってよし。私もこの考えに賛成で、これまでいくつもお別れした物がある。
それがこのあいだ、処分した翌日に必要になり、なんだ必要になることもあるじゃないか、という気持ちになった。

それはステレンレスの特大クリップだった。
A5サイズのノートだったら長さの三分の二に届くくらいのクリップ。厚めの本を傷付けずに開いたままにしておける、「つ」の字型のクリップ。
本を開きっぱなしで置いておく必要があったときに購入し、その後、何年も、一度も使用していなかった。持っていることすら忘れていたのだけれど、片付けをしていたらころりと出てきた。
うーん、いつか使うかな。使うかも。でも待てよ、最後に使ったのいつだ? 思い出せないくらい前じゃないか。
考えて、ヨシっと思いきった。
そしたら次の日、分厚い本の数ページを、参考として全文拾い起こす必要がでちゃった。本は自然には開いたままにしておけない代物だった。
あー、これを留めておければ。頭には巨大クリップが浮かんだ。けど昨日。。。
スマホを重しにして場所を移し移し、なんとか作業をしたけれど、途中何度も、「ああ、あのクリップがあれば」と思わずにはいられなかった。

いつか使うかも、のいつかがすぐに訪れることもある。
これだから、なんでも取っておきたくなっちゃうのかもしれない。
なるべくものは持たずにと思っている私も、ちょっと迷いが生じたよ。有事の際に買い置きやストックがないのも困ることがあると、今年は身をもって感じたこともあるし。

ものを持たずにスッキリ暮らすか、多少ものが増えても心配や後悔を極力減らして暮らすか。二択じゃないけど、どっちがいいんだろうなぁ、と、なんだか悩ましくなりました。

無いと気づいた途端に必要になるものはある。

 

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初めての電子書籍は、電子書籍出版社、いるかネットブックスさんから出してもらった、「腕組みの気持ち」という小説だ。私の唯一のニアBL作品。
それから自分で出版作業をしているものも含めて三十数冊、寄稿したものや別名で出しているものも合せたら40冊くらい、電子書籍を発売している。

 

すべて電子書籍だ。

 

自分が電子書籍作家であることを恥じてはいなけれど、それでもやっぱり、紙の本を出しているわけじゃないのに、と、なんだか気がひけて、デビューという言葉を避けてきた。

 

「わー! 電子書籍でデビューしているんですね」
先日、とある人と話をしているときに、そんなふうに言われてドキドキした。そして嬉しかった。

 

そっか、デビューって言っていいのかも。
へんに気にしいで意地っ張りな自分がすごくちっぽけに思えたので、これからは遠慮せずにデビューと言おう!と思いました。

慎ましやかだったらいいけど、なんだろう、たぶん私はそうじゃなくって、縮こまってた気がする。

 

ちいさくまとまんなよ!
三上博史が演じる本城の大好きなセリフだ。

 

たぶん、私、ちいさくまとまってた。おっきく、のびのびいこう!
まあ、態度はでっかいんだけどね。
 

 

 

私のデビュー作!

※ニアBLなので苦手な方は注意。

 

 

 

 

 


リトルミイみたいなお団子ヘアが好きだ。

 

腰までの長さに髪を伸ばしていることが多かったので、適当に結んでくるっとまるめれば、良い感じにラフなお団子が苦も無くできた。
髪をまとめておきたいときはお団子にする癖が自然とついていた。
今は肩よりも少し長い程度の髪なので、高い位置でのお団子はできないけれど、一つ縛りした毛先をゴムの中にまるめて、低い位置での小さなお団子を楽しんでいる。

 

ただこの場合、どの程度ラフにしたらいいか、というのが悩みの種となる。
きっちりひっつめると老けるとか、いまどきではないとか、ネット記事で散々目にしているので、キレイにとかしてきっちり結ぶのは避けようと思う。けれど、おくれ毛や無造作に引っ張り出した毛束をたくさん作ると、それはそれでどうも疲れた印象に見えてしまう気がする。

 

お団子ヘアだけじゃない。服やアクセサリーにもおんなじようなことが言える。

 

ダメージ加工を施した服や、古着、大好きなのだけれど、最近どうもいけない。わざとそういうのを着ている感じと、本当に汚している、古いものをだいじにし過ぎている、場合によっては汚い、せこい、感じが混同してしまうのだ。
燻し加工のシルバーは手入れ不足に、華奢なゴールドのアクセサリーは無理した若作りに、見えてしまう気がしてならない。

 

気にし過ぎだろうか?
人の目よりも自分の希望を優先している自負があるので、おそらく多くの人よりは気にせず自我を通しているほうだと思う。それでもなんだかいけないと思ってしまうくらいなのだ。
年齢、顔の作り、雰囲気、服装、そういうのをぜーんぶ考えてどうすべきか、誰かに見て欲しいくらい。

 


先日、ドラックストアでハンドクリームの棚を偵察していた。背中合わせにティーン向けの可愛いメイク用品の棚があり混み合う場所だったから、控えめに行動していたつもりだった。
それでも、どんっと誰かのお尻にぶつかってしまい、反射的に「すみません」と詫びた。返事はなかったけれど深く考えず振り返ったところ、ずり落ちたサングラスの下から睨んでいるおばさんがいた。
目が合うと、「ふんっ」と言っておばさんは去って行ったのだけれど、私はおばさんの後姿から目が離せなかった。

 

すっごくスタイルが良いおばさんで、肩や足をめちゃめちゃ露出した、バカンスな服装がステキだった。それなのに、ひどいお団子ヘアなのだ。艶のないぱさぱさしたお団子にもっさりとしたおくれ毛、白髪もあちこちに。それはもうラフという分野ではなく、やまんばのまとめ髪といった体だった。

 


ああ、人のことをとやかく言っている場合ではない。私もおんなじかもしれない。いや、スタイル抜群ではない分、よけいにひどいかもしれない。気を付けなければ!

 

というわけで、お団子、どうしたらいいのかしら。
かくして、お団子注意報は発令された。

 

 

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メモをする癖がある。

 

見たこと聞いたこと、気になったこと、あとで調べたいこと、思い付き、とりあえずなんでもどこかに書き付ける。
どこかに、というところが困ったもので、手帳やノートの使い方に常に悩んでいるのだけれど、それはまたの機会に書くとして、今回はこの頃よくメモしていることについて。

 


ここしばらく私の頭に「ちょっとしたもじり」が浮かぶことが多い。ポロッと口にしてしまったり、あっと思いついたことをそのままメモする。

それがまた気が利いた感じでも、ちょっといいこと言っちゃったっていうものでもなく、もうダジャレに近いようなもじりなの。

 


もじる、というのは、ねじるとか、ひねるとか、有名な文句なんかをまねして言いかえる、という意味で、パロディに近いのかな。
なぜかそんな言葉ばかりが浮かび、「くふふ」と一人で喜んでメモしている。

 

いったいなにがしたいんだか。
夢占いとかあるじゃない?深層心理で感じていること、気になっていることが形をかえて夢に出てきている、それを読み解く、夢占い。
おなじように、私が突如、もじりばっかり思い浮かぶようになったのにも理由があるのかしら。
すっごく考えているのだけれど、思い至る理由もなく。

 

理由なき奇行

 

あ、またへんなの思い付いた。

 

たくさん集まったら、これをもとになにかしてみようかしら。ただでは起きぬ私でございます。
(ただでは起きないの解釈まちがってる。意味をひねるのももじりに入れてもらえる?)

 

 

 

 

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