前回の続きとなります。
レノン研究家の米カリフォルニア大学アーバイン校の
ジョン・ウィーナー教授 らを中心とする人権擁護団体がFBIに公開を求めていた
ジョン・レノンに関する機密文書は 1981年に 却下 されました。
教授達は公開するよう法廷で 25年 も争い
2006年12月にFBIがやっと公開を同意したのです。
そうなんです、アメリカに渡ったジョンは FBIに監視されていた のですよ。
しかし、公開されたのは最近の10ページだけで
しかもほとんどが黒く塗りつぶされていたのです。

ジョンは 「 ベトナム戦争は間違っている 」 と言いました。
そして、アメリカ政府から危険分子と目を付けられた反体制思想家 ジョン・シンクレア が
おとり警察官に麻薬煙草を売ったとして
10年もの懲役刑を宣告されたことに抗議する集会で
「 John Sinclair 」 という曲を披露します。
(https://www.youtube.com/watch?v=QmcPgmvLd3s)
♪ 間違ってるよ ジョン・シンクレア
刑務所に入れられるなんて
君たちは気にならないのか?彼のことが
♪ もしも彼が兵隊で ベトナム人を殺していたら
もしも彼がCIAで 麻薬を売って世の中を乱していたら
彼は自由に 君や僕のように 生きて行けただろう
そのコンサートから3日程経って、ジョン・シンクレアは釈放されるのですが
ジョンは ニクソン政権 から、一級の 要注意人物の政治運動家 として
マークされるハメになったわけです。
ジョン自身が、自宅と弁護士宅の電話が 盗聴 され
常に諜報員に 尾行 されているとテレビで話し、視聴者を驚かせています。
デジタル化される以前の電話では、盗聴されるとクリック音やノイズが発生し
これは、ジョンと電話をした何人かが証言しています。
FBIと国務省と、その内部の国内治安部が揃って移民帰化局に圧力をかけ
ジョンとヨーコの 強制国外退去 を画策していたようです。
共和党上院議員が司法長官に宛てた手紙の最後には
「 この男を追い出せるか ? 」
という殴り書きまであったとのことです。
1971年のクリスマスに向けて、ジョンは
「 ハッピー・クリスマス ! ウォー イズ オーヴァー 」 ( 戦争は終わる )
という曲の製作にあたって
このフレーズを使った ポスター・キャンペーン を大々的に行いました。
(https://www.youtube.com/watch?v=yN4Uu0OlmTg)
しかし、このキャンペーン以来、ジョンに関するFBIファイルは
いっそう悪意に満ちたものになります。
「 すべての過激派を危険とみなすべし 」
という一行がデカデカと大文字で、下線まで引いて報告書に書かれていたそうです。
平和運動家 で 非暴力主義者 だったジョンが、過激派とみなされるのですね。
1975年、ベトナム戦争は終わり ました。
国民の目には決して触れることがなかった
米兵によるベトナム民間人の虐殺写真が 、白日の下にさらされ
ウォーターゲート事件も重なって世論が高まり
アメリカ諜報機関への調査のメスがついに入ったのです。
その結果、ジョン・F・ケネディ の暗殺の 謀略は確かに存在した と発表され
衝撃的なトップニュースとなりましたが、容疑者の絞り込みはされませんでした。
FBIのジョンの包囲網も、かなり緩まったはずです。
1976年には、ジョンは5年にわたる法廷闘争が終結し
アメリカへの入出国も滞在も自由 に出来るようになったのです。
その後息子ショーンの育児に専念し、数年間は音楽活動から離れ
ゆったりとした時間を過ごすことになります。

その② はここまでです。
その③ に続きますが、それで最後となります。
よろしければまたご覧下さい。