桜並木をのんびり散歩。
寝たいんだけど、体がどこもかしこも痛くて。
痛くない場所がない位。
だから、ただ眠れないのにごろごろと家の中にいるのも
嫌で、桜を見に来た。
…花粉症だったことを忘れてた。
今日の夜は特に飛んだみたいだった。
…花粉、キライ…。
土手に座って塩おむすびをもぐもぐしてたら、ハルタが来た。
サンダルで寒くないのかな、と思って良く見たら、ウサギさん柄の
たびみたいなのをはいてたの。
可愛かった。ちょっと欲しいかも。
ハルタはそっきょうで歌を作って歌うのが上手いんだよ。
ギプスにけいしが描いてくれた赤と緑のヒヨコを見て、ひよこの
歌を歌ってた。
とっても楽しそうで、つられてわたしもうれしくなっちゃった。
くふふ。
うでと顔どうしたの?って訊かれたから、たんこうで石が落ちてきて
けがしちゃったんだよーって教えた。
顔は、トモダチと喧嘩したんだよって、答えた。
…けいしはもうだんなさんじゃない。でもトモダチでもない。
大事な人。
…どう説明すればいいか分からなくて、トモダチって言った。
ハルタは早く治るといいねって言ってくれたんだ。
ありがとう。早く治したいから、牛乳いっぱい飲むんだって
言ったら、背が伸びておっきくなるって言ってた。
牛乳いっぱいのんだから、ハルタは背がおっきくなったんだって。
いいな、いいなー。
ハルタくらいおっきくなってみたい、って言ったら、ハルタは想像
できなかったみたいで、へんな顔になってた。
くふふ。
おにぎり、ハルタがおなかすいてたら、わけてあげるって
約束したの。
おなかすいたらわたしを探すんだって。
見つかるといいな。
ハルタが桜の木はわたがしみたいって言ってた。
花がいっぱい咲いてて、ふわふわしてるから。
うんうんって納得してたら、またそっきょうで歌を作って
歌ってたの。
今度は桜の歌。
ふわふわーって歌ってたら眠くなっちゃったんだって。
またまたねーって言ってハルタは帰っていったの。
ハルタとすれちがうようにして、えいじが来た。
えいじにもうでどうしたんだって訊かれたから、炭鉱で
けがしちゃったんだよ、って説明した。
自販機で無糖ブラックのコーヒーおごってもらったけど、
今は手が右手しか使えない上に、甘くないのは苦手なのに…。
自分が飲むからついでに買ってくれたんだろうな。
もらえたから、文句は言わないデス。
後でだれかにあげよう、と思ってバッグに入れといた。
だんなは元気か?って訊かれたから、もうけいしはだんなさんじゃ
ないよーって、説明した。
えいじはじぶんからプロポーズしといて何で別れたんだって
不満そうに呟いてた。
若くしてバツイチなんて経験すんな、とも言われたかな。
…うーん。経験したかったんじゃないけど…。
そういう事だからねぇ…。しょうがないのです。
2人のことだけど、わたしにも良く分かってないから、上手く説明
出来なかった気がする。
えいじは元だんなが難しい年頃なんだなって言ってた。
男っていうのは強がってても最後には優しいオンナに
すがっちゃうんだって。
そういうものなのか…。ちょっと勉強になった。
けいたいの番号教えてくれるか?って言われたけど、そんなのは
持ってないから、ぽーりーのこと話して、munaって書いたメモを
渡したの。
公園にいるよって教えたけど、えいじは公園には余り行きたくない
みたいだった。
…何かあったんだと思うけど、えいじは言わなかったから。
それ以上はきかないことにした。
オトナは相手が知られたくない、という事は深く追求しないのです。
訊きたくてもがまんなのです。
お前さんはあと2,3年したらイイ女になるって言ってもらえた。
くふふ。そうなるといいな。
日付が変わったから、そろそろ帰るな。
連絡するって言って、えいじは帰っていった。
手を振って見送って、あめをなめながらあったかくなってきたから
首に巻くものがマフラーだと暑くなっちゃって無理になりそうだな、と
思った。
まだ首をしめられたあとは消えてないから、完全に消えるまでは
巻いておかないと、なんだ。
そうまにはお医者さんだし、あきらが弟みたいなもんだから、
見せたけど。
他の人には、見せるつもりないんだ。
あきらが傷つけられる権利が欲しいと願っているなら、なおさら。
桜を眺めながらのんびりしてたら、けいしが来た。
せんていバサミとバケツを持って。
生け花するから、桜の枝を取りに来たって言ってた。
うちの家の桜の下には死体が埋まってるからいやなんだって…。
マルマルが掘ってたら、骨っぽいのが出てきたらしい……。
…一応覚えておくけど、だれにも言わない方が良さそう、と思った。
けいしは生け花も出来るらしい。すごい!
小学校の時、家庭科部でちょっと習ったんだって。
家庭科部では、卵焼きやクッキーを焼いたんだって。
いいな、いいなー。美味しそうだし、楽しそう。
けいしがハサミをジャキジャキ言わせながら、どれでも
好きな指出してみ、って言った。
・・・あの。同じ台詞、昨日りゅーごにも言ってたよね?
