18:20
バンドマンたちは落ち着きなくライブハウス内を蠢(うごめ)いていた。
二時間前はまだ自己顕示欲の激しかった陽の光が、押し寄せてくる黄色い光に退場を促されるように西の空へと姿を消していく。
国分寺の街は夜を迎えた。
しかし楽屋にいるGuyZee'z一同は落ち着きを取り戻せずにいた。

「やばいあと十分だよ。」
「あーあいつ来るかなー」
「リハやべ~よ‥」

僕らが落ち着けないのも無理はない。
客の入場まで残り十分しかないのだ。
普段あまり喋らない者も、すっかりマシンガントーカーへと変身を遂げていた。

そして一秒一秒時間(とき)は確実に流れる。

(第七段終)


18:30。
ライブハウス入り口で若干の渋滞を成していた行列が箱の中に吸い込まれていった。

とうとう客がやってきてしまった。
この場合、「やってきた」が正しいはずなのだが、僕はその言葉の狭間でさまよっていた。
緊張とワクワクが一気に押し寄せる。

この時ふと、こんなことを思った。
「悟空はいつもワクワクすっぞしかいわないな。」
この時、悟空の気持ちが分かったのかはたまた分かった気でいただけか、今でもよく分からない。
しかし一つ言える事は、
やつはあきれた能天気野郎だ。
どんな時もこのモチベーションでいられるのなら、僕を初め、バンドマンたちは苦労しないだろう。
そんなたわいもない事を考えているうちに、ライブハウスはすっかり行列を呑み込んでしまった。
「オラに元気を分けてくれ!」
更に焦りを感じた僕は堪えがたく叫んでしまった。某アニメの名言を引用している辺りが憎い。
叫んでしまったあとに思った。
これは世界遺産登録決定だ。

そんなこんなで激動の二十分が過ぎた。

(第八段終)

ライブハウスから飛び出した僕を待ち受けていたのは国分寺の街であった。
心なしか、街が優しさを帯びているように思えた。僕は国分寺が好きになった。

ライブハウス外の階段を勢いよく駆け上がると、ひとり黄昏(たそがれ)ている青年がいた。薄栗毛の彼の髪は国分寺の陽に照らされてうっすら淡い光を放っていた。

僕らGuyZee'zの次の順番のバンド‘THE PIPE LINES’のDrの廉志君だ。
彼は年上というわけではないのだが、どういうわけか尊敬の眼差しで見てしまう。

廉志(敬称略)は僕に声をかけてきた。
「コンビニ行かない?」
声が出なかった。彼の水晶のように透き通った眼が僕を捉えた気がしたからだ。
暫く時が止まったように感じた。
しかし気がつくと僕らはコンビニ前にいた。
僕らは目当てのパンを見つけ、会計を済ませた。
コンビニからライブハウスまでは五分とかからないのだが、僕には永遠の時のように思えた。
ライブハウスの扉の前。
防音扉なのだが、やはり完全には音を遮断出来ない。
‘hide’がマキシマムザホルモンを演っているのがかすかに聞こえる。

先ほどまでは確かにこの音が僕を威圧していた。けれど今はこの音が僕のロックンロールを確かにくすぐっているのだ。

扉を開けた。そこには忌まわしきスペースなどなく、晴れ舞台があった。

(第五段終)


リハーサルを終えた五組のバンドは各々本番の打ち合わせをしていた。
時計を見ればもう17:30だ。
今回のライブの主催者の一人の柴田は、
「もう客が外に見え始めた」と言っていた。彼は‘hide’のVoである。その圧倒的な声量で、これから来る客を魅了するであろう。僕は彼と暫く話をし、GuyZee'zの打ち合わせへ向かった。「向かった」と言っても楽屋なのだが。

楽屋に入ると早くも議論百出の状態で、途中入場は場違いな気がしたので引き返した。
ライブハウス内を徘徊していると、北高最高峰のBa松本に会った。彼も‘hide’のメンバーだ。
「やべー始まるな!」
松本は心の高まりを抑えきれずあらゆるバンドマンに気持ちをリリースしていた。

その時この地に降り立った時の事が、頭に蘇った。
緊張で身震いがした。

(第六段終)

リハーサル。
ステージの上に立つと、眼前には数時間後お客で埋め尽くされるであろうスペースがあった。そして奥にはドリンク売り場。

僕は先の言葉を撤回しよう。
ライブハウスが狭いと最悪だ。
何故かって、客との距離が近すぎて適当な演奏がばれてしまうではないか。
そんなやましいことばかり頭に浮かび、この世の終わりのような顔をしていた僕をこの世に繋ぎ留めたのはライブハウスの監督さんの声であった。
「リハーサル始めるぞー。」

「監督さん」と一言に言っても、映画の監督、サッカーの監督など多種多様である。
ここでは僕らを「見守ってくれている監督」という意である。

チューニングやマイクテストを済ませた僕らは、ステージの上に構えた。


眼前のスペースには、先ほどリハーサルを終えたアニソンバンド一同が腰を下ろしている。
僕らの視線は空中のある一点で飛び交った。

曲は荒谷の荒々しいかけ声で始まる。
「1,2,3,4!!」

(第三段終)


リハーサルを済ませた僕らは、あの忌まわしいスペースに腰を下ろし、焦りを感じていた。

リハーサル。
これまでのスタジオ練習とは比にならない莫大な緊張が僕らを襲った。
その緊張が僕らから余裕を奪い、代わりに焦燥を与えたのだ。

その中でも問題は荒谷であった。
彼の犯したミスは致命的で、それは僕らの上に酸性雨の如く大きくふり注いだ。

彼は緑茶を持っていなかったのである。
二瓶は緑茶を常備していて、なんなくこなしたが、
彼は緑茶を持っていなかった。

では僕らはどうかと言うと、
コーヒーミルクティータピオカ、と各自飲み物を持っていた。

飲み物を持たないバンドマンなど、翼を持たない鳥と一緒だ。
しかし、荒谷はずっと見据えていた。
ステージをその目でしっかり。

暫くするとトリのバンド‘hide’のリハーサルが始まった。聴けば聴くほどそのサウンドは僕らに追い討ちをかけた。
たまらず僕はライブハウスを飛び出した。

(第四段終)