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オババブログ(名古屋のおばちゃん50代ですが何か)

金爆ダルビッシュの「オバマブログ」に対抗して「オババブログ」始めます。
音楽とおばちゃんの昔話をぐだぐだと。  





        そもそも、今は 「 トレーナー 」 なんてあまり言いませんね。

        「  スウェット 」 ですよね。

        トレーナーという言葉は 「 トレーニング 」 から派生しており

        元々は運動用の服として誕生しています。




        70年代後半から80年代初期に、このトレーナーが大ブームになりました。

        サーファーファッション全盛のこの頃、サーフィンをしないのに

        洋服だけがサーファーの人々は 「 丘サーファー 」 と呼ばれ

        ( 運動神経が無い私は、当然丘サーファーでございました )

        海のスポーツを愛する人が着ていたトレーナーが町中に溢れました。




        中でも人気があったのが 「  BOAT HOUSE 」




             




        このショップを立ち上げた 下山好誼 氏。



        
        




        岡山の呉服屋の家に生まれたものの、中学生の時に家業は倒産。

        15歳で上京します。

        定時制高校を出て、東京デザイナー学院を卒業後

        22歳で四畳半のアパートを借りて会社を設立しました。

        男物のエプロンの販売がヒットしたのを皮切りに、ヒット商品が次々に生まれ

        渋谷に当時まだ珍しかった 直営小売店 を開店。

        集まってくる学生達を可愛がって、お金が無いと言うとシャツをあげたりしていたようです。

        2店目の 「  BOAT HOUSE 」 は最初は全く売れませんでした。

        しかし、可愛がっていた学生が出版社に就職し恩返しのような形で

        ファッション誌に取り上げてくれるようになり

        半年後にはポツポツと人が並ぶようになってきました。

        やがてその行列は 3000人 という社会現象になりましたね。




        一方、こちらは女性だけになりますが 「 FUKUZO 」 




             




        サーファーファッションと平行して流行していた 「 ハマトラ 」 にかかせない

        タツノオトシゴマークのトレーナー。




             




        このハマトラ、どうやって出てきたのか今ひとつよく分からなかったのですが

        神戸発の 「 ニュートラ 」 に対して、横浜発のファッションを企画しようと

        ファッション誌 「 JJ 」 が仕掛けたものなのですね。

        FUKUZOと同じく横浜にあるお店 「 ミハマ 」 の靴と

        「 キタムラ 」 のバッグを持つのが定番でした。

        ミーハーの私は、横浜まで全部買いに出掛けてましたわ ^^




             





        「  BOAT HOUSE 」 のトレーナーに付き物だったのが 「 正ちゃん帽 」




        




        こんな風に着ている人が多かったです。

        一方、ハマトラはハイソックスにぺたんこ靴。




             




        ファッションって振り返ると、なぜあんな物が流行ったの ? 

        とおかしくなることも多いのですが

        上の絵って、どう見ても 小学生 のカップルですよね ^^

        普通は流行のさ中にいる時は、夢中になっていておかしいと感じないものです。

        でもこのハマトラに関しては、横浜まで買出しに行ったものの

        ずっと 違和感 がありましたね ^^

        この頃の冬に私がよく着ていた、レザーのミニスカートにトニーラマのウエスタンブーツ

        のようなファッションは、その後若い女性の間で何度も繰り返されているのを

        見てきています。

        でも、さすがにハマトラだけは二度と目にしていませんね ^^