色々思い出してやだよ!って言ったけど、いいから
出してみって言ったから、渋々出したの。右手の人差し指。
人差し指でいいのか分かった、って言って、けいしは
ポケットから何か出した。
何するのかなぁ、と思ったら、ピンクの毛糸をくるっと指に巻いて
わっかを作って、うん、こんくらいかぁって言いながら結んで外してた。
…何で指の太さ計ったんだろ?
分からなくて、訊いてみた。
指輪買ってやるって言っただろう。だから計ったって言われた。
…へ?だって、けいしはもうだんなさんじゃないんでしょ?
わたしはてっきり、結婚するからその記念っていうか…証明みたいな
感じで、指輪買うんだと思ってたんだけど…。
けいしはちがったのか…。
言ってたけど、けいしはもうだんなさんじゃないんでしょ?って訊いたら
しばしばまばたきして、少し首を傾げたまま俺が買ってやりたいから
買ってやるんだよ。ちょっと金入ったから、きれいなん買えるよって
言って楽しそうに笑ってた。
わたしはちょっと感動して。何だか泣きそうになった。
あの時の約束を覚えててくれた事も嬉しかったんだけど、
買ってやりたいから買ってやるって言ってくれた事も、嬉しくて。
久しぶりに、嬉しくて泣きそうになった。
けいしは桜の枝を切りにきたことを思い出して、口にはさみを
くわえて、とりあえず上半身はだかになって木にのぼっていった。
・・・なぜ、とりあえず上半身はだかなんだろう。
毛虫とかいたらかぶれるよ?
・・・喜びそうだ・・・。ものすごく。
何か手伝うよって上に声をかけたら、切った枝を下に落とすから
バケツの中に入れてくれってたのまれた。
中に水入れた方がいいでしょ?って訊いて、たのむって
言われたから、近くに流れた川から水を汲んで、けいしが切った
枝を入れたの。
けいしは5月の葉桜の方が好きなんだって。
新しい緑がきれいで、光をきれいに反射するから、好きなんだって。
花びらだと透けすぎててダメらしい。
桜の木の下に死体がうまってるって言って、しょんぼりかなしそうな
顔をしてわたしを見た。
けいしは、桜は死体がうまっているところからにょきにょきと
生える物だと思っていたらしい。
…全部が全部そうだったら怖いがな…!
うまってないって分かったら、何だか残念そうだったけど、キャベツ畑は
昔、だんとうだいがあったところにあるんだって。
キャベツの語源はラテン語の「頭」って言葉らしい。
だから、だんとうだいがあったところに頭みたいにごろごろ生えてきた
んだって。全部罪人の頭なんだって。
…キャベツが美味しい季節なのに、食べられなくなるでしょうが…!!
何てこと言うのだ!
今度春キャベツでお好み焼きとロールキャベツ作ってやるよって
すっごーく意地悪な感じでニヤニヤしながらけいしが言った。
・・・ゼッタイ楽しんでる・・・。
わたしの反応見て、楽しんでる・・・。
・・・だ、だまされないもんね・・・。
けいしは桜の木の下にしたいがうまってないか確認したくなった
みたいで、近くにあった木の下を掘り始めた。
骨っぽいのが出てきたけど、それはわんこがかむガム、だった。
それを持って、いたずらっこみたいに笑いながら、何か詩みたいな
のを歌い出した。
なかはらちゅうやって人の詩、なんだって。
その人が書く詩は男のくせに、弱っちくて女々しくて神経質で
卑小で最低で、乙女ちっくさの滲むような言葉で。
だから大好きなんだって。
けいしはちゅうやの生まれ変わりでひどくぜいじゃくで女々しいから
だっこしてくれって言った。
けいしが甘えるのめずらしいなぁって思った。
ぎゅってしたら、すごく嬉しそうに笑いながら鼻とか頭とか
こすりつけてきて。
可愛いなぁ、いとしいなぁって、思った。
頭をなでたら、けいしはねむくなったみたいで、いっしょに帰った。
帰る前に、俺ねぇマナ大好きだよって言ってくれたの
嬉しかった。
わたしもけいしが大好きだよって言ったよ。くふふ。
途中でわたしがぼへーっとしてて、気がついたらけいしが
いなくなったから、慌てて家に帰った。
くつをぬごうとしてもがいてたら、けいしがぬがせてくれた。
おかえりって言ってくれたんだ。
ありがとう。ただいまって言ったの。
嬉しくて、にこにこしながら言ったら、けいしも嬉しそうに笑ってた。
布団をけいしがしいてくれたから、わたしも中に入ったら、
お前んちのさくらもちってどんなんだ?って訊かれた。
平べったくてくるっと巻いたのもあるし、つぶつぶのもあるよって
言ったら、けいしはつぶつぶのしか食べた事ないんだって。
平べったいのはせんべいみたいだから不味そうって顔してた。
食べてみればいいのに。
やわらかくてしっとりしてて美味しいのにな。
さくらもち好きだよって言って、わたしの肩口に額を押し付けてる
けいしは可愛いなぁって思った。
頭なでてたら、気持ちよかったみたいで、すぐに寝ちゃった。
気持ち良さそうな寝息を聞いてたら、凄く眠くなってきて。
一緒に寝たよ。
久しぶりに、じゅくすい出来そうな気がした。
